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4巻
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お師匠様は私とシリウス先生の顔を交互に見ると、ニヤリと笑う。
「なるほど。実に興味深い」
私はハンターに見つかった獲物のように、思わず身をすくめた。
一方のシリウス先生は、眉を寄せて言う。
「なんですか、その笑みは」
「いやいや、それ以外に道がなかったとはいえ、シリウスにリリアナお嬢様の家庭教師をすすめたことを心配していたんだ。何せ、お前は子供が大嫌いだからな。だが、旋回説を自ら語るほどの仲なのだと安心したよ。杞憂であって良かった」
うん、確かにシリウス先生は子供嫌いですよね……
私の親友ミーナちゃんへの態度も大人気ないし、絶対零度の冷たさだもの。あ、でもアル君とは仲良くしているよね。お話ししたり、勉強を見てあげたり。
私が旧領主城を倒壊させてしまった誘拐事件。それをきっかけに仲良くなったアル君を思い出していると、お師匠様がお父様に向かってにっこりと微笑んだ。
「ルイス様、不肖の弟子シリウスを家庭教師として迎え入れてくださり、ありがとうございます」
「いえ、私も弟弟子の危機に手を差し伸べることができて良かった。何より、リリアナは彼が家庭教師になってくれたことを誰よりも喜んでいますからね」
「はい、シリウス先生が私の先生になってくれて、とても感謝しています」
それにしても、ご縁というのは不思議なものだね。二人がお師匠様の弟子でなければ、私がシリウス先生と出会うことはなかったでしょう。
思わず笑みをこぼした私に、ジェエミーお師匠様は感慨深げに言った。
「そうでしたか。それは良かった……」
「ところで、師はしばらく滞在なさるのですか?」
お父様が尋ねると、お師匠様はゆっくり頷く。
「ご迷惑でなければ二日滞在させていただき、三日目の朝に出発したいと思っています」
「歓迎しますよ。それに、師は早々にしたいことがあるのではありませんか?」
お父様はお師匠様の顔を見ながらニヤリと笑う。
「いいのですか?」
「ええ、もちろん。それでこそ、師ですよ。うちは他にないようなものまで集めているので、きっとご満足していただけるかと思います」
お父様の言葉を聞き、ジェレミーお師匠様はまるで少年みたいに瞳を輝かせた。
私は意味がわからず、お父様の服の裾を掴んでくいっと引っ張る。
「お父様、なんのことでしょうか?」
「あはは、今にわかるよ。シリウス君、師の案内役をお願いしてもいいかい?」
「はい」
「ありがとう。リリアナも、気になるのならついていくといいよ。……すごいから」
すごい? 一体、どういうことでしょうか?
そんなふうに言われたら、とっても気になっちゃいます。
「ぜひ、私もご一緒したいです!」
「では、行きましょう」
シリウス先生は、お師匠様と私を先導して歩き出した。
お父様は、にこにこ手を振りながら見送ってくれる。
「師よ、また明日にでもお会いしましょう」
え? 明日?
お師匠様は領主館に滞在することになったのに……明日ってどういうことですか!?
シリウス先生に案内されて辿りついたのは、意外な場所だった。
「図書室?」
室内の壁一面には様々な本が並び、静謐で厳かな空気に満ちている。
首を傾げた私に、シリウス先生が説明してくれた。
「はい。師は人の屋敷を訪ねると、そこにあるすべての本を読みあさるのです。知識に貪欲で、人は師のことを『貪婪な知識欲を抱く者』と呼びます」
貪婪な知識欲を抱く者……それはまた、すごい二つ名をお持ちですね。
しかも、二日間しか滞在しないのにすべての本を読むだなんて、できるんでしょうか?
無謀に思えるのですが……
私は、チラッとジェレミーお師匠様を見やる。お師匠様は、目を輝かせながら本を手に取り、ブツブツと呟いてはまた棚に戻している。
「本は知識の泉。ルイス様が自慢するだけある。どれも素晴らしい本ばかりだ。これは当時の王への風刺が過ぎると焚書となったもの……こちらは一握りの高位聖職者しか読むことができない、神々の生活を描いた稀少本。実に良い本が溢れているじゃないか!」
我が家の図書室にそんな価値のある本が並んでいただなんて、知りませんでした!
他のお宅の図書室を見たことがないので、てっきり普通の本だとばかり思っていたのですが……
「師よ、この図書室には稀少本に加えて、オリヴィリア料理と呼ばれるレシピ本など、様々な分野の本がそろっています。師の知識欲も満たされるでしょう」
「それは読む前から楽しみだな」
「外衣をお預かりします」
シリウス先生はお師匠様に近づき、外衣を受け取る。
外衣を脱いだお師匠様は、老人とは思えない肉体をお持ちだった。袖口から覗く腕は大きく盛り上がり、服で隠れている部分もがっしりとしている。おそらく、鍛え抜かれた強靭な身体つきをしているのだろう。筋骨隆々という言葉がふさわしい。
「なっ、なんですかアレは!?」
私は驚きのあまり、ジェレミーお師匠様を指差してしまった。
だって、外衣の中がボディービルダーみたいな肉体だなんて、誰が予測できたでしょうか。
それも、八十歳くらいのお爺ちゃんですよ。驚くなっていうほうが無理な話だよね。
「師は相当な変わり者なのです。師に言わせると、あの肉体も学者には必要なのだとか。……私には理解できませんが」
学者さんに筋肉って必要でしたっけ?
