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SIDE2-5 メイジー・フランツ
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メイジーがリコッタ家に訪れたのは、レイモンドが最終学年に上がり三月経過した頃だった。
事業の失敗による多額の負債返済のため、フランツ男爵が爵位を返上することになった。
でも、娘のメイジーには、せめて学校だけはきちんと卒業させてやりたい、と真摯に頼み込まれ、リコッタ伯爵は承諾した。
これまで没交渉だった遠縁の殆ど赤の他人の不躾な申し出だったけれど、藁をも縋る思いで頭を下げにきた人間を、にべもなく追い返せなかった。同じ年の子供を持つ親としては尚更に。
妻のポーラには年頃の男女が一つ屋根の下で暮らすのは良くない、と反対されたが、親心を盾に説き伏せ、きちんと監視することを条件に許可を得てメイジーを預かることになった。
そんなメイジーに対して、レイモンドは最初、自分に付き纏ってくる令嬢達と同じくらいにしか認識していなかった。
だが、それは、二週間ほど経過した時から変化した。
母の意向で、あまり接点がないままに過ごしてきたが、どうやら学校で嫌がらせに遭っているらしい。
「レイモンド、メイジー嬢を気に掛けてやってくれ」
父に直接頼まれたこともあり、レイモンドはメイジーの世話をすることになった。
しかし、特進科と普通科では校舎が違う。
第一、男の自分がメイジーの助けになってやれることがあるのか。
同性の友人がいた方がよいのではないか。
虐められても、味方になってくれる友人が傍にいれば心強いだろう。
思案した末、レイモンドは、アデレードに仲間に入れてやってくれ、と頼むことにした。
人懐っこいアデレードなら仲良くやってくれるだろう、と。
しかし、三日ほどして、
「アデレード様達のお話にはついていけないことが多くて……高位貴族の方ばかりだし、わたしとは釣り合わないわ。それに、迷惑に思われているみたいなの」
とメイジーが沈んだ表情で告げに来た。
除け者にされている、と暗に示唆しているが、アデレードはそんなタイプではない。
メイジーの被害妄想だとレイモンドは思った。
ただ、アデレードはそうでなくとも、その友人達がどうであるかはわからない。
階級意識の強い貴族は沢山いるし、ましてやメイジーは平民になることが決まっている。
アデレードの友人達が差別しない人間である保証はない。
なにせアデレードは自分に嫌がらせしてきた令息達とも仲良くしていたのだから……とそこまで考えて、レイモンドは軽く息を吐いた。
「そうか、わかった。君が不快なら他の友人を作った方が良いだろうね」
「すみません。レイモンド様の幼馴染を悪く言うつもりはないんです。でも、信じてくださって嬉しいです」
メイジーは安堵の表情を見せた。信じるって何が? とレイモンドは驚いた。
自分はアデレードを一欠片も悪くは思っていない。友人達を疑っているだけだ。
メイジーはアデレードにやっかみがあるのではないか。
確かに、平民落ちする人間に、恵まれた侯爵令嬢を紹介したのは、浅慮だったかもしれない。
これは完全に自分の過ちだとレイモンドは自省して、どうせメイジーは卒業したらいなくなるのだし、と無理に二人の仲を取り持つのはやめた。
ただし、そうなってくるとメイジーに対する悪意ある噂をどう払拭するか、また振り出しに戻ってしまう。
力になってくれる友人がいれば解決するのでは? という思惑が失敗に終わりレイモンドが頭を抱えていると、
「あの、レイモンド様、わたしに勉強を教えて頂けませんか? この学園は試験に合格すれば就職先を斡旋して頂ける制度があると聞きました」
メイジーはおずおずと言った。
毎年求人の募集が学校に持ち込まれ、成績順に条件のよい職を紹介してもらえる制度がある。
優秀な人材を斡旋するから、依頼してくる相手も優良な商会になる。
その流れを崩さぬよう、就職試験が導入され一定の要件を満たした生徒のみが紹介を受けられる。
「君はフランツ伯爵の知人の商会で働くのが決まっていると聞いているが……」
「わたしの境遇に同情して卒業後に就職先がなかったら『雇ってもいい』と仰って頂いているんです。でも、本当は人手は足りているから、他に働き口を見つけられればそれに越したことはありません。わたし、アデレード様とこの数日一緒にいて、自分の立場を理解しました。アデレード様みたいに裕福なお屋敷の令嬢じゃないんだから、遊んでいる場合じゃないなって。陰口に落ち込んだりしている間に、勉強して就職先を見つけなきゃ駄目だって」
レイモンドはその時初めてじっとメイジーを見た。
非常に美しい顔の作りをしているし、スタイルもよい。
就職するより嫁ぎ先を探した方がてっとり早い気がする。
自分の周りにはそういう他力本願な令嬢達が溢れている。
しかし、メイジーは違うらしい。
持って生まれた爵位の差で悔しい思いを呑み込んだ経験上、メイジーの発言は自分と重なった。
「自分で人生を切り開くことは素晴らしいことだと思うよ。協力するから試験を受けてみるといい」
「有難うございます!」
勉強に追われていれば、下らない嘲笑も気にならなくなる。結果を出せば周囲の目は確実に変わる。レイモンドは身をもって知っている。
それに何よりメイジーがやる気になっているのだから、素直に応援したい気持ちが湧いた。
