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南海覇王為朝

日ノ本からの客 平家滅亡と源氏勃興

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 我が名は、西海竜王が嫡孫にして、渡辺弼が霊代。八幡玲である。
 為朝という男を気に入って、つまとしてからは、八幡というかばねを受けて、楽しい日々を送らせてもらっている。しかしながら、瘴気の澱みより生まれる、魔物を退治するは武家の習いなれど、なかなかに難しいものであった。



 瘴気の澱みを見つけて祓い、魔物を斃しては祓う。地道ではあるが、丹念にすすめていくしかない。大海原の広さに、祓われるはずの瘴気の澱みが探しきれぬほどに点在し、魔物を生み出している。環礁の周囲を含めた澱みの祓いは終わったものの、澱みの溜まる場所には、いつのまにか瘴気の溜まりが生まれていた。
  海原の流れに漂う瘴気が少しづつ溜まっていくのであろうか、祓っても祓ってもいつのまにか溜まっていく。かつて、かの国や日ノ本で、瘴気を川へ祓い、海へ祓って来たのは、散らしているだけで、祓えてはおらぬかもしれぬ。
  巡り巡って、瘴気が辿り着く先に、南洋の島々があるのかもしれぬなぁ、、、
「どうした、玲」
  ぼぉーっと、日ノ本からの船を眺めていた妾に、為朝が声をかけて来た。
  いや、久しぶりに日ノ本が話を聞くことになるなと思うてな。
「ははは、まぁ、面倒ごとでなければ良いがな」
  確かにの。



  日ノ本からか、紅字笹竜胆を旗として来たとなれば、一姫は、宗実をつまとしたのだな。虎正も無事で、難波より泉の大船「竜牙」が来るとなれば、なんぞあったにしても、かたはついているとは思うがな。



 「壬辰みずのえたつ」船を「武雷タケミカヅチ」に寄せて、三尺(1メートル)ほどの高低差を無視するように、一姫が飛び込んで来た。
「父様ッ」
 為朝の腕に飛び込んでいく。このあたりは幼き頃より変わらぬが、大きく育ったモノよ。六尺(180センチ)を越えていそうじゃ。為頼がおらぬところを見ると、伊豆衆は為頼が率いているようじゃな。
「どうじゃ、元気にしていたか」
「はいッ。父様も変わりなく、あたしにも、つまややが出来ました」
 振り返るようにして、船に手を振る。



 「壬辰みずのえたつ」の甲板上では、小柄な少年が、赤子ややを抱えていた。あたしは、舷側を大きく飛び出して、「武雷タケミカヅチ」から「壬辰みずのえたつ」へと舞い降りるように飛び降りた。
「ほぉ、元気な赤子ややじゃ、男の子かや」
「はい。玲義母様」
「名は、なんと付けた。宗実」
「千代丸です」
  ほぉ、幼い顔立ちをしておるが、凛々しく見事な面をしておる。可愛いの。頭を撫でようと、烏帽子の紐を解いていると。



  ドンッという音と共に、一姫が降って来て、
「玲母様。宗実はあたしのつまだ」
叫ぶのも可愛いかった。すっと、一姫の首筋を抱きしめると。
  おかえり、一姫。よく頑張ったの。
  そう言うと、一姫は、泣きそうになりながら、妾を抱き締めて来た。
「玲ッ」
  為朝の声が響く。
  為朝。「壬辰みずのえたつ」は、妾が連れていく。為朝は、虎正と共に参れ。
「玲」
 ほほほ、妾は、一姫を抱きながら、為朝へ笑いかけた。一年ぶりなのじゃ、ゆっくりしてくれば良い。



