うちの悪役令息が追放されたので、今日から共闘して一発逆転狙うことにしました

椿谷あずる

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56.おいでませ地獄

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「いやしっかし本当に混沌を極めてますねぇ」

 相変わらず部屋は騒がしい。
 下手に争いに巻き込まれないようにと、私は部屋の隅にあった椅子に腰かけた。

「いつもこんな感じなのよ」
「へぇそりゃ地獄ですね」

 地獄って思いの外近かったんだ。

「花嫁になれれば人生が変わるから、みんな必死なのよね……」
「なるほど」

 まあ言ってることは分かる。一生遊んで暮らせる権利だもんなぁ。

「驚いちゃったかもしれないけど、みんな根は素敵な人達よ。だから心配しないで」
「は、はい」

『そろそろ時間になります。受付番号の若い順にこちらにいらしてください』

「そろそろ出番ね」

 いよいよか。受付番号順ってことは、ギリギリに受付した私は最後の方だな。

「私は最初の方だからもう行くわね」
「頑張ってください」
「ふふっありがとう。あなたも頑張ってーー」

 その時、私の目には黒い人影が足早に通り過ぎるのが映った。
 それは丁度、立ち上がったマリアさんを弾き飛ばすような形で、ドンっという鈍い音を鳴らした。

「きゃっ」

 その人物は大きくよろめいて悲鳴をあげた。それは参加者の一人、さっき入り口付近で怒鳴り声を上げていた人だった。

「ごめんなさい」
「本当よ! もう、なんで私ばっかり今日はこんな目に合うの!」

 体勢を立て直すなり、早速女性は声を上げた。
 いやいや、お前も謝れよ。マリアさんの不注意もあるけど、お前だってすごい勢いで突っ込んできただろうに。

「あの、でも今のは」

 お前も悪い。そう言ってやろうと思った。
 しかし、その言葉は吐き出す前に止められることになった。

「いいの。私が不注意が招いたことよ」
「そんな」

 マリアさんが全面的に非難を受け入れたのだ。こんなの交通事故だって10:0にはならないってのに。

「ごめんなさい」
「全くだわ。次からは気をつけてちょうだい」

 そう言い残し、女性は立ち去ってしまった。

「……マリアさん、本当に大丈夫でした?」
「ええ、大丈夫よ」
「あの人、あんなにイライラすること無いのに。軽くぶつかっただけなのに」
「そうね」

 マリアさんは弱弱しく笑った。

「出来れば、あの人のその怒りが、本番に悪影響を及ぼさないことを願うわ」
「マリアさん……」

 自分にあんな態度で接してきたやつに対して、なんて優しい言葉なんだろう。

「じゃあ今度こそ行ってくるわね。お互いに頑張りましょう」
「……そうですね」

 花嫁に選ばれる人ってのはきっと彼女のように出来た人間なんだろう。
 立ち去っていく後ろ姿を見つめながら、おぼろげにそんな風に思った。

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