偏見かもしれませんが、むしろ学者さんって筋肉とは真逆の線が細いイメージなのに!!
目を丸くしていると、お師匠様は満足げに頷いてこう言った。
「では、私はさっそく本を読ませていただきます」
「ジェレミーお師匠様!?」
こちらの戸惑いなどものともせず、お師匠様は本棚の一番端っこの本を手に取り、そのまま胡坐をかいて読みはじめる。
しかも、読むペースがとてつもなく速い。ただペラペラとページをめくっているようにしか見えません。
もしかして、速読ってやつ!?
図書室の本を二日で読み切るなんて無謀だと思っていたけど、この速度だったら可能かも……
「リリアナ様、無駄です。ああなってはもう誰にも止められません。すべての本を読み終えるまで、師は図書室から動かないでしょう」
「すべての本を読み終えるまでって、結構な蔵書数ですよ! それって、あくまでもたとえですよね?」
さすがのお師匠様も、お腹がすいたり眠ったりするときくらいは、図書室から出てきますよね。
そうじゃなきゃ困るよ。
だってこの図書室には、アレがあるのに……
「いいえ、たとえなどではありません。師は分野も関係なく、すべての書物を読みあさる雑食なのです。そしてあの筋肉は、飲まず食わず眠らずに書物を読みふけっても平気なようにと鍛えられたもの。他の者には無理でも、師は蔵書すべてを読むことが可能です」
飲まず食わず、しかも眠らずって……あぁ、だからお父様は、先ほどお師匠様に「また明日にでもお会いしましょう」と言ったのですね。
「そんなことをせずとも、本は逃げたりしないのに……」
「そうなのですが、いくら言っても聞かないのです。ならば、本人の好きなようにさせるしかありません」
「そんな……」
私は、この図書室に『あるもの』を隠している。
それは、私の日記。
でも、ただの日記じゃない。
前世と同じ感覚で行動してはダメだと悟った日から、自分の発言や行動には慎重になった。
だけど、時には『こうしたらいいのに、ああしたらいいのに』と思ってしまうことだってある。
ただし、それらは決して喋ってはいけないこと。
捌け口がないせいで、心の中にモヤモヤが溜まっていく一方だった。
そこで、思いついたのが日記。
日記なら自由に書き記せるし、きちんと隠してさえいれば誰にも見られずにすむ。
こちらでの生活やいろんな出来事について、前世の日本に存在した様々な道具について――私は気の向くままに日記を書いてきた。
自室には、掃除などで使用人の皆さんが出入りする。だから、日記の隠し場所には図書室を選んだんだけど……
ほらっ、木の葉を隠すなら森の中って言いますからね。
普段、図書室には鍵がかかっていて、その鍵を持っているのはお父様とお母様、シリウス先生、私の四人だけ。
もしお父様とお母様が私の日記を見つけても、二人は私が転生者だと知っているので問題はない。
それに、万が一誰かに見られても大丈夫なように、セイルレーンの言葉ではなく日本語を使っている。お父様とお母様は日本語をはじめて見たとき、暗号や記号みたいだと言っていた。きっと、この世界の皆は意味を理解できないでしょう。ところどころに描いている絵は、ラクガキだと言って誤魔化せそうだし。
シリウス先生は私が転生者だと知らないけれど、読む本の分野は決まっている。だから、シリウス先生が絶対に読まない分野の本棚に隠してあるんです。
だけど、まさか図書室にこもって、端から端まですべての本を読もうとする猛者が現れるとは……
わかっていたら、お師匠様が図書館に向かうのを少しの間妨害して、日記を回収したのに。
仮に日記を見られたとして、日本語を理解できなければ問題ない。
でも、もし解読されてしまったら……
だってジェレミーお師匠様は、私の尊敬するお父様とシリウス先生の師。
知識を得るために肉体まで鍛えあげ、貪婪な知識欲を抱く者とまで呼ばれる人。
私じゃ足元にも及ばない、何十年分もの知識を持っている。そのあらゆる知識を総動員すれば、内容を知られてしまうかもしれない……
私は恐怖に身を震わせた。
「リリアナ様、寒いのですか? 師は放置して問題ありません。自室に戻りましょうか?」
シリウス先生がそう声をかけてくれる。
寒いのではなく、日記が心配なんです……あ、そうだ、回収は今からでも問題ないはず!
