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SIDE2-4 ひとりよがり
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レイモンドとアデレードの通う王都最古の学校ステラス学園は、二年生になるタイミングで特進科と普通科に分かれる。
「貴族なんだから学校くらいは出ておきましょう」という温い普通科とは違い、授業のスピードは速いし質も高い。
特進科へは試験に合格すれば、誰でも編入できるが、門扉は狭く、学期の途中でも成績が下がれば普通科へ振り戻される。
最初のクラス分けで五十人が選抜され、特進科のまま卒業できるのは二十人程度だ。
厳しい条件を強いられる分、卒業者が享受できる利益は大きい。現職の官僚の多くが特進科の卒業者であるため、強靭なコネクションを得られ、後ろ盾のない下位貴族の令息達が立身出世するための登竜門とされている。
それ以前に、ステラス学園の特進科を出たというだけで優秀な人材の証明となる。
故にレイモンドも当然の如く二年生に進級する際に、特進科へ編入する試験を受けて見事合格した。
すると、段々とレイモンドに対する周囲の評価は変化した。
侯爵家の娘に上手く取り入った成金の伯爵家の息子、という評価から、レイモンド・リコッタ個人として認知されるようになった。
そうして、三年生、四年生と学年が上がり、父親と共に様々な夜会で後継として挨拶回りもするようになってからは、特に、レイモンドははっきりと自分の市場価値を自覚した。
「こんなに優秀な跡取りに恵まれて、リコッタ伯爵が羨ましいです。うちの娘もレイモンド殿に憧れておりまして、是非一曲踊ってやって頂けませんか」
娘を自分に宛てがおうとする貴族達が後を絶たなかったから。
全く興味がなかったレイモンドは適当にやり過ごしていた。
が、将来有望な資産家の嫡男の上、ここ数年で身長がぐんっと伸び、母親譲りの美貌に拍車が掛かったレイモンドを狙ってくる令嬢達は存外行動的だった。
夜会での顔合わせのみならず学校でも声を掛けてくるようになった。
特進科と普通科は校舎が違うのに、わざわざ昼休みになると訪ねてきて昼食に誘ってくる。
勉強をしたいから、とアデレードとの約束すら断って一人でいるのに迷惑な話だ。
しかし、取引相手の娘からの誘いを無下にも断れない。
愛想よくしていると、学園主催のダンスパーティーやら、学校祭といった行事にも群がってくるようになった。
正直げんなりしたし、手を焼いた。だが、将来商売をしていく上で、嫌な相手とも上手くやっていくスキルは必要だったから、貴族として内心を悟られない訓練にはよい練習台だと割り切った。
それよりレイモンドが憤りを感じたのは、アデレードの言動だった。
令嬢達に平気で喧嘩を売るようなことを言う。「客人だから」と自分が我慢して接していることに、アデレードが悪態をついたら元も子もないないではないか。
令嬢達のアデレードに対する態度が良くないことはわかっていたが、レイモンドは、
「彼女はそんなつもりで言ったんじゃないだろう。悪意に取りすぎだ」
とアデレードの方を嗜めた。
アデレードの「嫌なことは嫌」とはっきり言う性格が「自分は侯爵令嬢だから」と権威を笠に着ているようで不快だった。
王女だろうが平民だろうが、嫌味を言われたら腹が立つのは同じなのに、高位貴族から下位貴族への怒りは高圧的なものだと捉えた。
自分の中の爵位に対するコンプレックスに気づかずにいた。
アデレードが逆らわずに素直に従うことにも、レイモンドの歪んだ思考を増長させた。
もし本当にアデレードが自分を悪くないと思うなら両親に泣きつくはず。それがないということは自分の我儘を反省しているから、と解釈した。
同時に、アデレードだって自分を虐めた令息達と平気で仲良くしていたじゃないか、という感情が心の奥に灯った。
令嬢達と親しくするとアデレードがやきもきすることに仄暗い喜びを感じた。
むしろ、わざと他の令嬢を優先させてアデレードが悲しむ様子を見たい気持ちの方が強かったのに、レイモンドは自分の内心を見つめることなく、大事な顧客の娘と諍いを起こすアデレードが悪いと決めつけた対応をした。
ただそれも「卒業するまで」という妄信の範疇内のことだった。
レイモンドはアデレードに仕事を手伝わせる気はなかった。
バルモア侯爵家の後ろ盾など不要だ。
アデレードに不自由なく贅沢させるくらい稼ぐつもりでいるし、屋敷で好きなことをしていればよい。
社交界のような表舞台には立たなければ不愉快な思いをすることはない。
だから、今だけ。学校に通わなくてはならず、自分の周囲に集まってくる令嬢達と接触してしまう今だけは仕方ないことだ、と。
現在がなければ、未来もないのに、将来のことばかり想像して今を蔑ろにし続けた。
いや、もし、二人が結婚していたら、或いはレイモンドの願望通りの世界線があったかもしれない。
けれど、それは叶わなかった。
