愛され妻と嫌われ夫 〜「君を愛することはない」をサクッとお断りした件について〜

榊どら

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40-2 あなたとワルツを

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 ダンスホールは独特の雰囲気がある。

 他のフロアより温度が高い気がする。

 意中の相手を射止めようと皆がより一層注意深く周囲の動向を気にしているからに違いない。


「私、自分が美形で恋人が不細工なのと、恋人が美形で自分が不細工なのはどっちがいいか、時々考えるんです」


「え?」


 両親と別れてペイトンと二人、ダンスフロアに入ると四方からの視線を感じた。

 主にペイトンが無駄に男前であるからだ。

 アデレードは嫌な緊張感に呑まれてしまわないよう思いつくまま適当な話を振った。


「昔は、自分が不細工で恋人が美しい方がいいと思っていました。自慢できるし、私はこんな素敵な人に選ばれたんだって思えるから。でも、その代わり周囲からは妬み嫉みで嫌がらせも受けます。重圧ですよ。だから、最近は逆の方がいい気がしてます。自分が美しかったら不細工な恋人を守ってあげて正義の味方を気取れるし、それで恋人はきっと自分に惚れ直すし、その上自分は好きな人と付き合えているわけですからデメリットなくないですか」


「……そんなことは今始めて考えた」


 ペイトンが神妙に答える。

 アデレードは、そりゃそうか。こんなことを考えるのはきっと自分が美形ではないからなんだ、と腑に落ちて思った。


「旦那様は元々そっち側ですもんね」


「そっち側?」


「美しい側」


 特に嫌味のつもりも、ペイトンを褒めたつもりもなかった。

 ただ、真実を言っただけだが、


「べ、別に君は不細工じゃないだろう。どちらかと言えば……か、か……」


 ペイトンはどもり吃り返してきた。

 「かわいい」と続けようとしてくれているのがわかる。断じてそういうお世辞待ちではないので、


「これ、マズルカですね。私、あまり得意じゃないです。まぁ、全般的にダンスは得意じゃないですけど。ワルツが一番ましです」
 

 とダンスホールに流れている華やかな音楽に耳を傾けながら優しい気持ちで話題を変えた。

 ペイトンもきっとほっとしただろう。


「……君、ダンスは嫌いなのか」


「普通です。でも一通りは習いましたよ。これでも侯爵家の人間なんで。旦那様はダンス得意なんですか?」


「まぁ、そこそこには」


 やらないと言うかと思った。意外だ。そして、この返答ならかなり上手いのではないか。


「友達と踊るんですか?」


「何故そうなる。君は一体僕をなんだと思っているんだ」


 ペイトンが窘めるように言うので意味がわからなくてアデレードは戸惑った。


「……別になんとも思ってませんけど。私、なんか変なこと言いました? 恋人はいなかったんですよね? だったら、女友達と踊っていたんじゃないんですか?」


「あぁ、いや……僕に女性の友人はいないから……」



 ペイトンはさっきの問い掛けを「男同士で踊っていたんですか?」という意味に解釈したのか、と納得してアデレードは笑った。

 
「だったら誰と踊るんですか?」


「仕事の関係者だよ。エスコートを頼まれることが結構あったから」


「そうなんですね」


 質問しておいてなんだが他に言うべき言葉がない。


「いや、本当にただの仕事の延長で……」


 何も詰め寄っていないのにペイトンが言い訳めいて続ける。


「毎回一曲踊る程度だ。何曲も踊ると誤解されるから」


「なるほど」


「しかし、あれだ。君は難しく考えすぎじゃないか。ダンスなんて慣れだ。回数をこなせば自然と身につく」


「そうですかね」


「あぁ、そうだ。それに別に人に見せるためではなく、要は自分が楽しめたらいいんだし。娯楽の一つと考えればいい」


 めっちゃ力説してくるじゃん、とアデレードは思った。

 なんだろうか。ダンス好きなのに何曲も踊ると誤解されるから、仕事上の相手と一曲踊るだけで「踊りたい欲」を満たしてきた的なことだろうか。

 ペイトンはいろいろスポーツをしているし、運動好きみたいだからありえなくはない。

 女性嫌いなのにダンス好きなのは気の毒というかなんというか。

 ペイトンの内心はよくわからないが、とりあえず踊りたそうなことは伝わる。


(びっくりだわ) 


