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16-2 屈辱を
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急にアデレードがヒートアップするのでペイトンはたじろいだ。
深い考えはなかった。
あまり大事になってアデレードが周囲から浮いてしまったら困るのでは? という配慮のつもりだった。
ペイトンの絶賛愛読中であるロマンス小説のヒロイン達は、大体いつも意地の悪い令嬢に目をつけられて、あらぬ噂を流されて孤立していく。
アデレードがそんな憂き目にあっては可哀想だと心配になった。
尤も、どのヒロインも「それって嫌味ですか?」などと反論したりしていないが。
「あぁいう連中には、がつんと言ってやらないと舐めらるだけです。なのになんで私が我慢しなくちゃいけないんですか!」
「いや、違うんだ。別に君に我慢しろと言っているわけじゃない。ただそういう程度の低い人間に合わせて君の評判が落ちるのを懸念しただけだ。後で謝罪を求める抗議文を送れば済む話だろう?」
少なくともこの国の貴族ならばフォアード侯爵家から抗議書が届けは震え上がる。「二度目はない」と付記しておけば、表立って嫌がらせしてくることはなくなるくらいに。
「そんなのは意味がないです」
道端のゴミでも見るような眼差しでアデレードは冷めたく言い放った。
ほんの数分前までは穏やかな夕食だったのに、とペイトンは食事が喉を通らなくなった。
「だってそれって、その場では一旦私が引き下がるってことでしょ? つまり、あいつらが勝ち誇って、ふふんって鼻で笑う瞬間があるってことでしょ! だったら、自分の評判が落ちようとその場でやり返した方が百億万倍まし! 大体、私はこっそり後から謝罪されるんじゃなく、皆がいる前であの女達に屈辱を与えたいの!」
「わ、わかった。すまない。そこまでの覚悟があるとは知らなかったんだ」
ちょっと幼稚すぎでは? とペイトンは正直思った。そして、大分、性格が鬱屈しているのでは? とも。
大体、こういう時は、ヒーローが制裁を加えると意気込んでも、ヒロインが寛容な心で許すよう訴えるのが相場だ。
別にアデレードにそれを求めているわけではないが、
(屈辱を与えてやりたいとか普通言うか?)
ペイトンは、ムスッとしているアデレードを直視できずに目を泳がせた。
そして、勿忘草を観に行った日のことを思い出した。
アデレードは酔っていたから攻撃的だったわけではなく、元々割と喧嘩っ早い質なのだと理解した。
自分の価値観とはかなり違う。
ペイトンはこれまで他人をどうこうしたいと考えたことがなかった。
フォアード家が不利益を被るならば相応の制裁は加えるが、その相手個人には興味がなかった。
自分の感情を他人に対して削ることをしてこなかったし、熱量の無駄な浪費と切り捨ててきた。
むしろ、ムキになって反論してヒステリックに喧嘩する人間を愚かしいとさえ思っていた。
だが、アデレードに対しては不思議とそんな気持ちにならない。
「……君の好きにしたらいいと思う」
ペイトンが答えながらチラッとアデレードを見ると、訝しむような視線を向けてくる。
それから「ふうん」とでも言いだけな反応をして食事を再開させた。
可愛くない。
非常に可愛げがないのだが、こっちがあっさり折れたので怒りの矛先をどうしたら良いかわからず、そういうポーズを取っている感は伝わってくる。
ジャンプの失敗を誤魔化すためにツンとしている仔猫を見ているみたいで、ペイトンは、顔がにやけてきた。
全く笑う場面でないことはよく分かっているのだが、さっきから自分の感情が上手く掴めない。
とにかくニヤつく顔を気づかれないよう皿に視線を下げると、
「でも、旦那様には少し同情しますよ」
とアデレードが徐に口を開いた。
「同情?」
「あぁいう性根の腐った令嬢達に寄ってこられたら女性嫌いにもなりますよね。何処の家の娘がどれだけ性悪か、リストを作っておきます。私と離縁した後、再婚する時に活用してください。お世話になっているのでせめてもの奉公ってやつですよ」
アデレードがへらへら笑って言う。
既に機嫌は直っているアデレードに反して、ペイトンの気分は急降下した。
自分はこのままこの生活を継続させてよいと思っている。
だから、そのうち打診するつもりでいた。それを先に封じられた気がした。
いや、アデレードは単純に当初の契約に則った発言しているだけなのだから、むしろ内容を訂正する丁度いい機会ではないか。
「僕は君でよいから、君さえよければこの契約を継続させないか。契約に不満があるならもちろん譲歩する」と言えばいい。
しかし、喉の奥に何かが貼り付いたみたいに声が出なかった。
機会損失は事業家としての失態。先手必勝がペイトンの流儀だ。
もたもたしている間に横から掠め取られるかもしれない。
交渉が難航すれば更によい条件を提示するか、折り合いがつかなければ決裂するだけのこと。よくある話だ。
なのに、うちっかわが一回りぎゅっと縮むような錯覚に陥って、
「……僕はそんな性悪に引っ掛かったりしない」
伝えたい言葉が出てこなかった。
「そうですか? ならいいですけど」
アデレードは軽い感じで答えると、
「わー今日のデザートはクレープなんですね」
メイドが運んできたクレープに夢中になった。
(なんなんだ。クレープに気を削がれるくらいなら、人の心を乱すようなことを言わないでくれ)
理不尽だがアデレードを恨めしく思う気持ちが湧いた。
元々女心などわからないが、アデレードは特に難解な気がする。
一体何を考えているのか。この結婚をどう思っているのか。
ペイトンほそこまで考えて、はたと思った。
(そもそも何故、僕と結婚したんだ?)
