愛され妻と嫌われ夫 〜「君を愛することはない」をサクッとお断りした件について〜

榊どら

文字の大きさ
40 / 119

13-2 ノイスタインの敵

しおりを挟む
 先程までペイトンが接客していたらしき男女が近づいてくる。

 茶色の背広を着た小柄な男性と紫のシックなドレスに身を包んだ派手めな女性だ。

 顧客なのかと思っていたが、口調からして知人か友人のようだ。


「そうよ。貴方が結婚したって皆大騒ぎなのに何処の夜会にも出席しないし。奥様退屈しているんじゃないかしら? 隣国から嫁いで来られたんでしょう?」


 妖艶な美女だ。ペイトンの最も嫌いなタイプではないか。じろじろ見てくるので非常に感じが悪い。

 ただ、アデレードはこっちの対応の方が慣れているので「ふうん」と思いながら負けじと不躾な視線を返した。

 向こうがゴージャスなドレスで、自分は普段着のシンプルなワンピースであることだけ悔やまれる。夫の仕事場に着飾った妻が現れるのは場違いな気がして配慮したのが裏目に出た。


「隠しているつもりはない。嫁いできたばかりで生活に慣れるのが先決だと思っていただけだ」


 ペイトンはそう言うと、こちら指して「バルモア侯爵の末娘で妻のアデレードだ」と端的に告げた。


「初めまして。アデレードです。以後お見知り置きを」


 なのでアデレードもワンピースを軽く摘んでシンプルな挨拶をした。


「初めまして。俺はローグ侯爵家のダミアン。こっちは婚約者でボリナス男爵家のクリスタです。三人とも学生時代からの付き合いでして、折角だからペイトンの店で結婚指輪を選ぶことにしたんです。まさか奥方に会えるとは、お目に掛かれて光栄です」

 
 ダミアンと名乗る男が感じよく言うが、隣の女性を婚約者だと告げることに、


(じゃあ、なんで好戦的な目で見てくるわけ?)


 とアデレードは驚いた。美人に対する劣等感と被害者妄想でそう感じたのかな、と一瞬思った。が、


「ペイトン、貴方、酷いわよ。式も挙げていないんでしょう? こんなに可愛らしい奥様を貰っておいて可哀想じゃないの。結婚式は女の夢よ」


 とクリスタが言うので気のせいじゃなかったことを確信した。

 誰がどう見ても裕福で、あり余る私財を有しているフォアード侯爵家の嫡男が結婚式を挙げないのは、白い結婚である以外に他ならない。

 わざわざあげつらうのは「これは政略結婚で貴女は愛されているわけじゃないのよ」と示唆している嫌味だ。
 

(なんなのこの人。婚約者の前で自分の性格の悪さ露呈して馬鹿なんじゃない?)


 自分だったらこんな性悪とは破談にする、とアデレードは呆れたが、ダミアンはにこにこしている。

 正直なところ、見た目的に美女と野獣のようなカップルだ。ダミアンが惚れ切っているのだろう。恋は盲目だ。


(なんて返したら鼻を明かしてやれるかしら)


 アデレードが上手い煽り文句を考えていると、


「君、式を挙げたかったのか? 君が挙げたいなら今からでも準備するが」


 ペイトンがこちらに向けて言い放った。


(何言ってんの)


 白い結婚制度を理解していないのか。クリスタを牽制するのに力を貸してくれたのか。前者ではないだろうが、絶対に後者でもない。じゃあ、どういうことなのか。アデレードはペイトンの言動のあまりの訳のわからなさに吹き出してしまった。


「急にどうしたんだ」


 ペイトンが焦って言う。お前がクリスタの嫌味にとぼけた横槍をいれるからツボに嵌ってしまったんだ、などと説明できるはずもない。それに今はクリスタをやり込めるのに忙しいのだ。

 アデレードは、


「いえ、私は式には興味がないので挙げて頂かなくて大丈夫です。旦那様と結婚できただけで幸せですから。でも、クリスタ様はダミアン様との結婚式をとても楽しみになさっているようです。素敵な挙式を予定されているんでしょうね。おめでとうございます」


