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46-2 いじめっ子
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世の中、油断した時に惨事は起きる。
セシリアが応接間にいると聞いてアデレードは意気揚々と乗り込んだ。
驚かせてやろうとノックもせずに扉を開けて、
「じゃ、じゃーん。どうよ?」
とドヤ顔でポーズを決めた。
だが、ソファに座っていたのはセシリアではなく、ペイトンだった。
「え」
驚いた表情のペイトンとばっちり目が合ったままアデレードは固まった。
いくらなんでも不躾すぎる。せめてノックをしておけば良かった、と心の中で絶叫した。
「あ、あぁ、似合っている。……凄く」
言いながらペイトンはゆっくり立ち上がった。
「あ、どうも……こんにちは」
間抜けな返事をしてしまう。
まともな人間ならこの状態で褒める以外ない。言わせた感がありすぎて居た堪れない。
「君の瞳の色なんだな」
「……そうなんです。両親が選んでくれて」
「その花、鈴蘭だな。花の先についているのはダイヤモンドか。主張しすぎないのに、意匠がはっきりしている。刺繍も配置が緻密で装飾というより構造の一部になっているようだ。布地の縫合も偏りがなく、沈み込みも歪みもない」
めっちゃ講評してくるじゃん、とアデレードは呆気にとられた。おまけに相槌を打たずにいるとまだ続く。
「絞りは浅めだけど、腰から上へ視線を導くラインが計算されてる。胸元の切り替えとレースの合わせも丁寧で……」
そこで、ふとペイトンが動きを止めた。
「君、それ……こないだのガラス石か?」
目を見開くペイトンに、気づいたか、と思いながら、
「そうです。青い差し色がドレスに合うでしょ?」
とアデレードは素知らぬ顔で答えた。
「それは普段使いにする約束だろ。話が違うじゃないか。こんなことなら、やはりサファイアにすべきだった」
予想通りの反応に笑みが漏れる。
「君、何笑っているんだ」
「そう言うと思ったから」
「そう言うと思った上でつけたのか」
「はい」
「はい……」
ペイトンの諦め顔に、アデレードは頬の内側を噛んで真面目を装った。
「でも、あれです、皆、ドレスに合わせて誂えたようだって褒めてくれましたよ」
「皆とは?」
「お母様とバーサです」
「二人じゃないか」
「二人ですね」
ペイトンは一度口を開きかけたが、そのまま黙った。
勝ったな、と思うと今度は堪えきれず、アデレードはへらへらと笑った。
「……君が変な登場をするから、礼が遅れてしまったな。ポケットチーフ有難う」
完全に諦めたらしいペイトンが話題を変える。
入室時のことは蒸し返すな、とアデレードは気まずくなり、ペイトンの胸ポケットに視線を落とした。
挿されているのは、昨日レイン服飾店で相談し、ドレスと同じ生地で作ってもらったチーフだ。ホテルまで配達してもらった。
「いえ、無事に届いたようで良かったです」
改めて見るペイトンの装いは、黒のタキシードに白のジャボタイ。
上質な仕立てだが、奇をてらったデザインではない。それなのに、顔立ちや体格、生まれ持った素材の良さがすべてを引き立てている。
「……旦那様、ビシッと格好良く決めてきてくださったのですね」
「ビシッと格好良くかどうかはわからないが、まぁ、正装だよ」
「ビシッと格好良くなってますよ」
「そ、そうか……ところでもう出掛けられるのか? そろそろ時間だろう?」
ペイトンの問いに、アデレードはようやく応接間に来た本来の目的を思い出した。
「用意はできてますけど、少しだけセシリアお姉様にドレスを披露してからでよいですか?」
「もちろん構わないが、セシリア夫人は、先程、君を呼びに行ったぞ。行き違いになったのか?」
「えっ、お姉様と一緒だったんですか? 旦那様、いつ来たんですか? お姉様、変なこと言ってなかったですか?」
