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SIDE2-6 綻び
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就職試験までの日程は、メイジーが転校してきた時点で三月しかなかった。
レイモンドがメイジーの合格に向けて、本人以上に集中したのは時間がなかったことが大きい。
完璧主義者のレイモンドは一度引き受けたことをいい加減に出来なかったため、過去の試験問題を集めてカリキュラムを作り、メイジーを指導した。
でもそれは、メイジーが相手だから、という理由などではなく、例えば何処かの令息であったとしても同じに振る舞った。
ただ、そういう前例がなかったので、
「メイジー嬢の世話を焼くのはよいけど、アデレードちゃんを蔑ろにするようなことはやめなさい。本当に愛想を尽かされるから」
と母にはしつこく言われた。
しかし、レイモンドは、頓珍漢な忠言だ、と怒りすら覚えた。
アデレードを蔑ろになんかしていない。自分が五年間の学生生活をまるっと投げ打って、勉強と仕事に心血を注いできたのは誰のためだと思っているのか。自分だけのためだったらこんな風に頑張ったりしなかった。
それに就職試験はメイジーにとって将来に関わることだ。人生の大事な局面を迎える親戚の娘に、勉強を教えて何の問題があるのか。褒められても咎められることじゃないだろう。
内心では沸々感じることがあったが、元来思ったことを口にしない性格のレイモンドは、
「蔑ろになんかしていない」
と短く答えて適当に相槌を打った。
第一、今だって、朝はアデレードと二人で登校している。母が「アデレードちゃんがわざわざ迎えに来てくれているのに」とメイジーを同乗させることを許さなかったから、メイジーには違う馬車が用意された。
「同じ学校に行くのだから、一緒に乗って行けばよいじゃないか」
父は眉根を寄せたが、
「けじめはしっかりつけておかないと」
と母が頑として撥ねつけた。
その時は、メイジーと共に登校したいわけではなかったレイモンドは、特に口出ししなかった。
しかし、現在は違う。試験まであまり猶予がないこの時期に、毎朝馬車に乗っているニ十分でも時間を確保できれば有利に働く。
メイジーの学力を鑑みれば試験自体には恐らく合格するが、よりよい就職先を斡旋してもらうには少しでも点数を稼ぐ必要がある。
そこでレイモンドは父に「試験が終わるまでメイジーを同乗させられないか」と頼むことにした。
父は基本的に母の意見に従うが、メイジーを預かることを渋っていた母を説き伏せたのもまた父であるため、或いは上手く取りなしてくれるのでは? と期待した。
そして、それは割合あっさり叶った。
両親の間にどういった会話があったのかは、興味がないので詳しく尋ねなかったが、兎に角、母がメイジーに関して的外れなお小言を言わなくなったことに、レイモンドは開放された気分だった。
許可を得た翌朝から、すぐにメイジーを同じ馬車に同乗させた。
「試験まで時間がないから、今日からメイジー嬢が同乗することになった。馬車に乗っている間、面接の練習をしたいんだ」
「ごめんなさい。お邪魔しちゃって」
「……いえ、試験大変ですね。頑張ってください」
アデレードは戸惑った反応を示したが、それもレイモンドは深く考えなかった。
他の令嬢達に関して言えば、アデレードがやきもきすることに仄暗い喜びがあったし、その逆にアデレードを傷つけていることに罪悪感を抱く気持ちもあったから、ある程度は一線を引いた付き合いをしていた。
しかし、メイジーについては、全く邪な気持ちがない分「時間がないんだから優先して当然」と平然と行動できてしまえた。
アデレードにとっては他の令嬢達もメイジーも全く同じであるとは微塵も思っていなかった。
そんな状態が続き、レイモンドがメイジーに与えたカリキュラムは順調に進んだ。
