愛され妻と嫌われ夫 〜「君を愛することはない」をサクッとお断りした件について〜

榊どら

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47-1 ガーデンパーティー

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 王立公園は、極彩色の花々と芽吹いた青葉が混ざり合う鮮やかな景色に包まれていた。

 陽射しは柔らかくも力強く、石畳の小道を渡る風が爽やかな香りを運んでくる。  


「晴れて良かったです。雨なら午後も学校の講堂でしたから。ノイスタインはこの時期、雨が降ることは殆どないけど」


 アデレードとペイトンが到着した時には、既に園内は卒業生や祝福に訪れた来賓で賑わっていた。

 園内の中央には天幕とテーブルが整えられ、果実やワインが並んでいる。

 食事をしながら会話を楽しむ者、小さな楽団が奏でる音楽に合わせダンスに興じる者、と各々が穏やかな昼のひとときを楽しんでいた。


「謝恩会って、特に何をするわけでもないんですね」


 新婚夫婦らしく腕を絡めて遊歩道を歩きながら、アデレードが真面目な顔で身も蓋もないことを言うと、


「こういうのは雰囲気を楽しむものだから、殆どの人間が目的なんかないよ」


 とペイトンは同調した。


「小説とかお芝居なんかじゃ、先生に涙ながらの別れの挨拶をしたりしますよね」


「普通に生活していたら、涙ながらに別れを惜しむほど教師に世話になったりしないからな」


 ペイトンが再び冷めた感想を返してくるので、そういうものかな、とアデレードは納得した。


「旦那様の卒業式はどんな感じでした?」


「……そうだな。晩餐の席で、父に勧められて初めて葉巻を吸ったんだが、強烈に目眩がしてそのまま寝込んだ。散々だったよ」


「それ、卒業式の思い出って言うんですか?」


「これから仕事で付き合いがあるからと勧められたんだ。そんなに一度に吸い込む奴があるかと注意されたのは今でも理不尽だと思っているよ」


 ペイトンでも親に怒られたりするのか、と妙にツボに入った。

 笑っては悪い、と思いつつアデレードは笑った。


「……君ね」


 ペイトンが呆れて言う。見上げる目は穏やかで優しい。

 アデレードはパッと視線を前に戻した。なんとなく手持ち無沙汰で耳に触れると慣れない金属の感触。

 イアリングをつけていたことを思い出した。同時に、出掛けにニヤニヤしていたセシリアの顔が浮かんだ。


―― ペイトン様って、アデレードのこと好きみたいよ。
―― あの人、明らかにアデレードに甘いもの。


 ありえない想像が脳裏に走って嫌な動悸がする。心臓の音がうるさく、地面が遠い。意識だけがふわふわする感覚に肝が冷えた。

 自惚れた考えを持つのは嫌だ。だって、そうやって勘違いして、馬鹿みたいな惨めな思いをしてきたのだから。


「どうした?」


 突然無言になったせいかペイトンが顔を覗きこんでくる。

 アデレードは無性に腹が立った。一瞬でも浮ついた思考になった自分に。

 一層、セシリアの言うように今ここで、

「つかぬことお尋ねしますが、旦那様って契約抜きにしたら私のこと好きじゃないですよね?」

 と白黒つけた方が良い気さえしてきた。そうだ。それがいい。


「旦那様って、」
 

 アデレードが勢いで声を出した時、


「まぁ、アデレード様ではございませんの。ご卒業、おめでとうございます」


「本日のお召し物、目を引く華やかさでいらしてよ。とても印象的ですわ」


 何処から現れたのか、ドレスをひるがえした令嬢達が笑顔で近づいてきた。

 揃いも揃って、かつて学校内でアデレードを嘲笑っていた顔ぶれだ。

 今更、取り巻きのように擦り寄ってくるとは、どういう神経しているのか。


「ご丁寧にありがとうございます。皆様もとてもお洒落で素敵な装いですね」


 アデレードがしらっとして答えても、


「そちらは旦那様でいらっしゃいますわね。お二人のご結婚、羨ましい限りでしてよ」


「本当に。ご主人様もお優しそうで……ふふ」


 まだその場に留まる姿勢でいた。紹介してほしそうに、ちらちらと視線をペイトンに流している。
 