封印した昨夜の記憶が蘇り、アデレードは矢継ぎ早に尋ねた。
「着いたのは十分ほど前だ。セシリア夫人が案内してくれて、少し話をした。君が何を以って変なことと判断するかはわからないが、恐らく何も言っていないと思うが……」
ペイトンが全部に律儀に答える。
「じゃあ、何の話したんですか?」
「え、何って……」
ペイトンはアデレードに詰め寄られてたじろいだ。それが更にアデレードを焦らせる。
しかし、間が良いのか悪いのか扉を叩く音がして、噂の本人が入室して来たので話は途切れた。
「アデレード、ここにいたのね。何処に行っていたのよ。部屋まで呼びに行ったのよ」
いや、それはこっちの台詞でしょうよ、とアデレードは口を尖らせた。お陰で大恥をかいてしまったのだ。
「私、真っ直ぐ部屋からここまで来たんだけど?」
「怒ることないでしょ」
「怒ってない」
「気が短いわね。ペイトン様が困っているじゃない」
セシリアが余裕たっぷりに笑う。振り向くとペイトンが「いや、僕は」と苦笑いしている。
困らせているのはどっちなのだか、とアデレードは思った。
「ほら、くるっと回って見せて。よく似合っているわ、そのドレス。それに、」
セシリアはアデレードの傍まで近寄り、
「ペイトン様から頂いたそのブローチも」
と微笑んだ。
アデレードはカッと赤くなったけれど反論はしなかった。
下手を打てば確実に薮蛇になる。セシリアはそういう人間だ。
嵐が過ぎるのと同じように、余計なことを言いませんように、と祈るしかない。
もう早く帰れ帰れ、とアデレードが願いながら警戒していると、
「で、これは私から。昔、私が使っていたものよ。朝から大急ぎで取りに帰ったんだからね」
そう言って差し出されたのは、小さな箱。
蓋が開けられると中には青い石のイヤリングが収まっていた。
心の中で悪態を吐きまくっていたのにプレゼントを渡されてアデレードは戸惑った。
「貴女、普段イヤリングなんてしないけど、今日ぐらいはつけて行きなさい。ほら、これ持って」
有無を言わせず箱を渡され、片方のイヤリングを取り出されて、耳につけられる。
「ちょっ……くすぐったい」
「動かない」
腰が引いて、けたけた笑うと叱られる。理不尽では? と思いつつアデレードは直立不動で耐えた。
「よし、いいわよ。くるっと回って見せてみて」
何故、くるっと回らせたがるのか。
しかし、アデレードは促されるままにその場でターンして見せた。
慣れないイヤリングの感覚に落ち着かない。
「とっても素敵よ」
「……ありがと」
ぼそぼそお礼を伝えると、セシリアは満足気に目を細めた。
「それ、私も卒業式でつけたのよ。でも、貴女はブローチの方ばっかり欲しがっていたわね」
「え、そうなの?」
知らなかった。本当に微塵もイヤリングの記憶はない。
ブローチのことだけはっきり覚えている。勝手につけて生命の危機を感じるほどに怒られたから。
「そうよ。まぁ、あれは譲れないから、貴女にも素敵なブローチを贈ってくださる方がいて良かったわ。やっぱり私の勝ちみたいよ?」
セシリアが不敵に微笑むので、アデレードは慌てて、
「もうその話はいいの!」
と制止した。
「何よ。負けず嫌いね。ペイトン様も大変でしょう。がつんと言ってやっていいんですよ」
「いや、僕は別に……」
今のは負けず嫌いなどという範疇の話じゃないだろうに。形勢が不利すぎる。
アデレードはどう反論すべきか考えたが「逃げるが勝ち」という格言以外思いつかず、
「もう時間だから出掛けなくちゃ!」
と唐突に無理やり話を終わらせた。
すると、セシリアは吹き出して笑った。いじめっ子この上ない。
「見送らなくていいから」
「はいはい。行ってらっしゃい」
「では、失礼します」
丁寧に頭を下げるペイトンを、ぐいぐい押して部屋を出る。
やれやれ、と思いながら廊下を歩いていると、窓に映る自分の姿が目に入った。
耳には、見慣れないイヤリングが小さく光っている。
