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30-2 正論
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「疲れたのでちょっと横になります」
ホテルに戻ったアデレードは部屋へ籠った。
ベッドにごろんと横になり天井の格子を見るともなく見ながら先ほどのレストランでの一幕を思い返した。
遊歩道を道なりに歩いて迷うことなく目当ての店へ着き、入り口で案内を待っていると、
「ペイトンじゃないか! こっちに来いよ」
と、ペイトンの学生時代の友人達とその妻らしい総勢二十名の集団から呼び止められた。
半分は見覚えがある。園遊会で挨拶を交わした面子だ。
広い店内には他に客はおらず、断る理由もないので同席することになった。
(人の結婚式で揉め事起こしたくないな)
嫌味を言われたらどうしよう、とアデレードは少し警戒しながら席についた。
が、心配は徒労で済んだ。
学生時代の友人が久々に集まったことで、アデレードの知らない昔話が次々花開いたが、こちらにも適当に話題を振ってくれて皆感じが良かった。
最初こそ警戒していたものの、アデレードも次第にリラックスした楽しいひとときを過ごすことができた。
一人の男の発言があるまでは。
「ダミアンとクリスタが結婚するとはな。長く続くとは思えないが、まぁ誰が止めても聞き入れないのだから仕方ない」
そこからは堰を切ったように、今日の結婚を祝福していないことを、皆が赤裸々に語りだした。
招待されておいてその言い草はないのでは? と思ったが、正義感ぶって会話を静止するほど、アデレードは空気の読めない世間知らずではない。
黙って聞き流したが、非常に後味は悪かった。ホテルに戻って「疲れたから横になります」と部屋に籠るくらいに。
(祝福されない結婚か……)
ベッドに仰向けになり大きく深呼吸する。
これまで実兄実姉の挙式に参列したが、辺り一面幸せが充満していた記憶しかない。
幼かったし、ただ何も気づかなかっただけの可能性はあるが、結婚に反対する人間は参加していなかったように思う。
貴族の世界は横のつながりが重要視される。招待されたら断れない付き合いは当然ある。
しかし、祝うつもりもないのに結婚式に出席するのはどうなんだろう、と青臭いことを考えてしまう。
(あの人達の言っていたのは多分全部事実だけど)
クリスタは、元々ペイトンを狙っていて、ペイトンに近づくためにダミアンを利用していた。
周囲は散々止めたのだが、ダミアンが全て承知で、
「お前がきてくれたら彼女は誘いに応じてくれる。一緒に過ごす時間が増えれば俺のことを知ってもらえる。やっとスタートラインに立てる。チャンスなんだ。頼む! 協力してくれ!」
とペイトンに頼み込み、段々と周りも「そこまで言うなら協力してやれば」といった空気に流れたそう。
「もちろんペイトン様は全く相手にされていませんでしたよ。ダミアン様の熱意に根負けして付き合っていただけです」
途中で夫人の一人が気を遣ってこちらにフォローを入れてくれたりしたが、クリスタの傲慢な態度への罵詈雑言は止まらなかった。
当然、ローグ侯爵家も一族で結婚に猛反対だったらしい。だが、
「彼女以外とは結婚しない」
とダミアンは頑なに意志を曲げなかった。
そうなれば元々一人息子に甘いローグ夫妻が折れるのは時間の問題で、一方、ローグ侯爵家の財政を握る現当主に反発するほどクリスタは馬鹿ではなく、二人の前ではダミアンを立てて上手く取り入り、今日の挙式へこぎつけた。
アデレードは、一連の話とフォアード商会で会った時のクリスタを思い出してあの態度の意味に合点がいった。
そして、友人達が結婚に反対するのは、ダミアンを思ってのことだというのも理解した。
(正論よね)
友人や親族や親なら止める。ダミアンを思う人間ほど止める。
「馬鹿にされて悔しくないのか」
「不幸になるだけだ」
「みっともないからやめろ」
正論、正論、ど正論だ。
(きっと皆思っていたのよね)
アデレードはごろんと転がってベッドに突っ伏し、ふかふかのクッションに顔を押し当てて息を殺した。
暴れまわりたい衝動と悲しみと羞恥と、後はいろいろ分からない負の感情が身体中に走った。
別に悪口を聞くくらいどうってことない。こんなに嫌な気分になるのは、全部自分に言われているように聞こえたからだ。
ノイスタインにいた頃の自分へ向けて投げられた言葉に感じたから。
あんな風に言われたくなかったから、レイモンドのことは家族の誰にも何も言わなかった。
自分で全部わかっていた。でも、諦めきれなかった。そして、今も思っている。
もし、メイジーが現れなかったら、もしあのまま我慢していたら、卒業してレイモンドと結婚していたら、きっと今のダミアンと同じ状況だったんじゃないか。
胸がざらつく。もしもの自分。あったかもしれない自分。
ダミアンは今何を考えているのだろうか。聞いてみたい。
そんなことを聞いたって何の意味もない。わかっている。第一、そんなことを面と向かって聞ける関係性でもない。でも、
(笑っているよね?)
