王子様を放送します

竹 美津

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本編

産まれた!

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ふーう、ふー。
大きく息を吐き出す。
すーう。
鼻から吸って。
ひっ、ひっ、ふ~っ。

かの有名な、いきみの前の、強い陣痛の時の呼吸法である。呼吸法も、こちらの世界での、昔ながらのものから、竜樹の世界のものも、ひっひっふー、のラマーズ法だけでなく、ソフロロジーの呼吸法、というものがある。どれが良いか、無限に湧き出る選択肢を決めていくのは、この考え方が良いかな、など、コクリコも医師やお産婆さん達と、竜樹も交えて、のんびりちゃんと話し合って決めてきた。

ニリヤは、調理室の丸い木の椅子で、竜樹に抱っこされたまま、ミルクをゆっくり、ゆっくり飲んだ。飲み終わると、お口をもにゅもにゅして、少しお水を飲んだ。いつも甘いものを食べた後は、お茶などでお口を洗うように飲んでいるので、甘くないものでスッキリさせたかったらしい。

「ぼく、もどる。」
「もどる?寝る?」
ううん、と首を振る。
抱っこのまま流しでコップを洗って、食器を乾かすトレイにポコと置き。抱っこから降りると、とことこ、竜樹の手を引っ張って。
交流室に戻ると、ハンガーにかけられてカーテンレールに吊るされていた、検証中!の番組衣装ツナギに、ぴょん、ぴょこ!と飛びつき始めたので、竜樹が、着るの?と聞けば、着る!と言う。
「じゃあ、トイレ行っとこう。ツナギ着ると、おトイレ結構大変でしょ。」
「?トイレ、いくー。」

まだ朝起きる時間には早いけれど、始動のニリヤ。竜樹は思う。自分が子供だった時、起きたらまだ血が指先まで巡っていなくて、じわわ、ぼわわ、となったりもしていたっけな、と。ニリヤは大丈夫なのだろうか?
とっとこトイレに行き、タイミングではなくても小と、大も出て、顔も洗う。歯も磨いて、物音に敏感に起きてきた、側の部屋で夜番していたタカラに、浄化してもらう。

何だか気分は、パリッとしてきた。お布団に戻るとバンバン畳んで、隅っこに。パジャマをぶんぶんと脱ぎ捨てて、ツナギを取ってもらい、自分でも積極的に着せてもらう。
お胸には、コクリコに留めてもらった、どんぐりブローチ。
にぎ、にぎ、として、すー、ふー、と息をすると、キッと竜樹を見上げた。

「ししょう!コクリコおかあさん、おうえん、するっ!」
「おー。そっかそっか。モニター見る?また辛くなったら、すぐ言うんだよ?」

ウン。
コックリして、ついでに一緒に支度して着替えた竜樹の胡座に入って、ふす!と鼻息荒く。
ふぁ~ああ、とマルサが起き出した。
「ん?何だよ、竜樹もニリヤも、早いなあ。」
「今ねえ、お産がいいとこきてんのよ。」

どれ、とマルサも一緒になって、タブレットモニターを覗き込む。

ふー、ふー。
すーぅ。
ひっ、ひっ、ふうぅうう。

「破水も夜のうちにあってさ。」
「そ、そっか。う、うん。大変だ。」
未婚の王弟マルサには刺激が強い。コクリコは、あんなに可憐で、細っこくて、優しげな女性で、まだ10代後半と若いのに。
しっかりとした、生命の強さを感じさせる、ひっ、ひっ、ふーうの呼吸に、存在の確かさをありありと。
「女性って、すげえよな。」
「応援だよ、マルサ。」
「おうえん、がんばって、コクリコおかあさん!」
ぎゅむ。お胸のブローチを握る。

そのうち、段々と子供達が起きてくる。

すー。
ふー、ふううう。

すー、ひっ、ひっ、ふーうううぅ。

『コクリコ、がんばれ!』
ギュッと手を握る、コクリコのお父さんヴィオロ子爵ブレが、自分も、すーう、ふーう、と荒く息をして。
お産の様子が見やすいように、ベッドは高く、そして座って背中が預けられるように持ち上がっている。両足は開いているのだろう。コクリコの身体には、布がかけられていて、出産の邪魔にはならないが、足は隠されている。この世界で女性が、出産ドキュメンタリーとはいえ足を全て晒すのは、あまりに産中産後、コクリコが恥ずかしかろう。

