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十六人目②

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 檎薹ごとう 鋤盧すきのの意識が覚醒する。
 結婚はしていないので実家で両親と暮らしているみたいね。
 朝食を済ませ、簡単に身支度を整えて出勤。 

 電車に乗り込み数十分揺られて職場の最寄り駅へと向かい、少し歩いて到着となる。
 頭にあるのはこの日の仕事内容と気に入らない同僚についてだ。
 前者はともかく後者は――まぁ、実際に見た方が早いわね。

 檎薹 鋤盧の仕事は倉庫での物品の管理。 
 どこに何があるのかを確認したり必要な物を取りに来た者に引き渡してその出納を記録して、常に管理している倉庫内に何があるのかをはっきりさせる事ね。

 他は現物を運び出したりと割と体力を使う仕事みたい。
 内容が内容なので当然、一人でやっている訳ではなく同僚がいるわ。
 中には動きが鈍く能力が低い者もいる。 檎薹 鋤盧はその手の無能が嫌いで仕方ないみたいね。

 一度、気に入らないと認定すればとにかく強く当たる。
 動きが遅いと怒鳴りつけ、間違うと必要以上に失敗を責め立てて喚き散らす。
 当然ながら後輩だ。 体は大きいけど気は小さいのか、檎薹 鋤盧に怒鳴りつけられて委縮している。
 
 あーあー、こう言う奴って多少は我慢して優しくしてあげないと更に失敗するわよ。
 見ている間に転倒した。 檎薹 鋤盧はこのクズ! 
 今までどうやって生きて来たの? 親の顔が見てみたいわ!
 
 ありとあらゆる罵倒が出るわ出るわ。 罵りの言葉が出て来なくなるまで続けて仕事に戻る。
 加えて他の同僚に聞こえよがしにあいつは使えないゴミだと仲間を増やそうと促していた。
 同調する者、適当に流す者、薄い反応を示す者と様々だけど、大半は微妙な反応ね。
 
 実際、使えないのは確かだから表だって擁護する者はいない。
 それに気分を良くしたのか更に喚き散らす。 このうるさい生き物は他者を罵っていないと死ぬ病気なのかしらと思ってしまうけど実際は少し違うわ。

 こいつは本質的には臆病者だ。 
 他者への攻撃性が強いのは攻撃している間は自分は攻撃されないといった考えがあるからみたい。
 要は自分が攻撃されるのは死んでも嫌なので他人を攻撃して常に自分が攻撃されない環境を作ろうとしている。

 ……馬鹿ねぇ。 確かに考え方としてはあながち的外れでもないけど、そんな状態を延々と維持できる訳ないじゃない。

 他者への寛容性が欠落した人間は攻撃に偏っているので選択肢が少ない。
 ま、似たような行動を取るって事ね。
 今日も飽きもせずにいびり倒していたけど、いつもと違う行動を取ったわ。

 ドジをして転んだ同僚が胸ポケットに入れていた万年筆が零れ落ちる。
 割と年季の入った代物で大事にしているものだった。 
 檎薹 鋤盧はそれを拾い上げると返さずに自分のポケットに突っ込む。

 流石にこれは許容できなかったのか同僚は返してくださいと近寄ってきたので、檎薹 鋤盧は反射的に頬を張る。 
 手が出たのは怯えからで、自覚した瞬間に凄まじい怒りが湧き上がった。
 どうやらプライドを傷つけられたと思ったみたい。 檎薹 鋤盧は衝動的に万年筆を圧し折って投げつけた後、口答えするなと喚いて逃げるようにその場を後にした。

 泣きながら蹲って万年筆を拾い上げている同僚から目を逸らすように。
 こればかりは流石に苦言を呈する者が出て来たわね。 何故ならどうもあの万年筆は祖母の形見か何かでかなり大事にしていたみたい。 謝った方がいいと言われたがプライドが高いので実行するつもりはないみたいね。
 
 その日の同僚はショックだったのかもう完全に動かなくなっていたわ。
 これは流石にやり過ぎたと思ったけど、黙っていると反撃されるかもしれないので隙は見せられない。
 よせばいいのに致命的な一言を口走った。

 ――ペン一本でくだらない。

 次の瞬間、檎薹 鋤盧の顔面に衝撃が炸裂したわ。
 何があったかというと同僚が近くにあったノートパソコンでぶん殴ったからだ。
 次いで血走った眼をした同僚の拳が顎に入る。
 
 お、いいわねぇ! もっとやりなさい!
 嬉しくなった私は同僚君を応援する。 
 悲鳴を上げる檎薹 鋤盧は馬乗りになられて何度も何度も殴られたわ。

 同僚君はそれでも気が済まなかったのかノートパソコンで何度も殴打し、砕けて尖った部分を顔面に叩きつけた。 破片がいい感じに突き刺さったのかそのまま檎薹 鋤盧は死亡。
 ま、順当な死に様ね。 ダラダラこいつの面白くもないパワハラを延々と見せつけられるかとも思ったけど、思ったよりも早くて良かったわ。 