私は、動揺する心を落ち着かせるために深呼吸する。
「いえ、大丈夫です、シリウス先生。お気遣いありがとうございます。そういえば、前に図書室に来た際、忘れものをしてしまったんです。取ってくるので、ちょっと待っていてください」
私はゆっくりと図書室の奥へ進み、ある本棚の一番下の段に手を伸ばして、数冊の本を抜き取った。
よし、あとはこの空いたスペースの奥に――
「リリアナお嬢様、どうしたのですか?」
「きゃあーーーーーー!!」
突如、背後より声をかけられて、私は悲鳴を上げる。
手にしていた数冊の本が、バサバサッと音を立てて床へ落ちる。
振り向くと、すぐ後ろにジェレミーお師匠様の姿があった。
「なっ、なんでジェレミーお師匠様がここにいるんですか? 先ほどまで、扉の側で本を読んでいたではありませんか」
声をかけられるまで、足音はもちろん、気配もなかったのに……
だんだん、ジェレミーお師匠様という人がわからなくなっていくよ。
恐ろしい人っ!
「いえいえ、見られたらマズイ本を、こっそり持ち出してしまう人もいるのですよ。それを防ごうかと……」
まさにその通りです! 鋭すぎます!!
お師匠様は肉体だけではなく、野生の勘も鍛えたに違いありません。
どうしよう……正直に日記を見られたくないって言ってみようかな。
日記はプライベートなものだし、さすがに持ち出しを許してくれるよね。
私が口を開こうとした瞬間、お師匠様が先に言葉を発する。
「中には、日記や手記を見られるのが嫌だという者もいます。これらも、大切な知識なのに。そういった場合、お願いし続けると首を縦に振ってくれますがね」
「都合のいい言い方を……。相手が頷くまで毎日どこまでも追いかけまわすんですから、ある意味、脅迫ではありませんか」
私達の傍にやってきたシリウス先生が真実を語る。
うわぁ、それってストーカー行為ですね。
恐ろしい……
私、本当のことを言わなくて良かったよ。
日記を隠していると知られたら、私も追いまわされちゃうよね。
それこそ、大変なことになるところだった。
女の子には秘密がいっぱいなんです。そっとしておいてください。
「安心してください、ジェレミーお師匠様。何も隠しているものなんてありません。私はただ、お母様からオススメされた本を読んでみるつもりだったんです」
私は笑顔が引きつらないよう気をつけながら床に落ちた本を拾い、お師匠様に見せた。
すると、ジェレミーお師匠様はニヤニヤと笑う。
「リリアナお嬢様もお年頃ですから、そういった本に興味を持つのも仕方ないのかもしれませんね」
なんで、そんなにニヤニヤ笑っているの?
私は首を傾げて、自分が手にしていた本のタイトルに目を落とす。
そこには、『気になるあの人と恋人になる方法』『彼を射止めるための黒魔術』といった文字が並んでいた。
何っ、これっ!? こんなの興味ないよ!!
「いや、あの、違うんです。たまたま間違えただけです!」
驚いた私は、一生懸命に首を横に振って否定する。
そうだった。シリウス先生が絶対に読まない本……すなわち恋愛に関する本の棚に日記を隠したんだった!
まさかこんな形で、取りつくろう羽目になるなんて。
あたふたする私に、シリウス先生が訝しげな表情で尋ねる。
「リリアナ様、忘れものをしたのでは?」
「これ、シリウス。花も恥じらう年頃の娘さんに、そんな野暮なことを聞いてはいけない。ここは見て見ぬふりが一番だ」
違いますから! むしろ、もっと気恥ずかしくなっちゃうのでやめてください!!
「この本は、かなり参考になりますよ。すでに読んだことがあるので、自室に持っていかれても大丈夫です」
お師匠様はにこやかに笑いながら、私の手にしていた一冊を指差す。
「だから、違いますってば!」
私は数冊の本を急いで棚に戻した。
棚の空間が空いたままだと、私の日記の発見度が上がっちゃいますからね。
どうか、見つかりませんように!
それにしても、お師匠様……本当に、いろんな分野の本を読んでいるんだね。これで実証されたよ。
「では、ジェレミーお師匠様のお邪魔をするのもなんですし、私達は失礼しますね。行きましょう、シリウス先生」
私は早口にそう言って、シリウス先生の服の袖を引く。
うぅ、なんとしても、後で日記を回収しなくてはいけません。
フッフッフッ、覚悟してくださいね、ジェレミーお師匠様。
でも今は一時、戦線離脱です!
ジェレミーお師匠様が図書室にこもって、数時間が経った。
そろそろ夕食の時間なんだけど、シリウス先生の言葉通り、お師匠様は一向に出てこない。
私は、図書室の扉をトントンと叩く。しかし、室内からはなんの反応もなかった。
もしかして、図書室にいないのかな。
だったら、日記を回収するチャンスだよね?
