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42-2 調子にのるな
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一人でこんな場所で何をしているのか。レイモンドと一緒ではないのか。
色々頭に浮かんだが、アデレードの口から出てきたのは、
「お久しぶりですね」
という、なんとも卒のない挨拶だった。
元々親しくないから、レイモンドのことを除けば話すことがなくて、それを無意識に避けた結果だ。
(よりによってこんなところで会うなんて)
最後にメイジーと話したのは、ルグランでブチ切れて席を立った後、レイモンドと仲直りするよう説得に来た時だったはず。
―― レイモンド様はわたしを喜ばせる為に、お店に連れて行ってくれたんです! 悪いのはわたしなんです! レイモンド様を責めないでください。
――ずっと仲の良かった幼馴染と喧嘩したままじゃ勉強にも身が入らないみたいなんです。特進科の試験も近いのに……わたし、申し訳なくて……レイモンド様は君のせいじゃないってそればっかり仰るし……どうかレイモンド様と仲直りしてください。お願いします。
などと宣った。
自分とレイモンドの輝かしい未来の邪魔をしないで、という意味に聞こえたし、実際そう言ったのだろう。
嫌らしい女だな、と思ったけれど、アデレードはその時既にバリバラへ行くことを腹に決めていたので反論はしなかった。
「ご帰国されていたのですね。ご結婚されたとか? おめでとうございます。凄く意外でした」
デジャビュだろうか。さっき嫌味の応酬をしてきた令嬢達が脳裏に蘇る。
しかし、メイジーはあの令嬢達とは違い自虐的な言動を取りつつマウントを取るタイプだから違和を感じた。
いつもならこんな発言はしない。
なんだか機嫌が悪いように見える。
だからといって当たり散らされる謂れなど微塵もないのだが。
「えぇ、よい縁に恵まれましたので。メイジー様は試験いかがでした?」
メイジーの眉がぴくりと動いてきゅっと唇が結ばれた。
(え、駄目だったの?)
嫌がらせのつもりはなかった。試験のことを聞かないのは逆に不自然だと思った。
メイジーのことは嫌いだが、努力していたことは知っている。
その結果が振るわなかったことに対して喜ぶほど人間性は落ちぶれていない。
アデレードは不用意な発言に後悔したが、
「でも、リコッタ小父様に口利きして頂き就職は決まりました」
とメイジーは答えた。
「リコッタ商会にですか?」
だったら、最初からそうすれば多忙なレイモンドの時間を割いて試験勉強などする必要はなかったのでは? とまた余計なことが浮かぶ。
「……小父様のところで働かせて頂いても良かったのですけど、それだと甘えてしまいますから。職業婦人としてきちんと外で働きたいと思ったんです。レイモンド様も、最初は心配して引き止めてくださったのですが、今はわたしの思いを汲んで応援してくれています。このドレスも卒業祝いに贈ってくださったのですよ」
さっきとは打って変わりメイジーはぺらぺら喋り始めた。この期に及んでマウントを取ってくることにイラッとする。
「卒業祝いなら卒業式に着た方が良かったのではないですか? まぁ、私には関係ないですけど。進路が決まって良かったですね」
嫌味の一つも言いたくなってつまらない難癖をつけてしまった。
レイモンドのことは聞きたくないし、メイジーのことも正直どうでも良い。
何よりこのままここにいたらレイモンドがメイジーを捜しにくるのではないか、と胸がざらついた。
三人で鉢合わせなど地獄すぎる。
「では、夫が待っておりますので、」
「結婚生活はいかがですか?」
さっさと去ろうとするアデレードの言葉に被せてメイジーは尋ねてきた。
そんなことに興味ある? とアデレードは逆に聞きたかったが、
「楽しいですよ。旦那様も良い方なので」
と無難に返した。
「白い結婚なんですよね? お相手の侯爵様は女性嫌いで有名な方だとか。事業提携のための結婚だって、皆が噂していましたよ」
メイジーが「全部お見通し」と言わんばかりに言う。
顔は笑っていない。あくまで自分は聞いただけスタンスを取っている。
メイジー自身の発言ではないから怒りの矛先を向けにくい。
上手いやり口だと思う。こんなタイプには感情を顕にしたら負ける。
「噂でしょう? 事実とは違います。私のこのドレスもプレゼントなんですよ。旦那様が仕立ててくださいました」
「……そうなんですね。大切にされていらして、バルモア侯爵様もさぞや安心でしょうね」
お前の夫はただ体裁を気にして贈り物をしているだけ、と言外で告げている。
微妙なラインの嫌らしい言い回し。
何故、突っかかってくるのか。
メイジーを恨んでも恨まれる心当たりがない。
レイモンドにまたちょっかいを出されては困る、と牽制しているのだろうか。
だったら今の結婚が上手くいっている方がよいだろうに。
(本当になんなの?)
