ショタな未亡狐のツンデレ綺談

Ittoh

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瘴気祓い

理と情

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 講談師、見て来たように嘘を吐くものというが、真実が混ざってこそというのは、間違いないらしい。
 秦氏の長、照国が屋敷から、検非違使庁舎までは、一里(4キロ)程であり、馬ならば、四半刻(30分)程で到着していた。ほとんど真っすぐ東に出るって感じであった。東の左京が発達しやすく、西の右京が寂れるのは、東から西へ高低差があって、桂川の水系は、西へ向かって氾濫しやすかったのである。
 太秦の屋敷は、高台を築いて建てられていた。周囲には水路が走り、西に向かって広大な水田が拡がっていた。
「天神川までが洛中ということになるのか」
広がる水田を見ながら、綱が呟いていた。
 そうか、洛中は、都となるから、田も畑も作れないか、洛中から外れた桂川沿いに、水系を利用して用水路を確保して、田畑を拓いていたんだ。京洛の生命線は、この田畑と鴨川水系の東に広がる田畑ということになるか。綱の記憶を辿ると、鴨川水系の北は、上賀茂の社があり、下賀茂の社に至るまでは、同じように田畑が広がっていたが南へ下がり、鳥野辺あたりは荒地となっていた。そして伏見が見える辺りから田畑が続くようになっていた。
「鴨川の東、鳥野辺は陵が多いからな」
 そうか、墓か。
 検非違使庁舎で、厩に馬を引いていくと、馬を預けようとすると、保昌様も馬を預けに来られていた。
「ほぉ、馬か、よく揃えられたな、籠目紋は、晴明か」
馬具の籠目紋を見られ、尋ねられた。
「いえ、秦殿に揃えていただきました」
「ほぉ、西の受領か、馬二頭ともなれば、婿になったか」
顔を赤くして、
「はい、ですが、保昌様ッ」
誤解されるのは困る、、、綱が保昌を引き留めて言った。
「河原者がことで、願の儀で、、」
「よい。あまりに酷ければ文句もあろうが、照国が婿となれば、照国殿が決めよう」
「ですが、俺は、颯を」
「それもじゃ。颯自身が決めることじゃ、あれは一族が姫長ぞ」
そこへ、のんびりと馬を引いて、晴明がやてきた。
「おっと、これは都に名高い、絵巻物が主、源融が御血筋。浮名を流しておられるようで、京雀が噂しておりましたぞ」
「え。晴明殿。俺は、」
「心配はいらぬぞ、綱殿。信太から見えられた客人は、機嫌を悪うしておられますからな」
晴明が、葛葉の機嫌が悪い話をすると、綱は飛び出すようにして、
「え。真か、ご、ゴメン。保昌殿、晴明殿。穢れに触れてしまったのを忘れておりましたッ」
また、馬に鞍を乗せて、二人が呆れたように戯言を交わしながら、
「晴明。あまり弄るな、綱はまだ若い」
「いやいや、保昌殿。これから、増える一方となりましょうからな」
そんな二人の言葉を後ろに聞きながら、綱の方は、そのまま北へと上って行きました。

