38 / 119
12-2 二日酔い
しおりを挟む
(思い返すと思考がいろいろおかしすぎる)
穴があったら入りたい気持ちになったが、済んでしまったものは致し方ない。致し方ないのだが、いつもなら直ぐにバーサを呼ぶところを、絶対に怒っているだろうな、と呼び鈴を鳴らせずにいた。
ベッド傍のサイドテーブルには、毎朝、八時の起床時に用意してくれる水差しとグラスが置かれてあった。手を掛けると温い。
これはもしかして大幅に寝過ごしているのでは? と時計に目をやると十一時過ぎだった。
(うわぁ……)
アデレードは現在与えられている仕事はなく、毎日暇なので、別に好きなだけ寝ていてもフォアード家の人間に咎められることはない。
が、バーサは違う。自堕落的な生活をしようものなら、
「バルモア侯爵様と奥様が知ったらどう思われますかね」
とくどくど言われることは必須だ。
それに、アデレード自身も嫁ぎ先でそこまで自由きままにやるほど非常識でもない。なので、毎日規則正しく生活している。だから今日だって、起こしてくれたら起きた。
そうだ、いつもは起こしてくれるじゃないか、とアデレードは開き直った。
朝だけはノック後、アデレードの返事がなくてもバーサは入室してくる。
今日も水差しだけは置いて行っている。
逆に何故起こしてくれなかったの? と強気でいこう、と思っているところへ、扉が叩く音がしてバーサがやってきた。
「お目覚めですか?」
「……はい」
アデレードはおずおず答えた。
バーサは、機嫌は良さそうに見えたが、これは怒りが突き抜けた時のやつでは? と不穏を感じた。
「アデレード様、わたしは見誤っていたようです」
やっぱり、とアデレードは思ったが反省の謝罪をするより先に、
「旦那様は心の広い方ですね」
とバーサは微笑んだ。
「え、何処が?」
めちゃくちゃ細かくあれこれ言ってきますけれども、とアデレードは首を捻った。
「朝の準備をしておりましたら、旦那様から呼び出しを受けましてね、アデレード様をゆっくり寝かせておくよう仰ったんです。わたしに叱らないようにとも念押しされまして。本来ならばあちらから叱責されて離縁されても仕方ないような失態ですのに」
とバーサが感心しきりに言うので、アデレードは、そこまでかしら? と思った。
記憶もちゃんとあるし、自分の足で部屋まで帰ってきた。泥酔して暴れ回ってはいない。もちろんそんな反論はしないが。
ただ、
「契約があるからじゃない?」
バーサがペイトンを褒めるのが、なんとなく面白くなくて、アデレードは皮肉まじりに言った。
「人の弱みにつけ込むのは感心しませんよ」
「別につけ込んでないわ」
「なら、いいですけど」
バーサは、新しく持ってきた水差しから冷たい水を汲んで、アデレードに差し出した。
こくこく飲むと食道を伝うのがわかった。まだ頭痛はするが、気分は幾分かすっきりした。
「食事はどうなされます?」
「先にお風呂入りたい」
「畏まりました」
バーサが備え付けられている隣室のバスルームへ向かう。アデレードは空になったコップに自分で水を汲みつつ、その後ろ姿を見つめた。
(でも、契約がなかったら、私は一年蔑ろにされていたかもしれないじゃない)
ペイトンのことは、意外に良い人だと思うが「意外に良い人」であるだけだ。
初対面でいきなり「君を愛することはない」と宣言をする割に良い人、という認識だ。
(まぁ、迷惑掛けたのは確かだから謝罪はするけどさ)
アデレードは冷たいコップを額に押し当てながら思った。
穴があったら入りたい気持ちになったが、済んでしまったものは致し方ない。致し方ないのだが、いつもなら直ぐにバーサを呼ぶところを、絶対に怒っているだろうな、と呼び鈴を鳴らせずにいた。
ベッド傍のサイドテーブルには、毎朝、八時の起床時に用意してくれる水差しとグラスが置かれてあった。手を掛けると温い。
これはもしかして大幅に寝過ごしているのでは? と時計に目をやると十一時過ぎだった。
(うわぁ……)
アデレードは現在与えられている仕事はなく、毎日暇なので、別に好きなだけ寝ていてもフォアード家の人間に咎められることはない。
が、バーサは違う。自堕落的な生活をしようものなら、
「バルモア侯爵様と奥様が知ったらどう思われますかね」
とくどくど言われることは必須だ。
それに、アデレード自身も嫁ぎ先でそこまで自由きままにやるほど非常識でもない。なので、毎日規則正しく生活している。だから今日だって、起こしてくれたら起きた。
そうだ、いつもは起こしてくれるじゃないか、とアデレードは開き直った。
朝だけはノック後、アデレードの返事がなくてもバーサは入室してくる。
今日も水差しだけは置いて行っている。
逆に何故起こしてくれなかったの? と強気でいこう、と思っているところへ、扉が叩く音がしてバーサがやってきた。
「お目覚めですか?」
「……はい」
アデレードはおずおず答えた。
バーサは、機嫌は良さそうに見えたが、これは怒りが突き抜けた時のやつでは? と不穏を感じた。
「アデレード様、わたしは見誤っていたようです」
やっぱり、とアデレードは思ったが反省の謝罪をするより先に、
「旦那様は心の広い方ですね」
とバーサは微笑んだ。
「え、何処が?」
めちゃくちゃ細かくあれこれ言ってきますけれども、とアデレードは首を捻った。
