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18.食パンくわえながら屋敷の角でぶつかる展開

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「で、何をすればいいって?」
「とりあえずネインは魔法で、どこかにいそうなカッコいい王子様に変身しなさい」

 相変わらずのレクター屋敷前に停車している馬車の中。
 ネインは彼の従者だというのに、ここまで真っ当に自分の仕事を放棄して私達に付き合えるというから、レクターの懐の深さは海よりも深い。もちろん私がネインに話があるとレクターに言ったわけだけど、それでもここまで融通が利くなんて。
 ジュネ曰く『お嬢様に甘いだけですよ』とのことだ。

 だったら婚約破棄なんて考えなければいいのに。

「王子!?」

 車内にネインの声が響いた。

「あったり前じゃない。素のあんたがどうやってお嬢様をかっさらいに行けるの。家柄も、容姿も、人間性も、どれをとっても駄目じゃない」
「家柄と顔はお前と同じだよ」
「そうだけどね」

 悪びれもせずジュネが笑った。
 そんな二人の様子を交互に見比べる。

「二人とも」
「ん?」
「どれも別に悪いとは思わないけど?」
「お嬢様……」
「駄目です。甘やかさないで下さい、お嬢様」

 真顔で首を振ったのはジュネだった。

「その言葉で調子に乗って、コイツが素のままお嬢様に告白でもしてみて下さい。レクター様には鼻で笑われるだろうし、お嬢様にも人生の汚点が増えてしまいます」
「何もそこまで言わなくても」
「いいえ、きっとそうなります! 五秒で消費される一発ギャクもいいところです」

 ……そうだろうか。
 レクターの事だから、相手がどんな人であれ信じてしまいそうな気もするけど。

「とにかくここは、確実性を重視して、ネインには異国の王子になってもらいましょう。婚約破棄後はお嬢様が異国の王子と幸せに暮らしてハッピーエンド! 分かりましたね?」

 私は黙って頷いた。
 それが婚約破棄のセオリーというのなら、私はそれに準じよう。

「……じゃあ次の問題に移ろう」

 諦めたようにネインが言う。

「僕は王子に扮するけれど、そこから何をやればいいんだ」

 確かに。
 私もその後の事は分かっていない。
 答えを求めるように私達はジュネを見つめた。

「んー、フラグでも立てとく?」
「フラグ?」
「一目ぼれでもない限り、いきなり王子が現れて、お嬢様と結ばれるわけないですから。だからこう、その状態にたどり着くまでの伏線を張るっていう」
「例えばどんな」
「うーん……落ちてたハンカチを拾うとか、食パンくわえながら屋敷の角でぶつかるとか?」
「アホか」

 ネインの冷静なツッコミが入った。
 もちろん私も彼に同意する。

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