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30.そして婚約破棄へ……

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「さ、帰りましょうか」

 諸悪の根源である男に、一生撤回されることのない命令を下した私達。私達はふるふると自分の身に起きた出来事に実感の湧かないまま震えている彼を横目に、帰宅の準備を始めていた。

「もっとこう、厳しく断罪すると思ったんだけどなあ」

 名残惜しそうに新聞社の一室を眺め、ジュネがポツリと呟いた。

「例えば?」
「アレをアレして切っちゃうとか?」
「うわ……」

 ネインが露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

「するわけないでしょ、そんなこと。彼は二度と記事を書けない、それだけでもう十分よ」
「本当にそうでしょうか……」

 今度はネインが呟く。

「記事を書くのは彼だけではありません。第二第三の新たな記者が婚約破棄の記事を書けば、再び同じようなことが起こる可能性があるんじゃないでしょうか」
「それはないわ」

 私はさらりと否定した。

「だって今回の事件が明るみになれば、次に起こることなんて容易に想像出来るもの」
「あっ、それってもしかして」
「決まってるでしょ」

 私は笑って答えた。

「セイラ!」
「あら、レクター」

 外に出るとすっかり顔色が良くなったレクターが待っていた。

「もう大丈夫なの」
「ああ、いつの間にかすっかりね」
「よかった」

 たぶん私があの男を制御したことで、彼が新聞にかけていた負の呪いも解けたのだろう。

「それでじっとしてるのも嫌になって、せっかくだから自分で届けようかって」

 そう言って彼が差し出したのは大きなアタッシュケースだった。

「分かってるじゃない」
「まあね」

 レクターはにやりと笑った。

「ネインから話を聞いて、君のやりそうなことは粗方予想はついたよ。どうせ買収したんだろ?」
「ええ、そうよ」

 彼のアタッシュケースの中には、もちろん新聞社を買収するためのお金が詰まっている。

「それで、早速明日からの新聞はどうする?」
「それはさっき話していたんだけど」
「何だろう。どうせなら楽しいものがいいよね」
「楽しいもの?」
「そうさ。最近は暗い話題ばかりだったし、どうせ届けるなら、明るい方がいいだろう?」
「それも……そうね」
「で、どうするんだい?」

 にこにこしながらレクターが訊ねる。

 そうか、彼のいうことも一理ある。
 どうせなら楽しいものをか……。

「……ちょっといいかしら?」
「?」

 私はレクターに耳打ちした。
 それを聞いてパッと彼は目を輝かせる。

「なるほど、それは名案だ」
「それじゃ」
「ああ」

 レクターが私の正面に立ち、真っ直ぐに見つめる。

「セイラ」
「何」

「婚約破棄をしよう」
「ええ、喜んで」

 こうして私達は婚約破棄を決行した。

===

 次の日。

 【フォミール家令嬢 セイラ・フォミール氏、婚約破棄!】

「あー……ちゃんと載ってる載ってる。お嬢様ー、ちゃんと無事に新聞発行されましたー」

 ジュネが新聞を一部持って、私の部屋にやってくる。

「そう、それはよかったわ」

 彼女から手渡された新聞をぱさりと広げる。
 一面には私が婚約破棄記事。そしてその隣には……。

 【フォミール家令嬢 セイラ・フォミール氏、即復縁!!】

 並べられるようにして、私の復縁を告げる記事が掲載されていた。

「お嬢様も面白いことを考えますよね。まさか自らが婚約破棄と復縁をするなんて。私てっきり、あの男の企みを暴露するのかと思ってました」
「それも少しは考えたんだけどね」

 レクターの言葉で気持ちが変わった。

 どうせなら明るいものを。

 彼の言葉を聞かなければ、私はきっとあの男と同じ、悲劇で心を彩る負の情報をみんなにばらまいていたことだろう。

「せっかく新聞を作るなら、面白いものにしなくちゃだもの」
「それもそうですね!」

 ジュネが同意するように、にこりと元気に笑った。

「あとはこれで、記事の呪いで婚約破棄しちゃった人達も復縁するといいけどな」
「きっと大丈夫よ」
「自身たっぷりですね」
「もちろん」

 私は壁に貼っていた婚約破棄を遂行するための用紙を外すと、それをビリリと手で引き裂いた。

 これはもう、一生必要のないものだ。

「だって人間、悲劇よりも幸福を求めるものじゃない?」
「ですね」


 外から私達を呼ぶ声が聞こえる。
 窓を開けると、ネインとレクターが立っていた。
 どうやら私達の新聞記事を読んで、次々と復縁する人が増えているという話だった。

 明日の一面は、復縁ブームで決まりだろう。
 
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