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2-1 ペイトン・フォアード
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何がどうしてこうなった。
アデレードが去った部屋でペイトンは暫く考えこんでから、
「僕は一体何を約束したんだ?」
と呟いた。
応接間に入ってまず思ったアデレード・バルモアの第一印象は「平凡な令嬢」だった。
だから、余計にあんなことを言い出すとは予想できず混乱してしまった。
自分が開口一番、非常識なことを言った自覚はあったから、普通の令嬢なら怒るか悲しむか、どちらかだと思った。
しかし、アデレードは冷静に淡々と自分の意見を告げた。えっ? えっ? という間にわけのわからない承諾をしてしまった。
「彼女、おかしいよな?」
力なく執事のジェームス・ランドンに尋ねる。
「言っていることおかしいだろ?」
縋るように繰り返すと、ジェームスは、
「嫁いできた花嫁が旦那に愛されたいと思うのは当然のことでしょう。むしろ、旦那様の発言の方が大変失礼でしたよ」
と答えた。
ランドン家は何代にも渡りフォアード家に仕える家系だ。
ジェームスの父は家令としてフォアード侯爵に仕え、母は乳母として雇われていた。
つまりペイトンとジェームスは乳兄弟にあたる。
ジェームス自身も、学校卒業後すぐフォアード家で執事見習いとして勤め始めた。
ペイトンが十八で成人の儀を迎えて独り立ちした後は、筆頭執事としてこの屋敷について来た。
ジェームスは、ペイトンにとって、建前上は使用人であるが、個人的には兄的存在でもある。
言葉遣いは丁寧であるが、辛辣なことも言い合う仲だ。
「いや、そういうことを言っているんじゃなくて!」
ペイトンは抗議するが、ジェームスは冷めた表情でいる。
「じゃあ、どういうことを言っているんですか。嫁いできたから旦那に大切にされたい。自分の願望だけを叶えるのは不公平だから貴方の願いも叶える、という訴えは至極まともですよ」
その結果「自分は貴方を嫌うが、貴方は私を好きになれ」と流れることには「なんで!?」という感情しかないが。
しかし、ペイトンもそれに負ける劣らずおかしいので、ある意味お似合いなのではないか、とジェームスは思った。
この結婚が白い結婚だと知らされていたのに、ペイトンは「そんなこと言ってそのまま居座る腹づもりなんだ。絶対に僕を見たら気が変わって擦り寄ってくる」と高を括っていた。
何処から来るんだその自信! と一蹴できないところも厄介だった。
ペイトンは確かに女嫌いであるが誰彼構わず「近寄るな!」と四方に剣先を向けて練り歩くタイプではない。
ビジネスライクな付き合いならできるし、社交辞令も言える。
だが皮肉にもペイトンが長身で垢抜けた銀髪碧眼の美丈夫であることから、感じの良い態度に誤解して恋情を向ける令嬢が後を断たなかった。
一方、ペイトンは、ひとたび色の孕んだ言動を取られると掌返しにばっさり関係を切り捨てる。
それで袖にされた令嬢達から逆恨みされ、あらぬ噂を流されて、結果、余計に女性嫌いに拍車を掛ける悪循環が続いている。
しかし、ペイトンは女性関係を除けば常識的な男であるから、フォアード家の今後を考えると自分自身に強く思うことはあった。
されど、生理的に受け付けないものを好きになれと言うのは酷な話だ。
あれこれ考えるが決心しきれず逃げ続けてきた。
今回重い腰を上げたのは、相手が裕福な侯爵家の令嬢だったことが大きい。
ペイトンの最大の女嫌いの原因は金蔓として父親を騙して結婚した実母にある。
父は母にベタ惚れて、母の放蕩を許していたが、母はそれでは飽き足らず、浮気を重ね、挙句、フォアード家の財産を横領し男と駆け落ちした。
父は憔悴し、残されたペイトンは本当にフォアード家の血を引く子供であるかを疑われた。
他国の研究機関で血液による親子鑑定ができると知った親族に誘拐紛いで連行されて、鑑定を受けさせられた過去もある。
鑑定結果は「親子関係あり」と出たものの、ペイトンは心無い人間から後ろ指を指され暗い幼少期を過ごした。
成長するにつれ美丈夫だと有名だった曽祖父に生写しのように似てきたことでその噂は払拭されたのだが。
だから、結婚相手は金目当ての女を避けるため、自分と同等かそれ以上の資産家で高位貴族の娘でなければならない、という絶対的な条件を持っていた。
しかし、フォアード侯爵家より裕福な年頃の令嬢など早々いるはずはない。
いたとして、ペイトンのような難ありの男に嫁いでくるか、という問題もある。
そんな中、現れたのがアデレード・バルモアだった。
ペイトンの絶対譲れない第一条件をクリアしている希少な令嬢。
おまけにペイトンの碌でもない噂を知っても嫁いでくると言う。
フォアード侯爵家では両手を挙げてアデレードを迎えた。
だというのに、当の本人がいきなり先制攻撃をかましたのだから、苦言を呈したくもなる。
「初対面で為人が分かるわけないんだから、話し合って気が合うとか合わないとか判断するものでしょう。これが白い結婚というのもご存じでしょう? 嫌なら一年後に離縁できるという前提があるのに、いきなり失礼にもほどがありますよ。曲がりなりにも結婚の承諾をしたのですから往生際が悪すぎます」
ジェームスの言葉に、
「だが、」
とペイトンは反論しようとしたが、
「というか、もう約束したのですから一年はちゃんと奥様を愛して大切にしてください」