パッ、と画面が切り替わる。
パージュさんが、スタジオで、マイクの前、注意喚起をする。

『皆さん、ここからは、本当に本当の出産です。血も見えますし、局部は撮影後、ぼかしますが、徐々に産まれてくる、赤ちゃんを撮影しています。人によっては、ご気分を悪くされる方も、いらっしゃるでしょう。これが、お産の一つの現実、ですが、無理に見なければいけないものでも、ありません。どうかご自分で注意なさって、見る事が無理なら、目を瞑ったり、場所を移されたりして、ご注意されて下さいね。コクリコさんには、勿論、撮影、放送の許可を得ています。知りたい方には真実を、そして誰にとっても、良かった、と言えるお産を、コクリコさんは、望んでらっしゃいます。』


「ウソだろ•••!」
マールは叫んだ。
女性が。そこまで露わにして、良いわけがない!
「番組スタッフ何やってんだ!コクリコさんが可哀想だろ!」
この怒りをどこにやればいい!そこまでして!

「彼女が望んだのだろう?きっと、これからお産をする、女性達や、それを支える男性達のために、子供達の為に。そして、きっと、自分の為にも。」
ヴィーフが、す、こくり。とお茶を飲んだ。
「私達に出来る事は、彼女の覚悟を見届ける事だよ、マール。そりゃあ恥ずかしかろうよ。痛くて、辛くて、他人には決して見せないような所を、私達は、暴いてるんだよ。•••何のために?それを忘れちゃいけないよ。きっと、面白おかしく笑う人もいる。でも、そいつらは分かっちゃいない。彼女の願いを。本当に恥ずかしいのは、本当に本当は、一体、誰なんだって、私は思う。」
黙って見てなさい。
或いは。
「彼女が恥ずかしいだろうと思うなら、目を背けてどこかでやり過ごしなさい。」

ピシリと言う。

マールの方が、ヴィーフより柔らかい。良くも悪くも、若く、やわいのだ。
そうだ。こんな時。
かっちりと真意を汲み取って、真摯に折り目ただして落ち着いていられるのは。硬派に見える、やっぱり、マールの親をこれまでやってきた経験のある、ヴィーフなのだった。

むぐぐ、と黙ったマールは、結局、目を逸らす事なく。ぐぐ、と拳を握って、番組の続きを。



『ウン、子宮口全開です!いきんで良いわよ!ふー、吐いて、で、ウン!よ!目は閉じないのよ!』

ぅふーううぅう、うーん!
んふううぅーう、うーん!

子供達は。手に汗握って、パジャマのまま、または支度をしてツナギを着て、竜樹の側に集まって。
朝の支度、ご飯の準備、エルフのお世話人、マレお姉さん、ベルジュお兄さんが、そわそわと覗き込んだり支度をどうしようか迷ったり。

竜樹がもう一つ、タブレットモニターを開く。身体スキャナが、コクリコの身体の中を映している。テレビ番組では、右上に小窓、ワイプで身体スキャナの映像。

じわじわ、じり、くり、と回りながら、赤ちゃんが産道を通って。

ふーううぅうう、ううん!

『赤ちゃん頭出てきたよぉ!いきまないで、赤ちゃん締めつけないようにー、息逃すよー。ふー、ふー、だよー!』

ふーうぅう
ふーうぅ

「あ、あかちゃん、でてきた•••!」
「頭が出てきたねえ!!」

濡れた黒い、小さな頭が、血の赤をちょっとだけつけて、ずぬ、ぐにゃ、と皮膚柔らかく、ぼかされた局部から出てくる。
ぐ、く、と赤ちゃんの頭を強くなく、手を念入りに浄化した、お産婆さんが触り、少しだけ誘導する。

ひうぅうふううぅ
ふわうううわうぅーっ

最高潮の腹にひびく荒い呼吸、叫び、マールは見ちゃいられない!と思った。口の中が乾く。ひやひやする。
なのに目が離せなかった。
ドキドキする。
赤ちゃんが。今、赤ちゃんが。
あ、あ、あ。 あ!

