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2-3 契約締結
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「お前は一体誰の味方なんだ」
アデレードの姿が完全に見えなくなると、ペイトンも立ち上がり足早に自室へ向かった。
様子がおかしいので、仕方なくジェームスも後に従ったが、ペイトンは部屋に入るなりジェームスを責めた。
「味方とか、敵とか、そんな子供じみたこと言わないでください」
ジェームスが窘めて返したが、恨みがましい言葉とは裏腹にペイトンが妙にもじもじした態度なので不気味だなと思った。
ペイトンはどう贔屓目に見ても可愛い容姿ではない。
長身でどちらかと言えばがっちりしている。
顔も美形特有の冷たさがあり、朗らかさの欠片もない性格と相まって真顔でいるとかなり冷酷に見える。
その男が、今は何故か面映いような仕草をみせているから気味が悪いのだ。
「彼女……なんと呼べばいいんだ」
「え?」
「僕のこと、だ、旦那様って呼んでいただろう。旦那様に対する呼称は……奥様……か?」
こいつ何言ってんだ、とジェームスは思った。
一応、主人であるので口には出さなかったが、はっきり思った。
「いや、普通に名前で呼んでください。自分の妻を奥様とは言いませんよ」
「名前……」
「もしくは愛称でもいいのではないですか。アデレード様ですからアディとか」
「無茶言うな」
ペイトンの性格上愛称で呼べるわけはないのは承知だ。
ハードルを上げることで名前で呼ぶことの抵抗を下げる効果を狙った。
「だったら、普通に名前で呼んでください」
「いきなりすぎないか?」
だから、普通は結婚前に顔合わせして事前準備をする。
それを全部断ったのはお前だろうと言いたかったが、今更だ。
「気になるなら今日から夫婦になったから名前で呼ばせてもらうと許可を取ればよいのでは?」
「お前はそうやって許可を得たのか?」
「私は恋愛結婚でしたので恋人期間も長かったですし自然に名前で呼んでいました」
「ほら!」
何が「ほら!」なのか。ペイトンが勝ち誇って言うので、ジェームスは呆れるばかりだ。
ペイトンは女性とまともに付き合ったことはない。
しかし、女性と接点がなかったわけでもない。
ペイトンに関する悪質な噂を知ってなお、ペイトンの持つ地位と財産と美貌に群がる令嬢達は多数いる。
ペイトンの最も嫌うタイプの令嬢達だ。
手を替え品を替え近づいてくるので、二人きりで出掛ける状況に持ち込まれることもあった。
そんな時のペイトンは、実に堂々としており、紳士的に或いは辛辣に相手をあしらった。
取り乱すことなどなかったし、常に自分のペースだった。
だというのに、現状の体たらくぶりは何か。
女性を追い払う経験値は人並み以上だが、向き合う経験は幼児以下ということか。
それにしてもちょっとひどいのでは、とジェームスは困惑した。
「名前で呼んでください」と幾ら繰り返しても、ああだこうだごねまくる。
いやもう勘弁してくれよ、とうんざりしているところへ、天の助けのようにドアを叩く音がした。
救世主はアデレードが自国から連れてきた侍女のバーサだった。
夕食前に一度侍女長と共にペイトンの執務室へ挨拶に来ている。
「失礼致します。アデレード様から契約書を預かって参りました。アデレード様の分と、旦那様とジェームス様の控え用に三枚ありますのでそれぞれサインを頂くように言付かっております」
部屋へ戻ってすぐ作成したのだろうが仕事が早い。といっても一時間は経過しているが。
渡された契約書を受け取り内容を確認する。特に不備も見当たらない。
しかし、ペイトンはサインする気配がなかった。
内容に瑕疵がある云々ではなく契約自体を渋っている様子に見える。本当に往生際が悪い。
ジェームスが、長年の付き合いから無理やり擁護するならば、元来生真面目な男なので契約したからにはきっちり守らねばという思いが強く、条件のハードルが高すぎることを懸念しているのだろう。
何故こんなことになってしまったのか。思い返しても、特にアデレードが無理強いしたわけではない。
つまり承諾したペイトンのせいだ。
だから、もう潔く腹を括らせるしかない。
「奥様の分だけでも先に署名してください」
ジェームスはペイトンを煽った。
アデレードの分の契約書を持って帰りたいバーサが室内で待機しているのだ。
ペイトンはチラッとバーサに視線を向けた後、
「わかっている」
と、ようやく観念してペンを走らせた。