 一達の様子では、源平合戦は、源氏が勝った様じゃな。
 日ノ本を追われることとなったかや。
「いえ、玲義母様。一のお陰で、主上、三種の神器も、すべて平家が手で、京洛へと戻すことができました」
 出し抜いたか、それは見事な。
 源氏の大将は、頼朝ではあるまい、義仲か範頼か。
「玲義母様。鎮西将軍に範頼様、平家追討は、義経様でした」
 義経、、、牛若か、それは面倒であったな。
 あやつは、鞍馬衆の教え子じゃ。勝つことが優先されすぎておる。
 主上は、どうされた、配流か。
「はい、いいえ。典籍を廃され、臣下へと下り、建礼門院様、二位尼様と共に、伊豆三嶋への預かりとなりました」
 ほぉ、それでは、頼朝へは何も無しか
「はいいいえ、玲義母様。鎌倉へは、退位の奉還として」
 喜んだであろうな、頼朝は、
「うん。だけど、頼朝は、あたし等伊豆衆だけじゃなく、山鹿、松浦、渡辺を含めて「外ツ国勝手次第」を出したんだ」
 どういうことじゃ。
「玲義母様。かの国からの亡命が多く、上皇様も頼朝様も、金国より返還を求める使者、客人故、本人が帰りたいと言わぬ限り、強制はできぬと言い切ったのです」
 金国との戦になりそうなのか。
「どうだろ。そのあたりは、泉姐様が詳しいよ」
 わかった。まぁ、良い。歓迎の宴といこうかの。こちらの酒は、砂糖黍から故、甘いぞ。
「あぁ、行こうッ」
 帆をひらき、環礁にところどころ開いているいくつかの海道から、北の海道を抜けて環礁の中へと入った。船に並走するように、巣立ちを迎えたばかりのミズチ衆が、泳いでいる。
 かなりの数が、巣立ちを迎えたようじゃな。
「はい。女護島、嵯峨諸島母島から二百二十七名が巣立ちを迎えました」
 多いのぉ、そんなに連れて来ては、伊豆の方が足りないのではないか。
「大丈夫、玲母様。二百五十人は、伊豆に残って為頼に預けた。百人は、宗像に住まうミヅチ衆じゃ」
 為頼、妙様に変わりないか。
 しかし、宗像がミヅチ衆とはの。伊豆からも婿に出したのか。
「うん。元気元気、頼朝の御家人衆に入ってた。妙様は、相変わらず、元気に紬を造っていたよ。父様と玲母様にって持って来たから」
 おぉ、それはありがたい。このあたりでは、仕立てた服など手に入らんからの。
「宗像へ去年、五十人に巣立ちを頼んだから、今年は宗像から五十人の巣立ちを頼まれたの」
 ほぉ、松浦の本家が動いたか。
「伯父貴達に頼まれたって、泉姐様が連れて来たんだ」
 まぁ、大船とミズチ衆の相性はいいからの。
 帆走だけでなく、ミヅチ衆が曳航しての高速機動は、櫂で動かす早船など相手にならぬような高速で航行することができるし、湊へ着けるときに、ミズチに曳航させれば、船をあまり傷つけずに桟橋に着けることができる。
 宗像が護った、ミヅチ衆を引っ張り出したのであれば、松浦も帆無八丈を造るか。



 本来のミヅチは、人の姿に生まれ、ミヅチとして育つ者を言う。すべてのミヅチが、人の姿からミヅチになるわけではなく、生まれながらミヅチとして育つ者も増えて来た。女護島で、間引きの儀を差し止めて、間引かれるすべてのミヅチを含めて引き取ったことで、ミヅチ衆の数は、倍増していった。ミヅチ衆は海洋にあって、最強の強者でもある。人とミヅチが千もいれば、万の船であっても沈められよう。地上にあって騎馬ならば、海上にあってはミヅチとなる。



 海道を抜けると帆をたたみ、ミズチによる曳航を受けて、夏島へと「壬辰みずのえたつ」が寄港した。和泉松浦党の大船「竜牙」が、続いて寄港し、最期に遅れて、虎正の「庚寅かのえとら」が寄港した。



 しかし、日ノ本は、源氏が武家として、天下を取って、鎌倉に幕府を開いたか、、、
 しばらくは、日ノ本に近づきたくは無いのぉ。面倒事に、巻き込まれそうじゃ。為朝はどうするかの、頼朝からすれば、伯父貴となるがのぉ。



 宴は、南国の酒を蒸留した焼酎に、魚だけでなく、海豚や鯨、サメが食卓に上げられていた。酒を寝かせるほどには時間をかけれなかったので、ココナッツや椰子で割って供されていた。
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