タオティエ・トゥアン

藤和

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第四章 裏取引

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 ツーヨウが城で色々と嗅ぎ回る様になって暫くした日の事。見ようによっては兎王よりも派手な服装なのでは無いかと言う、ある高官に声を掛けられた。

「やぁ、ツーヨウ君。元気してるかね?」
「これはこれはシャオ様。何か御用でも?」

 このシャオと言う高官は、ユエに呪いを掛けていると言う疑惑がある者達の内の一人だ。
けれども、その疑惑を察知している事を匂わせる風も無くツーヨウはシャオと和やかに取り留めのない話をする。
 ふと、シャオの首から掛かっている、色鮮やかな緑色の玉に目が行った。

「シャオ様、随分と素晴らしい玉をお着けになっていますが、どこからの献上品ですか?」

 そう問いかけると、シャオは豪快に笑って答える。

「ツーヨウ君は知っているかどうか知らないが、市井に随分と目利きの出来る娘が居てね。その娘から買った玉だよ」
「へぇ、随分と良い目利きが出来る子なんですね」

 そう言えばシャオは玉が好きな様で、随分と色々な所から集めていた筈。
これだけの玉を持ってくる事が可能であると言う事と、尚且つこの城に出入りをしていると言う条件を鑑みるに、市井の目利きが出来る娘というのはおそらくマオの事だろう。
ツーヨウは一瞬、マオの事を話題に出そうとしたが、留まった。
もしかしたらマオと顔見知りである事は知られない方が色々とやりやすいかもしれない。そう思って。

 その後、何故かシャオから夕食に誘われ、ツーヨウとリエレンはシャオの部屋を訪れていた。
城の中の一室なので部屋の作りが豪奢のは当たり前なのだが、気にするべきは出された料理だ。
兎王が食べている物よりも豪華な料理が食台の上に並ぶ。

「いやはや、良いんですかね。
僕がこんな豪華な料理食べちゃって」
「私が招いた客人なのだから勿論構わないさ。
ほら、酒もどうだ?」
「あ~、僕お酒は苦手なんで、お酒だけは遠慮しますね」

 随分と機嫌の良いシャオとそんなやりとりをしていると、側に居たリエレンが小声でツーヨウに言う。

「何か裏があるぞ」

 ツーヨウは手で『わかっている』と言う意思をリエレンに伝える。
 たわいのない話をしながら食事をする事暫く、些か酔った様子のシャオがツーヨウに言った。

「ツーヨウ君は兎王が直々に呼び出した呪術師とのことだが、兎王のお付きになる気はあるのかな?」

 何かを探っている。そう感づいたツーヨウは、手をひらひらさせながら、おどけた様子を見せながら答える。

「いやいや、僕程度の呪術師じゃ兎王様のお付きなんてとてもとても。
市井で僕が売ってるお守りがあんまりにも胡散臭いんで、暫く城に置いて監視するつもりなんじゃ無いですかぁ?」
「おお、あの噂で聞く玉のお守りか」

 ツーヨウの言葉に、シャオは笑い声を上げ杯を空けた後、鋭い目つきでこう言った。

「ツーヨウ君、きみ、『タオティエ』だね?」
「証拠は?」
「その喋る狼だ」

 この流れは、兎王の時と同じだ。
この後何を言ってくるのか、あくまでも笑顔を崩さぬまま、ツーヨウはリエレンと目配せをして待つ。

「兎王は、ツーヨウ君がタオティエだって事を知っているのかな?」
「どうなんでしょうね。
訊かれた事無いですよ?」
「ふむ……」

 ツーヨウの言葉が真実かどうか、探る様にシャオが視線を送る。
それから、こう言った。

「良かったら私の元に来ないかい?
そうしたら兎王よりも良い待遇でもてなそう」

 シャオの言葉に、リエレンは鼻先でツーヨウの脚に触り、『こいつがユエを呪っているのだろう』と言う意思を伝える。
噛み付いてこの場で始末するか? そう視線で問いかけてくるリエレンの目を手で覆い隠し、ツーヨウが笑顔で、しかし目は笑わないまま答える。

「そうですね、兎王様よりも良い待遇にしてくれるなら。
どんな仕事を依頼されるおつもりで?」

 酔っているせいか冷たい視線に気付かずに、その言葉だけに満足した様子のシャオがこう言う。

「実は、兎王お抱えの占い師……ユエというのだが、君は会った事が有るかね?」
「いえ? 僕みたいなみすぼらしい呪術師がそんな高貴なお方に会えるはず無いじゃないですか。
その方が何か?」