かくして愛され妻と嫌われ夫契約は締結した。
「お前は一体誰の味方なんだ」
アデレードの姿が完全に見えなくなると、ペイトンも立ち上がり足早に自室へ向かった。
様子がおかしいので、仕方なくジェームスも後に従ったが、ペイトンは部屋に入るなりジェームスを責めた。
「味方とか、敵とか、そんな子供じみたこと言わないでください」
ジェームスが窘めて返したが、恨みがましい言葉とは裏腹にペイトンが妙にもじもじした態度なので不気味だなと思った。
ペイトンはどう贔屓目に見ても可愛い容姿ではない。
長身でどちらかと言えばがっちりしている。
顔も美形特有の冷たさがあり、朗らかさの欠片もない性格と相まって真顔でいるとかなり冷酷に見える。
その男が、今は何故か面映いような仕草をみせているから気味が悪いのだ。
「彼女……なんと呼べばいいんだ」
「え?」
「僕のこと、だ、旦那様って呼んでいただろう。旦那様に対する呼称は……奥様……か?」
こいつ何言ってんだ、とジェームスは思った。
一応、主人であるので口には出さなかったが、はっきり思った。
「いや、普通に名前で呼んでください。自分の妻を奥様とは言いませんよ」
「名前……」
「もしくは愛称でもいいのではないですか。アデレード様ですからアディとか」
「無茶言うな」
ペイトンの性格上愛称で呼べるわけはないのは承知だ。
ハードルを上げることで名前で呼ぶことの抵抗を下げる効果を狙った。
「だったら、普通に名前で呼んでください」
「いきなりすぎないか?」
だから、普通は結婚前に顔合わせして事前準備をする。
それを全部断ったのはお前だろうと言いたかったが、今更だ。
「気になるなら今日から夫婦になったから名前で呼ばせてもらうと許可を取ればよいのでは?」
「お前はそうやって許可を得たのか?」
「私は恋愛結婚でしたので恋人期間も長かったですし自然に名前で呼んでいました」
「ほら!」
何が「ほら!」なのか。ペイトンが勝ち誇って言うので、ジェームスは呆れるばかりだ。
ペイトンは女性とまともに付き合ったことはない。
しかし、女性と接点がなかったわけでもない。
ペイトンに関する悪質な噂を知ってなお、ペイトンの持つ地位と財産と美貌に群がる令嬢達は多数いる。
ペイトンの最も嫌うタイプの令嬢達だ。
手を替え品を替え近づいてくるので、二人きりで出掛ける状況に持ち込まれることもあった。
そんな時のペイトンは、実に堂々としており、紳士的に或いは辛辣に相手をあしらった。
取り乱すことなどなかったし、常に自分のペースだった。
だというのに、現状の体たらくぶりは何か。
女性を追い払う経験値は人並み以上だが、向き合う経験は幼児以下ということか。
それにしてもちょっとひどいのでは、とジェームスは困惑した。
「名前で呼んでください」と幾ら繰り返しても、ああだこうだごねまくる。
いやもう勘弁してくれよ、とうんざりしているところへ、天の助けのようにドアを叩く音がした。
救世主はアデレードが自国から連れてきた侍女のバーサだった。
夕食前に一度侍女長と共にペイトンの執務室へ挨拶に来ている。
「失礼致します。アデレード様から契約書を預かって参りました。アデレード様の分と、旦那様とジェームス様の控え用に三枚ありますのでそれぞれサインを頂くように言付かっております」
部屋へ戻ってすぐ作成したのだろうが仕事が早い。といっても一時間は経過しているが。
渡された契約書を受け取り内容を確認する。特に不備も見当たらない。
しかし、ペイトンはサインする気配がなかった。
内容に瑕疵がある云々ではなく契約自体を渋っている様子に見える。本当に往生際が悪い。
ジェームスが、長年の付き合いから無理やり擁護するならば、元来生真面目な男なので契約したからにはきっちり守らねばという思いが強く、条件のハードルが高すぎることを懸念しているのだろう。
何故こんなことになってしまったのか。思い返しても、特にアデレードが無理強いしたわけではない。
つまり承諾したペイトンのせいだ。
だから、もう潔く腹を括らせるしかない。
「奥様の分だけでも先に署名してください」
ジェームスはペイトンを煽った。
アデレードの分の契約書を持って帰りたいバーサが室内で待機しているのだ。
ペイトンはチラッとバーサに視線を向けた後、
「わかっている」
と、ようやく観念してペンを走らせた。
かくして愛され妻と嫌われ夫契約は締結した。
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