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SIDE2-7 サマー・パーティー
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サマーパーティーは、毎年、王都で一番広い国立公園で行われる。敷地はかなり広い。
到着すると、既に公園をぐるりと囲むように来場者の馬車が停車しており、今年も盛況であることが窺い知れた。
園内には出店が幾つも出展していて、道化師や手品師が演技をする簡易舞台、子供の為の移動遊園地も設置されている。
交友関係の広いリコッタ伯爵の元には、顔見知りの貴族が代わる代わるに挨拶にやってきた。
美男子のレイモンドと美少女のメイジーが隣合わせに並んでいて人目を引いているせいもある。
レイモンドは早くアデレードを捜しに行きたい気持ちでいたが、仕事上の繋がりのある相手ばかりで無下にもできず、亀の足取りで園内を進んだ。
「ポーラ夫人なら、噴水前のテラスにいらっしゃいましたよ」
と母とも交流のあるフェザー子爵夫人に教えられて漸くテラスに着いた頃には到着から一時間近く経過していた。
「あら? 来たの?」
自分達の姿を見た母の対応は冷たいものだった。
「そうなんだ! 二人とも勉強ばかりで偶には息抜きが必要だろう?」
父が妙に明るく告げることに一層空気が白けた。
最近両親の仲は上手くいっていない。母が一方的に父に素っ気ないのだが、無視したり不機嫌な態度を取るわけではなく、本当に単に素っ気なくて、父は文句のつけようがないみたいだった。
それに、恐らくメイジーのことが発端であるのに、
「そうね。メイジー嬢は、ノイスタインのサマーパーティーは初めてでしょう? 見て回ってくるといいわ。楽しんでね」
と、母はメイジーに対してはにこやかに接する。その為、父は、余計に苦言の呈しようがながった。
「母上、アデレードと一緒ではないんですか?」
「えぇ、出店を見てくるって言っていたわ」
そして、母は、自分に対してアデレードの話題を一切しなくなった。
これまでなら「早くアデレードちゃんの所へ行きなさい。いつまで待たせるの」と怒られるはずが、今日は全く責められない。
(一体なんだと言うんだ)
お小言を言われなくて良いはずなのに、レイモンドは理不尽な苛つきを覚えた。
「……そうですか。捜しに行きます」
ただ、その不快感を突き詰めると面白くない結論に達する気がして、敢えて深く考えず踵を返した。
「あ、待って! わたしも一緒に行きます」
メイジーが後ろをついてくる。息抜きに来たのだから、お互い好きにすれば良いのでは? と若干鬱陶しく感じた。
アデレードを毛嫌いしているメイジーがわざわざついて来る意味が分からない。
追い払うのもどうか、と仕方なく一緒に向かうが、
「こんなに人がいるんじゃ、アデレード様を見つけるのは難しいんじゃないですか?」
メイジーは、捜す気があるのかないのか、きょろきょろ辺りを見回しつつ言った。
普通の人間ならそうかもしれないが、とレイモンドは思った。
アデレードは昔から好き気儘にうろつく癖があってよく迷子になる。
そんなアデレードを見つけるのは、いつもレイモンドだった。そして、それはずっと変わらないし、誰かに代わってやるつもりもない。
「俺が捜してくるから、君は適当にその辺の店でも見ておいてくれ」
レイモンドは早くアデレードを見つけたくて言ったが、メイジーはどう解釈したのか「二人で捜した方が早いわ」と微笑んだ。
そう返されれば何も言えず、メイジーの歩幅に合わせて歩くしかなくなった。
十五分ほど捜して廻り、姉のセシリアと氷菓の出店の前にいるのを見つけた。
アデレードは丁度こちらとは反対を向いているが後ろ姿でも間違えるわけはない。
レイモンドが近寄りながらアデレードの名前を呼ぼうとした瞬間、知らない男が先にアデレードとセシリアに声を掛けたのでタイミングを逃した。
「二人とも久しぶりだね」
五十手前くらいか。随分身なりのよい中年の男だった。
「フォワード侯爵様、お久しぶりです。いつノイスタインへいらしたのですか?」