とジェームスが強引に締め括った。
何がどうしてこうなった。
アデレードが去った部屋でペイトンは暫く考えこんでから、
「僕は一体何を約束したんだ?」
と呟いた。
応接間に入ってまず思ったアデレード・バルモアの第一印象は「平凡な令嬢」だった。
だから、余計にあんなことを言い出すとは予想できず混乱してしまった。
自分が開口一番、非常識なことを言った自覚はあったから、普通の令嬢なら怒るか悲しむか、どちらかだと思った。
しかし、アデレードは冷静に淡々と自分の意見を告げた。えっ? えっ? という間にわけのわからない承諾をしてしまった。
「彼女、おかしいよな?」
力なく執事のジェームス・ランドンに尋ねる。
「言っていることおかしいだろ?」
縋るように繰り返すと、ジェームスは、
「嫁いできた花嫁が旦那に愛されたいと思うのは当然のことでしょう。むしろ、旦那様の発言の方が大変失礼でしたよ」
と答えた。
ランドン家は何代にも渡りフォアード家に仕える家系だ。
ジェームスの父は家令としてフォアード侯爵に仕え、母は乳母として雇われていた。
つまりペイトンとジェームスは乳兄弟にあたる。
ジェームス自身も、学校卒業後すぐフォアード家で執事見習いとして勤め始めた。
ペイトンが十八で成人の儀を迎えて独り立ちした後は、筆頭執事としてこの屋敷について来た。
ジェームスは、ペイトンにとって、建前上は使用人であるが、個人的には兄的存在でもある。
言葉遣いは丁寧であるが、辛辣なことも言い合う仲だ。
「いや、そういうことを言っているんじゃなくて!」
ペイトンは抗議するが、ジェームスは冷めた表情でいる。
「じゃあ、どういうことを言っているんですか。嫁いできたから旦那に大切にされたい。自分の願望だけを叶えるのは不公平だから貴方の願いも叶える、という訴えは至極まともですよ」
その結果「自分は貴方を嫌うが、貴方は私を好きになれ」と流れることには「なんで!?」という感情しかないが。
しかし、ペイトンもそれに負ける劣らずおかしいので、ある意味お似合いなのではないか、とジェームスは思った。
この結婚が白い結婚だと知らされていたのに、ペイトンは「そんなこと言ってそのまま居座る腹づもりなんだ。絶対に僕を見たら気が変わって擦り寄ってくる」と高を括っていた。
何処から来るんだその自信! と一蹴できないところも厄介だった。
ペイトンは確かに女嫌いであるが誰彼構わず「近寄るな!」と四方に剣先を向けて練り歩くタイプではない。
ビジネスライクな付き合いならできるし、社交辞令も言える。
だが皮肉にもペイトンが長身で垢抜けた銀髪碧眼の美丈夫であることから、感じの良い態度に誤解して恋情を向ける令嬢が後を断たなかった。
一方、ペイトンは、ひとたび色の孕んだ言動を取られると掌返しにばっさり関係を切り捨てる。
それで袖にされた令嬢達から逆恨みされ、あらぬ噂を流されて、結果、余計に女性嫌いに拍車を掛ける悪循環が続いている。
しかし、ペイトンは女性関係を除けば常識的な男であるから、フォアード家の今後を考えると自分自身に強く思うことはあった。
されど、生理的に受け付けないものを好きになれと言うのは酷な話だ。
あれこれ考えるが決心しきれず逃げ続けてきた。
今回重い腰を上げたのは、相手が裕福な侯爵家の令嬢だったことが大きい。
ペイトンの最大の女嫌いの原因は金蔓として父親を騙して結婚した実母にある。
父は母にベタ惚れて、母の放蕩を許していたが、母はそれでは飽き足らず、浮気を重ね、挙句、フォアード家の財産を横領し男と駆け落ちした。
父は憔悴し、残されたペイトンは本当にフォアード家の血を引く子供であるかを疑われた。
他国の研究機関で血液による親子鑑定ができると知った親族に誘拐紛いで連行されて、鑑定を受けさせられた過去もある。
鑑定結果は「親子関係あり」と出たものの、ペイトンは心無い人間から後ろ指を指され暗い幼少期を過ごした。
成長するにつれ美丈夫だと有名だった曽祖父に生写しのように似てきたことでその噂は払拭されたのだが。
だから、結婚相手は金目当ての女を避けるため、自分と同等かそれ以上の資産家で高位貴族の娘でなければならない、という絶対的な条件を持っていた。
しかし、フォアード侯爵家より裕福な年頃の令嬢など早々いるはずはない。
いたとして、ペイトンのような難ありの男に嫁いでくるか、という問題もある。
そんな中、現れたのがアデレード・バルモアだった。
ペイトンの絶対譲れない第一条件をクリアしている希少な令嬢。
おまけにペイトンの碌でもない噂を知っても嫁いでくると言う。
フォアード侯爵家では両手を挙げてアデレードを迎えた。
だというのに、当の本人がいきなり先制攻撃をかましたのだから、苦言を呈したくもなる。
「初対面で為人が分かるわけないんだから、話し合って気が合うとか合わないとか判断するものでしょう。これが白い結婚というのもご存じでしょう? 嫌なら一年後に離縁できるという前提があるのに、いきなり失礼にもほどがありますよ。曲がりなりにも結婚の承諾をしたのですから往生際が悪すぎます」
ジェームスの言葉に、
「だが、」
とペイトンは反論しようとしたが、
「というか、もう約束したのですから一年はちゃんと奥様を愛して大切にしてください」
とジェームスが強引に締め括った。
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