 真実を全て覆い隠しすっとぼけるツーヨウに、シャオは顔を赤くし、怒りの籠もった口調で言葉を吐き出す。

「そのユエという占い師を始末して欲しいのだよ」
「なんでです?」
「あの女のせいで、私が汚職をしていると言う話が兎王に行き、降格させられたのだ」

 シャオの言葉に、ツーヨウはリエレンの頭を撫でつつ、口をとがらせて訊ねる。

「実際の所汚職はなさってたんです?」
「まぁ、してはいたのだが、誰にも迷惑は掛けていないぞ!
不当な扱いだ!」

 迷惑を掛ける掛けないの問題では無いだろうと思わず呆れるが、それをおくびにも感じさせずツーヨウは言葉を返す。

「そう言う事でしたか。
僕で良ければ依頼を承りますよ」

 にやりと笑うツーヨウを見て、シャオは上機嫌だ。
勿論、ツーヨウの腹の内など知るよしも無い。

 それから城の中を色々と嗅ぎ回る事数日、ツーヨウはシャオに呼び出され、ユエをまだ始末出来ないのかと言われた。

「そんなに素早くやれって言われても、僕程度の呪術師じゃあの占い師に敵わないんですよ~」

 へらへらと笑ってそう言うツーヨウに、シャオが脅す様に詰め寄る。

「ならば、『タオティエ』ならどうなんだ?」
「どうというのは?」
「『タオティエ』ならあの女に敵うのかと訊いているのだ」

 シャオの言葉に、ツーヨウは口元をつり上げる。

「勝てますね」
「ならばタオティエになってあの女を始末しろ!」
「はいはい。今なりますよ」

 腕から青銅の腕輪を外し、額に当てる。
すると腕輪は仮面へと化し、ツーヨウは巷を騒がせているタオティエそのものになった。

「あまり変わった様には見えないのだが……まあいい。
早くあの女を始末してこい!」

 そう言うシャオの鳩尾に、すかさずタオティエの拳がめり込んだ。

「な……何……」

 少年の物とは思えない程の重い拳を喰らい、シャオは状況を理解する間もなく意識を失った。

 気絶したシャオが運ばれたのは、兎王の居る玉座の間。

「正義の味方が悪人を捕まえてきたよ~。
褒めて褒めて」

 そう言ってタオティエは縄で巻いたシャオを、兎王の前に放り投げる。
冷たい石の床に転がったその衝撃で目を覚ましたシャオが、タオティエを見て喚き出す。

「何故お前がこんな事を!
私の仕事を受けたのでは無かったのか!」

 その言葉に対し、タオティエは意地悪そうに、にやにや笑いながら答える。

「ごめんね~。
『ツーヨウ』君は守銭奴だからお金積まれれば何でもやるけど、僕ちゃんは正義の味方だから、お金積まれても悪い事出来ないんだぁ~」

 そんなやりとりをしている二人を見て、兎王が厳しい声で言った。

「シャオ、お前がユエを呪っていたのか?
正直に答えよ」

 シャオは何も答えない。
そこにリエレンが近づき、牙を向けて言う。

「答えろ。
それとも答えずに死にたいか?」

 それにすくみ上がったシャオは、確かに自分はユエの事を呪術師に呪わせた、けれどもユエに呪いを掛けているのは自分だけでは無いと、情けない声で答えた。

「呪っているのはシャオだけでは無い……と?
タオティエ、他にそれらしい人物は居るのか?」
「何人か居ますよ~。
ただ、最初に接触を取ってきたのがこのおっさんってだけで」

 タオティエの言葉に、兎王は難しい顔になる。

「ふむ、それでは、シャオを始めとしてユエに呪いを掛けている人物に制裁を加えてはくれないかな? 『正義の味方』殿」
「そうですね、正直ツーヨウではあの邪気に対処出来ないんで、僕がやらざるを得ないですね。
ただし、呪い返しの為には贄が必要です」
「贄とな? 何が必要だ」
「玉と……」

 タオティエはちらりと、仮面の奥で笑みを浮かべながらシャオを見て、言葉を続ける。

「人柱です」
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