愛され妻と嫌われ夫 〜「君を愛することはない」をサクッとお断りした件について〜

榊どら

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30-1 ボートには乗らない

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 本日の式はナイトウェディングとなっている。

 バリバラ国の最近の流行りだ。

 夕方近くに挙式が始まり、その後は一晩中披露宴という名のパーティーが開かれる。

 レストランを貸切って行うのが通常だが、今回の規模は破格。チャペルに併設したホテルを全館貸切り、中庭を飾りつけ舞踏会さながらの宴が催される。


(何人くらい集まるのかしら)


 貴族の結婚は家同士の繋がりであるから、ローグ侯爵家の跡取りの門出とあれば一族郎党が集うはず。

 しかし、ホテルのロビーでたむろしている招待客は若い貴族ばかりに思えた。

 子供に家督を譲れば生活の拠点を領地へ移す場合が多いため、年長者達は自ずと遠方からの来場になる。

 前乗りして既に部屋で寛いでいるのかもしれない、などとアデレードが考えていると、


「待たせてすまない」


 チェックインの手続きを済ませたペイトンがベルボーイを連れて戻ってきた。

 荷物は既に運ばれているというので、手ぶらのベルボーイに案内されて部屋に向かった。

 重厚な古城のような煉瓦造りの建物を三階まで上る。用意されていたのは湖畔が眼前に広がる部屋だ。

 美しい眺望にアデレードが、わーっとはしゃいでバルコニーへ出ると、


「部屋を分けると体裁が悪いからな。ツインルームにしてもらったんだ。個室には鍵が掛かるから……」


 後ろをついてきたペイトンがぼそぼそ言った。

 夫婦が別の部屋に泊まっていると知られれば周囲になんと言われるか。

 想像できすぎてアデレードは辟易した。

 けれど、同室であることを全く気にしていない自分とは異なり、ペイトンは思うところがあるようだ。

 家庭教師に夜這いを掛けられたことが影を落としているんだろう。

 家庭教師に教育を受けるのは就学前だから、十三歳以下の年齢での出来事になる。


(精神的に引きずるわよね)


 体格的に自分がペイトンを襲うなど到底無理なのだが、そういう問題じゃないんだろう。

 部屋に専属の執事と侍女がつくので屋敷の使用人は誰も同行していないが、二人きりが嫌ならジェームスにでもついてきて貰えば良かったのでは? と心配になった。


「式は四時からだから時間はある。湖畔にレストランもあるようだし、昼食はそこでとろう」


 アデレードが返事をする前にペイトンは続けた。

 下手なことを言ってトラウマをつつくような薮蛇になっては気の毒なので、

 
「はい」 


 と素直に頷いた。



 
 ホテルからレストランまでゆっくり歩いてニ十分らしいので散策がてら歩くことにした。

 湖の周囲はぐるっと銀杏並木の遊歩道になっている。輝くような黄色に染まる秋口が一番の見頃らしい。


「ボートがありますね」


 対岸にある桟橋にいくつかボートが繋がれている。


「乗りたいのか?」


「いえ、全然」


「じゃあ、なぜ言ったんだ」


「そこにボートがあったので」


 特に冗談を言ったつもりはないのに、ペイトンは笑った。


「ボート漕げるんですか? 私ボートって乗ったことないです」


 乗りたいと答えたら乗せてくれそうだったので尋ねてみた。


「学生の頃はよく乗っていたからな」


 意外な回答だ。


「一人で乗るんですか?」


「なんでそうなる。僕にだって友人くらいいる」


「男性同士でボートに乗るんですか? 男女で乗るものだと思っていました」


「あぁいうボートじゃなく、競技用のがあるんだよ。ノイスタインにはないのか」


 ボートに乗ったり、クリケットしたり、ペイトンは予想外に学生時代を謳歌していることに驚いてしまった。

 女性嫌いで、ずっとピリピリして一人で孤独に偏屈に生きてきたのだと勝手に想像していた。


「競技用はきいたことないです。王都の公園に、この湖の三分の一くらいの池があって、みんな乗りに行ったりはしていました」


「君は乗らなかったのか」


「はい」


 だって、みんな恋人と出掛けていたのだ。

 いつか自分も、と思っていたから、父や兄が誘ってくれても断った。その他のこともいろいろ。

 勉強が勉強が、と忙しそうにしているレイモンドに悪い気がして、友人と遊びに行くこともしなかった。

 何もない学生時代だった。楽しいことはいくらでもあったはずなのに。


「……乗ってみるか?」


 ペイトンは一度断ったのに再び誘ってきた。

 前に好きな人に手酷く振られた話は伝えているし、さっき「ボートは男女で乗るもの」とか言ったから、何か察したのだろう。

 無駄な気を遣わせてしまった。


「いえ、いいんです」


 でも、親切に応じる気にどうしてもなれなかった。

 好きな人と乗るんだから他の人とは乗らない。それを貫かないと駄目だ。

 ここで踏ん張らなかったら、今までやらなかったことが後悔となってどどっと押し寄せてくる気がする。


「それよりお腹すいたので、お昼ご飯食べたいです」


 気持ちを逃がすためにわざとらしく明るい声で言ったが、


「そうだな。空腹時に乗ると船酔いするからな」


 ペイトンが呑気なことを言うので、毒気を抜かれてアデレードは笑ってしまった。
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