ただ一つ気になることは、母が何もしなくなったことだった。
アデレードを大事にしろと言わなくなったし、アデレードを頻繁に屋敷に招いてお茶会をしたり「机にばっかり噛り付いてないで、偶にはアデレードちゃんをデートに連れて行ってあげなさい」と無理やり外に出されることもなくなった。
これまでレイモンドがつれなくしても、母がフォローすることで均整が取れていた。
レイモンド自身、それを強く意識することはなかったが、母親がこんなに可愛がって「嫁に欲しい」と繰り返しているのだから、と安堵する気持ちは確かにあった。
しかし、それが突然なくなり、レイモンドはじわじわと言い知れぬ不安を覚えた。でも、前のように口煩くしてくれなどと言えるはずはない。
レイモンドは、メイジーの試験が終わるまで仕方ない、と焦燥感を誤魔化した。
そんな中、サマーパーティーの開催日がやってきた。
毎年、寄付金を集い国立公園で催される行事だ。
デビュタント前の子供達も参加できるため賑やかなイベントとなっている。
レイモンドは、いつも母親に厳しく責め立てられてアデレードと共に訪れていた。
今年もアデレードに誘われたが「時間があれば顔を出すよ」と曖昧な返事をしていた。
例年通りなら、当日に母に無理やり連れ出され現地でアデレードと合流する流れになる。
しかし、今年はそれがないまま母は一人で出掛けてしまった。置いてけぼりにされた子供のような気分になった。
自分と同じく母に取り残された父から、
「お前達もたまには息抜きしたらどうだ? 一緒に出掛けないか」
と誘われ、メイジーが、
「行きたいです!」
と快諾したことには、若干苛立つ気持ちも湧いた。
父とメイジーが出掛ける算段を始める横で、だったら自分もアデレードの元へ行こう、と思った。
勉強する本人がいないのでは意味がない。
それに、この行事には毎年アデレードと参加しているのだから、と。
いつものレイモンドなら、一人残って勉強すると部屋に籠ったはずだ。でも、この日は焦れる思いがあったため自分らしからぬ行動を取った。
そして、それは結果として間違いだった。
レイモンドがメイジーの合格に向けて、本人以上に集中したのは時間がなかったことが大きい。
完璧主義者のレイモンドは一度引き受けたことをいい加減に出来なかったため、過去の試験問題を集めてカリキュラムを作り、メイジーを指導した。
でもそれは、メイジーが相手だから、という理由などではなく、例えば何処かの令息であったとしても同じに振る舞った。
ただ、そういう前例がなかったので、
「メイジー嬢の世話を焼くのはよいけど、アデレードちゃんを蔑ろにするようなことはやめなさい。本当に愛想を尽かされるから」
と母にはしつこく言われた。
しかし、レイモンドは、頓珍漢な忠言だ、と怒りすら覚えた。
アデレードを蔑ろになんかしていない。自分が五年間の学生生活をまるっと投げ打って、勉強と仕事に心血を注いできたのは誰のためだと思っているのか。自分だけのためだったらこんな風に頑張ったりしなかった。
それに就職試験はメイジーにとって将来に関わることだ。人生の大事な局面を迎える親戚の娘に、勉強を教えて何の問題があるのか。褒められても咎められることじゃないだろう。
内心では沸々感じることがあったが、元来思ったことを口にしない性格のレイモンドは、
「蔑ろになんかしていない」
と短く答えて適当に相槌を打った。
第一、今だって、朝はアデレードと二人で登校している。母が「アデレードちゃんがわざわざ迎えに来てくれているのに」とメイジーを同乗させることを許さなかったから、メイジーには違う馬車が用意された。
「同じ学校に行くのだから、一緒に乗って行けばよいじゃないか」
父は眉根を寄せたが、
「けじめはしっかりつけておかないと」
と母が頑として撥ねつけた。
その時は、メイジーと共に登校したいわけではなかったレイモンドは、特に口出ししなかった。