 目的がわかって更に気持ちが萎えた。

 願いを叶えてやる義理はないが、露骨に嫌な態度で追い払うのは気が引ける。

 何故なら今日はお気に入りのドレスとアクセサリーで着飾って素敵な日にするつもりだ。

 下手に諍いあって不快な気持ちになりたくない。

 どう返事するのがよいか。アデレードは無意識に苦笑いになった。

 しかし、それが良くなかったらしい。相手によって態度を変える人間には、弱気な姿勢はすぐに伝わるから。


「旦那様は本当に寛容なお方なのですね。ノイスタインでのあれこれも、きっとすべて承知の上で……まあ、愛があれば些細なことかもしれませんわね」


 一人が意味ありげにペイトンに視線を送ると、他の令嬢たちも小さく頷き合った。

 こないだの夜会の話が浸透して、無礼を働くのは不味いと学んだのではないのか。


(まぁ、早々全員に知れ渡るわけはないか)


 令嬢達は微笑みを崩さない。誰の耳にも決定的に失礼とは取られぬ程度に留めてあるのが嫌らしい。

 よい気分でいたかったから流しただけで、台無しになった抑える意味がない。ブチギレてやろうか、という感情がアデレードの内に湧いてきた。しかし、


「ノイスタインのあれこれ、とは具体的に何を指しているか教えてもらえないかな。興味がある」


 とアデレードより先にペイトンが返した。

 鈍いからまた呑気なことを言って、とアデレードは一瞬眉が寄ったが、見上げるペイトンの表情は冷ややかに微笑んでいる。

「……ええっと、それは……」


「無礼な人間がいるとは聞いているんだ。不快な噂を立てられていることも知っている。妻は優しいから黙って耐えていたようだが、私はそれほど堪え性はないんでね」


 令嬢達の顔色がサッと変わる。

 おぉ、とアデレードは他人事みたいに感心した。


「いえ、私達も詳しくは存じあげなくて…… そういう低俗なことを触れ回る人間とは付き合わないことにしておりますので」


「えぇ、根も葉もない噂話には呆れていたのですよ」


 見苦しい言い訳。共感性羞恥に背中がぞわぞわした。


「そうですか。残念ですね。何かわかりましたら教えてください」


 ペイトンが返すと「もちろんですわ」とだけ残して令嬢達が蜘蛛の子を散らすような去って行く。

 雑魚すぎて呆れる。あんな連中に悪し様に言われていた過去の自分にも。


「有難うございます」


 アデレードが素直にお礼を述べると、令嬢達の後ろ姿を見るともなく見ていたペイトンは、こちらにチラッと視線を向けた。


「君が考えていること当てやろうか?」


「え?」


「卒業式だからまぁいいかと思っていたのに余計なことして。やるんだったら自分でやったのに」


 アデレードは一瞬何を言われたかわからなかった。

 でも、じわじわ笑いが込み上げてきた。

 しかし、笑ったら負けだと思って必死に耐えながら言った。


「私、そんな恩知らずじゃないです」


「じゃあ、どう思ったんだ?」


「ヒーローみたいでカッコいいと思いました」


「……君は本当にろくでもないな」


「え、なんでですか!」


 確かに顔は半笑いだったかもしれないが折角褒めたのに随分ではないか。


「理不尽! 理不尽!」


 抗議すると、今度はペイトンが笑った。

 なんてことだ、とアデレードは思ったけれども、それ以上は何も言わなかった。

 小さな沈黙が落ちる。

 春の風が二人の間を通り抜けていく。


「そろそろ中央の方へ行こうか。先生方にも顔を出しておいたほうがいいだろう」


 少ししてペイトンが周囲を見渡しながら口を開いた。


「卒業式らしく?」


「あぁ、卒業式らしく」


 空は高く、穏やかで、何もかもがよく晴れている。

 遠くで誰かが笑う声が、楽団の奏でる曲と共に午後の空気に溶けていく。

 何度も夢みた卒業式だ。

 あの頃の自分が今を知ったら、なんて言うだろうか。

 目の端にペイトンの横顔が映る。

 ヒーローみたいでカッコいいと思ったことは嘘じゃない。

 もう言ってあげないけれど、とアデレードは小さく笑った。
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