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11-2 好きな人には嫌われても好き
▼▼▼
父から譲り受けたチケットだから無理して鑑賞したのではないか、と気を回したが、アデレードは「面白かったです」と答えた。
ペイトンは俄かに信じられなかった。
自分は話の途中からラウラに対して「早く別れろ」という感想しか持てなかった。
黙って姿を晦まさず別離の言葉をはっきり伝えてスッキリ終われば良かったのに、と不快な気分でカーテンコールを眺めていた。
でも、アデレードは違うらしい。
「例えばなんですけど、嫌いな人間に挨拶して無視されたら、『いやいやお前、こっちは礼儀として挨拶してやったのに何様のつもりだ。お前なんか二度と声掛けてやらないからな、地獄に堕ちろ馬鹿が』って思うじゃないですか」
え? 挨拶を無視されただけでそこまで? とペイトンは思ったが、アデレードはこちらの様子はおかまいなしで続ける。
「でも、それが好きな人だった場合『あれ? 聞こえなかったのかな?』とまず思うじゃないですか。体調が悪いのかな、とか、機嫌が悪かったのかな、とか、もしかして自分が何かしちゃったのかな、とか。そこでいきなり関係性を断絶したりはしないでしょう。なんで無視するのか理由を知りたいし、原因があるなら解決したいし、元に戻ってほしいと思う。多分、そんな状態がずっと続いている感じですよ」
言いたいことはわからなくもない。
その発想はなかったな、とペイトンは思った。
邪険にされた相手に縋りつくなど矜持が許さない。みっともないからやめろ、とペイトンはラウラに対して不愉快だったのだ。
だが、アデレードの話を聞いても、
「僕にはやはり理解できないな。幼い頃仲が良かっただけで、あんな仕打ちをされてずっと好意を継続し続けるなんて」
と納得しきれずペイトンは反論した。するとアデレードは、
「だから、姿を晦ませたんですよ」
とあっさり言った。え? とペイトンはわけがわからなかった。
(今、好きだから蔑ろにされても別れない話をしていたんじゃなかったか?)
困惑している間に、ウェイターが食前酒とアミューズを運んで来た。
アデレードは、シャンパンを一息に呷って、ポテトとスモークサーモンのアミューズを上機嫌で口に運んだ。
下品な振る舞いではないが、
(そんなに一気に飲んで大丈夫なのか……)
アデレードは、子供がジュースを飲むみたいにぐびぐび飲むから心配になる。
注意するとムスッとするので好きにさせることにしたが、酒に弱いと思われるのが嫌なのかなんなのか。
侯爵家の令嬢にしては喜怒哀楽がわかりやすい。
わかりやすいが、その感情の起因が不明なので厄介だ。さっきも一瞬曇った表情を見せたが、今はにこにこしている。
「君の理屈ならラウラは姿を消さないんじゃないか」
「え?」
「好きな人には嫌われても好きなんだろう?」
アデレードはそれまだ続けていたの? という視線を向けてくる。
会話は途中だったのではないか。いや、蒸し返す話ではなかったか。
観劇の後は、食事を共にして家まで送って帰るのがパターンだ。紳士の嗜みとして毎回そうする。
その際の会話は大体演目の感想になるが、恋愛談義にならないように気をつけてきた。
理想の恋人像やら好きなタイプへの話に飛躍して面倒くさいことになった経験が何度もあったから。
だというのに、今はこちらがしつこく尋ねている。何をしているのか。
(いや、契約を遂行するためだ)
アデレードの恋愛観は知っておく必要がある、とペイトンは言い訳めいて思った。
「だから、好きなうちは平気なんですが、好きじゃなくなったら平気じゃなくなるんです。別にずっと好きでいるとは言ってません。ある時、ハッと目が覚めるんですよ。でも、目覚めるまでは好きだから、他人がとやかく言っても無意味なんです。根本的な見方が違うから」
アデレードは答えるが、矛盾しているのかいないのか混乱した。ペイトンが反応できずにいると、
「旦那様も、碌でもない女を好きになれば分かります」
とアデレードは笑った。
他の女を好きになれ? それは曲がりなりにも夫に言う台詞か? ペイトンは、何故か妙にムッときて、
「好きになるなら優しく良識的な女性にするよ」
と答えたが、言った後、自分は何を言っているのかと直ぐに訂正した。
「そもそも僕は女性を好きにならない」
「ブレないですね」
アデレードかへらへら笑う。
酔っているんじゃないか。水を飲ませるべきか、じっと視診するよう見つめるとバチッと目が合った。
「でも、わかりますよそういう感じ。自分の中の恋する力がもう尽きて誰も好きにならないってことが分かるっていうか。時間が経てばまた好きな人ができるとか諭されると鬱陶しくなります」
アデレードは急に真顔になって言った。
今までこんな風に自分に共感してくる令嬢は何人もいた。
だが、行き着く先は「わたしは貴方の気持ちを理解しますし、他の女性とは違います」というアピールだった。
アデレードも同様のことを言い出すのではないか。
ペイトンが疑念を抱いていると、ウェイターが次の料理を運んできた。