わずかに期待して中に入ると……暗闇の中に、かすかな光を放つ球がゆらゆら浮いていた。
「きゃぁーーーーーー! 幽霊ぃ!!」
恐怖のあまり、足が竦んでしまう。
無情にも、光の球は消えるどころかこちらへと徐々に近付いてきた。
「ヤダ、ヤダ、ヤダァーーーーーー! こっちに来ないでぇ!!」
やがて球が目の前にやってきたとき、ある人物の姿が浮かび上がった。
「リリアナお嬢様、幽霊ではありませんので落ち着いてください」
「えっ、ジェレミーお師匠様?」
私は拍子抜けして、ぱちくりと瞬きをする。
お師匠様は、私を安心させるように笑って頷いた。
「もう、ビックリしました。図書室の燭台に明かりを灯していただいて構わないのに。その光だけでは、暗くありませんか?」
よくよく見ると、宙に浮かんでいたのは魔法で出した光球だった。ちょっとした明かりのかわりに、私も使うことがあります。
だけど、一人きりの図書室に光球しかないなんて……暗くて怖いよね。私には耐えられません。
「本さえ読めればいいと、自分のまわりだけ明るくしていたのです。驚かせてしまったようで申し訳ない。ところで、なんのご用かな?」
そうでした。びっくりしすぎて、大切なことを忘れていました。
「今日はお師匠様がいらっしゃったので、腕によりをかけて美味しい夕飯をご用意しました。私の手作りですよ」
「ほほぅ、噂のオリヴィリア料理ですか」
噂のオリヴィリア料理?
……嫌な予感がする。私は、思い切って尋ねてみることにした。
「えっと、ちなみにそれは、どのような噂なんでしょうか?」
「四、五年前、見たことも聞いたこともない料理が数多く発表された。それらは『神々の食卓の料理』もしくは『オリヴィリア料理』と呼ばれ、今では他国にまで広まっている。私もはじめて食べたときには、あまりの美味しさに驚愕しました。やがて、オリヴィリアは美食の地として有名になった。ここ最近、新たなレシピは出回っていませんが……せっかくオリヴィリアに来たのですから、是非とも本場の味を食したいものです」
ジェレミーお師匠様はにこやかに言った。
私が最初にオリヴィリア料理を作って広めてしまったことについては、特に噂になっていないみたい。私は、ほっと胸を撫で下ろした。
「楽しみにしていただけて何よりです」
シリウス先生は、お師匠様が寝食を忘れて書物を読みあさると言っていた。
どうなることかと思ったけれど、さすがのお師匠様も、美味しいご飯の誘惑には勝てないらしい。
人間、食欲にはなかなか勝てない生き物ですよね。
私だって、前世では何度もダイエットに挑戦し、そのたびに失敗していました……
何はともあれ、餌付け作戦、成功です!
よし、いざ食堂へ!!
「皆、食堂でお師匠様をお待ちです。さぁ、行きましょう!」
私はお師匠様の太い腕を掴み、ぐいぐいと引っ張る。
だけど逞しいお師匠様の身体は、びくともしなかった。
あれっ?
「申し訳ありません、リリアナお嬢様。オリヴィリア料理の生みの親だと囁かれるお嬢様が自ら作ったご夕食……いただきたいのはやまやまなのですが、いつ果てるかもわからぬこの身。なれば、目の前の知識を少しでも吸収することが先決なのです」
「……今、なんと?」
聞き捨てならない言葉が出てきた気がするのですが……
「ですから、いつ果てるかもわからぬ身。なれば、目の前の知識を――」
「違います。そこじゃなくって、もっと前!」
「えっと……オリヴィリア料理の生みの親だと囁かれるお嬢様が自ら作ったご夕食……ですか?」
「そう、そこです! なぜ、私がオリヴィリア料理の生みの親ということになっているのでしょうか!?」
うぅ、私のいろんな噂が出回っているとは聞いていましたが……一体どこまで広まってるのぉーー!
「嘘か本当かは存じませんが、まことしやかに囁かれています。また料理にとどまらず、様々な分野でリリアナお嬢様の名前を耳にしますよ。ここ数年、そういった類の新たな噂はないようですが。料理については、オリヴィリア領とリリアナお嬢様の名が一緒になって他国にも轟いています」
うん、間違いではないんだけどさ。
確かに、後先考えずに私がやっちゃったことだし……でも、せめて私の名前は噂から消えてくれたらいいのに……
「そうなのですね……」
がっくり肩を落とすと、ジェレミーお師匠様はにこにこと頷く。
「はい。この図書室には、オリヴィリアにまつわる様々な本が収蔵されていますね。私は、噂のリリアナ様についても気になっているのです。すべての本を読み終わった暁には、是非お話をしたいものです」
お話って、なんだか尋問されそうな気がしてならないのですが……
嫌な予感がビシバシします。
「それでは、私は本を読むのに専念するので、失礼いたします。ルイス様と奥方様にも、よろしくお伝えください」
お師匠様は私を部屋の外に押し出し、バタンと扉を閉じてしまった。
餌付け作戦失敗。
KO負けですね……
私は屍のように重たい身体を引きずって、図書室を後にした。
夜も更けた頃、私は自室にてニヤリと笑った。
たぶん、今の私は随分と悪い顔をしていることでしょう。
「フッフッフッ、忘れてはいけません。私には素敵アイテムがあることを!」
自室にいる今、私は本来の姿に戻っている。
手元には、紅水晶にそっくりな薔薇色の石がはめこまれた仮面。
そう、幻影の仮面です。