メイジー・フランツが現れたから。でも、本当は違う。メイジーはきっかけに過ぎず、積み重なったアデレードの鬱積が弾けてしまっただけだ。
そして、レイモンドはそれに気づけなかった。
「貴族なんだから学校くらいは出ておきましょう」という温い普通科とは違い、授業のスピードは速いし質も高い。
特進科へは試験に合格すれば、誰でも編入できるが、門扉は狭く、学期の途中でも成績が下がれば普通科へ振り戻される。
最初のクラス分けで五十人が選抜され、特進科のまま卒業できるのは二十人程度だ。
厳しい条件を強いられる分、卒業者が享受できる利益は大きい。現職の官僚の多くが特進科の卒業者であるため、強靭なコネクションを得られ、後ろ盾のない下位貴族の令息達が立身出世するための登竜門とされている。
それ以前に、ステラス学園の特進科を出たというだけで優秀な人材の証明となる。
故にレイモンドも当然の如く二年生に進級する際に、特進科へ編入する試験を受けて見事合格した。
すると、段々とレイモンドに対する周囲の評価は変化した。
侯爵家の娘に上手く取り入った成金の伯爵家の息子、という評価から、レイモンド・リコッタ個人として認知されるようになった。
そうして、三年生、四年生と学年が上がり、父親と共に様々な夜会で後継として挨拶回りもするようになってからは、特に、レイモンドははっきりと自分の市場価値を自覚した。
「こんなに優秀な跡取りに恵まれて、リコッタ伯爵が羨ましいです。うちの娘もレイモンド殿に憧れておりまして、是非一曲踊ってやって頂けませんか」
娘を自分に宛てがおうとする貴族達が後を絶たなかったから。
全く興味がなかったレイモンドは適当にやり過ごしていた。
が、将来有望な資産家の嫡男の上、ここ数年で身長がぐんっと伸び、母親譲りの美貌に拍車が掛かったレイモンドを狙ってくる令嬢達は存外行動的だった。
夜会での顔合わせのみならず学校でも声を掛けてくるようになった。
特進科と普通科は校舎が違うのに、わざわざ昼休みになると訪ねてきて昼食に誘ってくる。
勉強をしたいから、とアデレードとの約束すら断って一人でいるのに迷惑な話だ。
しかし、取引相手の娘からの誘いを無下にも断れない。
愛想よくしていると、学園主催のダンスパーティーやら、学校祭といった行事にも群がってくるようになった。
正直げんなりしたし、手を焼いた。だが、将来商売をしていく上で、嫌な相手とも上手くやっていくスキルは必要だったから、貴族として内心を悟られない訓練にはよい練習台だと割り切った。
それよりレイモンドが憤りを感じたのは、アデレードの言動だった。
令嬢達に平気で喧嘩を売るようなことを言う。「客人だから」と自分が我慢して接していることに、アデレードが悪態をついたら元も子もないないではないか。
令嬢達のアデレードに対する態度が良くないことはわかっていたが、レイモンドは、
「彼女はそんなつもりで言ったんじゃないだろう。悪意に取りすぎだ」
とアデレードの方を嗜めた。
アデレードの「嫌なことは嫌」とはっきり言う性格が「自分は侯爵令嬢だから」と権威を笠に着ているようで不快だった。
王女だろうが平民だろうが、嫌味を言われたら腹が立つのは同じなのに、高位貴族から下位貴族への怒りは高圧的なものだと捉えた。
自分の中の爵位に対するコンプレックスに気づかずにいた。
アデレードが逆らわずに素直に従うことにも、レイモンドの歪んだ思考を増長させた。
もし本当にアデレードが自分を悪くないと思うなら両親に泣きつくはず。それがないということは自分の我儘を反省しているから、と解釈した。
同時に、アデレードだって自分を虐めた令息達と平気で仲良くしていたじゃないか、という感情が心の奥に灯った。
令嬢達と親しくするとアデレードがやきもきすることに仄暗い喜びを感じた。
むしろ、わざと他の令嬢を優先させてアデレードが悲しむ様子を見たい気持ちの方が強かったのに、レイモンドは自分の内心を見つめることなく、大事な顧客の娘と諍いを起こすアデレードが悪いと決めつけた対応をした。
ただそれも「卒業するまで」という妄信の範疇内のことだった。
レイモンドはアデレードに仕事を手伝わせる気はなかった。
バルモア侯爵家の後ろ盾など不要だ。
アデレードに不自由なく贅沢させるくらい稼ぐつもりでいるし、屋敷で好きなことをしていればよい。
社交界のような表舞台には立たなければ不愉快な思いをすることはない。
だから、今だけ。学校に通わなくてはならず、自分の周囲に集まってくる令嬢達と接触してしまう今だけは仕方ないことだ、と。
現在がなければ、未来もないのに、将来のことばかり想像して今を蔑ろにし続けた。
いや、もし、二人が結婚していたら、或いはレイモンドの願望通りの世界線があったかもしれない。
けれど、それは叶わなかった。
メイジー・フランツが現れたから。でも、本当は違う。メイジーはきっかけに過ぎず、積み重なったアデレードの鬱積が弾けてしまっただけだ。
そして、レイモンドはそれに気づけなかった。
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