愛され妻と嫌われ夫 〜「君を愛することはない」をサクッとお断りした件について〜

榊どら

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SIDE1-4 ポーラ夫人の憂鬱

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「アデレードちゃんはどうしたんだ。最近全然来ないじゃないか」


 初めにその異変を口に出したのはリコッタ伯爵だった。

 毎朝レイモンドと一緒に登校していたアデレードが迎えに来ないことを懸念して尋ねたのだろう。

 何を今更、という乾いた思いでポーラは惚けたことを言う夫に、


「さぁ、喧嘩でもしたのじゃないかしら?」


 と返した。

 実際にレイモンドとアデレードの間に揉め事が生じたのは一月も前だ。

 あの日、レイモンドはアデレードとの約束に、メイジーを同伴して行った。

 いつもならポーラが怒って止めるが放っておいた。

 夕方レイモンドとメイジーは楽し気に帰ってきたが、翌朝からアデレードはリコッタ邸へ迎えに来なくなった。

 細かい事情は不明だが、デートに他の令嬢を同席させて怒らないはずがない。非はレイモンドにあることは間違いない。

 それでも、今までならアデレードは黙って我慢することが多かったし、怒っても翌日には機嫌を直してやって来た。

 しかし、今回は違った。
 
 そのことに関してポーラは不穏を感じた。自分が間に入らなかったことで生じた亀裂とは別に、アデレードの中に何か大きな変化が生じたのではないか、と。

 でも、ポーラはそれならそれで良いと思った。

 親友の娘であるアデレードのことは確かに可愛い。だが、自分の子供より可愛いはずがない。ポーラがこれまでアデレードを大切にしてきたのは全部レイモンドの為だった。

 何故なら、レイモンドは文句を言いながらも、季節ごとの行事や公式のパートナー同伴の夜会には必ずアデレードを伴うから。

 「親がうるさい」という体を取ってはいるものの、実際それは「これをしなければアデレードが離れていく」というかなめのことばかりだった。

 レイモンドは、卒業したらアデレードと結婚するつもりでいるし、実際それが極当たり前に叶うと思っている。

 レイモンドはアデレードを蔑ろにするくせに常にその動向を意識して、自分から離れないように気まぐれに優しくする。

 ポーラはそれを見抜いていたから、手遅れになる前に、レイモンドを叱りつけ、アデレードを可愛がり、卒業後、二人が結婚できる道を繋いできた。

 しかし、そのことが夫には何も伝わっておらず、レイモンドの態度は改まらなかった。挙句、二人がメイジーを優先することに、ポーラはほとほと嫌気がさした。


(こんなことならアデレードちゃんをもっと早くに自由にしてあげれば良かった)


 ポーラは、これまでのことを思い出し、自分が引き留めていたことでアデレードの人生を歪めてしまったのじゃないかと感じた。

 「リコッタ家の嫁」として扱うことでアデレードの恋心を煽ってきたのだ。

 だから、ポーラは、アデレードが来なくなってからの一月間、二人に関して一切口を挟まなかった。

 ただ、アデレードと、親友でありアデレードの母であるナタリアには、レイモンドの非礼を謝罪に行った。

 そしてそこでアデレードに縁談が持ち上がっていることを知った。

 相手は隣国の侯爵家の嫡男で白い結婚制度を利用したお試しの婚儀だという。これまでレイモンド以外の男性に目もくれなかったのにどうしたというのか。自棄に陥っているのではないか。

 だがそれをレイモンドの母親である自分が口にすることは憚られた。

 第一、ナタリアとバルモア侯爵がアデレードの意志に任せているなら余計な口出しをすべきではない。

 ポーラは心配と申し訳なさで胸が締め付けられたが口を噤んだ。

 しかし、そんなポーラの内心を見透かすように、アデレードは、


「おば様、心配しないで。上手くいかなければ戻ってくればいいだけだし」
 

 とけろっとした顔で笑った。自分に対して、もっと恨みつらみを口にしてくれてよいのに、とポーラはなんとも言えない気持ちになった。


(……娘になって欲しかったわね)


 ポーラは、その時、アデレードの幸せを心から祈った。

 そんな怒涛の一月が経過しているのに「アデレードちゃんは最近来ないな」などと尋ねる夫にたいして、ポーラは怒りを通り越して笑いが込み上げた。

 お望み通り、レイモンドが乗り気ではないアデレードとの婚儀はなくなったのだ。

 だが、それを告げるのはアデレードが出国した後の方がいい。一月あって何もしなかったのに、今更どこぞの馬鹿の横槍が入っては困るのだ。それに、これは長年積み上げた歳月の結果なのだから。
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