自らの望む姿に変身できる、奇跡のような仮面。
この仮面を上手く使うことができれば、ジェレミーお師匠様に気づかれることなく、日記を回収できるに違いありません。
「なるほど。実に興味深い」
私はハンターに見つかった獲物のように、思わず身をすくめた。
一方のシリウス先生は、眉を寄せて言う。
「なんですか、その笑みは」
「いやいや、それ以外に道がなかったとはいえ、シリウスにリリアナお嬢様の家庭教師をすすめたことを心配していたんだ。何せ、お前は子供が大嫌いだからな。だが、旋回説を自ら語るほどの仲なのだと安心したよ。杞憂であって良かった」
うん、確かにシリウス先生は子供嫌いですよね……
私の親友ミーナちゃんへの態度も大人気ないし、絶対零度の冷たさだもの。あ、でもアル君とは仲良くしているよね。お話ししたり、勉強を見てあげたり。
私が旧領主城を倒壊させてしまった誘拐事件。それをきっかけに仲良くなったアル君を思い出していると、お師匠様がお父様に向かってにっこりと微笑んだ。
「ルイス様、不肖の弟子シリウスを家庭教師として迎え入れてくださり、ありがとうございます」
「いえ、私も弟弟子の危機に手を差し伸べることができて良かった。何より、リリアナは彼が家庭教師になってくれたことを誰よりも喜んでいますからね」
「はい、シリウス先生が私の先生になってくれて、とても感謝しています」
それにしても、ご縁というのは不思議なものだね。二人がお師匠様の弟子でなければ、私がシリウス先生と出会うことはなかったでしょう。
思わず笑みをこぼした私に、ジェエミーお師匠様は感慨深げに言った。
「そうでしたか。それは良かった……」
「ところで、師はしばらく滞在なさるのですか?」
お父様が尋ねると、お師匠様はゆっくり頷く。
「ご迷惑でなければ二日滞在させていただき、三日目の朝に出発したいと思っています」
「歓迎しますよ。それに、師は早々にしたいことがあるのではありませんか?」
お父様はお師匠様の顔を見ながらニヤリと笑う。
「いいのですか?」
「ええ、もちろん。それでこそ、師ですよ。うちは他にないようなものまで集めているので、きっとご満足していただけるかと思います」
お父様の言葉を聞き、ジェレミーお師匠様はまるで少年みたいに瞳を輝かせた。
私は意味がわからず、お父様の服の裾を掴んでくいっと引っ張る。
「お父様、なんのことでしょうか?」
「あはは、今にわかるよ。シリウス君、師の案内役をお願いしてもいいかい?」
「はい」
「ありがとう。リリアナも、気になるのならついていくといいよ。……すごいから」
すごい? 一体、どういうことでしょうか?
そんなふうに言われたら、とっても気になっちゃいます。
「ぜひ、私もご一緒したいです!」
「では、行きましょう」
シリウス先生は、お師匠様と私を先導して歩き出した。
お父様は、にこにこ手を振りながら見送ってくれる。
「師よ、また明日にでもお会いしましょう」
え? 明日?
お師匠様は領主館に滞在することになったのに……明日ってどういうことですか!?
シリウス先生に案内されて辿りついたのは、意外な場所だった。
「図書室?」
室内の壁一面には様々な本が並び、静謐で厳かな空気に満ちている。
首を傾げた私に、シリウス先生が説明してくれた。
「はい。師は人の屋敷を訪ねると、そこにあるすべての本を読みあさるのです。知識に貪欲で、人は師のことを『貪婪な知識欲を抱く者』と呼びます」
貪婪な知識欲を抱く者……それはまた、すごい二つ名をお持ちですね。
しかも、二日間しか滞在しないのにすべての本を読むだなんて、できるんでしょうか?
無謀に思えるのですが……
私は、チラッとジェレミーお師匠様を見やる。お師匠様は、目を輝かせながら本を手に取り、ブツブツと呟いてはまた棚に戻している。
「本は知識の泉。ルイス様が自慢するだけある。どれも素晴らしい本ばかりだ。これは当時の王への風刺が過ぎると焚書となったもの……こちらは一握りの高位聖職者しか読むことができない、神々の生活を描いた稀少本。実に良い本が溢れているじゃないか!」
我が家の図書室にそんな価値のある本が並んでいただなんて、知りませんでした!
他のお宅の図書室を見たことがないので、てっきり普通の本だとばかり思っていたのですが……
「師よ、この図書室には稀少本に加えて、オリヴィリア料理と呼ばれるレシピ本など、様々な分野の本がそろっています。師の知識欲も満たされるでしょう」
「それは読む前から楽しみだな」
「外衣をお預かりします」
シリウス先生はお師匠様に近づき、外衣を受け取る。
外衣を脱いだお師匠様は、老人とは思えない肉体をお持ちだった。袖口から覗く腕は大きく盛り上がり、服で隠れている部分もがっしりとしている。おそらく、鍛え抜かれた強靭な身体つきをしているのだろう。筋骨隆々という言葉がふさわしい。
「なっ、なんですかアレは!?」
私は驚きのあまり、ジェレミーお師匠様を指差してしまった。
だって、外衣の中がボディービルダーみたいな肉体だなんて、誰が予測できたでしょうか。
それも、八十歳くらいのお爺ちゃんですよ。驚くなっていうほうが無理な話だよね。
「師は相当な変わり者なのです。師に言わせると、あの肉体も学者には必要なのだとか。……私には理解できませんが」
学者さんに筋肉って必要でしたっけ?
