琉球お爺いの綺談

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森の破壊、命の破壊

森の破壊、命の破壊01 命への挑戦は、人の夢か

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 森の破壊を象徴する、レバノン杉の御話を、「お爺ぃの一考」の中で、以前させていただきました。


 遺伝子複製の形で、「羊のドリー」が生まれたのは、1996年7月のことであった。人類が1953年に発見した、遺伝子の二重螺旋構造は、2003年に完了している。命への挑戦もまた、シュメールより始まる、自然から乖離する人へからの挑戦である。

 ギルガメッシュ叙事詩の時代、繁殖期における家畜の活動を抑えるために、去勢という技術を確立している。

 命への挑戦もまた、数千年の歳月をかけた、人間の自然に対する挑戦が生み出した流れである。

 これは、サラブレットを生み出した技術のように、動物だけでなく、植物の品種改良についても、基本的には同じだったりします。

 昔々のトウモロコシは、種の数は少なく、今のような種が多い植物ではありませんでした。長い歳月に渡る品種改良によって、実は大きくなり、種が多く改良されていったのです。

 倫理という考え方の中で、どこまでを認め、どこからを認めないのかは、立場や国によっても変わりますから、調整することの難しい課題となります。





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  ギルガメッシュ王の言葉、「人間と人間によって飼育された動植物しか残らなくなる。それは、荒涼たる世界、人間の滅びに通じる道だ」参考資料 安田喜憲. 森と文明の物語 ――環境考古学は語る。
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 自然と共棲するという模索の中には、様々な思いと、人の傲慢さが入り混じっている。

 数千年前は、湿潤気候が「緑のサハラ」を形成していたが、5000年前あたりから寒冷化が進み、雨が減って、川の沿岸へと人々が集まって都市国家を形成していった。乾燥化と砂漠化の流れは、定住した遊牧民族は、森を伐採していくことで、森の育成を阻害し砂漠化を加速させていったのである。

 シリアからレバノンへと流れる、アシ川とも呼ばれる、オロンテス川の流域は、緑豊かな森林が連なる、肥沃な土地であり、南北を走る谷沿いに流れる川は、農業地帯でもあり、交易路ともなっていた。流域にエブラ王国が栄えていた、森林に包まれていた王国の遺跡から粘土板が発掘され、周辺諸国家に対して、木材を輸出していくことで、富栄えていた。エブラ王国は、レバノン杉の交易拠点であったのである。火災で炭化した遺跡からは、レバノン杉の花粉の化石が、発見されたのである。現在、エブラ王国がかつてあった場所に、レバノン杉は一本も残っていないそうです。
 かつて存在したニヤ湖で、ボーリング調査をした結果、花粉の状態から、6700年前にはレバノン杉が伐採しつくされて、レバノン杉の森が消滅していたという結果が得られている。

 マリやバビロンといった周辺諸国家が、森林資源の枯渇が深刻化していって、日々の薪すら手に入らなくなり、困窮していく状況下にあった。チグリス・ユーフラテス流域では、海のかなたのインダス川沿岸から、木材を輸入していたのです。エジプトのトトメス三世が、シリアにあったニヤ湖畔で水浴びをしているシリア象を狩っていた話があるが、かれらの目的もまたレバノン杉にあったのである。クフ王のピラミッドから、43メートルの木造船が発見され、船の材料にはレバノン杉で造られていることも確認されています。

 レバノン杉は、伐採されつくしたレバノン山脈の片隅に、かすかに面影を留めている状況です。
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