 自身の事ばかり重視して他者の怒りを軽視した結果ね。
 さて、どのタイミングで転生するのかしら?
 しばらく待っていると檎薹 鋤盧の意識が覚醒。 それにより私との接続も回復したわ。
 
 
 檎薹 鋤盧の新たな人生は十五歳から始まったわ。
 山奥の僻地に住む変わった一族の出身みたい。 
 険しい道は外からの侵入者を拒む閉じられたコミュニティで周囲は狂暴な魔獣と呼ばれる生き物が徘徊している。

 普通に考えればこんな場所で集落を維持するなんて真似はできないけど、ここに住む者達はある能力を持っていた。
 独自の製法で作成した従属の輪という道具を使用する事によって、魔獣を支配下に置いて身を守っているみたいね。 檎薹 鋤盧は最初こそ戸惑ってはいたけど、落ち着いた後は普段通りに生活していたわ。

 閉鎖的な環境なので外界――要は集落の外に関しての情報はほとんどなく、完全に閉じた環境ね。
 さて、この娯楽がなさそうな集落では何が流行っているのかというと支配下に置いた魔獣だ。
 ここではどれだけ凄い魔獣を従えるのかがステータスになっているので、子供間でも親が強力な魔獣を従えているとウチの親は凄いんだぞと虎の威を借る狐を体現したかのように威張り散らす。

 ……まぁ、他相手にマウントを取る材料がそれぐらいしかないからある意味当然か。

 そんな中、他人に舐められる事が死ぬほど嫌い――と言うよりは恐れている檎薹 鋤盧は早々に強力な魔獣を手に入れようと考えていたわ。
 あんな結果になったのに常に他人より優位に立って攻撃する側に回っていたいといった考えが変わらないのは流石ね。 殺されたのも自分は悪くないで止まっているので学習しない。
 
 ……馬鹿なのかしら?

 魔獣の捕まえ方はそこまで難しくない。 隷属の輪を体のどこかに嵌めるだけ。 
 ただ、対象の力量が自身を大きく上回ると効果がないみたいね。 
 檎薹 鋤盧は早々に手下を増やす為に行動を開始した。

 最初は兎みたいな小動物から開始、隷従の輪は自身の血液を使用するので作成した本人にしか扱えないので数も用意できない。 その為、最初は確実に成功する対象を狙ったみたいね。
 子兎の背後から襲いかかりその首に隷従の輪を嵌める。 転生者である事と魔力強化を引いているので余程の相手じゃなければ性質上、成功するでしょうね。

 嵌める事に成功すれば対象との繋がりが得られ、指示を出せば従うみたい。
 檎薹 鋤盧は子兎で散々実験し、行けると確信したみたいね。
 ついでに気に入らない事があると蹴り飛ばしてストレス解消も忘れない。

 この辺は相変わらずで笑っちゃったわ。
 徐々に対象を大きくして強力な個体を従え始めた。
 社会的なステータスはどれだけ強力な魔獣を飼っているかで決まるので、方針としては悪くないわ。

 ……それに子供間ではあれがあるからねぇ……。

 どこの世界でも割と存在する子供間の格付け。
 さて、それをどう決めるのかは言うまでもなく魔獣を戦わせて使役者――テイマーとして優れているのかを証明する事で決まる。

 優れている事は大人にも一目置かれるからこの辺は自然な話ではあるわ。
 檎薹 鋤盧は舐められると死ぬとでも思っているのか、かなり必死になって戦力をかき集めていただけあってそれなりに自信はあるみたいね。

 普通にやれば早々負けないラインナップね。
 同年代の間では初となる対戦で檎薹 鋤盧は猪を使って圧勝。
 相手の犬みたいな生き物を文字通り踏み潰したわ。 愛着があったのか対戦相手は殺された死骸に縋りついていた。 それを見て前世での事を思い出したのか、猪を自分の傍においていつでも盾にできる位置に移動する。

 その後も連戦戦勝。 檎薹 鋤盧は同年代の子供から恐れられ、大人から一目置かれる存在となったわ。 ただ、そうなるにつれて周囲の視線も冷ややかになって行ったけど。
 何故なら檎薹 鋤盧は必ず相手の魔獣にとどめを刺すからだ。 

 相手の心を完全に折らないと安心できないみたいね。
 攻撃したい癖に攻撃される事を極端に恐れているので報復される事が怖いから徹底的に叩く。
 うーん、前世で何を学んだのかしら? 考え方自体は理解できなくもないけど、それをやりたいならペットを殺されて睨みつけている相手を始末するべきね。

 一応、周囲にはやんわりと注意する者もいたけど、本質的に狭量な檎薹 鋤盧は烈火の如く怒り狂うのでもう指摘する者もいなくなった。
 こうして檎薹 鋤盧は集落内でガキ大将の地位を確立したわ。
 自分に胡麻を擦る相手は優遇し、気に入らない相手は取り巻きと一緒に徹底的かつ陰湿に苛め抜く。
 
