愛され妻と嫌われ夫 〜「君を愛することはない」をサクッとお断りした件について〜

榊どら

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5-1 二人きりの馬車にて

 ペイトンと乗り込んだ馬車の中。沈黙が続くが、慣れているので放置している。

 十三歳で学園に入学して以来、アデレードは毎朝自家の馬車でリコッタ邸へ向かい、そこからリコッタ家の馬車でレイモンドと一緒に登校していた。


「アデレードちゃん、毎朝悪いわねぇ」


 と、リコッタ夫人はにこにこしてアデレードを歓迎してくれていたけれど、レイモンドは違った。

 母親の前では文句を言わないが、馬車の中では不機嫌にしていた。

 いや、入学当初はそんなことはなかった。二人で一緒に登校した方が安心だ、と笑っていた。

 同学年でもクラスが違ったから、毎朝、お互いの学校での出来事を話して共有していた。

 でも、少しずつ少しずつ会話が減っていった。

 レイモンドはアデレードが何か尋ねても碌な返事をしなくなって、アデレードが自分の話をしても生返事するようになった。

 そして、ある日、唐突に、


「俺、喋るの嫌いなんだよね」


 と言った。

 え、と思った。

 小さい頃から一緒にいて、どんな秘密も打ち明けてきた。レイモンドは無口なタイプでないはず。急にどうしたというのか。

 友人達と楽しげに喋っているのを知っている。私とは喋りたくないという意味か。随分な言い草じゃないか。

 昔の本当に仲の良かった頃なら怒って泣いて抗議した。だけども、あの時は言えなかった。

 ただ「そっかぁ……」とだけ返した。

 レイモンドが自分を疎ましく思っている現実から目を逸らした。

 嫌われたくなかったし、蔑ろにされたことを認めたくなかった。

 だから、何も気づかないふりをして、額面通りレイモンドは喋るのが嫌いだけど、人前では我慢して話をしている。

 自分にだけ本音を打ち明けてくれた、と思うことにした。


(馬鹿みたい)


 不快な過去を忘れたくて嫁いで来たのに、いちいちレイモンドのことを思い出してしまう。

 十八年の人生のどのページにもレイモンドがいるので仕方ないといえば仕方ないが。


(私のこれまでの人生ってなんだったのかしら?)


 レイモンドと結婚することだけを目標にしてきた。

 目指すゴールがあるから、辛いことでも頑張ってこれたという心理がある。

 だが、それがなくなって振り返ると苛立ちが沸き上がった。

 なにもかもリセットしたくて、結婚した。しかし、母と姉には反対されていた。

 反対というより、そのうちまた好きになれる人が現れるから焦って行動しない方がよい、という説得を受けた。

 でも、アデレードは自分の中の恋する力が全て使い果たされていることを感じていた。

 だから、女嫌いと有名なペイトンと政略結婚することは都合がよかった。

 「君を愛することはない」といったペイトンと同様に、アデレードもペイトンを愛することはないのだから。


(私も自分勝手な理由で結婚したのだから、旦那様ばっかり責めるのはお門違いなのよね)


 初対面で失言をしたのはペイトンの罪だが、もしあの時ペイトンから「結婚すると決めた以上貴女を愛し大切にすると誓おう」などと言われていたら逆に困ってしまったはずだ。

 実際のところアデレードはペイトンに対してそれほど悪感情は抱いていない。

 それなのに、


(なんであんな契約しちゃったんだろう)


 自分がというより、どう考えてもペイトンが了承したのが不可解すぎる。

 アデレードは車窓の景色から、盗み見るようにチラッとペイトンに視線を移した。
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