アデレードは怒りより、得体の知れない気味悪さを感じた。
「えぇ、家族皆が喜んでくれています。では、私は時間がないのでもう行きますね」
「貴方はいいですよね。侯爵家に生まれたというだけで何の努力もなく遊んで暮らせて。おまけにレイモンド様がダメなら今度は他国の侯爵家にあっさり嫁いで」
アデレードが立ち去る宣言をするとまた被せるようにメイジーは言った。
「は?」
これまでと違い露骨な表現にアデレードから低い声が漏れる。
涼しい顔から一転したアデレードの険しい表情に、メイジーは満足したみたいな笑みを浮かべた。
「気分を害したなら謝ります。でも、わたしは事実を言っているだけですよ。アデレード様がバルモア家の人間じゃなかったら相手にもされていないでしょ。自惚れない方がよいと言う忠告です。わたしは親切でお伝えしたんです。皆、遠慮して言えないでしょうから」
物は言いよう。しかし、これはどう考えても無理がある。
隠しきれない悪意が前面に出てきている。
それでも以前の自分ならぐっと耐えたに違いない。でも、今は違う。
「調子に乗るな」
アデレードの冷徹な声音にメイジーの笑顔は消えた。
色々頭に浮かんだが、アデレードの口から出てきたのは、
「お久しぶりですね」
という、なんとも卒のない挨拶だった。
元々親しくないから、レイモンドのことを除けば話すことがなくて、それを無意識に避けた結果だ。
(よりによってこんなところで会うなんて)
最後にメイジーと話したのは、ルグランでブチ切れて席を立った後、レイモンドと仲直りするよう説得に来た時だったはず。
―― レイモンド様はわたしを喜ばせる為に、お店に連れて行ってくれたんです! 悪いのはわたしなんです! レイモンド様を責めないでください。
――ずっと仲の良かった幼馴染と喧嘩したままじゃ勉強にも身が入らないみたいなんです。特進科の試験も近いのに……わたし、申し訳なくて……レイモンド様は君のせいじゃないってそればっかり仰るし……どうかレイモンド様と仲直りしてください。お願いします。
などと宣った。
自分とレイモンドの輝かしい未来の邪魔をしないで、という意味に聞こえたし、実際そう言ったのだろう。
嫌らしい女だな、と思ったけれど、アデレードはその時既にバリバラへ行くことを腹に決めていたので反論はしなかった。
「ご帰国されていたのですね。ご結婚されたとか? おめでとうございます。凄く意外でした」
デジャビュだろうか。さっき嫌味の応酬をしてきた令嬢達が脳裏に蘇る。
しかし、メイジーはあの令嬢達とは違い自虐的な言動を取りつつマウントを取るタイプだから違和を感じた。
いつもならこんな発言はしない。
なんだか機嫌が悪いように見える。
だからといって当たり散らされる謂れなど微塵もないのだが。
「えぇ、よい縁に恵まれましたので。メイジー様は試験いかがでした?」
メイジーの眉がぴくりと動いてきゅっと唇が結ばれた。
(え、駄目だったの?)