「今朝ついたんだ」
「先日はうちの主人がお世話になったみたいで、有難うございます」
「いやいや。こちらこそ有意義な取引ができて感謝しているよ」
セシリアの知り合いらしく和気藹々と会話が始まる。こちらは面識がないため割って入るわけにはいかず黙って後ろで待っていると、
「アデレードちゃんも、しばらく遭わない間に素敵な娘さんになったね。来年卒業だって、エイダンから聞いているよ」
「はい。学生じゃなくなるなんて、なんだか変な感じです」
「この子、ぼやっとしていているから、先のことなんて何にも決めてないんですよ」
「そうなのかい? だったらうちの倅に嫁いできてくれないか」
何の話の流れなのか、男が突然言った。
「あら、いいじゃないの。ご紹介いただいたら? 年齢も確かアデレードとそんなに変わらないですよね?」
「今年、二十三になるかな。私に似ず顔はいいぞ」
「いやだわ、フォワード侯爵様も素敵じゃないですか。でも、アデレードは面食いだから、本当によいご縁ではない?」
「私が良くても御令息が嫌がるんじゃないかしら。そんな素敵な方ならいくらでもお相手がいるでしょうし」
「いやぁ、それがそういう浮いた噂は皆無でね。女性不信が強くて。でも、きっとアデレードちゃんなら大丈夫じゃないかな」
「女性不信なんですか? 格好いいのにもったいなくないですか?」
後ろ姿でアデレードがどういう表情なのかは不明だったけれど、声色からへらへら笑っているのはわかる。
単なる社交辞令。よくある会話だ。なんてことない。レイモンドは叱られた子供が言い訳するみたいにつらつら思った。だけど、
「アデレード様、お見合いなさるのかしら? あの方、侯爵って仰ってましたよね。凄いわ。でも、アデレード様も侯爵家ですものね」
メイジーがため息交じりに言う声が嫌なくらい耳に入ってくる。
瞬間、グラッと天地が反転するような錯覚に陥った。或いは実際眩暈がしていたのかもしれない。
兎に角、その場にいられなくなって、気がついたら時には逃げ出していた。
「レイモンド様? あ、待ってください!」
追いかけてくるメイジーに構う暇などなかったし、当然、メイジーの声に振り向いたアデレードにも気づくことはなかった。
到着すると、既に公園をぐるりと囲むように来場者の馬車が停車しており、今年も盛況であることが窺い知れた。
園内には出店が幾つも出展していて、道化師や手品師が演技をする簡易舞台、子供の為の移動遊園地も設置されている。
交友関係の広いリコッタ伯爵の元には、顔見知りの貴族が代わる代わるに挨拶にやってきた。
美男子のレイモンドと美少女のメイジーが隣合わせに並んでいて人目を引いているせいもある。
レイモンドは早くアデレードを捜しに行きたい気持ちでいたが、仕事上の繋がりのある相手ばかりで無下にもできず、亀の足取りで園内を進んだ。
「ポーラ夫人なら、噴水前のテラスにいらっしゃいましたよ」
と母とも交流のあるフェザー子爵夫人に教えられて漸くテラスに着いた頃には到着から一時間近く経過していた。
「あら? 来たの?」
自分達の姿を見た母の対応は冷たいものだった。
「そうなんだ! 二人とも勉強ばかりで偶には息抜きが必要だろう?」
父が妙に明るく告げることに一層空気が白けた。
最近両親の仲は上手くいっていない。母が一方的に父に素っ気ないのだが、無視したり不機嫌な態度を取るわけではなく、本当に単に素っ気なくて、父は文句のつけようがないみたいだった。
それに、恐らくメイジーのことが発端であるのに、
「そうね。メイジー嬢は、ノイスタインのサマーパーティーは初めてでしょう? 見て回ってくるといいわ。楽しんでね」
と、母はメイジーに対してはにこやかに接する。その為、父は、余計に苦言の呈しようがながった。
「母上、アデレードと一緒ではないんですか?」
「えぇ、出店を見てくるって言っていたわ」
そして、母は、自分に対してアデレードの話題を一切しなくなった。
これまでなら「早くアデレードちゃんの所へ行きなさい。いつまで待たせるの」と怒られるはずが、今日は全く責められない。
(一体なんだと言うんだ)
お小言を言われなくて良いはずなのに、レイモンドは理不尽な苛つきを覚えた。