その日から、レイモンドはメイジーの勉強を見てやるため、空いた時間の殆どをメイジーに充てるようになった。
事業の失敗による多額の負債返済のため、フランツ男爵が爵位を返上することになった。
でも、娘のメイジーには、せめて学校だけはきちんと卒業させてやりたい、と真摯に頼み込まれ、リコッタ伯爵は承諾した。
これまで没交渉だった遠縁の殆ど赤の他人の不躾な申し出だったけれど、藁をも縋る思いで頭を下げにきた人間を、にべもなく追い返せなかった。同じ年の子供を持つ親としては尚更に。
妻のポーラには年頃の男女が一つ屋根の下で暮らすのは良くない、と反対されたが、親心を盾に説き伏せ、きちんと監視することを条件に許可を得てメイジーを預かることになった。
そんなメイジーに対して、レイモンドは最初、自分に付き纏ってくる令嬢達と同じくらいにしか認識していなかった。
だが、それは、二週間ほど経過した時から変化した。
母の意向で、あまり接点がないままに過ごしてきたが、どうやら学校で嫌がらせに遭っているらしい。
「レイモンド、メイジー嬢を気に掛けてやってくれ」
父に直接頼まれたこともあり、レイモンドはメイジーの世話をすることになった。
しかし、特進科と普通科では校舎が違う。
第一、男の自分がメイジーの助けになってやれることがあるのか。
同性の友人がいた方がよいのではないか。
虐められても、味方になってくれる友人が傍にいれば心強いだろう。
思案した末、レイモンドは、アデレードに仲間に入れてやってくれ、と頼むことにした。
人懐っこいアデレードなら仲良くやってくれるだろう、と。
しかし、三日ほどして、
「アデレード様達のお話にはついていけないことが多くて……高位貴族の方ばかりだし、わたしとは釣り合わないわ。それに、迷惑に思われているみたいなの」
とメイジーが沈んだ表情で告げに来た。
除け者にされている、と暗に示唆しているが、アデレードはそんなタイプではない。
メイジーの被害妄想だとレイモンドは思った。
ただ、アデレードはそうでなくとも、その友人達がどうであるかはわからない。
階級意識の強い貴族は沢山いるし、ましてやメイジーは平民になることが決まっている。
アデレードの友人達が差別しない人間である保証はない。
なにせアデレードは自分に嫌がらせしてきた令息達とも仲良くしていたのだから……とそこまで考えて、レイモンドは軽く息を吐いた。
「そうか、わかった。君が不快なら他の友人を作った方が良いだろうね」
「すみません。レイモンド様の幼馴染を悪く言うつもりはないんです。でも、信じてくださって嬉しいです」
メイジーは安堵の表情を見せた。信じるって何が? とレイモンドは驚いた。
自分はアデレードを一欠片も悪くは思っていない。友人達を疑っているだけだ。
メイジーはアデレードにやっかみがあるのではないか。
確かに、平民落ちする人間に、恵まれた侯爵令嬢を紹介したのは、浅慮だったかもしれない。
これは完全に自分の過ちだとレイモンドは自省して、どうせメイジーは卒業したらいなくなるのだし、と無理に二人の仲を取り持つのはやめた。
ただし、そうなってくるとメイジーに対する悪意ある噂をどう払拭するか、また振り出しに戻ってしまう。
力になってくれる友人がいれば解決するのでは? という思惑が失敗に終わりレイモンドが頭を抱えていると、
「あの、レイモンド様、わたしに勉強を教えて頂けませんか? この学園は試験に合格すれば就職先を斡旋して頂ける制度があると聞きました」
メイジーはおずおずと言った。
毎年求人の募集が学校に持ち込まれ、成績順に条件のよい職を紹介してもらえる制度がある。
優秀な人材を斡旋するから、依頼してくる相手も優良な商会になる。
その流れを崩さぬよう、就職試験が導入され一定の要件を満たした生徒のみが紹介を受けられる。
「君はフランツ伯爵の知人の商会で働くのが決まっていると聞いているが……」
「わたしの境遇に同情して卒業後に就職先がなかったら『雇ってもいい』と仰って頂いているんです。でも、本当は人手は足りているから、他に働き口を見つけられればそれに越したことはありません。わたし、アデレード様とこの数日一緒にいて、自分の立場を理解しました。アデレード様みたいに裕福なお屋敷の令嬢じゃないんだから、遊んでいる場合じゃないなって。陰口に落ち込んだりしている間に、勉強して就職先を見つけなきゃ駄目だって」
レイモンドはその時初めてじっとメイジーを見た。
非常に美しい顔の作りをしているし、スタイルもよい。
就職するより嫁ぎ先を探した方がてっとり早い気がする。
自分の周りにはそういう他力本願な令嬢達が溢れている。
しかし、メイジーは違うらしい。
持って生まれた爵位の差で悔しい思いを呑み込んだ経験上、メイジーの発言は自分と重なった。
「自分で人生を切り開くことは素晴らしいことだと思うよ。協力するから試験を受けてみるといい」
「有難うございます!」
勉強に追われていれば、下らない嘲笑も気にならなくなる。結果を出せば周囲の目は確実に変わる。レイモンドは身をもって知っている。
それに何よりメイジーがやる気になっているのだから、素直に応援したい気持ちが湧いた。
その日から、レイモンドはメイジーの勉強を見てやるため、空いた時間の殆どをメイジーに充てるようになった。
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