偏見かもしれませんが、むしろ学者さんって筋肉とは真逆の線が細いイメージなのに!!
目を丸くしていると、お師匠様は満足げに頷いてこう言った。
「では、私はさっそく本を読ませていただきます」
「ジェレミーお師匠様!?」
こちらの戸惑いなどものともせず、お師匠様は本棚の一番端っこの本を手に取り、そのまま胡坐をかいて読みはじめる。
しかも、読むペースがとてつもなく速い。ただペラペラとページをめくっているようにしか見えません。
もしかして、速読ってやつ!?
図書室の本を二日で読み切るなんて無謀だと思っていたけど、この速度だったら可能かも……
「リリアナ様、無駄です。ああなってはもう誰にも止められません。すべての本を読み終えるまで、師は図書室から動かないでしょう」
「すべての本を読み終えるまでって、結構な蔵書数ですよ! それって、あくまでもたとえですよね?」
さすがのお師匠様も、お腹がすいたり眠ったりするときくらいは、図書室から出てきますよね。
そうじゃなきゃ困るよ。
だってこの図書室には、アレがあるのに……
「いいえ、たとえなどではありません。師は分野も関係なく、すべての書物を読みあさる雑食なのです。そしてあの筋肉は、飲まず食わず眠らずに書物を読みふけっても平気なようにと鍛えられたもの。他の者には無理でも、師は蔵書すべてを読むことが可能です」
飲まず食わず、しかも眠らずって……あぁ、だからお父様は、先ほどお師匠様に「また明日にでもお会いしましょう」と言ったのですね。
「そんなことをせずとも、本は逃げたりしないのに……」
「そうなのですが、いくら言っても聞かないのです。ならば、本人の好きなようにさせるしかありません」
「そんな……」
私は、この図書室に『あるもの』を隠している。
それは、私の日記。
でも、ただの日記じゃない。
前世と同じ感覚で行動してはダメだと悟った日から、自分の発言や行動には慎重になった。
だけど、時には『こうしたらいいのに、ああしたらいいのに』と思ってしまうことだってある。
ただし、それらは決して喋ってはいけないこと。
捌け口がないせいで、心の中にモヤモヤが溜まっていく一方だった。
そこで、思いついたのが日記。
日記なら自由に書き記せるし、きちんと隠してさえいれば誰にも見られずにすむ。
こちらでの生活やいろんな出来事について、前世の日本に存在した様々な道具について――私は気の向くままに日記を書いてきた。
自室には、掃除などで使用人の皆さんが出入りする。だから、日記の隠し場所には図書室を選んだんだけど……
ほらっ、木の葉を隠すなら森の中って言いますからね。
普段、図書室には鍵がかかっていて、その鍵を持っているのはお父様とお母様、シリウス先生、私の四人だけ。
もしお父様とお母様が私の日記を見つけても、二人は私が転生者だと知っているので問題はない。
それに、万が一誰かに見られても大丈夫なように、セイルレーンの言葉ではなく日本語を使っている。お父様とお母様は日本語をはじめて見たとき、暗号や記号みたいだと言っていた。きっと、この世界の皆は意味を理解できないでしょう。ところどころに描いている絵は、ラクガキだと言って誤魔化せそうだし。
シリウス先生は私が転生者だと知らないけれど、読む本の分野は決まっている。だから、シリウス先生が絶対に読まない分野の本棚に隠してあるんです。
だけど、まさか図書室にこもって、端から端まですべての本を読もうとする猛者が現れるとは……
わかっていたら、お師匠様が図書館に向かうのを少しの間妨害して、日記を回収したのに。
仮に日記を見られたとして、日本語を理解できなければ問題ない。
でも、もし解読されてしまったら……
だってジェレミーお師匠様は、私の尊敬するお父様とシリウス先生の師。
知識を得るために肉体まで鍛えあげ、貪婪な知識欲を抱く者とまで呼ばれる人。
私じゃ足元にも及ばない、何十年分もの知識を持っている。そのあらゆる知識を総動員すれば、内容を知られてしまうかもしれない……
私は恐怖に身を震わせた。
「リリアナ様、寒いのですか? 師は放置して問題ありません。自室に戻りましょうか?」
シリウス先生がそう声をかけてくれる。
寒いのではなく、日記が心配なんです……あ、そうだ、回収は今からでも問題ないはず!
