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13-2 ノイスタインの敵
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先程までペイトンが接客していたらしき男女が近づいてくる。
茶色の背広を着た小柄な男性と紫のシックなドレスに身を包んだ派手めな女性だ。
顧客なのかと思っていたが、口調からして知人か友人のようだ。
「そうよ。貴方が結婚したって皆大騒ぎなのに何処の夜会にも出席しないし。奥様退屈しているんじゃないかしら? 隣国から嫁いで来られたんでしょう?」
妖艶な美女だ。ペイトンの最も嫌いなタイプではないか。じろじろ見てくるので非常に感じが悪い。
ただ、アデレードはこっちの対応の方が慣れているので「ふうん」と思いながら負けじと不躾な視線を返した。
向こうがゴージャスなドレスで、自分は普段着のシンプルなワンピースであることだけ悔やまれる。夫の仕事場に着飾った妻が現れるのは場違いな気がして配慮したのが裏目に出た。
「隠しているつもりはない。嫁いできたばかりで生活に慣れるのが先決だと思っていただけだ」
ペイトンはそう言うと、こちら指して「バルモア侯爵の末娘で妻のアデレードだ」と端的に告げた。
「初めまして。アデレードです。以後お見知り置きを」
なのでアデレードもワンピースを軽く摘んでシンプルな挨拶をした。
「初めまして。俺はローグ侯爵家のダミアン。こっちは婚約者でボリナス男爵家のクリスタです。三人とも学生時代からの付き合いでして、折角だからペイトンの店で結婚指輪を選ぶことにしたんです。まさか奥方に会えるとは、お目に掛かれて光栄です」
ダミアンと名乗る男が感じよく言うが、隣の女性を婚約者だと告げることに、
(じゃあ、なんで好戦的な目で見てくるわけ?)
とアデレードは驚いた。美人に対する劣等感と被害者妄想でそう感じたのかな、と一瞬思った。が、
「ペイトン、貴方、酷いわよ。式も挙げていないんでしょう? こんなに可愛らしい奥様を貰っておいて可哀想じゃないの。結婚式は女の夢よ」
とクリスタが言うので気のせいじゃなかったことを確信した。
誰がどう見ても裕福で、あり余る私財を有しているフォアード侯爵家の嫡男が結婚式を挙げないのは、白い結婚である以外に他ならない。
わざわざ論うのは「これは政略結婚で貴女は愛されているわけじゃないのよ」と示唆している嫌味だ。
(なんなのこの人。婚約者の前で自分の性格の悪さ露呈して馬鹿なんじゃない?)
自分だったらこんな性悪とは破談にする、とアデレードは呆れたが、ダミアンはにこにこしている。
正直なところ、見た目的に美女と野獣のようなカップルだ。ダミアンが惚れ切っているのだろう。恋は盲目だ。
(なんて返したら鼻を明かしてやれるかしら)
アデレードが上手い煽り文句を考えていると、
「君、式を挙げたかったのか? 君が挙げたいなら今からでも準備するが」
ペイトンがこちらに向けて言い放った。
(何言ってんの)
白い結婚制度を理解していないのか。クリスタを牽制するのに力を貸してくれたのか。前者ではないだろうが、絶対に後者でもない。じゃあ、どういうことなのか。アデレードはペイトンの言動のあまりの訳のわからなさに吹き出してしまった。
「急にどうしたんだ」
ペイトンが焦って言う。お前がクリスタの嫌味にとぼけた横槍をいれるからツボに嵌ってしまったんだ、などと説明できるはずもない。それに今はクリスタをやり込めるのに忙しいのだ。
アデレードは、
「いえ、私は式には興味がないので挙げて頂かなくて大丈夫です。旦那様と結婚できただけで幸せですから。でも、クリスタ様はダミアン様との結婚式をとても楽しみになさっているようです。素敵な挙式を予定されているんでしょうね。おめでとうございます」
とペイトンを出しにして、クリスタに対する皮肉を返した。
