タオティエ・トゥアン

藤和

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第五章 自由

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 タオティエは早速呪い返し用の玉を確保する為に、兎王にマオを呼びだして貰った。
自分の兄達が採ってきた玉が王への献上品になるとは思っていなかった様子のマオが少し怯えては居たが、マオが持って来た玉の中から霊気の籠もった物をタオティエがいくつも選び出し、一旦兎王に献上する。
 兎王はマオを別室で休ませる様に部下に言いつけ、マオ達が姿を消した所でタオティエに玉を渡した。

「これで呪い返しが出来るのだな?」
「そうですね。人柱のセッティングはもう出来ていますので。
あ、兎王様も立ち会いますか?」
「ああ、邪魔で無ければ」

 そうして、タオティエ達はユエの部屋へと向かったのだった。

 ユエの部屋では、柱に括り付けられたシャオと座り込んだユエが居た。

「ユエちゃ~ん。これから楽にしてあげるね」
「……タオティエ様……」

 タオティエがマオに玉の手配をする前に、一旦ユエの元に来て占いをして貰い、犯人の割り出しをしては居たのだが、その後マオが玉を持ってくるまでずっと邪気が渦巻く中に居て不安が募っていたのか、ユエの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
 タオティエはまず、琅玕と呼ばれる深く、それでいて透き通った緑色の玉をユエに持たせる。
そして次に、シャオの足下に幾つか白っぽい玉をばらまいた。

「それじゃ始めるよん」

 軽い口調とは裏腹に、タオティエは真面目そうに一旦口を結び、呪文を唱え始める。
すると、部屋に蔓延っている邪気が渦巻き始めた。
邪気はユエだけで無く、兎王やタオティエにも鋭い刃の形を取り、向かってくる。
その邪気を、リエレンが唸り声と遠吠えでシャオの方を向く様にけしかける。
 邪気が蠢き、緊張が高まる中タオティエが呪文を唱え始めて暫く、シャオの足下にばらまいた玉が光を放ち、邪気を吸い込み始めた。
 これで呪いの処理は終わりかと、ユエが安堵した様な表情を見せたが、その直後、玉から黒いもやが吹き出し、上に居たシャオを包み込む。
そしてリエレンが遠吠えを上げると、シャオを包んでいたもやが消え去り、残ったのは粉々に砕け散った玉と息絶えたシャオだった。

「これで呪い返しは終了です。
ユエちゃん、良かったね」

 呪い返しの儀式で疲れたはずなのに、その様子も見せずタオティエがそう言うが、ユエは身をこわばらせて答える。

「有り難うございます。
でも、犠牲者を出さずに呪い返しは出来なかったのでしょうか……?」

 自分を呪っていた相手の命が奪われる事にさえ、罪悪感を感じている様なその問いに、頭を掻きながらタオティエは気まずそうに、しかしはっきりと答える。

「ん~、実は、ユエちゃんの所に来てた呪いって言うか邪気?
あれね、人を十回以上殺せるくらいの量だったんだよね。
だから、いくら僕の力を持ってしても、人柱無しで上手く返すのは無理だったかな~?」
「それじゃあ、呪いが返った相手は、やっぱり……」
「良くて即死、悪くて、痛くて不自由な身体を引きずったまま生きる事になるかな?」