 前世ではいい歳した大人で攻撃される当人にも原因があった事から周りも強くは言わなかったけど、今回はそうもいかない。
 檎薹 鋤盧の苛めに耐えかねて引き籠る子供が出て来たので、流石に看過できないと大人が動こうとしたのだけど、それに待ったをかけた者が居た。

 少し上の子供で自分が倒して態度を改めさせると申し出たのだ。
 大人達としても自分達が叩きのめすより、同年代にやられた方が堪えるだろうと判断して任せたみたい。
 ある日、檎薹 鋤盧がいつも通り気持ちよく聞こえよがしに気に入らない子を扱き下ろして気持ちよくなっているとその少年が勝負を挑んで来た。

 自分が勝ったら態度を改めろと。
 それを聞いて沸点の低い檎薹 鋤盧は怒り狂ったわ。
 このクソガキが生意気なと思っているみたいだけど、周りから見たらお前がクソガキなのよねぇ。
   
 勝ったら次はこいつを飽きるまでいびり倒してやろうと思いつつ勝負を受けたわ。
 繰り出したのは猪。 最初に使っていた奴ではなく、後で捕まえた大型個体だ。
 無限に使役できる訳ではないので使わないのは殺して入れ替えている。

 対する相手は熊みたいな魔獣。 両方とも重量級で体重的には同格ぐらいじゃないかしら?
 対戦相手は今回の戦いに勝つ為に頑張って仕上げて来たみたいね。
 勝負は互角――かと思ったけど、相手が優勢だ。 

 スペック的には互角だけど、致命的な差があった。
 使役者の能力ね。 魔力量じゃなくて立ち回りという点での能力だ。
 ただ力任せに暴れさせているスペック頼りの檎薹 鋤盧と上手に指示を出して効率的に動かしている対戦相手ではその辺りの差が顕著に出るわね。

 徐々に押され始めた事に檎薹 鋤盧は焦り始めた。
 負けると自分が今まで虐めて来た連中と同じ目に遭うと思い込んいるので必死ね。
 ――で、どうしたかというと反則行為に手を染めたわ。

 他の魔獣を呼び出して参戦させた。
 狼に他の猪、そして切り札の――大型の肉食竜。 恐竜みたいな生き物ね。
 そいつらを乱入させて袋叩きにさせるつもりみたい。 
 当然、周りから反則だ、卑怯だと声が上がるが檎薹 鋤盧はこれはこいつと自分の勝負なので私が使役しているので何の問題もないと言い張る。

 それが致命的だったわね。 
 瞬間、その場にいた全ての子供が使役している魔獣を檎薹 鋤盧に嗾けたわ。
 これまで我慢していたのは檎薹 鋤盧が最低限のルールを守っていたからだ。

 それすら破るならもう我慢できないと助けに入ったみたい。
 一人動けばそれに続くように三人、一ダースと増えて行き気が付けば集落全ての子供を相手にする事になった。 ちなみに取り巻きは全員裏切ったわ。
 
 当然よね? 標的にされたくないから従っていた風見鶏なのだから風向きが変われば立ち位置も変わる。
 それから少しの時間が経過し、檎薹 鋤盧の魔獣は最強の恐竜を残して全滅。
 今まで他人やってきた事もあって全部殺さたわ。 
  
 その恐竜も多勢に無勢、全身に無数の傷が刻まれる。
 檎薹 鋤盧はキーキーと猿のように文句を喚き散らしていたけど、もう耳を貸す者は居なかったわ。
 そうこうしている間に隷従の輪が破壊され操作を受け付けなくなった。

 ……終わりね。

 檎薹 鋤盧は自分が攻撃される未来に震え、泣きが入ったけど当然ながら手を緩める者は居なかった。
 さーて、これから最底辺になって毎日虐められそうだけど頑張ってね?
 そんな期待をしていたのだけど、その時少しだけ予想外の事が起こった。

 恐竜の動きだ。 支配から解放された恐竜は周りの魔獣を振り払うと――

 「――え?」

 勢いよく尻尾を振り回して檎薹 鋤盧に叩きつけた。
 数メートルもある巨体の一撃だ。 くの字に折れ曲がり骨がパキパキと簡単に折れて臓器が風船のように弾ける。 ぼろ雑巾のように地面を転がった。 そこそこの期間、こき使われていたから恨まれていたんでしょうね。

 周りは大人を呼べと騒ぎになったけどこれはもう駄目ね。
 血だまりが広がり――檎薹 鋤盧が最後に見たのは「死んで清々した」と言わんばかりに侮蔑の表情を浮かべる集落の子供達の顔だった。

 ま、遅かれ早かれこうなっていたでしょうから驚きは少なかったわ。

 対象が死亡した事により接続が切れ、静かになった空間で私は一人佇む。
 そして待ち続けるのだ。 また波長が合う存在が現れるのを。
 次はどんな見世物で私を楽しませてくれるのかしら。 そんな期待に胸を膨らませつつ。

 私は次のガチャを引きに来る者を待ち続ける。
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