「朝の準備をしておりましたら、旦那様から呼び出しを受けましてね、アデレード様をゆっくり寝かせておくよう仰ったんです。わたしに叱らないようにとも念押しされまして。本来ならばあちらから叱責されて離縁されても仕方ないような失態ですのに」
とバーサが感心しきりに言うので、アデレードは、そこまでかしら? と思った。
記憶もちゃんとあるし、自分の足で部屋まで帰ってきた。泥酔して暴れ回ってはいない。もちろんそんな反論はしないが。
ただ、
「契約があるからじゃない?」
バーサがペイトンを褒めるのが、なんとなく面白くなくて、アデレードは皮肉まじりに言った。
「人の弱みにつけ込むのは感心しませんよ」
「別につけ込んでないわ」
「なら、いいですけど」
バーサは、新しく持ってきた水差しから冷たい水を汲んで、アデレードに差し出した。
こくこく飲むと食道を伝うのがわかった。まだ頭痛はするが、気分は幾分かすっきりした。
「食事はどうなされます?」
「先にお風呂入りたい」
「畏まりました」
バーサが備え付けられている隣室のバスルームへ向かう。アデレードは空になったコップに自分で水を汲みつつ、その後ろ姿を見つめた。
(でも、契約がなかったら、私は一年蔑ろにされていたかもしれないじゃない)
ペイトンのことは、意外に良い人だと思うが「意外に良い人」であるだけだ。
初対面でいきなり「君を愛することはない」と宣言をする割に良い人、という認識だ。
(まぁ、迷惑掛けたのは確かだから謝罪はするけどさ)
アデレードは冷たいコップを額に押し当てながら思った。
169
あなたにおすすめの小説
八年間の恋を捨てて結婚します
abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。
無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。
そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。
彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。
八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。
なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。
正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。
「今度はそうやって気を引くつもりか!?」
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
私のことは愛さなくても結構です
ありがとうございました。さようなら
恋愛
サブリナは、聖騎士ジークムントからの婚約の打診の手紙をもらって有頂天になった。
一緒になって喜ぶ父親の姿を見た瞬間に前世の記憶が蘇った。
彼女は、自分が本の世界の中に生まれ変わったことに気がついた。
サブリナは、ジークムントと愛のない結婚をした後に、彼の愛する聖女アルネを嫉妬心の末に殺害しようとする。
いわゆる悪女だった。
サブリナは、ジークムントに首を切り落とされて、彼女の家族は全員死刑となった。
全ての記憶を思い出した後、サブリナは熱を出して寝込んでしまった。
そして、サブリナの妹クラリスが代打としてジークムントの婚約者になってしまう。
主役は、いわゆる悪役の妹です
さようなら、わたくしの騎士様
夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。
その時を待っていたのだ。
クリスは知っていた。
騎士ローウェルは裏切ると。
だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
さようなら、私の愛したあなた。
希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。
ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。
「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」
ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。
ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。
「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」
凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。
なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。
「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」
こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる