愛され妻と嫌われ夫 〜「君を愛することはない」をサクッとお断りした件について〜

榊どら

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14-1 ダミアンとクリスタ

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 ペイトンとダミアンは初等部の時から同じ学舎で学んでいた友人同士であるが、実はそれほど親しい仲ではない。

 お互い他に気の合う仲間がいて、学校の外で遊ぶようなことはなかった。

 それが、高等部に上がった頃から、ダミアンがやたらにペイトンに絡んでくるようになった。

 理由はクリスタとの仲を取りなしてもらうためだ。


「お前が来るならクリスタが一緒に食事に行ってくれると言うんだ。貿易関係の仕事に興味があるらしい」


 何故、大して仲良くもないクラスメイトと見ず知らずの令嬢と共に食事をせねばならないのか。


「いや、僕はまだ貿易商の仕事には携わってないから何も話すことはないよ」


 父親の会社のことを学生の自分に尋ねらても困るのは事実だ。

 ペイトンははっきり断ったが、ダミアンはしつこく懇願してきた。

 同じクラスであるため、毎日毎日、挨拶の度に誘われて、遂に根負けしたペイトンは、仕方なく誘いに応じることにした。

 食事会で初対面したクリスタの第一印象は「最も厭忌するタイプの令嬢」だった。

 美しい顔立ちと豊満な体躯を持ち合わせた男好きしそうな雰囲気。

 そして、その直感に反することなく、クリスタは食事中ずっとダミアンそっちのけでこちらに秋波を送ってきていた。

 貿易商に関しても、フォアード商会で取り扱う宝石やアクセサリーに興味があるだけで、仕事の内容には全く触れてこない。

 ペイトンは招待された手前、その場で席を立つことはしなかったが、翌日、ダミアンを呼びつけて、クリスタが自分に色目を使っていたことをありのままに告げ、


「お前は出しにされたんだぞ。馬鹿にされて悔しくないのか? あんな女はやめたほうがいい」
 

 と忠告した。が、


「そんなことは分かってる。でも、好きなんだ。本当なら俺みたいな容姿の人間ははなから相手にされない。お前がきてくれたら彼女は誘いに応じてくれる。一緒に過ごす時間が増えれば俺のことを知ってもらえる。やっとスタートラインに立てる。チャンスなんだ。頼む! 協力してくれ!」


 と泣きつかれて困惑した。

 ペイトンがいくらやめておけと言っても聞く耳を持たない。だったら好きにすればいいが、こっちを巻き込むな。

 虐めがあることを知っているのに放置するのは加害者であると同様に、碌でもない女と分かって橋渡しをするのは悪だ、とペイトンは思った。

 だが、ダミアンは形振なりふり構わず縋りついてくる。周囲の人間も段々とダミアンに対する憐憫からか、


「本人が性悪女でいいって言っているんだから協力してやれば?」


 などと言うようになった。

 ペイトン自身も、ダミアンの為に断っているのに、逆に恨まれる状況になっていることが段々馬鹿らしくなり、十回に一度ほど奇妙な三人での会食に応じるようになった。

 そして、そんな事態は学園を卒業して更に悪化した。

 ダミアンがクリスタにフォアード商会で扱う宝飾品を貢ぐようになって、客として店へ来訪するようになった。

 利害関係のない友人なら誘いをつっぱねることもできるが、常連客に無下な態度はとれない。

 ローグ侯爵家が主催する夜会や茶会への出席を余儀なくされ、その度、クリスタに「ペイトンは私が誘うと必ず来てくれるの」と吹聴されることにうんざりした。

 そして、その面倒くさい生活は、ペイトンが貿易商の仕事を一任されるようになってからずっと最近まで続いていた。

 が、アデレードとの結婚が決まった三月ほど前から、二人ともぴたりとフォアード商会へ来なくなった。

 そして、三週間前に突然、


「クリスタとの結婚が決まったんだ!」


 とダミアンが歓喜して報告に来た。

 連絡が途絶えていた間に何があったのか。ペイトンは内心「早く目を覚まして手を切れ」と願っていたから「片思いが実っておめでとう」という気持ちにはなれなかった。

 ただ、自分にはわからないが、恋愛に生きる人間というのは存在する。社交界でのスキャンダラスな話も大概その手の痴情のもつれだ。実父も、自分からはあのクズみたいな母親と離縁しなかった。

 つまり、他人がとやかく口出す問題じゃないんじゃないか、と思った。

 だったら、自分にできることは友人の結婚を素直に祝福することだ、と、

 
「おめでとう。長年の思いが実って良かったよ」


 と祝いの言葉を送った。


「あぁ。本当にお前のお陰だ」


「いや、僕は別に何も……」


 一瞬前まで破局を願っていたのに、そんなことを言われたら心苦しくなる。


「それでクリスタと話したんだが、君の店で結婚指輪を作りたいんだ。あと式の引き出物とか家具なんかも新しく買い揃えようと思っている」

「もちろん。なんでも言ってくれ。最高の品を用意するよ」


 その時、ペイトンは純粋な気持ちでそう返した。

 だが、この発言が悪かったのか、それからクリスタは一人で頻繁にフォアード商会へ来店し「そんなことはダミアンと決めろ」ということまでペイトンに相談してくるようになった。

 フォアード商会は手広く多種多様な輸入品を揃えているので、あれこれ注文されても対応できてしまうから、余計に始末が悪かった。


「要望に応じて最高級の品を用意することはできるが、購入品の決定権を僕に委ねるられても困る。貴女とダミアンの使用する物なんだから、二人で相談して決めてくれ」


「だって、ダミアンより貴方の方がセンスがいいんだもの。ね、お願い」


 両手を合わせて上目遣いに見られてゾッとした。

 ダミアンにしても他の男が選んだ調度品に囲まれて生活するなんて不快だろう。

 結局、ペイトンは、ダミアンが同席しない場合は自分が接客しないことを決めた。

 それでフォアード商会を使わないと言い出すなら構わない。常連客を逃すのは惜しいが、仕方ないと腹を決めた。

 しかし、その懸念不要だった。それからは、必ずダミアン同伴で来店することが決まった。

 それで本日は、午前は新居の家具選び、午後は指輪と引き出物選びをしたいと予約が入った。
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