愛され妻と嫌われ夫 〜「君を愛することはない」をサクッとお断りした件について〜

榊どら

文字の大きさ
3 / 119

2-1 ペイトン・フォアード

しおりを挟む
▼▼▼
 何がどうしてこうなった。

 アデレードが去った部屋でペイトンは暫く考えこんでから、


「僕は一体何を約束したんだ?」


 と呟いた。

 応接間に入ってまず思ったアデレード・バルモアの第一印象は「平凡な令嬢」だった。

 だから、余計にあんなことを言い出すとは予想できず混乱してしまった。

 自分が開口一番、非常識なことを言った自覚はあったから、普通の令嬢なら怒るか悲しむか、どちらかだと思った。

 しかし、アデレードは冷静に淡々と自分の意見を告げた。えっ? えっ? という間にわけのわからない承諾をしてしまった。


「彼女、おかしいよな?」


 力なく執事のジェームス・ランドンに尋ねる。
 

「言っていることおかしいだろ?」


 縋るように繰り返すと、ジェームスは、


「嫁いできた花嫁が旦那に愛されたいと思うのは当然のことでしょう。むしろ、旦那様の発言の方が大変失礼でしたよ」


 と答えた。

 ランドン家は何代にも渡りフォアード家に仕える家系だ。

 ジェームスの父は家令としてフォアード侯爵に仕え、母は乳母として雇われていた。

 つまりペイトンとジェームスは乳兄弟にあたる。

 ジェームス自身も、学校卒業後すぐフォアード家で執事見習いとして勤め始めた。

 ペイトンが十八で成人の儀を迎えて独り立ちした後は、筆頭執事としてこの屋敷について来た。

 ジェームスは、ペイトンにとって、建前上は使用人であるが、個人的には兄的存在でもある。

 言葉遣いは丁寧であるが、辛辣なことも言い合う仲だ。


「いや、そういうことを言っているんじゃなくて!」


 ペイトンは抗議するが、ジェームスは冷めた表情でいる。


「じゃあ、どういうことを言っているんですか。嫁いできたから旦那に大切にされたい。自分の願望だけを叶えるのは不公平だから貴方の願いも叶える、という訴えは至極まともですよ」


 その結果「自分は貴方を嫌うが、貴方は私を好きになれ」と流れることには「なんで!?」という感情しかないが。

 しかし、ペイトンもそれに負ける劣らずおかしいので、ある意味お似合いなのではないか、とジェームスは思った。

 この結婚が白い結婚だと知らされていたのに、ペイトンは「そんなこと言ってそのまま居座る腹づもりなんだ。絶対に僕を見たら気が変わって擦り寄ってくる」と高を括っていた。

 何処から来るんだその自信! と一蹴できないところも厄介だった。

 ペイトンは確かに女嫌いであるが誰彼構わず「近寄るな!」と四方に剣先を向けて練り歩くタイプではない。

 ビジネスライクな付き合いならできるし、社交辞令も言える。

 だが皮肉にもペイトンが長身で垢抜けた銀髪碧眼の美丈夫であることから、感じの良い態度に誤解して恋情を向ける令嬢が後を断たなかった。

 一方、ペイトンは、ひとたび色の孕んだ言動を取られると掌返しにばっさり関係を切り捨てる。

 それで袖にされた令嬢達から逆恨みされ、あらぬ噂を流されて、結果、余計に女性嫌いに拍車を掛ける悪循環が続いている。

 しかし、ペイトンは女性関係を除けば常識的な男であるから、フォアード家の今後を考えると自分自身に強く思うことはあった。

 されど、生理的に受け付けないものを好きになれと言うのは酷な話だ。

 あれこれ考えるが決心しきれず逃げ続けてきた。

 今回重い腰を上げたのは、相手が裕福な侯爵家の令嬢だったことが大きい。

 ペイトンの最大の女嫌いの原因は金蔓として父親を騙して結婚した実母にある。

 父は母にベタ惚れて、母の放蕩を許していたが、母はそれでは飽き足らず、浮気を重ね、挙句、フォアード家の財産を横領し男と駆け落ちした。

 父は憔悴し、残されたペイトンは本当にフォアード家の血を引く子供であるかを疑われた。

 他国の研究機関で血液による親子鑑定ができると知った親族に誘拐紛いで連行されて、鑑定を受けさせられた過去もある。

 鑑定結果は「親子関係あり」と出たものの、ペイトンは心無い人間から後ろ指を指され暗い幼少期を過ごした。

 成長するにつれ美丈夫だと有名だった曽祖父に生写しのように似てきたことでその噂は払拭されたのだが。

 だから、結婚相手は金目当ての女を避けるため、自分と同等かそれ以上の資産家で高位貴族の娘でなければならない、という絶対的な条件を持っていた。

 しかし、フォアード侯爵家より裕福な年頃の令嬢など早々いるはずはない。

 いたとして、ペイトンのような難ありの男に嫁いでくるか、という問題もある。

 そんな中、現れたのがアデレード・バルモアだった。

 ペイトンの絶対譲れない第一条件をクリアしている希少な令嬢。

 おまけにペイトンの碌でもない噂を知っても嫁いでくると言う。

 フォアード侯爵家では両手を挙げてアデレードを迎えた。

 だというのに、当の本人がいきなり先制攻撃をかましたのだから、苦言を呈したくもなる。

 
「初対面で為人ひととなりが分かるわけないんだから、話し合って気が合うとか合わないとか判断するものでしょう。これが白い結婚というのもご存じでしょう? 嫌なら一年後に離縁できるという前提があるのに、いきなり失礼にもほどがありますよ。曲がりなりにも結婚の承諾をしたのですから往生際が悪すぎます」


 ジェームスの言葉に、


「だが、」

 
 とペイトンは反論しようとしたが、


「というか、もう約束したのですから一年はちゃんと奥様を愛して大切にしてください」


 とジェームスが強引に締め括った。
しおりを挟む
感想 396

あなたにおすすめの小説

八年間の恋を捨てて結婚します

abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。 無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。 そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。 彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。 八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。 なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。 正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。 「今度はそうやって気を引くつもりか!?」

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

私のことは愛さなくても結構です

ありがとうございました。さようなら
恋愛
サブリナは、聖騎士ジークムントからの婚約の打診の手紙をもらって有頂天になった。 一緒になって喜ぶ父親の姿を見た瞬間に前世の記憶が蘇った。 彼女は、自分が本の世界の中に生まれ変わったことに気がついた。 サブリナは、ジークムントと愛のない結婚をした後に、彼の愛する聖女アルネを嫉妬心の末に殺害しようとする。 いわゆる悪女だった。 サブリナは、ジークムントに首を切り落とされて、彼女の家族は全員死刑となった。 全ての記憶を思い出した後、サブリナは熱を出して寝込んでしまった。 そして、サブリナの妹クラリスが代打としてジークムントの婚約者になってしまう。 主役は、いわゆる悪役の妹です

さようなら、わたくしの騎士様

夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。 その時を待っていたのだ。 クリスは知っていた。 騎士ローウェルは裏切ると。 だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。 ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。 「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」 ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。 ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。 「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」 凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。 なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。 「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」 こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。

処理中です...