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13-1 フォアード貿易商
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今日は実家から件のドレスの御礼の品としてウィスキーが届いた。
アデレードの母国であるノイスタイン王国の名産品で、年代物のウィスキーともなれば百万ギルを優に超える。
アデレードは詳しくないが、きっと送られてきた酒も値の張る品に違いない。
ペイトンがウィスキーを嗜むかどうかは不明だったが、招待されたパーティーに手土産として流用するなど活用法はある。高級な酒は失敗しない贈り物として重宝されるのだ。
アデレードは「これでちょっとは借りが返せるかしら」と安堵した。
それから、ウィスキーと共に大量に送られてきた郷土菓子のルクラをお茶請けに午後のひと時を楽しんだ。
バーサに頼んで、ルクラを使用人達にも配ってもらった。しかし、二十箱も入っていたので多量に残ったらしく、ジェームスから、
「貿易商の従業員達へ差し入れされてはどうですか? 旦那様もお喜びになりますよ」
という提案を受けた。
絶対に喜ばないでしょ、とアデレードは思ったが、
「夫の職場へ差し入れすることは、立派な妻の務めですよ」
と続けてジェームスが言うので、そういうかものかな? と納得してしまった。
そして、すぐにフォアード貿易商へ訪れることを決めた。
屋敷から馬車で二十分ほどの立地にあるフォアード貿易商は、アデレードが想像していたより立派な建物だった。
一階は店舗で二階、三階が事務所らしい。ジェームスに案内されて従業員用の通路から二階へ上がる。
受付に座っている女性が感じよく、
「いらっしゃいませ」
と立ち上がって告げた。
広いフロアに事務机が五つずつ三つの島に分かれて並べられている。男性が四人。女性は受付の他に席に三人座っているのが見えた。
机の数に比して働いている人数が少ないのは外回りに出掛けているのか、別店舗に出向いているのか。五店舗も保有しているらしいので、忙しいのだろう、とアデレードは事務所を興味津々で見渡した。
「お客様ですか? 今応接室は使用中でして、待合室でお待ちいただければ……」
「いや、こちらは社長の奥方のアデレード様だ。今日は事務所へ差し入れに来てくださったんだよ」
ジェームスがさらりと述べると、
「え、社長の奥様なんですか!」
と受付嬢が声を張った。すると事務所で作業をしていた従業員達がわらわら集まってきて、
「よくぞお越しくださいました。社長にずっと連れてきてくださいってお願いしていたんですよ」
「そうそう。それなのに隠し回って」
「でも、こんなに可愛い奥様なら隠したくなるのもわかりますよ」
とフランクに取り囲まれてアデレードはたじろいだ。
あの偏屈なペイトンの性格上、職場でも浮いた存在だろうと決めつけていたが、もし、ペイトンが従業員に慕われていないならこんな反応にはならない。
「あの、いつも主人がお世話になっております、これ良かったら皆さんで」
階段を上りきるまではジェームスが持ってくれていたが「奥様からお渡しください」と先ほど手渡されたルクラをおずおず差し出す。
「有難うございます」
代表して受付の女性が受け取ると、
「社長は来客中でして、多分もうすぐ出てくると思いますが」
とアデレードとジェームスを交互に見て言った。
「そうですね。では、店の方を少し見学しに行きましょうか」
ジェームスがアデレードに笑い掛ける。その間も従業員達は「可愛い、可愛い、若ーい」と好奇の目を向けてくるので、アデレードは上手い返しができず苦笑いで、
「あ、じゃあ、お願いします」
と小さく返事した。
従業員達のノリは完全に貴族のそれではない。出自を問わず優秀な人材を雇用していると、馬車の中でジェームスに聞いていたがこんなに和気藹々とした雰囲気の会社だとは思っていなかった。
ただ、恐ろしく好意的であることに安堵感はあった。
これまでの経験上「なんであんたみたいな女が!」という視線しか向けられたことはなかったから。
「では、参りましょうか」
ジェームスに先導され階段へ引き返すと、
「君、どうしたんだ!」
背後からペイトンの声がした。
アデレードが振り向くとペイトンが、
