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第80話

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 一機のキマイラタイプだ。
 その機体は損傷を負っていたらしく、ハンガーから再出撃しようとしているところだった。
 機体自体には見覚えはなかったが、表示されているプレイヤーネームには見覚えがあった。

 ツガル――ユニオン『栄光』の一人で模擬戦でぶつかった相手の一人だ。
 ふわわはそれを見て内心で笑顔になった。 まさに渡りに船だったからだ。
 ツガルは早々に戦線復帰しようとしていたが、不意に近寄ってきたふわわの機体を見て小さく手を上げる。

 「よぉ、久しぶり――ってほどじゃないか。 調子はどうよ?」
 「どーも。 ところでこれから敵に突っ込んでいく感じ?」
 「あぁ、さっきの広域通信聞いただろ? これからあの海老野郎どもを火炙りにするんだと。 俺はそれに混ざるつもりだ」
 「火炎放射器は?」
 「蟻野郎のをパクって使うってさ。 探せばいくらでも落ちてるだろうからな」
 
 ツガルが見てみろと上に視線をやると、火炎放射器の炎があちこちで見える。
 落ちている火炎放射器を拾った者達が蝦蛄型エネミーに火炎を浴びせかけているのだ。
 
 「コーティングさえ剥がしちまえばエネルギー兵器が通るからな。 後は順番に撃墜して終わりだ。 折角だから撃破報酬を狙いたいところだし、俺も早い所混ざりたいんだよ。 っつー訳でもう行っていいか?」
 「いいけど、ちょっとお願いがあるんだけど聞いてくれない?」
 「お願い?」
 「うん。 ウチを乗せてって? ソルジャータイプの推進力じゃミサイルを躱しきれないからさ」
 「……直接、乗りこむつもりか?」
 「だって、ここに居てもつまんないし。 あぁ、ヨシナリ君には許可を取るから大丈夫だよ」
 
 ツガルは少し悩んだが、まぁいいかと考えて頷く。

 「分かった。 乗せればいいんだろ? 俺の機体は固定具が付いてないから振り落とされても文句言うなよ?」
 「わー、ありがとー。 じゃあ、行こっか?」

 ツガルは妙な事になったなと内心で呟きながら戦闘機形態に変形し、ふわわの機体をその背に乗せた。

 「あ、うんうん。 じゃあちょっとウチ行ってくるね? えー、大丈夫だって。 じゃあ、また後で連絡するね!」
 「……連絡は済んだのか?」
 「うん。 無茶するのは止めないけど、無理はするなって言われちゃった」

 ツガルの機体が推力を最大にして一気に空へと飛び出す。
 ミサイルの雨を内蔵されている機銃と対ミサイル用のデコイで凌ぎながら手近な蝦蛄型エネミーを目指す。 

 「それにしてもよく許可したな。 俺だったら戦力減るの嫌だから止めとけって言う所だぞ」
 「まぁ、ウチらって基本的に楽しくやれればいいからこういう所は割とゆるいんよ」
 
 それ故に『星座盤』はふわわにとって居心地が良かった。
 決めたわけでもなく、自然とそうなった居場所。 人間関係は束縛が強すぎると長続きしない。
 ヨシナリのそんな考えが垣間見える空気感、様々なゲームを渡り歩いてきたからこそのスタイルだろう。 

 ふわわとしても変に詰めてくるよりもこれぐらいの距離感の方が付き合いやすいのでありがたかった。
 
 「ふーん。 気楽にってのは分からなくもないが、なんか距離感あるな」
 「そう? ウチにはこれぐらいがちょうどいいけどね?」
 「その辺は俺には理解できねぇよ――っとそろそろ躱し辛くなってきたな。 あんたも噴かせ、重いからスピードが出ねぇ」
 「ちょっとー女の子に思いはタブーじゃない?」
 「あんたの事じゃねぇよ。 機体の話してるんだ。 二機分の重量抱えてるんだぞ!」
 「はっはっは、ごめんごめん」
 
 ふわわはツガルの機体にしがみついたまま、機体の全てのスラスターとブースターを全開にして加速の手助けをする。 その甲斐あってか上昇速度が大きく向上、目標の蝦蛄型エネミーが見る見るうちに近くなる。 もう少しという所でアラート。 ロックオンされたようだ。

 「ま、そうなるだろうな。 流石に逃げ切れないから三秒後に降りてくれ。 最初のホーミングミサイルはこっちで処理するから後は自力で何とかしろよ」
 「わかった。 ありがとねー」
 「どういたしまして。 じゃあお互いに頑張ろうぜ」

 真っすぐにばら撒かれるミサイルに混じってツガル達を狙い撃つべく不自然な軌道を描く物が高速で接近してくる。 ツガルがチャフやフレアなどばら撒けるものを撒きながら上昇。 充分に近づいたところでふわわがツガルの機体を蹴って離れる。

 ソルジャータイプはキマイラタイプに比べると機動力で劣るが目標はもう目と鼻の先だ。
 充分に辿り着ける。 ミサイルを引きつけながら蝦蛄型エネミーの背中まで上がって着地と同時に地面を転がって受け身を取った後、立ち上がって駆け出す。

 ミサイルが一瞬前まで彼女のいた場所に突き刺さり爆発。
 周囲を見回すと少ないが先客がおり、火炎放射器でコーティングを剥がしている最中だった。
 ふわわはそんな周囲を一瞥するだけで走り続ける。 何故なら彼女の目的は別にあったからだ。

 走る、飛ぶ、転がる。 様々な方法で背後から飛んでくるミサイルを彼女は躱し続ける。
 胴体を縦断し、頭部が見えて来た。 リアルの蝦蛄とまったく同じパーツ配置の頭部がある。
 
 「随分と良ーく見えるお目々みたいだけど、なくなったらどうなるんだろうね?」

 複眼と呼ばれる複数のレンズのようなものが集まった形状の目。
 このエネミーにとっては敵を捕捉する為のセンサーだろう。
 ふわわは軽やかな動きで複眼に接近し、エネルギーブレードを一閃。

 「む、こっちも駄目か」

 刃が散らされて傷が付かない。 どうやらこちらにもコーティングを施されているようだ。
 ならばとダガーを抜いて起動。 刃が赤熱する。
 ヒートダガー。 対象を溶断する事を目的とした武器だ。

 あまり綺麗に切れないので普段は使わない機能だが、今回は有用だろう。
 さあ斬るぞと構えた所で画面を埋め尽くさんばかりのロックオンアラート。
 
 「あちゃ~。 怒らせちゃったかー」

 相当数のミサイルに狙われている様だ。 どうやら目を狙われるのはエネミーにとって非常に困ることのようだ。 地上なら逃げ切れる自信はあったが、ここは足場の少ない空中。
 これは無理かと生存は諦めたが、やる事だけはやろうと意識の全てを目の前の標的に絞る。

 「こんな事なら太刀でも持ってくればよかったかなぁ」

 ふわわは短い方が刺さり易そうだしいいかなと呟くと、弓のようにダガーを引くように構える。
 全ての力が刃先の一点に収束するように意識を集中。 アラートはうるさく警告を発し続け、視界の端には飛んでくる無数のミサイルの群れ。 彼女は周囲の全てを意識から蹴り出し、細く鋭く絞る。

 一つ深く呼吸する。 仮想の体に呼吸は不要だが、精神統一には非常に有用だ。
 刹那の時間にその全てを済ませた彼女は渾身の突きを繰り出す。
 それは生身と変わらない精度と生身以上の速度で蝦蛄型エネミーの複眼へと突き刺さった。
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