弓張月異聞 リアルチートは大海原を往く

Ittoh

文字の大きさ
21 / 96
伊豆綺談

騎乗とは、魚偏に奇に乗るなり 1. 我、ミズチにキ乗せり

しおりを挟む
 講談師さくしゃは、見て来たように嘘を吐くでありますが、真実が混ざってこその講談でありましょう。
 かつて、戦で戦うは、つわのもであり剣を使っておりました。剣は、直刀より平安期に反りを持った片刃の日本刀へと変わっていきました。刀を操り、弓を引いて人もあやかしひとならざるものを斃したのが、武士もののふでありました。
 平安期から鎌倉にかけて、武士もののふの武器は、騎乗しての弓矢でございました。平安から鎌倉最強の兵器が、弓であったのであります。武士もののふは、弓騎兵であったと言えます。



 平安末期から鎌倉にかけて、最強の武士もののふと呼ばれたのは、日本最強のリアルチート、鎮西八郎為朝にございました。



 されど、為朝には、武士もののふとして最強でありながら、最大の弱点を抱えていたのであります。それが、馬にありました。為朝は、後世にその弓勢、天下無双なれど、騎乗に難ありとされたのであります。 平安鎌倉戦国期において、日本で馬と言えば、山岳を駆けるに適した、木曽駒に代表される小型の馬でありました。身長で七尺二メートルを超え、体重で三十貫百キロを軽く超える為朝を乗せて、駆け続けられる馬など、日本のどこを探しても居なかったのであります。
 そのことは、為朝自身も自覚していて、悔しがっていたことも事実でありました。

 女護島を早朝に出立した、為朝達は、逆風の中で帆をたたみ、櫂をおろして進んで行くと、あまりの遅さに櫂を漕いでいたミヅチ達が、舫い綱を舳先に結び繋ぐと海に飛び込んで泳ぎながら綱を引き始めたのである。その速度は、尋常ならず、凄まじいまでの高速で航行を始めたのでありました。
 そんな、凄まじい力に引きずられるように、関船が波を蹴立てて進んでいくのを見て、玲が感心するように、
「凄いな、ミヅチ衆は。これでは、梃子が要らぬ船となろうな」
琉威るいが綱を引きながら、ミヅチの姿で、楽しむようにして玲に向かって叫ぶ。
「あたしらは、好きな男を乗せて海を駆けるからな。好きな男の船なら曳くのも構わぬさ」
冴や瞳と一緒に曳いていた。
「俺を乗せて駆けてくれるか、琉威るい
「あぁ、いいぞ。為朝」
為朝は、下帯一丁に、五人張十八束の弓を担ぎ、海へと飛び込んだ。琉威るいが慌てる様に、綱を冴と瞳に預けて、為朝を海から拾い上げて背に乗せる。
 為朝は、琉威るいに騎乗するように跨って、玲に叫ぶ
「箙ぁッ」
応える様に、玲が、為朝へ一分四尺柄七寸鏃五本の矢を入れた箙を投げて寄越した。受け取った為朝は、箙を腰に縛って固定する。
 下帯一丁の為朝は、筋骨隆々とした身の丈七尺の巨躯を、身の丈で三丈を超え、胴囲で三尺を超える琉威るいに乗ると、凄まじいまでの迫力があった。関船を悠々と引くミヅチであれば、三十貫程度の為朝一人を乗せても気にもせずに、波間を滑るように駆けていく。