父から譲り受けたチケットだから無理して鑑賞したのではないか、と気を回したが、アデレードは「面白かったです」と答えた。
ペイトンは俄かに信じられなかった。
自分は話の途中からラウラに対して「早く別れろ」という感想しか持てなかった。
黙って姿を晦まさず別離の言葉をはっきり伝えてスッキリ終われば良かったのに、と不快な気分でカーテンコールを眺めていた。
でも、アデレードは違うらしい。
「例えばなんですけど、嫌いな人間に挨拶して無視されたら、『いやいやお前、こっちは礼儀として挨拶してやったのに何様のつもりだ。お前なんか二度と声掛けてやらないからな、地獄に堕ちろ馬鹿が』って思うじゃないですか」
え? 挨拶を無視されただけでそこまで? とペイトンは思ったが、アデレードはこちらの様子はおかまいなしで続ける。
「でも、それが好きな人だった場合『あれ? 聞こえなかったのかな?』とまず思うじゃないですか。体調が悪いのかな、とか、機嫌が悪かったのかな、とか、もしかして自分が何かしちゃったのかな、とか。そこでいきなり関係性を断絶したりはしないでしょう。なんで無視するのか理由を知りたいし、原因があるなら解決したいし、元に戻ってほしいと思う。多分、そんな状態がずっと続いている感じですよ」
言いたいことはわからなくもない。
その発想はなかったな、とペイトンは思った。
邪険にされた相手に縋りつくなど矜持が許さない。みっともないからやめろ、とペイトンはラウラに対して不愉快だったのだ。
だが、アデレードの話を聞いても、
「僕にはやはり理解できないな。幼い頃仲が良かっただけで、あんな仕打ちをされてずっと好意を継続し続けるなんて」
と納得しきれずペイトンは反論した。するとアデレードは、
「だから、姿を晦ませたんですよ」
とあっさり言った。え? とペイトンはわけがわからなかった。
(今、好きだから蔑ろにされても別れない話をしていたんじゃなかったか?)
困惑している間に、ウェイターが食前酒とアミューズを運んで来た。
アデレードは、シャンパンを一息に呷って、ポテトとスモークサーモンのアミューズを上機嫌で口に運んだ。
下品な振る舞いではないが、
(そんなに一気に飲んで大丈夫なのか……)
アデレードは、子供がジュースを飲むみたいにぐびぐび飲むから心配になる。
注意するとムスッとするので好きにさせることにしたが、酒に弱いと思われるのが嫌なのかなんなのか。
侯爵家の令嬢にしては喜怒哀楽がわかりやすい。
わかりやすいが、その感情の起因が不明なので厄介だ。さっきも一瞬曇った表情を見せたが、今はにこにこしている。
「君の理屈ならラウラは姿を消さないんじゃないか」
「え?」
「好きな人には嫌われても好きなんだろう?」
アデレードはそれまだ続けていたの? という視線を向けてくる。
会話は途中だったのではないか。いや、蒸し返す話ではなかったか。
観劇の後は、食事を共にして家まで送って帰るのがパターンだ。紳士の嗜みとして毎回そうする。
その際の会話は大体演目の感想になるが、恋愛談義にならないように気をつけてきた。
理想の恋人像やら好きなタイプへの話に飛躍して面倒くさいことになった経験が何度もあったから。
だというのに、今はこちらがしつこく尋ねている。何をしているのか。
(いや、契約を遂行するためだ)
アデレードの恋愛観は知っておく必要がある、とペイトンは言い訳めいて思った。
「だから、好きなうちは平気なんですが、好きじゃなくなったら平気じゃなくなるんです。別にずっと好きでいるとは言ってません。ある時、ハッと目が覚めるんですよ。でも、目覚めるまでは好きだから、他人がとやかく言っても無意味なんです。根本的な見方が違うから」
アデレードは答えるが、矛盾しているのかいないのか混乱した。ペイトンが反応できずにいると、
「旦那様も、碌でもない女を好きになれば分かります」
とアデレードは笑った。
他の女を好きになれ? それは曲がりなりにも夫に言う台詞か? ペイトンは、何故か妙にムッときて、
「好きになるなら優しく良識的な女性にするよ」
と答えたが、言った後、自分は何を言っているのかと直ぐに訂正した。
「そもそも僕は女性を好きにならない」
「ブレないですね」
アデレードかへらへら笑う。
酔っているんじゃないか。水を飲ませるべきか、じっと視診するよう見つめるとバチッと目が合った。
「でも、わかりますよそういう感じ。自分の中の恋する力がもう尽きて誰も好きにならないってことが分かるっていうか。時間が経てばまた好きな人ができるとか諭されると鬱陶しくなります」
アデレードは急に真顔になって言った。
今までこんな風に自分に共感してくる令嬢は何人もいた。
だが、行き着く先は「わたしは貴方の気持ちを理解しますし、他の女性とは違います」というアピールだった。
アデレードも同様のことを言い出すのではないか。
ペイトンが疑念を抱いていると、ウェイターが次の料理を運んできた。
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