 増える一方かぁ、確かに、源融と言えば、源氏物語のモデルだったな。五十四帖の美女達が相手となれば、多いと言えるのかな。
「おい。それは、多過ぎだと思うけどな」
さてな。綱を欲しがっているのは、あやかしひとならざるものだけじゃないみたいだってことさ。
 検非違使庁舎から北へ上ってすぐ、晴明の屋敷が建っていた。
 屋敷に入ると、先日助けた女御狐、茜さんが出て来て、
「お久しぶりにございます。綱様。先だっては、お助けいただき、ありがとうございました」
「いえ、務めですから。あ、あの、葛葉様がご在宅ですか」
「お逢いしたいのですが、御取次願えないでしょうか」
「え。今は、北の対屋で、呑んでおられるかと思います」
「わかった」
とっと、とっとと、北の対屋へと向かっていた。本殿北の対屋ともなると、少し離れた、奥まった木々の中に建てられておりました。下草が覆い茂るようにして、進みにくくなっていたので、木から木へ跳び渡るようにして、対屋へと向かっていくと、飛んできた空の銚子に、枝を掴もうとする手を弾かれて、そのまま池に落っこちてしまった。
 バシャぁーん。水柱が上がって、結構深く、一間(1.8メートル)はある池に沈んだ。
 足が着かないので、顔を出して、立ち泳ぎを始めて、葛葉へ近づいていった。
「誰じゃ、おや、綱ではないか、水浴びかや」
「ゴメン、葛葉。池に落ちた」
「ほほほ、謝ってもらっても困るだけじゃぞ、綱」
池は北の対屋に近づくと、浅くなり三尺(90センチ)程となって、歩き始めた。
「国照殿から文を貰ったの、葛葉」
「そうじゃな、丁寧にの。娘凛殿が、綱の嫁となったと書かれておった」
池は、北の対屋が持つ縁側の下へ入り込むように造られていた。
「うん。婿になった。御免なさい」
「謝ってはならぬというに、綱」
苦笑するように、葛葉は言い繋げ、
あやかしひとならざるものがために、綱がしたことならば、妾が口を出すことなどできぬであろう」
そう言うと、寂しげに笑った。
 口に出せぬことと、自分の感情と言うのは、ままならぬものであるのだろう。秦氏が持つ力は強い。桂川の水利水運となれば、京洛から丹波亀岡にかけての物流や田畑にまで影響する。魔物が現れやすいのは、山や森となれば、秦氏にとては、検非違使に繋ぎがあるだけでも有利になる。あやかしひとならざるものにも川筋の整備や荷役といった仕事すら貰える可能性も出る。
 ただ、これは、ことわりでしかない。
「傍へ行ってもいいか、葛葉」
「前にも言うておる。妾は、綱がおなごじゃ。断りはせぬ」
でも、手を貸すこともないか。
「はぁッ」
縁側に手をかけると、水底を蹴って、自身の身体を持ち上げる様にして逆立ちから捻るようにして、縁側に降り立った。
えらく楽に飛べたと思ったら、水底がせりあがるようにして、亀が顔を出した。
「大丈夫じゃ玄武、妾の客人じゃ」
また、池に沈んでいった。
「天将達もここに居るの」
一条戻り橋に居るって言ってたけど、
「さすがに、屋敷の護りを無くすことはできぬ故、青龍、朱雀、白虎、玄武はここにおるよ。隠れておるがの」
十二天将の内、四人かぁ
「ねぇ、天将って、あやかしひとならざるものだよね。みんな葛城なの」
「いや。葛城なのは、ここにはおらぬよ。土蜘蛛じゃからな」
あやかしひとならざるものも一族が多いんだね。桂川で、蟲のあやかしひとならざるものに逢ったよ」
「蟲のぉ、梨華が、一番嫌いそうじゃな。蟲は、土蜘蛛に入っておるかのぉ。日ノ本に元からおるあやかしひとならざるものには、一族がわからぬモノも多い。どれも人が、鬼と呼んでしまうからの」
「でも、人とは、暮らしにくいよね」
等身大の蠅っぽいものを見たい人は、少ないだろうな
「爺ぃの蟲と言うたな、右腕が無かったかや」
「うん。無かった」
「そうか、それは、権爺じゃな。昔は信太に住んで居ったが、そうか桂川におったか」
「知り合いなの」
「権爺の腕は、妾が斬り落としたからの」
「ど、どうして」
あやかしひとならざるものにはの、死するとあやかしひとならざるものとなるものと、死しても変わらぬモノがおる。権爺は、人に戻るあやかしひとならざるものじゃった」
「人に戻る」
「そうじゃ、綱。蟲であった右腕を斬り落とすとな。死んでしまって人の腕に還ったのじゃ」
「じゃぁ、権爺は死ぬと、人に戻るってこと」
「そうじゃな。腕を斬られながら、人に戻った腕を見て、嬉しそうに、本当に嬉しそうに泣いておった」
「他にも、方法は無いの」