「すまない。少し失礼する」
と傍にいる男女に告げ、応接室らしい部屋の前から慌てて掛けてくる。
「何かあったのか?」
一体何があるというのか、と思いつつアデレードが、
「実家からノイスタインの郷土菓子が沢山送られて来たので差し入れに来ました」
と答えると、
「わざわざ届けてくれたのか」
とペイトンは拍子抜けしたような表情になった。余程自分が訪ねてくることが意外だったらしい。
尤もアデレード自身もジェームスに言われるまで職場にくるなんて夢にも考えてなかったが。
「妻の務めとして、こういったことも大事かと思いまして」
ジェームスの受け売りをそのまま返すと、
「そ、そうか。すまない。少し僕の執務室で待っていてくれないか」
とペイトンは言った。
店を案内してもらう所だったが、ペイトンの指示に従った方がよいのか悩む。
「執務室は本が散乱しているでしょう。私が店の方を案内しておりますので、見学が済むまでにどうにかしてください」
ジェームスが横から口を挟んだ。別に本くらい散乱していてもいいじゃないか、とアデレードは思ったが、ペイトンは「あ、あぁ、そうだな。それがいい」と何故か力強く頷いて、
「ゆっくり見て回るといい。欲しい物はなんでも買ってあげるから、ジェームスに言いなさい」
とどういうキャラ設定なのかわからないような台詞を吐いた。
「きゃー」という歓声が女性従業員達から上がる。ペイトンがそれに気づいて振り向くと、
「お前ら、見世物じゃないぞ。早く持ち場へ戻れ」
と一喝した。が、従業員達は委縮する様子はなく、むしろにやにやしながら、
「奥様、お菓子有難うございます。後で、美味しい紅茶を淹れてお持ちしますね」
と言い残して席へ戻っていく。
いろいろ意外過ぎてアデレードは呆気に取られた。「旦那様は仕事上なら女性とも人並みに交流されるんですよ」となんの会話の時だったかジェームスが言っていたことを、アデレードは思い出した。
残念な主人をフォローする健気な執事の発言だと生暖かく聞いていたが、本当だったのね、と思った。
「では、奥様参りましょうか」
再びジェームスに促され階段の方へ姿勢を向ける。しかし、今度もまた別の声に呼び止められた。
「なんだよペイトン、俺達には紹介してくれないのか? 隠すなんて水臭いな」
アデレードの母国であるノイスタイン王国の名産品で、年代物のウィスキーともなれば百万ギルを優に超える。
アデレードは詳しくないが、きっと送られてきた酒も値の張る品に違いない。
ペイトンがウィスキーを嗜むかどうかは不明だったが、招待されたパーティーに手土産として流用するなど活用法はある。高級な酒は失敗しない贈り物として重宝されるのだ。
アデレードは「これでちょっとは借りが返せるかしら」と安堵した。
それから、ウィスキーと共に大量に送られてきた郷土菓子のルクラをお茶請けに午後のひと時を楽しんだ。
バーサに頼んで、ルクラを使用人達にも配ってもらった。しかし、二十箱も入っていたので多量に残ったらしく、ジェームスから、
「貿易商の従業員達へ差し入れされてはどうですか? 旦那様もお喜びになりますよ」
という提案を受けた。
絶対に喜ばないでしょ、とアデレードは思ったが、
「夫の職場へ差し入れすることは、立派な妻の務めですよ」
と続けてジェームスが言うので、そういうかものかな? と納得してしまった。
そして、すぐにフォアード貿易商へ訪れることを決めた。
屋敷から馬車で二十分ほどの立地にあるフォアード貿易商は、アデレードが想像していたより立派な建物だった。
一階は店舗で二階、三階が事務所らしい。ジェームスに案内されて従業員用の通路から二階へ上がる。
受付に座っている女性が感じよく、
「いらっしゃいませ」
と立ち上がって告げた。
広いフロアに事務机が五つずつ三つの島に分かれて並べられている。男性が四人。女性は受付の他に席に三人座っているのが見えた。
机の数に比して働いている人数が少ないのは外回りに出掛けているのか、別店舗に出向いているのか。五店舗も保有しているらしいので、忙しいのだろう、とアデレードは事務所を興味津々で見渡した。
「お客様ですか? 今応接室は使用中でして、待合室でお待ちいただければ……」
「いや、こちらは社長の奥方のアデレード様だ。今日は事務所へ差し入れに来てくださったんだよ」