 とペイトンを出しにして、クリスタに対する皮肉を返した。


「いやぁ、有難うございます。式には是非ご夫婦でお越しください。招待状を送りますので」


 だが、クリスタではなくダミアンが嬉しげに返事するので、若干申し訳なさを感じた。祝い事に難癖をつける真似は人としてどうかと思った。

 売られた喧嘩はもれなく買う所存だが、ペイトンの友人で顧客でもあるならば、ある程度は許容しないといけないわね、とアデレードは自省した。

 なので幸せそうなダミアンに対し、優しい気持ちで、


「ご招待頂けるなんて光栄です。二人の門出を心から祝福します」


 と言った。


「あぁ、そうだな」


 ペイトンも同意する。すると明らかにクリスタの目つきが鋭くなった。アデレードにだけわかるような絶妙な立ち位置で睨んでくる。

 今のはペイトンが勝手に言っただけでしょうよ、とアデレードは腑に落ちなさを感じた。

 大体、ダミアンとの結婚が決まっているのになんなんだろうか。ペイトンに執着しているのは明白だが、学生時代好きだった男、という範疇の熱量ではないことに、アデレードは引いた。


「ねぇ、早く指輪が見たいわ」


「あぁ、そうだな。では、アデレード夫人、失礼します」


 分が悪いと悟ったのか、クリスタが甘えた口ぶりで言うと、ダミアンがすぐに応じて二人が階下へ向かう。
 これ以上睨まれたら「私の旦那様が好きだから妻の私を妬んで睨むんですか? 婚約者が隣にいるのに頭大丈夫ですか?」と口に出してしまいそうだったので助かった。


「少し時間が掛かるから、君も下で好きな物を買うといい」


 まだその場にいるペイトンが、しつこく何処かのパトロンのような台詞を言う。

 そもそもドレスの御礼のウィスキーが届いたから、ついでの差し入れでここに来たのだ。またプレゼントされたら本末転倒になる。何も買わなければ良いだけの話なので「有難うございます」と返したが。


「ペイトン、何しているの? 早く指輪を見せて頂戴!」


 クリスタからお呼びが掛かる。


「お仕事でしょう。行ってください」
「あぁ、じゃあ、また後で」

 
 ペイトンが二人の後を追う。その肩越しに何故か勝ち誇った笑顔のクリスタが見えた。全然相手にされてないのに何故? という感情しかない。


(もしかして夜会に行ったらこんな連中がうようよいるんじゃないの?)


 想像するとうんざりする。しかし、その一方で、ノイスタインの敵はバリバラで討てばよいのでは? と不埒なことも思った。

しおりを挟む
感想 396

あなたにおすすめの小説

八年間の恋を捨てて結婚します

abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。 無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。 そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。 彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。 八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。 なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。 正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。 「今度はそうやって気を引くつもりか!?」

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

私のことは愛さなくても結構です

ありがとうございました。さようなら
恋愛
サブリナは、聖騎士ジークムントからの婚約の打診の手紙をもらって有頂天になった。 一緒になって喜ぶ父親の姿を見た瞬間に前世の記憶が蘇った。 彼女は、自分が本の世界の中に生まれ変わったことに気がついた。 サブリナは、ジークムントと愛のない結婚をした後に、彼の愛する聖女アルネを嫉妬心の末に殺害しようとする。 いわゆる悪女だった。 サブリナは、ジークムントに首を切り落とされて、彼女の家族は全員死刑となった。 全ての記憶を思い出した後、サブリナは熱を出して寝込んでしまった。 そして、サブリナの妹クラリスが代打としてジークムントの婚約者になってしまう。 主役は、いわゆる悪役の妹です

さようなら、わたくしの騎士様

夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。 その時を待っていたのだ。 クリスは知っていた。 騎士ローウェルは裏切ると。 だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。 ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。 「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」 ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。 ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。 「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」 凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。 なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。 「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」 こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。

処理中です...