全く、碌でなしの姉で困る。
だから、ついにやけたことは、セシリアには絶対に秘密だ。
セシリアが応接間にいると聞いてアデレードは意気揚々と乗り込んだ。
驚かせてやろうとノックもせずに扉を開けて、
「じゃ、じゃーん。どうよ?」
とドヤ顔でポーズを決めた。
だが、ソファに座っていたのはセシリアではなく、ペイトンだった。
「え」
驚いた表情のペイトンとばっちり目が合ったままアデレードは固まった。
いくらなんでも不躾すぎる。せめてノックをしておけば良かった、と心の中で絶叫した。
「あ、あぁ、似合っている。……凄く」
言いながらペイトンはゆっくり立ち上がった。
「あ、どうも……こんにちは」
間抜けな返事をしてしまう。
まともな人間ならこの状態で褒める以外ない。言わせた感がありすぎて居た堪れない。
「君の瞳の色なんだな」
「……そうなんです。両親が選んでくれて」
「その花、鈴蘭だな。花の先についているのはダイヤモンドか。主張しすぎないのに、意匠がはっきりしている。刺繍も配置が緻密で装飾というより構造の一部になっているようだ。布地の縫合も偏りがなく、沈み込みも歪みもない」
めっちゃ講評してくるじゃん、とアデレードは呆気にとられた。おまけに相槌を打たずにいるとまだ続く。
「絞りは浅めだけど、腰から上へ視線を導くラインが計算されてる。胸元の切り替えとレースの合わせも丁寧で……」
そこで、ふとペイトンが動きを止めた。
「君、それ……こないだのガラス石か?」
目を見開くペイトンに、気づいたか、と思いながら、
「そうです。青い差し色がドレスに合うでしょ?」
とアデレードは素知らぬ顔で答えた。
「それは普段使いにする約束だろ。話が違うじゃないか。こんなことなら、やはりサファイアにすべきだった」
予想通りの反応に笑みが漏れる。
「君、何笑っているんだ」
「そう言うと思ったから」
「そう言うと思った上でつけたのか」
「はい」
「はい……」
ペイトンの諦め顔に、アデレードは頬の内側を噛んで真面目を装った。
「でも、あれです、皆、ドレスに合わせて誂えたようだって褒めてくれましたよ」
「皆とは?」
「お母様とバーサです」
「二人じゃないか」
「二人ですね」
ペイトンは一度口を開きかけたが、そのまま黙った。
勝ったな、と思うと今度は堪えきれず、アデレードはへらへらと笑った。
「……君が変な登場をするから、礼が遅れてしまったな。ポケットチーフ有難う」
完全に諦めたらしいペイトンが話題を変える。
入室時のことは蒸し返すな、とアデレードは気まずくなり、ペイトンの胸ポケットに視線を落とした。
挿されているのは、昨日レイン服飾店で相談し、ドレスと同じ生地で作ってもらったチーフだ。ホテルまで配達してもらった。
「いえ、無事に届いたようで良かったです」
改めて見るペイトンの装いは、黒のタキシードに白のジャボタイ。
上質な仕立てだが、奇をてらったデザインではない。それなのに、顔立ちや体格、生まれ持った素材の良さがすべてを引き立てている。
「……旦那様、ビシッと格好良く決めてきてくださったのですね」
「ビシッと格好良くかどうかはわからないが、まぁ、正装だよ」
「ビシッと格好良くなってますよ」
「そ、そうか……ところでもう出掛けられるのか? そろそろ時間だろう?」
ペイトンの問いに、アデレードはようやく応接間に来た本来の目的を思い出した。
「用意はできてますけど、少しだけセシリアお姉様にドレスを披露してからでよいですか?」
「もちろん構わないが、セシリア夫人は、先程、君を呼びに行ったぞ。行き違いになったのか?」
「えっ、お姉様と一緒だったんですか? 旦那様、いつ来たんですか? お姉様、変なこと言ってなかったですか?」
封印した昨夜の記憶が蘇り、アデレードは矢継ぎ早に尋ねた。
「着いたのは十分ほど前だ。セシリア夫人が案内してくれて、少し話をした。君が何を以って変なことと判断するかはわからないが、恐らく何も言っていないと思うが……」