私は、動揺する心を落ち着かせるために深呼吸する。
「いえ、大丈夫です、シリウス先生。お気遣いありがとうございます。そういえば、前に図書室に来た際、忘れものをしてしまったんです。取ってくるので、ちょっと待っていてください」
私はゆっくりと図書室の奥へ進み、ある本棚の一番下の段に手を伸ばして、数冊の本を抜き取った。
よし、あとはこの空いたスペースの奥に――
「リリアナお嬢様、どうしたのですか?」
「きゃあーーーーーー!!」
突如、背後より声をかけられて、私は悲鳴を上げる。
手にしていた数冊の本が、バサバサッと音を立てて床へ落ちる。
振り向くと、すぐ後ろにジェレミーお師匠様の姿があった。
「なっ、なんでジェレミーお師匠様がここにいるんですか? 先ほどまで、扉の側で本を読んでいたではありませんか」
声をかけられるまで、足音はもちろん、気配もなかったのに……
だんだん、ジェレミーお師匠様という人がわからなくなっていくよ。
恐ろしい人っ!
「いえいえ、見られたらマズイ本を、こっそり持ち出してしまう人もいるのですよ。それを防ごうかと……」
まさにその通りです! 鋭すぎます!!
お師匠様は肉体だけではなく、野生の勘も鍛えたに違いありません。
どうしよう……正直に日記を見られたくないって言ってみようかな。
日記はプライベートなものだし、さすがに持ち出しを許してくれるよね。
私が口を開こうとした瞬間、お師匠様が先に言葉を発する。
「中には、日記や手記を見られるのが嫌だという者もいます。これらも、大切な知識なのに。そういった場合、お願いし続けると首を縦に振ってくれますがね」
「都合のいい言い方を……。相手が頷くまで毎日どこまでも追いかけまわすんですから、ある意味、脅迫ではありませんか」
私達の傍にやってきたシリウス先生が真実を語る。
うわぁ、それってストーカー行為ですね。
恐ろしい……
私、本当のことを言わなくて良かったよ。
日記を隠していると知られたら、私も追いまわされちゃうよね。
それこそ、大変なことになるところだった。
女の子には秘密がいっぱいなんです。そっとしておいてください。
「安心してください、ジェレミーお師匠様。何も隠しているものなんてありません。私はただ、お母様からオススメされた本を読んでみるつもりだったんです」
私は笑顔が引きつらないよう気をつけながら床に落ちた本を拾い、お師匠様に見せた。
すると、ジェレミーお師匠様はニヤニヤと笑う。
「リリアナお嬢様もお年頃ですから、そういった本に興味を持つのも仕方ないのかもしれませんね」
なんで、そんなにニヤニヤ笑っているの?
私は首を傾げて、自分が手にしていた本のタイトルに目を落とす。
そこには、『気になるあの人と恋人になる方法』『彼を射止めるための黒魔術』といった文字が並んでいた。
何っ、これっ!? こんなの興味ないよ!!
「いや、あの、違うんです。たまたま間違えただけです!」
驚いた私は、一生懸命に首を横に振って否定する。
そうだった。シリウス先生が絶対に読まない本……すなわち恋愛に関する本の棚に日記を隠したんだった!
まさかこんな形で、取りつくろう羽目になるなんて。
あたふたする私に、シリウス先生が訝しげな表情で尋ねる。
「リリアナ様、忘れものをしたのでは?」
「これ、シリウス。花も恥じらう年頃の娘さんに、そんな野暮なことを聞いてはいけない。ここは見て見ぬふりが一番だ」
違いますから! むしろ、もっと気恥ずかしくなっちゃうのでやめてください!!
「この本は、かなり参考になりますよ。すでに読んだことがあるので、自室に持っていかれても大丈夫です」
お師匠様はにこやかに笑いながら、私の手にしていた一冊を指差す。
「だから、違いますってば!」
私は数冊の本を急いで棚に戻した。
棚の空間が空いたままだと、私の日記の発見度が上がっちゃいますからね。
どうか、見つかりませんように!
それにしても、お師匠様……本当に、いろんな分野の本を読んでいるんだね。これで実証されたよ。
「では、ジェレミーお師匠様のお邪魔をするのもなんですし、私達は失礼しますね。行きましょう、シリウス先生」
私は早口にそう言って、シリウス先生の服の袖を引く。
うぅ、なんとしても、後で日記を回収しなくてはいけません。
フッフッフッ、覚悟してくださいね、ジェレミーお師匠様。
でも今は一時、戦線離脱です!
ジェレミーお師匠様が図書室にこもって、数時間が経った。
そろそろ夕食の時間なんだけど、シリウス先生の言葉通り、お師匠様は一向に出てこない。
私は、図書室の扉をトントンと叩く。しかし、室内からはなんの反応もなかった。
もしかして、図書室にいないのかな。
だったら、日記を回収するチャンスだよね?