「……そうですか。捜しに行きます」
ただ、その不快感を突き詰めると面白くない結論に達する気がして、敢えて深く考えず踵を返した。
「あ、待って! わたしも一緒に行きます」
メイジーが後ろをついてくる。息抜きに来たのだから、お互い好きにすれば良いのでは? と若干鬱陶しく感じた。
アデレードを毛嫌いしているメイジーがわざわざついて来る意味が分からない。
追い払うのもどうか、と仕方なく一緒に向かうが、
「こんなに人がいるんじゃ、アデレード様を見つけるのは難しいんじゃないですか?」
メイジーは、捜す気があるのかないのか、きょろきょろ辺りを見回しつつ言った。
普通の人間ならそうかもしれないが、とレイモンドは思った。
アデレードは昔から好き気儘にうろつく癖があってよく迷子になる。
そんなアデレードを見つけるのは、いつもレイモンドだった。そして、それはずっと変わらないし、誰かに代わってやるつもりもない。
「俺が捜してくるから、君は適当にその辺の店でも見ておいてくれ」
レイモンドは早くアデレードを見つけたくて言ったが、メイジーはどう解釈したのか「二人で捜した方が早いわ」と微笑んだ。
そう返されれば何も言えず、メイジーの歩幅に合わせて歩くしかなくなった。
十五分ほど捜して廻り、姉のセシリアと氷菓の出店の前にいるのを見つけた。
アデレードは丁度こちらとは反対を向いているが後ろ姿でも間違えるわけはない。
レイモンドが近寄りながらアデレードの名前を呼ぼうとした瞬間、知らない男が先にアデレードとセシリアに声を掛けたのでタイミングを逃した。
「二人とも久しぶりだね」
五十手前くらいか。随分身なりのよい中年の男だった。
「フォワード侯爵様、お久しぶりです。いつノイスタインへいらしたのですか?」
「今朝ついたんだ」
「先日はうちの主人がお世話になったみたいで、有難うございます」
「いやいや。こちらこそ有意義な取引ができて感謝しているよ」
セシリアの知り合いらしく和気藹々と会話が始まる。こちらは面識がないため割って入るわけにはいかず黙って後ろで待っていると、
「アデレードちゃんも、しばらく遭わない間に素敵な娘さんになったね。来年卒業だって、エイダンから聞いているよ」
「はい。学生じゃなくなるなんて、なんだか変な感じです」
「この子、ぼやっとしていているから、先のことなんて何にも決めてないんですよ」
「そうなのかい? だったらうちの倅に嫁いできてくれないか」
何の話の流れなのか、男が突然言った。
「あら、いいじゃないの。ご紹介いただいたら? 年齢も確かアデレードとそんなに変わらないですよね?」
「今年、二十三になるかな。私に似ず顔はいいぞ」
「いやだわ、フォワード侯爵様も素敵じゃないですか。でも、アデレードは面食いだから、本当によいご縁ではない?」
「私が良くても御令息が嫌がるんじゃないかしら。そんな素敵な方ならいくらでもお相手がいるでしょうし」
「いやぁ、それがそういう浮いた噂は皆無でね。女性不信が強くて。でも、きっとアデレードちゃんなら大丈夫じゃないかな」
「女性不信なんですか? 格好いいのにもったいなくないですか?」
後ろ姿でアデレードがどういう表情なのかは不明だったけれど、声色からへらへら笑っているのはわかる。
単なる社交辞令。よくある会話だ。なんてことない。レイモンドは叱られた子供が言い訳するみたいにつらつら思った。だけど、
「アデレード様、お見合いなさるのかしら? あの方、侯爵って仰ってましたよね。凄いわ。でも、アデレード様も侯爵家ですものね」
メイジーがため息交じりに言う声が嫌なくらい耳に入ってくる。
瞬間、グラッと天地が反転するような錯覚に陥った。或いは実際眩暈がしていたのかもしれない。
兎に角、その場にいられなくなって、気がついたら時には逃げ出していた。
「レイモンド様? あ、待ってください!」
追いかけてくるメイジーに構う暇などなかったし、当然、メイジーの声に振り向いたアデレードにも気づくことはなかった。
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