深い考えはなかった。
あまり大事になってアデレードが周囲から浮いてしまったら困るのでは? という配慮のつもりだった。
ペイトンの絶賛愛読中であるロマンス小説のヒロイン達は、大体いつも意地の悪い令嬢に目をつけられて、あらぬ噂を流されて孤立していく。
アデレードがそんな憂き目にあっては可哀想だと心配になった。
尤も、どのヒロインも「それって嫌味ですか?」などと反論したりしていないが。
「あぁいう連中には、がつんと言ってやらないと舐めらるだけです。なのになんで私が我慢しなくちゃいけないんですか!」
「いや、違うんだ。別に君に我慢しろと言っているわけじゃない。ただそういう程度の低い人間に合わせて君の評判が落ちるのを懸念しただけだ。後で謝罪を求める抗議文を送れば済む話だろう?」
少なくともこの国の貴族ならばフォアード侯爵家から抗議書が届けは震え上がる。「二度目はない」と付記しておけば、表立って嫌がらせしてくることはなくなるくらいに。
「そんなのは意味がないです」
道端のゴミでも見るような眼差しでアデレードは冷めたく言い放った。
ほんの数分前までは穏やかな夕食だったのに、とペイトンは食事が喉を通らなくなった。
「だってそれって、その場では一旦私が引き下がるってことでしょ? つまり、あいつらが勝ち誇って、ふふんって鼻で笑う瞬間があるってことでしょ! だったら、自分の評判が落ちようとその場でやり返した方が百億万倍まし! 大体、私はこっそり後から謝罪されるんじゃなく、皆がいる前であの女達に屈辱を与えたいの!」
「わ、わかった。すまない。そこまでの覚悟があるとは知らなかったんだ」
ちょっと幼稚すぎでは? とペイトンは正直思った。そして、大分、性格が鬱屈しているのでは? とも。
大体、こういう時は、ヒーローが制裁を加えると意気込んでも、ヒロインが寛容な心で許すよう訴えるのが相場だ。
別にアデレードにそれを求めているわけではないが、
(屈辱を与えてやりたいとか普通言うか?)
ペイトンは、ムスッとしているアデレードを直視できずに目を泳がせた。
そして、勿忘草を観に行った日のことを思い出した。
アデレードは酔っていたから攻撃的だったわけではなく、元々割と喧嘩っ早い質なのだと理解した。
自分の価値観とはかなり違う。
ペイトンはこれまで他人をどうこうしたいと考えたことがなかった。
フォアード家が不利益を被るならば相応の制裁は加えるが、その相手個人には興味がなかった。
自分の感情を他人に対して削ることをしてこなかったし、熱量の無駄な浪費と切り捨ててきた。
むしろ、ムキになって反論してヒステリックに喧嘩する人間を愚かしいとさえ思っていた。
だが、アデレードに対しては不思議とそんな気持ちにならない。
「……君の好きにしたらいいと思う」
ペイトンが答えながらチラッとアデレードを見ると、訝しむような視線を向けてくる。
それから「ふうん」とでも言いだけな反応をして食事を再開させた。
可愛くない。
非常に可愛げがないのだが、こっちがあっさり折れたので怒りの矛先をどうしたら良いかわからず、そういうポーズを取っている感は伝わってくる。
ジャンプの失敗を誤魔化すためにツンとしている仔猫を見ているみたいで、ペイトンは、顔がにやけてきた。
全く笑う場面でないことはよく分かっているのだが、さっきから自分の感情が上手く掴めない。
とにかくニヤつく顔を気づかれないよう皿に視線を下げると、
「でも、旦那様には少し同情しますよ」
とアデレードが徐に口を開いた。
「同情?」
「あぁいう性根の腐った令嬢達に寄ってこられたら女性嫌いにもなりますよね。何処の家の娘がどれだけ性悪か、リストを作っておきます。私と離縁した後、再婚する時に活用してください。お世話になっているのでせめてもの奉公ってやつですよ」
アデレードがへらへら笑って言う。
既に機嫌は直っているアデレードに反して、ペイトンの気分は急降下した。
自分はこのままこの生活を継続させてよいと思っている。
だから、そのうち打診するつもりでいた。それを先に封じられた気がした。
いや、アデレードは単純に当初の契約に則った発言しているだけなのだから、むしろ内容を訂正する丁度いい機会ではないか。
「僕は君でよいから、君さえよければこの契約を継続させないか。契約に不満があるならもちろん譲歩する」と言えばいい。
しかし、喉の奥に何かが貼り付いたみたいに声が出なかった。
機会損失は事業家としての失態。先手必勝がペイトンの流儀だ。
もたもたしている間に横から掠め取られるかもしれない。
交渉が難航すれば更によい条件を提示するか、折り合いがつかなければ決裂するだけのこと。よくある話だ。
なのに、うちっかわが一回りぎゅっと縮むような錯覚に陥って、
「……僕はそんな性悪に引っ掛かったりしない」
伝えたい言葉が出てこなかった。
「そうですか? ならいいですけど」
アデレードは軽い感じで答えると、
「わー今日のデザートはクレープなんですね」
メイドが運んできたクレープに夢中になった。
(なんなんだ。クレープに気を削がれるくらいなら、人の心を乱すようなことを言わないでくれ)
理不尽だがアデレードを恨めしく思う気持ちが湧いた。
元々女心などわからないが、アデレードは特に難解な気がする。
一体何を考えているのか。この結婚をどう思っているのか。
ペイトンほそこまで考えて、はたと思った。
(そもそも何故、僕と結婚したんだ?)
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