わずかに期待して中に入ると……暗闇の中に、かすかな光を放つ球がゆらゆら浮いていた。
「きゃぁーーーーーー! 幽霊ぃ!!」
恐怖のあまり、足が竦んでしまう。
無情にも、光の球は消えるどころかこちらへと徐々に近付いてきた。
「ヤダ、ヤダ、ヤダァーーーーーー! こっちに来ないでぇ!!」
やがて球が目の前にやってきたとき、ある人物の姿が浮かび上がった。
「リリアナお嬢様、幽霊ではありませんので落ち着いてください」
「えっ、ジェレミーお師匠様?」
私は拍子抜けして、ぱちくりと瞬きをする。
お師匠様は、私を安心させるように笑って頷いた。
「もう、ビックリしました。図書室の燭台に明かりを灯していただいて構わないのに。その光だけでは、暗くありませんか?」
よくよく見ると、宙に浮かんでいたのは魔法で出した光球だった。ちょっとした明かりのかわりに、私も使うことがあります。
だけど、一人きりの図書室に光球しかないなんて……暗くて怖いよね。私には耐えられません。
「本さえ読めればいいと、自分のまわりだけ明るくしていたのです。驚かせてしまったようで申し訳ない。ところで、なんのご用かな?」
そうでした。びっくりしすぎて、大切なことを忘れていました。
「今日はお師匠様がいらっしゃったので、腕によりをかけて美味しい夕飯をご用意しました。私の手作りですよ」
「ほほぅ、噂のオリヴィリア料理ですか」
噂のオリヴィリア料理?
……嫌な予感がする。私は、思い切って尋ねてみることにした。
「えっと、ちなみにそれは、どのような噂なんでしょうか?」
「四、五年前、見たことも聞いたこともない料理が数多く発表された。それらは『神々の食卓の料理』もしくは『オリヴィリア料理』と呼ばれ、今では他国にまで広まっている。私もはじめて食べたときには、あまりの美味しさに驚愕しました。やがて、オリヴィリアは美食の地として有名になった。ここ最近、新たなレシピは出回っていませんが……せっかくオリヴィリアに来たのですから、是非とも本場の味を食したいものです」
ジェレミーお師匠様はにこやかに言った。
私が最初にオリヴィリア料理を作って広めてしまったことについては、特に噂になっていないみたい。私は、ほっと胸を撫で下ろした。
「楽しみにしていただけて何よりです」
シリウス先生は、お師匠様が寝食を忘れて書物を読みあさると言っていた。
どうなることかと思ったけれど、さすがのお師匠様も、美味しいご飯の誘惑には勝てないらしい。
人間、食欲にはなかなか勝てない生き物ですよね。
私だって、前世では何度もダイエットに挑戦し、そのたびに失敗していました……
何はともあれ、餌付け作戦、成功です!
よし、いざ食堂へ!!
「皆、食堂でお師匠様をお待ちです。さぁ、行きましょう!」
私はお師匠様の太い腕を掴み、ぐいぐいと引っ張る。
だけど逞しいお師匠様の身体は、びくともしなかった。
あれっ?
「申し訳ありません、リリアナお嬢様。オリヴィリア料理の生みの親だと囁かれるお嬢様が自ら作ったご夕食……いただきたいのはやまやまなのですが、いつ果てるかもわからぬこの身。なれば、目の前の知識を少しでも吸収することが先決なのです」
「……今、なんと?」
聞き捨てならない言葉が出てきた気がするのですが……
「ですから、いつ果てるかもわからぬ身。なれば、目の前の知識を――」
「違います。そこじゃなくって、もっと前!」
「えっと……オリヴィリア料理の生みの親だと囁かれるお嬢様が自ら作ったご夕食……ですか?」
「そう、そこです! なぜ、私がオリヴィリア料理の生みの親ということになっているのでしょうか!?」
うぅ、私のいろんな噂が出回っているとは聞いていましたが……一体どこまで広まってるのぉーー!
「嘘か本当かは存じませんが、まことしやかに囁かれています。また料理にとどまらず、様々な分野でリリアナお嬢様の名前を耳にしますよ。ここ数年、そういった類の新たな噂はないようですが。料理については、オリヴィリア領とリリアナお嬢様の名が一緒になって他国にも轟いています」
うん、間違いではないんだけどさ。
確かに、後先考えずに私がやっちゃったことだし……でも、せめて私の名前は噂から消えてくれたらいいのに……
「そうなのですね……」
がっくり肩を落とすと、ジェレミーお師匠様はにこにこと頷く。
「はい。この図書室には、オリヴィリアにまつわる様々な本が収蔵されていますね。私は、噂のリリアナ様についても気になっているのです。すべての本を読み終わった暁には、是非お話をしたいものです」
お話って、なんだか尋問されそうな気がしてならないのですが……
嫌な予感がビシバシします。
「それでは、私は本を読むのに専念するので、失礼いたします。ルイス様と奥方様にも、よろしくお伝えください」
お師匠様は私を部屋の外に押し出し、バタンと扉を閉じてしまった。
餌付け作戦失敗。
KO負けですね……
私は屍のように重たい身体を引きずって、図書室を後にした。
夜も更けた頃、私は自室にてニヤリと笑った。
たぶん、今の私は随分と悪い顔をしていることでしょう。
「フッフッフッ、忘れてはいけません。私には素敵アイテムがあることを!」
自室にいる今、私は本来の姿に戻っている。
手元には、紅水晶にそっくりな薔薇色の石がはめこまれた仮面。
そう、幻影の仮面です。
自らの望む姿に変身できる、奇跡のような仮面。
この仮面を上手く使うことができれば、ジェレミーお師匠様に気づかれることなく、日記を回収できるに違いありません。
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