ペイトンが全部に律儀に答える。
「じゃあ、何の話したんですか?」
「え、何って……」
ペイトンはアデレードに詰め寄られてたじろいだ。それが更にアデレードを焦らせる。
しかし、間が良いのか悪いのか扉を叩く音がして、噂の本人が入室して来たので話は途切れた。
「アデレード、ここにいたのね。何処に行っていたのよ。部屋まで呼びに行ったのよ」
いや、それはこっちの台詞でしょうよ、とアデレードは口を尖らせた。お陰で大恥をかいてしまったのだ。
「私、真っ直ぐ部屋からここまで来たんだけど?」
「怒ることないでしょ」
「怒ってない」
「気が短いわね。ペイトン様が困っているじゃない」
セシリアが余裕たっぷりに笑う。振り向くとペイトンが「いや、僕は」と苦笑いしている。
困らせているのはどっちなのだか、とアデレードは思った。
「ほら、くるっと回って見せて。よく似合っているわ、そのドレス。それに、」
セシリアはアデレードの傍まで近寄り、
「ペイトン様から頂いたそのブローチも」
と微笑んだ。
アデレードはカッと赤くなったけれど反論はしなかった。
下手を打てば確実に薮蛇になる。セシリアはそういう人間だ。
嵐が過ぎるのと同じように、余計なことを言いませんように、と祈るしかない。
もう早く帰れ帰れ、とアデレードが願いながら警戒していると、
「で、これは私から。昔、私が使っていたものよ。朝から大急ぎで取りに帰ったんだからね」
そう言って差し出されたのは、小さな箱。
蓋が開けられると中には青い石のイヤリングが収まっていた。
心の中で悪態を吐きまくっていたのにプレゼントを渡されてアデレードは戸惑った。
「貴女、普段イヤリングなんてしないけど、今日ぐらいはつけて行きなさい。ほら、これ持って」
有無を言わせず箱を渡され、片方のイヤリングを取り出されて、耳につけられる。
「ちょっ……くすぐったい」
「動かない」
腰が引いて、けたけた笑うと叱られる。理不尽では? と思いつつアデレードは直立不動で耐えた。
「よし、いいわよ。くるっと回って見せてみて」
何故、くるっと回らせたがるのか。
しかし、アデレードは促されるままにその場でターンして見せた。
慣れないイヤリングの感覚に落ち着かない。
「とっても素敵よ」
「……ありがと」
ぼそぼそお礼を伝えると、セシリアは満足気に目を細めた。
「それ、私も卒業式でつけたのよ。でも、貴女はブローチの方ばっかり欲しがっていたわね」
「え、そうなの?」
知らなかった。本当に微塵もイヤリングの記憶はない。
ブローチのことだけはっきり覚えている。勝手につけて生命の危機を感じるほどに怒られたから。
「そうよ。まぁ、あれは譲れないから、貴女にも素敵なブローチを贈ってくださる方がいて良かったわ。やっぱり私の勝ちみたいよ?」
セシリアが不敵に微笑むので、アデレードは慌てて、
「もうその話はいいの!」
と制止した。
「何よ。負けず嫌いね。ペイトン様も大変でしょう。がつんと言ってやっていいんですよ」
「いや、僕は別に……」
今のは負けず嫌いなどという範疇の話じゃないだろうに。形勢が不利すぎる。
アデレードはどう反論すべきか考えたが「逃げるが勝ち」という格言以外思いつかず、
「もう時間だから出掛けなくちゃ!」
と唐突に無理やり話を終わらせた。
すると、セシリアは吹き出して笑った。いじめっ子この上ない。
「見送らなくていいから」
「はいはい。行ってらっしゃい」
「では、失礼します」
丁寧に頭を下げるペイトンを、ぐいぐい押して部屋を出る。
やれやれ、と思いながら廊下を歩いていると、窓に映る自分の姿が目に入った。
耳には、見慣れないイヤリングが小さく光っている。
全く、碌でなしの姉で困る。
だから、ついにやけたことは、セシリアには絶対に秘密だ。
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