しかし、現在は違う。試験まであまり猶予がないこの時期に、毎朝馬車に乗っているニ十分でも時間を確保できれば有利に働く。
メイジーの学力を鑑みれば試験自体には恐らく合格するが、よりよい就職先を斡旋してもらうには少しでも点数を稼ぐ必要がある。
そこでレイモンドは父に「試験が終わるまでメイジーを同乗させられないか」と頼むことにした。
父は基本的に母の意見に従うが、メイジーを預かることを渋っていた母を説き伏せたのもまた父であるため、或いは上手く取りなしてくれるのでは? と期待した。
そして、それは割合あっさり叶った。
両親の間にどういった会話があったのかは、興味がないので詳しく尋ねなかったが、兎に角、母がメイジーに関して的外れなお小言を言わなくなったことに、レイモンドは開放された気分だった。
許可を得た翌朝から、すぐにメイジーを同じ馬車に同乗させた。
「試験まで時間がないから、今日からメイジー嬢が同乗することになった。馬車に乗っている間、面接の練習をしたいんだ」
「ごめんなさい。お邪魔しちゃって」
「……いえ、試験大変ですね。頑張ってください」
アデレードは戸惑った反応を示したが、それもレイモンドは深く考えなかった。
他の令嬢達に関して言えば、アデレードがやきもきすることに仄暗い喜びがあったし、その逆にアデレードを傷つけていることに罪悪感を抱く気持ちもあったから、ある程度は一線を引いた付き合いをしていた。
しかし、メイジーについては、全く邪な気持ちがない分「時間がないんだから優先して当然」と平然と行動できてしまえた。
アデレードにとっては他の令嬢達もメイジーも全く同じであるとは微塵も思っていなかった。
そんな状態が続き、レイモンドがメイジーに与えたカリキュラムは順調に進んだ。
ただ一つ気になることは、母が何もしなくなったことだった。
アデレードを大事にしろと言わなくなったし、アデレードを頻繁に屋敷に招いてお茶会をしたり「机にばっかり噛り付いてないで、偶にはアデレードちゃんをデートに連れて行ってあげなさい」と無理やり外に出されることもなくなった。
これまでレイモンドがつれなくしても、母がフォローすることで均整が取れていた。
レイモンド自身、それを強く意識することはなかったが、母親がこんなに可愛がって「嫁に欲しい」と繰り返しているのだから、と安堵する気持ちは確かにあった。
しかし、それが突然なくなり、レイモンドはじわじわと言い知れぬ不安を覚えた。でも、前のように口煩くしてくれなどと言えるはずはない。
レイモンドは、メイジーの試験が終わるまで仕方ない、と焦燥感を誤魔化した。
そんな中、サマーパーティーの開催日がやってきた。
毎年、寄付金を集い国立公園で催される行事だ。
デビュタント前の子供達も参加できるため賑やかなイベントとなっている。
レイモンドは、いつも母親に厳しく責め立てられてアデレードと共に訪れていた。
今年もアデレードに誘われたが「時間があれば顔を出すよ」と曖昧な返事をしていた。
例年通りなら、当日に母に無理やり連れ出され現地でアデレードと合流する流れになる。
しかし、今年はそれがないまま母は一人で出掛けてしまった。置いてけぼりにされた子供のような気分になった。
自分と同じく母に取り残された父から、
「お前達もたまには息抜きしたらどうだ? 一緒に出掛けないか」
と誘われ、メイジーが、
「行きたいです!」
と快諾したことには、若干苛立つ気持ちも湧いた。
父とメイジーが出掛ける算段を始める横で、だったら自分もアデレードの元へ行こう、と思った。
勉強する本人がいないのでは意味がない。
それに、この行事には毎年アデレードと参加しているのだから、と。
いつものレイモンドなら、一人残って勉強すると部屋に籠ったはずだ。でも、この日は焦れる思いがあったため自分らしからぬ行動を取った。
そして、それは結果として間違いだった。
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