よくわからない感情。ダミアンが今笑っているなら、もうそれで全部よい気がした。
アデレードは気づけば部屋を飛び出していた。
ホテルに戻ったアデレードは部屋へ籠った。
ベッドにごろんと横になり天井の格子を見るともなく見ながら先ほどのレストランでの一幕を思い返した。
遊歩道を道なりに歩いて迷うことなく目当ての店へ着き、入り口で案内を待っていると、
「ペイトンじゃないか! こっちに来いよ」
と、ペイトンの学生時代の友人達とその妻らしい総勢二十名の集団から呼び止められた。
半分は見覚えがある。園遊会で挨拶を交わした面子だ。
広い店内には他に客はおらず、断る理由もないので同席することになった。
(人の結婚式で揉め事起こしたくないな)
嫌味を言われたらどうしよう、とアデレードは少し警戒しながら席についた。
が、心配は徒労で済んだ。
学生時代の友人が久々に集まったことで、アデレードの知らない昔話が次々花開いたが、こちらにも適当に話題を振ってくれて皆感じが良かった。
最初こそ警戒していたものの、アデレードも次第にリラックスした楽しいひとときを過ごすことができた。
一人の男の発言があるまでは。
「ダミアンとクリスタが結婚するとはな。長く続くとは思えないが、まぁ誰が止めても聞き入れないのだから仕方ない」
そこからは堰を切ったように、今日の結婚を祝福していないことを、皆が赤裸々に語りだした。
招待されておいてその言い草はないのでは? と思ったが、正義感ぶって会話を静止するほど、アデレードは空気の読めない世間知らずではない。
黙って聞き流したが、非常に後味は悪かった。ホテルに戻って「疲れたから横になります」と部屋に籠るくらいに。
(祝福されない結婚か……)
ベッドに仰向けになり大きく深呼吸する。
これまで実兄実姉の挙式に参列したが、辺り一面幸せが充満していた記憶しかない。
幼かったし、ただ何も気づかなかっただけの可能性はあるが、結婚に反対する人間は参加していなかったように思う。
貴族の世界は横のつながりが重要視される。招待されたら断れない付き合いは当然ある。
しかし、祝うつもりもないのに結婚式に出席するのはどうなんだろう、と青臭いことを考えてしまう。
(あの人達の言っていたのは多分全部事実だけど)
クリスタは、元々ペイトンを狙っていて、ペイトンに近づくためにダミアンを利用していた。
周囲は散々止めたのだが、ダミアンが全て承知で、
「お前がきてくれたら彼女は誘いに応じてくれる。一緒に過ごす時間が増えれば俺のことを知ってもらえる。やっとスタートラインに立てる。チャンスなんだ。頼む! 協力してくれ!」
とペイトンに頼み込み、段々と周りも「そこまで言うなら協力してやれば」といった空気に流れたそう。
「もちろんペイトン様は全く相手にされていませんでしたよ。ダミアン様の熱意に根負けして付き合っていただけです」
途中で夫人の一人が気を遣ってこちらにフォローを入れてくれたりしたが、クリスタの傲慢な態度への罵詈雑言は止まらなかった。
当然、ローグ侯爵家も一族で結婚に猛反対だったらしい。だが、
「彼女以外とは結婚しない」
とダミアンは頑なに意志を曲げなかった。
そうなれば元々一人息子に甘いローグ夫妻が折れるのは時間の問題で、一方、ローグ侯爵家の財政を握る現当主に反発するほどクリスタは馬鹿ではなく、二人の前ではダミアンを立てて上手く取り入り、今日の挙式へこぎつけた。
アデレードは、一連の話とフォアード商会で会った時のクリスタを思い出してあの態度の意味に合点がいった。
そして、友人達が結婚に反対するのは、ダミアンを思ってのことだというのも理解した。
(正論よね)
友人や親族や親なら止める。ダミアンを思う人間ほど止める。
「馬鹿にされて悔しくないのか」
「不幸になるだけだ」
「みっともないからやめろ」
正論、正論、ど正論だ。
(きっと皆思っていたのよね)
アデレードはごろんと転がってベッドに突っ伏し、ふかふかのクッションに顔を押し当てて息を殺した。
暴れまわりたい衝動と悲しみと羞恥と、後はいろいろ分からない負の感情が身体中に走った。
別に悪口を聞くくらいどうってことない。こんなに嫌な気分になるのは、全部自分に言われているように聞こえたからだ。
ノイスタインにいた頃の自分へ向けて投げられた言葉に感じたから。
あんな風に言われたくなかったから、レイモンドのことは家族の誰にも何も言わなかった。
自分で全部わかっていた。でも、諦めきれなかった。そして、今も思っている。
もし、メイジーが現れなかったら、もしあのまま我慢していたら、卒業してレイモンドと結婚していたら、きっと今のダミアンと同じ状況だったんじゃないか。
胸がざらつく。もしもの自分。あったかもしれない自分。
ダミアンは今何を考えているのだろうか。聞いてみたい。
そんなことを聞いたって何の意味もない。わかっている。第一、そんなことを面と向かって聞ける関係性でもない。でも、
(笑っているよね?)
よくわからない感情。ダミアンが今笑っているなら、もうそれで全部よい気がした。
アデレードは気づけば部屋を飛び出していた。
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