嫌がらせのつもりはなかった。試験のことを聞かないのは逆に不自然だと思った。
メイジーのことは嫌いだが、努力していたことは知っている。
その結果が振るわなかったことに対して喜ぶほど人間性は落ちぶれていない。
アデレードは不用意な発言に後悔したが、
「でも、リコッタ小父様に口利きして頂き就職は決まりました」
とメイジーは答えた。
「リコッタ商会にですか?」
だったら、最初からそうすれば多忙なレイモンドの時間を割いて試験勉強などする必要はなかったのでは? とまた余計なことが浮かぶ。
「……小父様のところで働かせて頂いても良かったのですけど、それだと甘えてしまいますから。職業婦人としてきちんと外で働きたいと思ったんです。レイモンド様も、最初は心配して引き止めてくださったのですが、今はわたしの思いを汲んで応援してくれています。このドレスも卒業祝いに贈ってくださったのですよ」
さっきとは打って変わりメイジーはぺらぺら喋り始めた。この期に及んでマウントを取ってくることにイラッとする。
「卒業祝いなら卒業式に着た方が良かったのではないですか? まぁ、私には関係ないですけど。進路が決まって良かったですね」
嫌味の一つも言いたくなってつまらない難癖をつけてしまった。
レイモンドのことは聞きたくないし、メイジーのことも正直どうでも良い。
何よりこのままここにいたらレイモンドがメイジーを捜しにくるのではないか、と胸がざらついた。
三人で鉢合わせなど地獄すぎる。
「では、夫が待っておりますので、」
「結婚生活はいかがですか?」
さっさと去ろうとするアデレードの言葉に被せてメイジーは尋ねてきた。
そんなことに興味ある? とアデレードは逆に聞きたかったが、
「楽しいですよ。旦那様も良い方なので」
と無難に返した。
「白い結婚なんですよね? お相手の侯爵様は女性嫌いで有名な方だとか。事業提携のための結婚だって、皆が噂していましたよ」
メイジーが「全部お見通し」と言わんばかりに言う。
顔は笑っていない。あくまで自分は聞いただけスタンスを取っている。
メイジー自身の発言ではないから怒りの矛先を向けにくい。
上手いやり口だと思う。こんなタイプには感情を顕にしたら負ける。
「噂でしょう? 事実とは違います。私のこのドレスもプレゼントなんですよ。旦那様が仕立ててくださいました」
「……そうなんですね。大切にされていらして、バルモア侯爵様もさぞや安心でしょうね」
お前の夫はただ体裁を気にして贈り物をしているだけ、と言外で告げている。
微妙なラインの嫌らしい言い回し。
何故、突っかかってくるのか。
メイジーを恨んでも恨まれる心当たりがない。
レイモンドにまたちょっかいを出されては困る、と牽制しているのだろうか。
だったら今の結婚が上手くいっている方がよいだろうに。
(本当になんなの?)
アデレードは怒りより、得体の知れない気味悪さを感じた。
「えぇ、家族皆が喜んでくれています。では、私は時間がないのでもう行きますね」
「貴方はいいですよね。侯爵家に生まれたというだけで何の努力もなく遊んで暮らせて。おまけにレイモンド様がダメなら今度は他国の侯爵家にあっさり嫁いで」
アデレードが立ち去る宣言をするとまた被せるようにメイジーは言った。
「は?」
これまでと違い露骨な表現にアデレードから低い声が漏れる。
涼しい顔から一転したアデレードの険しい表情に、メイジーは満足したみたいな笑みを浮かべた。
「気分を害したなら謝ります。でも、わたしは事実を言っているだけですよ。アデレード様がバルモア家の人間じゃなかったら相手にもされていないでしょ。自惚れない方がよいと言う忠告です。わたしは親切でお伝えしたんです。皆、遠慮して言えないでしょうから」
物は言いよう。しかし、これはどう考えても無理がある。
隠しきれない悪意が前面に出てきている。
それでも以前の自分ならぐっと耐えたに違いない。でも、今は違う。
「調子に乗るな」
アデレードの冷徹な声音にメイジーの笑顔は消えた。
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