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SIDE1-3 ポーラ夫人の憂鬱
しおりを挟むリコッタ伯爵の妻ポーラは、夫の遠縁であるフランツ男爵家の娘メイジーを居候させるのは反対だった。
適齢期の息子のいる屋敷へ同年代の令嬢を住まわせるのは体裁が良くない。しかし、夫から、
「フランツ男爵の事業が失敗して多額の借金を背負うことになったそうだ。爵位を返上して領地を売り払えばなんとか一家で細々暮らしていくくらいの金は残るらしい。だが、せめて娘にはちゃんと学校を卒業させてやりたいと、卒業までの七ヶ月をうちで面倒をみてやって欲しいと頼まれたのだが」
と相談されて反対するのは心苦しかった。
メイジーはこの先、貴族でなくなり平民として働くことになる。学校を出ているか、出ていないかで働き口に雲泥の差がでる。
僅か一年足らずの学費と生活の保証をしてやることでメイジーの一生が大きく変わるのだ。
「わかりました。でも、メイジー嬢には侍女をつけて同じ部屋で寝かせるようにしてください。レイモンドと下手な噂が立っては困りますから」
ポーラが暗にちゃんと動向を見張っておくように伝えると、
「そんなに心配しなくとも、間違いなんか起こらんだろう」
とリコッタ伯爵は呑気に笑った。
ポーラは内心イラッときたが、確かにまだ何も起こっていないので、そのまま口を噤んだ。
しかし、悪い勘は当たった。
卒業すれば平民となるメイジーが学校にいるうちに貴族令息を捕まえようと躍起になることは予想できたし、当然その令息の中にレイモンドが含まれることも想像していた。
が、それより問題なのは、メイジーが形振り構わない馬鹿ではなく、いかにすれば自分の利になるかちゃんと算段する強かな娘であることだった。
メイジーは、レイモンドと親しくすることを母親の自分が望んでないと悟り、最初のうちはあまり関わりを持たずにいた。
しかし、二週間ほど経った頃、明らかに元気のない振る舞いをするようになった。
心配したリコッタ伯爵が理由を尋ねると、学校生活が上手くやれていないのだと言う。
転校したばかりで友達もおらず、実家のことが何処からか漏れて嘲笑されて辛い、と訴えた。
美しく儚げなメイジーが涙すれば、本当に悲しそうに見える。虐めを受けていると聞いて放っておくわけにもいかない。当然、リコッタ伯爵はレイモンドに、メイジーが学園に慣れるまで手助けするよう命じた。
しかし、ポーラは本当に虐めがあるのかを疑わしく思った。もし事実ならば学園へ直接訴えるべきでは? とも提案した。が、
「そんなことをすれば余計に酷い虐めに遭ってしまいます。後、半年間ほどの間のことですから、レイモンド様が助けてくださればきっと我慢できます」
というメイジーの言葉で、結局、レイモンドがメイジーと行動を共にして様子を見ることになった。
そして、そこから二人の仲は急速に深まっていった。学校ではアデレードを放って、メイジーとばかり過ごしていると聞いた。
そんなレイモンドに、ポーラは何度も苦言を呈した。口約束ではあったが、学園卒業後、レイモンドはアデレードを妻に娶る予定だ。そのアデレードを放ってメイジーを優先するなどありえないことだ。
「メイジー嬢の世話を焼くのはよいけど、アデレードちゃんを蔑ろにするようなことはやめなさい。本当に愛想を尽かされるから」
「蔑ろになんかしていない」
しかし、その度レイモンドはうんざりしたように答える。
夫に相談しても、
「メイジーを一人にしてまた虐められたら可哀想じゃないか」
と言い、挙句、
「アデレードちゃんは良い娘さんだけれど、レイモンドが乗り気じゃないのに、君の親友の娘だからと言う理由だけで無理やり結婚を勧めるのはどうかと思うよ」
などと言い始めた。その時、ポーラの中で何かが切れてしまった。
「そうね。わかりました」
その日から、ポーラは「アデレードちゃんをうちの嫁に」というスタンスを一切やめた。
これまでレイモンドが蔑ろにする分、ポーラが陰になり日向になり、アデレードを大事に大事にすることで辛うじて均整が取れていた。
その媒がなくなればどうなるか。レイモンドとアデレードの関係が崩れるまで、全く時間は掛からなかった。
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