愛され妻と嫌われ夫 〜「君を愛することはない」をサクッとお断りした件について〜

榊どら

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40-1 夜会

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▽▽▽
 本日の夜会は半年に一度開催される商工会主催のかなり大規模な集まりだ。

 富裕層の商人が発言権を得はじめている昨今、貴族も階級社会に胡坐をかいてばかりはいられない。

 そのため貴族と商人を繋ぐ橋渡しとして重要な地位を占める商工会主催の夜会となれば、幅広い層の人間が出席する。

 アデレードとペイトンも、両親に参加を促され挨拶回りすることになった。

 そもそも白い結婚は、円満に婚姻生活を送っていることを周囲にアピールする必要があるから絶好の機会と言えた。


「お会いできて光栄です。お父上とは懇意にさせて頂いているんですよ。まさかバルモア侯爵のご令嬢と結婚されるとは、飛ぶ鳥を落とす勢いと名高い両家が婚家となられるなんてめでたい限りですな」


 挨拶を交わす相手の大体はペイトンに好意的で両家の結びつきを祝う言葉を述べた。

 バリバラにいた頃、アデレードが受けたようなマウントをペイトンに取ってくる者はいない。


(文句のつけようがないものね)


 とアデレードは愛想よく振舞うペイトンをちらっと見た。

 珍しく前髪を全部あげているせいで普段より大人っぽく見える。

 五歳も年上の人間に大人っぽいも変な感想だが、普段は歳の差を感じないから仕方ない。

 漆黒のタキシードは、アデレードが鼻水だらけにした服とは別のものだ。

 銀髪によく映えるからかペイトンの一張羅は黒が多い。

 両親と同伴ということでかなり気合いを入れて準備してくれたのは伝わるが、ただでさえ目立つのに、より一層視線を集めていることにアデレードはそわそわした。


(レイモンドも来ているわよね……)


 仕事の顔繋ぎのため毎回この会には参加していた。

 会う確率はかなり高い。会ったらどうすればよいのか、と焦燥感が募る。

 向こうは多分普通に挨拶してくるはず、と考えるとますます気が重くなった。

 こっちには言いたいことがある。できれば人に聞かれない場所で話したいが、応じてくれるのか。

 それを切り出すのがこんな公の場というのも、両親が傍にいるのもハードルが高い。

 本当は卒業式で声を掛けるつもりでいたから余計に緊張する。


(二日早くなっただけよね。むしろ早く終わらせた方がいいかも)


 よくないイメージを持つとよくない方へ流れる。なるようになる、とアデレードは自分を鼓舞した。が、


「疲れただろう。少し休憩しようか」

 
 一通り挨拶回りが終了し、休憩を取る段階になってもレイモンドと遭遇することはなかった。

 今までこの夜会に参加しないことなどなかった。

 会場は、社交場、レストランホール、ダンスホールと三つにわかれているが、レイモンドは長居をしないから、社交場で会わないなら出会う確率は相当低くなるはずだ。


(もしかして避けられてる? ……それは自意識過剰か)


 レイモンドがこっちを避ける理由がない。

 しかし、自分から積極的に捜す気にもなれない。

 アデレードは周囲を見渡すことはせず父の提案に黙って従い社交場を離れた。

 
 レストランホールには、毎回五つの店が出店する。

 一定条件をクリアした店から参加希望を募った抽選制で選ばれる仕組みだ。宣伝効果が抜群なので希望者は殺到する。

 今回はアデレードのお気に入りの店が出店したためその店に決めた。

 十八時に会場入りして既に二時間経過している。食事時ともあって混雑していたが運良く座れた。

 実際にはバルモア侯爵家に対する忖度が強くあったのだけど。


「このお店は仔牛のソテーがお勧めです。ワインと合いますよ。私はジュースにしておきますけど」


 夜会は真夜中まで続くので、がっつりした食事から軽食、カフェまで用意されてある。

 アデレードの勧めにペイトンは悩むことなく頷いた。いつも酒を飲むと難癖をつけてくるので先手を打っておいた。 

 ペイトンは、卒なく両親と会話して理想の娘婿みたいに振る舞ってくれるので非常に助かる。

 ジェームスが「社交はちゃんとやるんですよ」と何度も繰り返していたことに今更ながら納得できた。


「食事が済んだら、ダンスホールに行ってきたらいい。挨拶ばかりも疲れるだろう」


 しかし、良い婿ムーブが過ぎるせいで父が余計な発言をしはじめてアデレードは焦った。

 夜会と言っても種類がある。バリバラで参加した夜会にダンスパーティーはなかったため、ペイトンとダンスなどしたことがない。


「そうね。学友のご令嬢達もたくさん参加しているでしょう。明後日は卒業式も控えているし、先に帰国の顔見せに行ってきなさい」


 母のナタリアまで父の意見に賛同する。

 わざわざ顔見せするほどの親しい友人はいない、とは言えなかった。

 学校でのことは親にはひた隠しにしてきた。わざわざ調べないかぎりバレることはない。

 それに、表面上仲良く付き合っている同級生はそれなりにいたし、全員から嫌がらせを受けていたわけでもない。

 こちらから積極的に誤解を解こうとも、友情を深めようともしなかったのは自省すべき点だ。

 あの頃は、レイモンド以外のことはどうでもよかった。

 レイモンドとの関係が元に戻れば他も全て上手くいくと妄信していた。

 世界はもっと広いのに馬鹿だったと思う。


(……レイモンド)


 また、暗い影が落ちる。


「ダンスホールですか。わかりました。行ってみます」


 アデレードが黙っていると代わりにペイトンがほいほい頷くので、更に微妙な気持ちになった。


 これまでレイモンドがダンスホールに行くことはほぼなかったので、恐らく今日もいないだろう。だから、社交場へ戻るよりはいい。

 しかし、この夜会は商人から高位貴族まで参加していて、商談の場として有用である一方、若者達の出会いの場でもある。

 レイモンドはいないかもしれないが、散々嘲笑して不躾な態度を取ってきた令嬢達は間違いなく来ている。

 ペイトンには学校で馬鹿にされていた話はしてある。次やられたらやり返してやるんだ、とも言ったはずだ。


(本当にぶっとばすけど、大丈夫なのかしら)


 美しい顔に優美な微笑みを浮かべて感じ良く振る舞うペイトンに背中を預けてよいとはとても思えない。

 全部忘れているんじゃないかと疑いさえ湧く。


(まぁ、別に邪魔さえしなければいいんだけど)


 アデレードは、やっぱりジュースでなくワインにしておけばよかった、と思いながらグラスを煽った。
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