「いやぁ、有難うございます。式には是非ご夫婦でお越しください。招待状を送りますので」
だが、クリスタではなくダミアンが嬉しげに返事するので、若干申し訳なさを感じた。祝い事に難癖をつける真似は人としてどうかと思った。
売られた喧嘩はもれなく買う所存だが、ペイトンの友人で顧客でもあるならば、ある程度は許容しないといけないわね、とアデレードは自省した。
なので幸せそうなダミアンに対し、優しい気持ちで、
「ご招待頂けるなんて光栄です。二人の門出を心から祝福します」
と言った。
「あぁ、そうだな」
ペイトンも同意する。すると明らかにクリスタの目つきが鋭くなった。アデレードにだけわかるような絶妙な立ち位置で睨んでくる。
今のはペイトンが勝手に言っただけでしょうよ、とアデレードは腑に落ちなさを感じた。
大体、ダミアンとの結婚が決まっているのになんなんだろうか。ペイトンに執着しているのは明白だが、学生時代好きだった男、という範疇の熱量ではないことに、アデレードは引いた。
「ねぇ、早く指輪が見たいわ」
「あぁ、そうだな。では、アデレード夫人、失礼します」
分が悪いと悟ったのか、クリスタが甘えた口ぶりで言うと、ダミアンがすぐに応じて二人が階下へ向かう。
これ以上睨まれたら「私の旦那様が好きだから妻の私を妬んで睨むんですか? 婚約者が隣にいるのに頭大丈夫ですか?」と口に出してしまいそうだったので助かった。
「少し時間が掛かるから、君も下で好きな物を買うといい」
まだその場にいるペイトンが、しつこく何処かのパトロンのような台詞を言う。
そもそもドレスの御礼のウィスキーが届いたから、ついでの差し入れでここに来たのだ。またプレゼントされたら本末転倒になる。何も買わなければ良いだけの話なので「有難うございます」と返したが。
「ペイトン、何しているの? 早く指輪を見せて頂戴!」
クリスタからお呼びが掛かる。
「お仕事でしょう。行ってください」
「あぁ、じゃあ、また後で」
ペイトンが二人の後を追う。その肩越しに何故か勝ち誇った笑顔のクリスタが見えた。全然相手にされてないのに何故? という感情しかない。
(もしかして夜会に行ったらこんな連中がうようよいるんじゃないの?)
想像するとうんざりする。しかし、その一方で、ノイスタインの敵はバリバラで討てばよいのでは? と不埒なことも思った。
茶色の背広を着た小柄な男性と紫のシックなドレスに身を包んだ派手めな女性だ。
顧客なのかと思っていたが、口調からして知人か友人のようだ。
「そうよ。貴方が結婚したって皆大騒ぎなのに何処の夜会にも出席しないし。奥様退屈しているんじゃないかしら? 隣国から嫁いで来られたんでしょう?」
妖艶な美女だ。ペイトンの最も嫌いなタイプではないか。じろじろ見てくるので非常に感じが悪い。
ただ、アデレードはこっちの対応の方が慣れているので「ふうん」と思いながら負けじと不躾な視線を返した。
向こうがゴージャスなドレスで、自分は普段着のシンプルなワンピースであることだけ悔やまれる。夫の仕事場に着飾った妻が現れるのは場違いな気がして配慮したのが裏目に出た。
「隠しているつもりはない。嫁いできたばかりで生活に慣れるのが先決だと思っていただけだ」
ペイトンはそう言うと、こちら指して「バルモア侯爵の末娘で妻のアデレードだ」と端的に告げた。
「初めまして。アデレードです。以後お見知り置きを」
なのでアデレードもワンピースを軽く摘んでシンプルな挨拶をした。
「初めまして。俺はローグ侯爵家のダミアン。こっちは婚約者でボリナス男爵家のクリスタです。三人とも学生時代からの付き合いでして、折角だからペイトンの店で結婚指輪を選ぶことにしたんです。まさか奥方に会えるとは、お目に掛かれて光栄です」
ダミアンと名乗る男が感じよく言うが、隣の女性を婚約者だと告げることに、
(じゃあ、なんで好戦的な目で見てくるわけ?)