 為朝のミヅチへの騎乗姿に見惚れながら、玲は、為朝の武具や琉威るいの武具に思いを巡らせていた。
「海の上となると、少し工夫がいるのぉ」
波を被る海上では、水上を駆けるように抜けるには、波への対策が必要となる。
「「為朝ッ、あたしらにも乗るか」」
冴と瞳が、関船を曳きながら、為朝に聞いて来る。
「あぁ、子を成すこともあるし、調子の悪いこともあろう。乗せてくれるか」
「「「わかった」」」
 二人の答えが、ハモるように響いた。
 これが、後に和国最強と呼ばれた、琉球水軍と双璧を為す鎌倉水軍伊豆衆の始まりであった。ミズチは、巡航で時速五十キロ、最高で八十キロ近い速度で遊泳する。この速度は、後世の魚雷並のスピードであり、帆船航行であれ櫂による早船であれ、この速度に対抗できる船は、当時存在しなかった。つまりは、ミズチに騎乗して弓を放った場合、時速八十キロの競艇ボートから射撃されるようなものとなる。
「のぉ、将。そなたは妾を乗せてくれるか」
「いいよ。玲」
 ミズチは、蛇のような変温ではなく、哺乳類と同じく恒温であり、鰓ではなく肺呼吸であり、そういった意味では、海中のミズチは、シャチに近い体躯をしている。ただ、シャチよりは細身で胴長である。
 海中より、魚が飛びあがるように飛び出してくるのを、一分四尺柄七寸鏃の矢で、為朝が射貫いた。次々と、群れ為して飛びだした魚を次々と射貫いて行った。
「将。済まぬ。為朝の射貫いた魚がみたい」
「わかった」
短く答えると、将は海へと飛び込んで潜っていった。
「凛、櫂、お前達も手伝ってくれるか、あの大きさならば、今宵の食事となろう」
「わかった。食い物は持ってくる」
「玲。凄いな、為朝は」
「虎正か、そうじゃな。見ていて本当に飽きぬ。そして楽しそうじゃ」
「本当に、楽しそうじゃ」
将が、カジキマグロを三匹曳いてきた。凛や櫂も一匹づつ曳いて来ていた。
「持って来たよ。玲」
「すまぬ。ほぉ」
 話していると将が、為朝の射貫いた一丈程のカジキを船へと繋いでいた。二百貫を超える魚を五匹も乗せると、船が沈んでしまう。玲が改めると、カジキ目を一矢で射貫いていた。玲は、感心するように言った。
「これならば、為朝は、本当の意味で、天下無双の武士もののふとなれる」
 海の戦を変える。為朝が変えてくれる。そんな、期待をさせてくれるような、見事な一矢であった。箙に挿した五本で、五匹のカジキを仕留めたことになる。
 鵜渡根島の東岸でほとんど人家が無いあたりで、船を島に寄せて泊めると、為朝の射貫いた、カジキマグロを浜に上げて、千代が捌き始めた。
「一番、美味しいところは、虎正だからね」
「構わぬよ、千代」
「え、玲。それは」
「想い人への料理だ。虎正は、千代を好きなのであろう」
「そ、それは、嫌いじゃないけど」
しどろもどろに言って来る虎正の頬は、既に真っ赤に染まっていた。
「良いではないか、男とも睦合うのであれば、子もなせように。愛しの君がおなごでも、気にすることはなかろう」
食事の支度をしている中で、為朝は、紀平治や長次達と、火を焚き、酒盛りを始めていた。
 梃子の妻達が、捌いて、魚醤と味噌で一緒に煮込んだ魚を次々と男達の下へと運んでいった。
 玲や虎正達の傍にいる男は、将と凛に一緒にくっついてきた甲である。甲は、ミズチの男であったが、凛を追いかけて傍にいた。虎正が、凛を抱きあげてしまって、甲が抱上げることができなかった。虎正は、自分が女で凛も女だったので、虎正が甲に、凛と一緒に抱いて欲しいという話をすると、千代は、あたしが一緒でないとダメだと怒ったので、甲は、凛、虎正、千代を相手とすることになっていた。
 玲は、帯紐を結び、ハミや手綱を作っていた。
 食事の支度を終えて、椀を持って、千代が玲の傍に来て、玲が作っているのを見ながら、訊ねてきた。
「姐御。それは、為朝の旦那のかい」
「あぁ。為朝が欲しがろうと思うてな」
「姐御も可愛いなぁ」
玲は、作業をしている姿をそう言った千代に、
「可愛いと言われたのは、千代が初めてじゃな」
「だって、旦那のために、ハミや手綱を作っている妻って、なんか可愛いじゃないか」
玲は、少し頬を染めて
「そうかのぉ」
千代が鍋から椀へ料理を入れて、玲へと差し出す。
「食事をしておくれよ、姐御」
千代が、椀を差し出す。玲は、作業の手を止めて、椀を受け取って、食べながら、千代へ訊ねた。
「のぉ、千代。島を離れて、本当に良かったのか」
「虎正姉さんがいるからな。姉さんのいない島にいても仕方ないさ」
「ならば良いがな、千代。あまり無理をするでないぞ」
釣った魚の頭を丸ごと、魚醤と一緒に煮込んで作った汁を椀にほしいいを入れて、魚の切り身と一緒に入れて、汁を注いだだけの料理だったが、魚が味噌汁に煮込まれて、非常に旨い料理に仕上がっていた。
「見た目はなんだが旨いな、千代」
「あたいは、雑だからね。偉いさんの料理とは違うさ、姐さん」
「ほほほ。旨いことが一番じゃ。船では食うのが一番の楽しみじゃからな」
「へぇ、そうなのか」
「船の旅は、外洋に出れば、幾日も同じ海に同じ空が続く、食べる、寝る、情交まぐわうが愉しみとなる故な」
将と甲が見守る中で、玲、千代、虎正の女三人が姦しく話をしていた。ちょっと卑猥に、それぞれの想い人への心を乗せて、女達の話が、宵闇のしじまに流れていく。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...