「無くは無いが、綱。何故、人に戻らねばならぬ」
「えッ」
 確かに、人と暮らすには、人の姿をしている方が良い。しかし、あやかしひとならざるものの身体になることを誤魔化しているだけだな。隠すことは、嘘を吐くことでもある。
あやかしひとならざるものとて、心は人と変わらぬ。騙せるならば、騙したいとも思うであろうな。しかし、騙しきることは難しいのじゃ。
 綱。死ねば、本性に還る。本性に還る姿で分ければ、妾は人ではない。本性に戻れば、妾など、ただの白狐じゃ」
「葛葉ぁ」
濡れた身体のままで、綱は、葛葉を背中から抱きしめてしまった。
「ほほほ、妾は良い。綱には、嘘を吐かぬ。嘘を吐かぬことの方が大事なのじゃ」
悔しそうな、葛葉の身体は、震えているようであった。
「ふふ。いかぬな。濡れた身体では、風邪を引くやも知れぬ。湯の用意をしようぞ」
女御姿で、控えていたモノ達が、大盥と水桶を運んできた。大盥を置くと、水を張った。
 葛葉は、衣を脱ぎ捨てると、裸になって、大盥に入った。ぽぉっと、蒼白くほのかに肌が煌いてしばらくすると、水が湯気が立ち上り、湯に変じたことが判った。
「ほれ、服を脱いで参れ、綱」
「え、うん、、、」
なんか、綱が、縮こまるようにして、大盥に入ると、温かな湯に包まれるように、葛葉がそのまま背中より抱きしめて来て、大きな胸乳おっぱいが、綱の背中にあたって、溢れるように淫らに、猛り立っていた。
「わかっておるのじゃ、綱。妾とてな、綱が、惚れてくれること、そして綱のように良きおのこには、おなごがほってはおかぬとな。で、国照が娘御はどうであったのじゃ。醜女と言う噂であったが、嘘であったのであろう」
「え、んー。どうなんだろう」
綱が悩んでいた。世間一般って言っても、平安時代だし。
「ねぇ、葛葉。俺の中に、『胡蝶の夢』って記憶があるのは知っているよね」
「あぁ。貴斗と言う御仁であろう」
「貴斗の記憶だと、凛は、金色の髪で碧い瞳をした美人の絵姿になると思う」
金髪碧眼の美少女。しかも肌は日ノ本の女性みたいにしなやかに絹のような身体をしてた。
「金の髪に碧い瞳か、かなり西方の血じゃな」
「うん」
平安期の彼の国は、本当の意味で、最先端の技術と多くの人種が住まう国家だった。秦氏は、秦の王族とも言われてたみたいだし。
「秦氏ならば、どのような血が混じっておってもおかしくは無いの。かつて彼の国を統一した王族じゃ」
「始皇帝の一族なの」
「そうじゃな、始皇帝が嫡男、扶蘇の娘麗羅が蒙恬の子雷と共に、海を渡ったのが、秦氏の始まりじゃ」
「詳しいね、葛葉」
「彼の者が、海を渡って逃げる時に、妾の村へ紛れ込んだのじゃ」
「桃源郷に入った人か、一緒に村を出たの」
「そうじゃな。蒙雷が、海を渡るまで一緒に逃げておった」
「葛葉ぁ、その雷って人、、、」
「ほほほ、妾の最初の男じゃよ。麗羅に惚れておったから、あまり抱かれることは無かったがの」
「葛葉ぁ」
向き直るように綱は、葛葉の大きな胸乳おっぱいを手に弄るようにして、顔を埋めていった。
「綱。これ、そう暴れるでない。湯を撒き散らしてしまう」
綱の動きが、大盥の湯に波を打たせて、溢れ散って周囲を濡らしていた。
「湯を造るのは、大変なの。葛葉」
「水の中では、狐火が使えぬからの」
「鉄壷を使うと、できるかな」
「どうじゃろ、鉄に触れると、狐火は消えてしまう故」
鉄に触れると、消えるか、、、壷だと熱が伝わり難い。薪で囲うようにして、薪を燃やすか、、、灰。
「灰を使えば、狐火を灯せるかな」
「どうであろうな、試してみるか。綱」
「うん、、、でも、葛葉ぁ、、、」
「ほんに、可愛いおのこじゃ、綱」
綱と葛葉は、そのまま、キスを交わし、貪り合うように睦逢って時を過ごした。
昂ぶり喘ぐように、淫らにイき果てるように抱かれた葛葉は、
「ほんに、妾の中で暴れる様は、嵐のようじゃな、綱」
綱が嫉妬するように、葛葉の嫉妬もまた、心が為すものか。
まぁ、人の心は、解らぬものか。まして、女はなぁ、本当にわからないモノだ。
「褥の中でも、頑張るね、葛葉」
「ほほほ、妾の身が保つかのぉ、、、」
 笑って、機嫌を良くした葛葉は、盥に灰を引いた鍋を置いて、女御狐に狐火を灯させると蓋を締めた。しばらくすると、盥の水が沸騰するくらいに熱を持っていった。
 これが、御狐勧請灯篭の始まりであった。
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