とアデレードは驚いた。美人に対する劣等感と被害者妄想でそう感じたのかな、と一瞬思った。が、
「ペイトン、貴方、酷いわよ。式も挙げていないんでしょう? こんなに可愛らしい奥様を貰っておいて可哀想じゃないの。結婚式は女の夢よ」
とクリスタが言うので気のせいじゃなかったことを確信した。
誰がどう見ても裕福で、あり余る私財を有しているフォアード侯爵家の嫡男が結婚式を挙げないのは、白い結婚である以外に他ならない。
わざわざ論うのは「これは政略結婚で貴女は愛されているわけじゃないのよ」と示唆している嫌味だ。
(なんなのこの人。婚約者の前で自分の性格の悪さ露呈して馬鹿なんじゃない?)
自分だったらこんな性悪とは破談にする、とアデレードは呆れたが、ダミアンはにこにこしている。
正直なところ、見た目的に美女と野獣のようなカップルだ。ダミアンが惚れ切っているのだろう。恋は盲目だ。
(なんて返したら鼻を明かしてやれるかしら)
アデレードが上手い煽り文句を考えていると、
「君、式を挙げたかったのか? 君が挙げたいなら今からでも準備するが」
ペイトンがこちらに向けて言い放った。
(何言ってんの)
白い結婚制度を理解していないのか。クリスタを牽制するのに力を貸してくれたのか。前者ではないだろうが、絶対に後者でもない。じゃあ、どういうことなのか。アデレードはペイトンの言動のあまりの訳のわからなさに吹き出してしまった。
「急にどうしたんだ」
ペイトンが焦って言う。お前がクリスタの嫌味にとぼけた横槍をいれるからツボに嵌ってしまったんだ、などと説明できるはずもない。それに今はクリスタをやり込めるのに忙しいのだ。
アデレードは、
「いえ、私は式には興味がないので挙げて頂かなくて大丈夫です。旦那様と結婚できただけで幸せですから。でも、クリスタ様はダミアン様との結婚式をとても楽しみになさっているようです。素敵な挙式を予定されているんでしょうね。おめでとうございます」
とペイトンを出しにして、クリスタに対する皮肉を返した。
「いやぁ、有難うございます。式には是非ご夫婦でお越しください。招待状を送りますので」
だが、クリスタではなくダミアンが嬉しげに返事するので、若干申し訳なさを感じた。祝い事に難癖をつける真似は人としてどうかと思った。
売られた喧嘩はもれなく買う所存だが、ペイトンの友人で顧客でもあるならば、ある程度は許容しないといけないわね、とアデレードは自省した。
なので幸せそうなダミアンに対し、優しい気持ちで、
「ご招待頂けるなんて光栄です。二人の門出を心から祝福します」
と言った。
「あぁ、そうだな」
ペイトンも同意する。すると明らかにクリスタの目つきが鋭くなった。アデレードにだけわかるような絶妙な立ち位置で睨んでくる。
今のはペイトンが勝手に言っただけでしょうよ、とアデレードは腑に落ちなさを感じた。
大体、ダミアンとの結婚が決まっているのになんなんだろうか。ペイトンに執着しているのは明白だが、学生時代好きだった男、という範疇の熱量ではないことに、アデレードは引いた。
「ねぇ、早く指輪が見たいわ」
「あぁ、そうだな。では、アデレード夫人、失礼します」
分が悪いと悟ったのか、クリスタが甘えた口ぶりで言うと、ダミアンがすぐに応じて二人が階下へ向かう。
これ以上睨まれたら「私の旦那様が好きだから妻の私を妬んで睨むんですか? 婚約者が隣にいるのに頭大丈夫ですか?」と口に出してしまいそうだったので助かった。
「少し時間が掛かるから、君も下で好きな物を買うといい」
まだその場にいるペイトンが、しつこく何処かのパトロンのような台詞を言う。
そもそもドレスの御礼のウィスキーが届いたから、ついでの差し入れでここに来たのだ。またプレゼントされたら本末転倒になる。何も買わなければ良いだけの話なので「有難うございます」と返したが。
「ペイトン、何しているの? 早く指輪を見せて頂戴!」
クリスタからお呼びが掛かる。
「お仕事でしょう。行ってください」
「あぁ、じゃあ、また後で」
ペイトンが二人の後を追う。その肩越しに何故か勝ち誇った笑顔のクリスタが見えた。全然相手にされてないのに何故? という感情しかない。
(もしかして夜会に行ったらこんな連中がうようよいるんじゃないの?)
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