「あかちゃん、うま、うまれ•••!」
「ニリヤ、しぃ!見てて!」

ずる、りん と。

『産まれたよ•••!』

ふぅううう
ふうううーぅ

赤ちゃんの声が聞こえない。
コクリコの上下する、布がかかったお腹。
ジュルル、と何かを吸引する音がして。

『•••ぅほわあ、ほわあぁ!』

「「「うまれたぁぁあ!!」」」

フム!と鼻息荒いニリヤである。
オランネージュもネクターも、ファング王太子もアルディも。
チームジェムも、チームエルフも、チーム女子も、チーム荒野も。
小ちゃい子組もマレお姉さんもベルジュお兄さんも、後から入った子組も、眷属エタニテ母ちゃんレザン父ちゃんも、そして竜樹も。

「やった•••!」
「やったあ」「うまれた!」「泣いてる!」「ぶるぶるってしてる!」「ぬれてるぅ!」「クリームついてる!」「ちっちゃい」「うぉおおお」

子供達みんな、きゃあ!わちゃちゃ!とパジャマもツナギも喜び勇んで。

ほにゃあ!ほにゃああ!

水っぽい泣き声が、ひびく。ひびく。
『はーいよく泣けていいねぇ、臍の緒を切りますよー。』

ふー、ふー、と息のなかなか収まらないコクリコ。

コクリコの胸の上、肌を触れ合わせて、拭かれた赤ちゃんが乗せられる。ふわふわの毛布に包まれて。
コクリコは笑っている。
はあはあしてるけど、笑っている。
父のヴィオロ子爵ブレが、ふわぁうわあうあ、とベッドに寄り添って泣いている。ラフィネは良い笑顔で、赤ちゃんを見て、コクリコを摩る。


マールとヴィーフは、やったぁあ!と手を打ち合わせて、飛び上がって。
「ワインだ!とっておきのだ!グレインの赤だ!」
グレインの赤。ヴィーフが、妻キャローレンと結婚した頃、奮発して買ったワインだ。
「祝杯ですね!父上!•••ぐすっ、うまれ、本当に産まれた•••!」
2人とも、号泣である。侍女もワインの準備をしつつ、涙を拭っている。
「うぅ、あ、明日、竜樹様の所に伺わなければ!」
「え、ええ、父上、行きましょう、父上!!」
ヴィーフも、マールも、何もせずにはいられないのだ。

テレビでは、後産があり、初乳をあげ、画面が切り替わり。きれいにされた黒髪、碧い目の、ピンクのベビーウェア、女の子の赤ちゃんが。
はく、はぷ、とお口を開けたり、お目々をぱちん、ぱちん。抱っこして差し出したコクリコの人差し指を、小ちゃな、お手てで握って。コクリコの父ブレ、細目の兄プルミエール、兄嫁のソヴェが集まって皆、何とも言えないほわほわした喜びの雰囲気で。

ビタミンKってのを赤ちゃんにあげると、産まれた後の出血が抑えられます、新生児の死亡の原因が減ります。
竜樹が言って、食品から分離してー、と説明し出して、ほうほう、とワインを味わいながら、しみじみ。

すっかりコクリコと赤ちゃんが休んだ後に、検証中!の子供達と、赤ちゃんとの対面も映って。
浄化してから赤ちゃんを抱っこしてね、とそーっと。
竜樹に補助、手を添えられて、小ちゃな小ちゃな赤ちゃんを抱っこした、満面笑顔のニリヤは。興奮してほっぺが真っ赤で、ふく!として。

『コクリコさんの赤ちゃんは、女の子。元気な小さな希望です。これから彼女は、どんな世界を味わうのでしょうか?願わくば、生きる冒険を、りんりんと勇気を持って、切り拓いて生きていけますように。』

ピン ポロリン コロリン♪

オルゴールが鳴り出した。
スタッフロールである。
妊娠中のコクリコと子供達。
最初の笑顔のインタビュー。

そして最後は、ベビードレスを着た赤ちゃんを抱いた、真っ直ぐカメラを、微笑みで見つめるコクリコ。

ポロ ピロリン♪

マールとヴィーフは、2人、番組が終わってブラックアウトしてからも。随分長く、のんびりと祝杯をあげていた。
自分達も、まるで生まれ変わったかのような心地、夢心地で。
ふわふわと。
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