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SIDE2-8 対価
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翌朝の馬車の中で、サマーパーティーのことは、お互い口にしなかった。いつものアデレードなら、
「結局来れなかったのね。待っていたのよ?」
とムスッとした顔で言ったはず。でも、
「勉強していたんだ。仕方ないだろ。成績が落ちたら特進科から外されるんだぞ。卒業まで後半年なのに目も当てられない」
と返せば、不機嫌ながらも納得して終わる。
しかし、今回は一切触れてこなかった。それは後ろ暗いことがあるからではないか。
(侯爵家の息子から縁談がきて浮かれていたくせに)
(あの後一体どうなったんだ?)
(いや、あれはただの社交辞令の会話だった)
ぐるぐる感情が廻って怒りに似た不安が収まらなかった。
けれど、こちらから尋ねるのも癪に障る。アデレードから話題にするまで黙っていよう、と決めた。
だというのにメイジーが、
「昨日のサマーパーティーは凄い賑わいでしたね。息抜きしちゃったから、今日からまた頑張らないと」
と言い出した。
あの後、自分は直ぐ帰宅したが、メイジーは父と共に夕方近くまで参加していた。父と二人で楽しんだ話をするのは構わないが、こっちがあの場にいたことまで喋られたくない。
「じゃあ、始めようか」
レイモンドは、メイジーの話を制するように今朝の新聞を手渡した。
その場で資料を読み込み自分の意見をまとめて発表する、という面接試験の対策として、朝刊のコラムを題材に毎朝練習している。
「五分計るから」
制限時間を告げると、メイジーは真面目な顔でコラムを読み始めた。
ほっとしてレイモンドも時計を気にしつつ自分の教科書に視線を落とした。
昨日も帰宅後、ずっと机に向かっていた。勉強していると他のことを考えずに済む。
特進科を卒業して、父の後継として仕事に就けば全て解決する。
二人の将来の為に頑張っているのだから、と安心できた。
アデレードの気持ちを一切慮ることなく、何故あそこまで妄信できたのか。
きっとアデレードがいつもいつも笑っていてくれたからだ。
だから、三日ほどしていつも通りの調子で、
「ルグランの予約日明日なの覚えてる? ちゃんと来てね!」
とアデレードが笑った時、ほら、やっぱり大丈夫、と思った。
同時に、サマーパーティーの怒りが再熱した。
侯爵家の倅の方がよいのではないか。
そもそもアデレードがこちらへ向ける感情は軽い。
どんなに成績を上げて、いくら社交界で持て囃されても、アデレードは昔から一つも変わらなかった。
「アディはレイのこと好きだよ!」と言ったあの頃と同じ。その辺のありふれた好きのまま。
例えば、チョコレートケーキを好きだと言うのと同じくらいの安物。
もっと高い熱量を向けてくれてよいんじゃないか。
自分は「学生らしい生活」の全部と引き換えに「侯爵令嬢に見合う」という評価を必死で得たのに。
それくらいの重い気持ちでいるのに。自分ばかりが好きでいる。あまりに不公平じゃないか。違うと言うなら証明してくれ。
そんな狂人めいた驕れる気持ちがあったから、あの日、あの店へメイジーを同伴して行った。
「ルグランへ行くんですか? いいなぁ。半年待ちのお店でしょう? 今から予約してもわたしは半年後には平民として働いているから、きっと行く機会なんかないわ」
と悲しげに笑うメイジーに同情したふりをして、連れて行った。
本音は、アデレードに対価を払わせたい一心だった。
二人の約束にメイジーを連れて行ったら不快に思うだろう。
世界一美味しいと言うケーキとやらを、嫌な気持ちで食べたらいい。
せめてそれくらいは我慢すべきだ。それで漸く対等になれる。
誰が聞いても意味がわからないし、思い返すと自分でも何故あんな風に考えていたのか理解できない。
過去に戻れるなら、頭のおかしい自分を殴ってでも止める。
だけど、そんなことはできないし、当然、あの日、未来の自分がやってきて殴り飛ばしてもくれることもなかった。
「結局来れなかったのね。待っていたのよ?」
とムスッとした顔で言ったはず。でも、
「勉強していたんだ。仕方ないだろ。成績が落ちたら特進科から外されるんだぞ。卒業まで後半年なのに目も当てられない」
と返せば、不機嫌ながらも納得して終わる。
しかし、今回は一切触れてこなかった。それは後ろ暗いことがあるからではないか。
(侯爵家の息子から縁談がきて浮かれていたくせに)
(あの後一体どうなったんだ?)