ジェームスがさらりと述べると、
「え、社長の奥様なんですか!」
と受付嬢が声を張った。すると事務所で作業をしていた従業員達がわらわら集まってきて、
「よくぞお越しくださいました。社長にずっと連れてきてくださいってお願いしていたんですよ」
「そうそう。それなのに隠し回って」
「でも、こんなに可愛い奥様なら隠したくなるのもわかりますよ」
とフランクに取り囲まれてアデレードはたじろいだ。
あの偏屈なペイトンの性格上、職場でも浮いた存在だろうと決めつけていたが、もし、ペイトンが従業員に慕われていないならこんな反応にはならない。
「あの、いつも主人がお世話になっております、これ良かったら皆さんで」
階段を上りきるまではジェームスが持ってくれていたが「奥様からお渡しください」と先ほど手渡されたルクラをおずおず差し出す。
「有難うございます」
代表して受付の女性が受け取ると、
「社長は来客中でして、多分もうすぐ出てくると思いますが」
とアデレードとジェームスを交互に見て言った。
「そうですね。では、店の方を少し見学しに行きましょうか」
ジェームスがアデレードに笑い掛ける。その間も従業員達は「可愛い、可愛い、若ーい」と好奇の目を向けてくるので、アデレードは上手い返しができず苦笑いで、
「あ、じゃあ、お願いします」
と小さく返事した。
従業員達のノリは完全に貴族のそれではない。出自を問わず優秀な人材を雇用していると、馬車の中でジェームスに聞いていたがこんなに和気藹々とした雰囲気の会社だとは思っていなかった。
ただ、恐ろしく好意的であることに安堵感はあった。
これまでの経験上「なんであんたみたいな女が!」という視線しか向けられたことはなかったから。
「では、参りましょうか」
ジェームスに先導され階段へ引き返すと、
「君、どうしたんだ!」
背後からペイトンの声がした。
アデレードが振り向くとペイトンが、
「すまない。少し失礼する」
と傍にいる男女に告げ、応接室らしい部屋の前から慌てて掛けてくる。
「何かあったのか?」
一体何があるというのか、と思いつつアデレードが、
「実家からノイスタインの郷土菓子が沢山送られて来たので差し入れに来ました」
と答えると、
「わざわざ届けてくれたのか」
とペイトンは拍子抜けしたような表情になった。余程自分が訪ねてくることが意外だったらしい。
尤もアデレード自身もジェームスに言われるまで職場にくるなんて夢にも考えてなかったが。
「妻の務めとして、こういったことも大事かと思いまして」
ジェームスの受け売りをそのまま返すと、
「そ、そうか。すまない。少し僕の執務室で待っていてくれないか」
とペイトンは言った。
店を案内してもらう所だったが、ペイトンの指示に従った方がよいのか悩む。
「執務室は本が散乱しているでしょう。私が店の方を案内しておりますので、見学が済むまでにどうにかしてください」
ジェームスが横から口を挟んだ。別に本くらい散乱していてもいいじゃないか、とアデレードは思ったが、ペイトンは「あ、あぁ、そうだな。それがいい」と何故か力強く頷いて、
「ゆっくり見て回るといい。欲しい物はなんでも買ってあげるから、ジェームスに言いなさい」
とどういうキャラ設定なのかわからないような台詞を吐いた。
「きゃー」という歓声が女性従業員達から上がる。ペイトンがそれに気づいて振り向くと、
「お前ら、見世物じゃないぞ。早く持ち場へ戻れ」
と一喝した。が、従業員達は委縮する様子はなく、むしろにやにやしながら、
「奥様、お菓子有難うございます。後で、美味しい紅茶を淹れてお持ちしますね」
と言い残して席へ戻っていく。
いろいろ意外過ぎてアデレードは呆気に取られた。「旦那様は仕事上なら女性とも人並みに交流されるんですよ」となんの会話の時だったかジェームスが言っていたことを、アデレードは思い出した。
残念な主人をフォローする健気な執事の発言だと生暖かく聞いていたが、本当だったのね、と思った。
「では、奥様参りましょうか」
再びジェームスに促され階段の方へ姿勢を向ける。しかし、今度もまた別の声に呼び止められた。
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