 ペイトンは、ど初っ端に「僕に何か期待するのはやめてくれよ」と放った以外、こっちに何か求めてきたことはない。

 そして、その唯一の頼みも全然聞いてあげていない。


(たまには、私が折れるべきかしら)


 しかし、アデレードはダンスが本当に下手だった。うーんうーんと悩んだ末、


「足踏んでも怒らないなら、踊ってもいいですよ」


 と直接ペイトンの口から誘われたわけでもないのに物凄く上から目線の発言をしてしまった。

 そもそも大前提として夜会に同行してもらっている身分だ。

 いろいろ棚に上げてしまったことに焦燥感がじわじわ襲ってくる。


「そんなことで怒るわけないだろ」


「じゃあ、踏み放題なんですね」


 ペイトンが嫌な顔をせず答えるので、ますますどうすればよいか分からなくなり子供の揚げ足取りみたいな言葉が出た。


「ふ……そんなわけないだろ。わざと踏んだら駄目だ」


 ペイトンが真面目に返してくるので、アデレードは妙な笑いのツボに入って笑った。

 けらけら笑っている間に曲が終わり、すぐまた次曲の演奏が始まる。

 格式高い舞踏会ではなく、貴族ばかりの集まりでもないため、曲の途中でダンスを止めるのも、参加するのも自由となっており演奏は継続して流れ続ける。


「ワルツだな」


 夜会で演奏される曲目は圧倒的にワルツが多い。二回に一回はワルツだし、なんなら立て続けに流れることもある。


「そうですね」


 アデレードはフロアを眺めながら答えた。

 ペイトンがダンス好きかどうかは関係なく、白い結婚の円満アピールのためには一曲くらい踊るべきであることは間違いない。お互いのために。

 いや、ノイスタインにいるのだし、自分の方がより恩恵を受けるのだから、さっきの高飛車な発言を撤回して自分からお願いすべきだろう。

 よし! とアデレードが口を開く直前、隣にいるペイトンが深く息を吸い込んだ後、正面に回り、


「踊って頂けませんか?」


 とまるで初対面の人間に言うみたいに丁寧に手を差し出してきた。

 ペイトンだけ切り取ってみるとまるで演劇のワンシーンのよう。

 下手に出る必要なんて微塵もないのに、なんでこんな誘い方をするのか。

 これがペイトンの通常営業なんだろうか。

 ペイトンはいろんな相手と踊っているようだし案外こういうことは慣れているのかもしれない。

 パチッと目が合う。


(……え?)


 強張った顔。若干頬が紅潮して見える。

 ペイトンから緊張が読み取れて、伝染するみたいにアデレードも鼓動が高まった。

 なんだこれ、と頭の中が白くなる。

 そして、やっぱり自分が美形で相手が不細工な方がよい、とどうでもよいことが浮かんできた。

 だって、自分では絵にならない。それが苦しい。

 負の感情が胸のうちに広がる。

 昔、このダンスフロアで笑われたことも蘇った。

 お気に入りのメイズのドレスで来たことも全てが居た堪れなくなった。

 ペイトンの誘いに早く応じなければ、と気持ちは焦るのに体が上手く反応しない。が、


「せめてわざとじゃない振りをしてくれたら怒らない」


 ペイトンがボソボソ付け加えるのでアデレードは何の話か一瞬わからなかった。

 足を踏む云々の話だと理解して、


(……この人は何も気にしないか)


 とアデレードは毒気を抜かれたみたいにくぐもった感情が晴れた。

 ペイトンはアデレードが何度「周囲の人間に見られている」と訴えても「え?」と反応する男だ。

 似合わなくても自分の好きな方のドレスを着れば良いと言う男で、売られた喧嘩は買ってよしと言う男だった。

 じゃあ、別によいか、と。自分の好きな方を選べば。ペイトンと踊りたいか、踊りたくないか。


「私、そんな性悪じゃないんで。わざと踏んだりしませんよ」


 アデレードはペイトンの手を取って笑った。
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