(いや、あれはただの社交辞令の会話だった)
ぐるぐる感情が廻って怒りに似た不安が収まらなかった。
けれど、こちらから尋ねるのも癪に障る。アデレードから話題にするまで黙っていよう、と決めた。
だというのにメイジーが、
「昨日のサマーパーティーは凄い賑わいでしたね。息抜きしちゃったから、今日からまた頑張らないと」
と言い出した。
あの後、自分は直ぐ帰宅したが、メイジーは父と共に夕方近くまで参加していた。父と二人で楽しんだ話をするのは構わないが、こっちがあの場にいたことまで喋られたくない。
「じゃあ、始めようか」
レイモンドは、メイジーの話を制するように今朝の新聞を手渡した。
その場で資料を読み込み自分の意見をまとめて発表する、という面接試験の対策として、朝刊のコラムを題材に毎朝練習している。
「五分計るから」
制限時間を告げると、メイジーは真面目な顔でコラムを読み始めた。
ほっとしてレイモンドも時計を気にしつつ自分の教科書に視線を落とした。
昨日も帰宅後、ずっと机に向かっていた。勉強していると他のことを考えずに済む。
特進科を卒業して、父の後継として仕事に就けば全て解決する。
二人の将来の為に頑張っているのだから、と安心できた。
アデレードの気持ちを一切慮ることなく、何故あそこまで妄信できたのか。
きっとアデレードがいつもいつも笑っていてくれたからだ。
だから、三日ほどしていつも通りの調子で、
「ルグランの予約日明日なの覚えてる? ちゃんと来てね!」
とアデレードが笑った時、ほら、やっぱり大丈夫、と思った。
同時に、サマーパーティーの怒りが再熱した。
侯爵家の倅の方がよいのではないか。
そもそもアデレードがこちらへ向ける感情は軽い。
どんなに成績を上げて、いくら社交界で持て囃されても、アデレードは昔から一つも変わらなかった。
「アディはレイのこと好きだよ!」と言ったあの頃と同じ。その辺のありふれた好きのまま。
例えば、チョコレートケーキを好きだと言うのと同じくらいの安物。
もっと高い熱量を向けてくれてよいんじゃないか。
自分は「学生らしい生活」の全部と引き換えに「侯爵令嬢に見合う」という評価を必死で得たのに。
それくらいの重い気持ちでいるのに。自分ばかりが好きでいる。あまりに不公平じゃないか。違うと言うなら証明してくれ。
そんな狂人めいた驕れる気持ちがあったから、あの日、あの店へメイジーを同伴して行った。
「ルグランへ行くんですか? いいなぁ。半年待ちのお店でしょう? 今から予約してもわたしは半年後には平民として働いているから、きっと行く機会なんかないわ」
と悲しげに笑うメイジーに同情したふりをして、連れて行った。
本音は、アデレードに対価を払わせたい一心だった。
二人の約束にメイジーを連れて行ったら不快に思うだろう。
世界一美味しいと言うケーキとやらを、嫌な気持ちで食べたらいい。
せめてそれくらいは我慢すべきだ。それで漸く対等になれる。
誰が聞いても意味がわからないし、思い返すと自分でも何故あんな風に考えていたのか理解できない。
過去に戻れるなら、頭のおかしい自分を殴ってでも止める。
だけど、そんなことはできないし、当然、あの日、未来の自分がやってきて殴り飛ばしてもくれることもなかった。
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