 残酷にも思えるタオティエの説明に、ユエは顔を曇らせ、俯いてしまう。
そんなユエに、兎王が宥める様に優しく声を掛ける。

「そんな顔をするな。自分を殺そうとした奴の事など気遣う必要は無い。
それに、お前はこの国にとって大切な人間なのだぞ」
「はい……」

 罪悪感を感じるユエに、宥める兎王。二人のやりとりを聞きながら、タオティエはさりげなく、素知らぬ顔で仮面を外し、ツーヨウへと戻っていた。

「それじゃあ兎王様。報酬の話なんだけど」

 この話だけは絶対に外せない。そう言った様子のツーヨウ。

「ああ、タオ……じゃない、ツーヨウ。
褒美に何が望みだ?」

 安心しきった兎王に、ツーヨウはこう言う。

「兎王様気付いてるかな?
ユエちゃんの魂魄ってね、凄く綺麗なの。
僕それが欲しいな」

 にやりと笑って言われたその言葉に、兎王は顔を青くする。

「そんな、ユエの命はやれない。
ユエはこの国を治める為の占いを担っているんだ。
ユエを喪うのはこの国にとって痛手だ」
「そっかぁ、難しい問題だねぇ」

 慌てる兎王の様子を見て、それからちらりとユエを見たツーヨウがユエに訊ねる。

「ユエちゃん、僕と一緒になる気は無い?」
「え? 一緒にと言うのは……?」
「僕の伴侶になるってこと」

 ツーヨウの言葉に、ユエは顔を真っ赤にし、兎王は安堵の表情を浮かべる。

「なんだ、そう言う事か。
私はてっきりツーヨウがユエを殺す物だとばっかり。
私としてはユエとツーヨウの婚姻には反対しないぞ」
「そうですかぁ~。
じゃあユエちゃんは僕が連れて行きますね」
「連れていくな! お前もここに留まれ!」

 兎王とツーヨウのやりとりを聞いていたユエは、暫く俯き、初めて会った時から何かと自分の事を気にかけてくれていた事を思い浮かべた後、ツーヨウの方を向いてこう言った。

「あの、私はこの国を背負っているので、ツーヨウ様に付いていく事は出来ません。
でも、いつか私の後継が見つかって、その後なら、私はツーヨウ様と一緒に……」

 瞳を潤ませてそう言うユエの言葉に、兎王も後継が見つかった後なら。と言う。
二人の言葉を聞いたリエレンが、ユエに念を押す様に言う。

「迂闊にそんな事を言って良いのか?
ツーヨウが本気にしたらどうする?
こいつは手段を問わないんだぞ」
「構いません!
……ただ、後継が見つかってからとなると、私はもうその時にはおばあちゃんだと思いますけれど、それでも良ければ」

 自信なさげなユエの言葉に、ツーヨウがその手を取り、優しく笑って返す。

「おばあちゃんになったって、ユエちゃんはユエちゃんでしょ?
何も変わらないよ」
「……後継が見つかる前に、死んじゃうかもしれませんよ?」
「その時は多分僕も死んでる。
そうしたら、生まれ変わってからユエちゃんを伴侶にするよ」

 強い芯の通った声で言い、全く折れる気配の無いツーヨウ。
その傍らからリエレンがユエに言う。

「こいつは何年でも、何十年でも本気で待つぞ。
本当に良いんだな?」

 ユエは返事を言葉にせず、力強く頷く。
そんなツーヨウ達のやりとりを見ていた兎王は、困った顔をしてこんな事を言う。

「それなら、早くユエの後継を見付けなくてはな。
私としても、世話になった者にいつまでも褒美を渡さないというのは些か気持ちが悪い」
「やったー! 兎王様公認!」

 おどけながら喜ぶツーヨウに、リエレンが釘を刺す。

「あくまでも後継が見つかったらの話なんだからな。
過剰な期待はするな」
「わかってるって。
それじゃあ兎王様。僕達そろそろ他の街に行きたいんで、良いですかね?」

 ずっと城に引き留められていてこの街に飽きたのか、ツーヨウがそう言うと、兎王は苦笑いをしてこう返す。

「そうだな。
今日は疲れただろうから明日の朝ここを発てば良い」

 そう言う兎王の言葉に甘え、一晩泊まった翌日、ツーヨウ達は街を出た。

 それから数年が経った。
大人になったツーヨウは、鏡樹娘々に授けられたタオティエへと変身する能力も既に返上し、普通の呪術師として街を渡り歩き、生活していた。

「そこのお兄さん、お守りどう?
よく効く気がするお守りだよ~」

 正義の味方として働く事は無くなったが、代わり映えの無い日々。
その中でふと耳に入った噂話。
 兎王が新しい占い師を見付けたというのだ。
しかし、こう言った噂は今までに何度も流れているし、その度に期待を裏切られていた。

「ツーヨウ、また行くのか?」
「ユエちゃんと約束したからには、事実確認しなきゃでしょ。
また兎王様の所に行くよ」
「懲りない奴だな」

 そんな日々を繰り返して。
ツーヨウがユエを娶れたかどうか、それは誰も知らない話だった。
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