ある魔法使いのヒメゴト

月宮くるは

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第一章

第九話

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 数分後、麻袋に詰め込まれた野菜と、別の包み布が巻かれた正方形の箱を持ったセイランがルピナスの元に戻ってくる。明らかに荷物が増えているセイランに対し、ルピナスが「何それ?」と首を傾げると、セイランは困ったように苦笑した。

「お弁当、夕飯にしてって」

「……そっちは?」

「これは……、ノユキさんからの依頼のお品物だよ。今度はノユキさんからニアさんに」

「こんなに?」

「うん。あ、ノユキさんは悪くないからな? おれが自分で言ったんだ」

 重そうに肩から下げている麻袋を見ながら訝し気に目を細めるルピナスに対して、セイランは麻袋を隠すように身を捩じらせた。セイランが自分で言ったことはルピナスにも聞こえていた。「ニアさんに持っていくものはありますか?」と、自ら進んで話も振っていた。

 それにしても量が多いように見えるが、セイランの方はさして気に留めていないらしい。体格も良いし、この程度ならば持ち運ぶのも造作ないのだろう。

「で、あんたは? どこか行くところあるなら今度はおれが手伝おうか?」

「そう? じゃあ付いてきてもらおうかな?」

 と、ルピナスはひらりとセイランの前に出ると、町の中央に向かって歩き出した。セイランもその背中を追いかけて歩き出す。ルピナスは住宅街を抜けると、町の入り口付近にあったある建物に入っていく。その背中を追おうとしたセイランは、その前にちらと建物から吊られていた看板に目を向ける。そこに書かれていたのは「INN」の三文字。セイランは首を傾げながらも、入って行ってしまったルピナスを追いかけて建物に入る。

「今日、空きありますか?」

「うん? んん? あれ、ちょっ、ちょっといいか?」

 先に入っていたルピナスは、すでに宿屋のカウンターの前にいた。そこで宿の店主に向かって部屋を取ろうとしているのを見つけて、セイランは慌ててルピナスを止めてカウンターから一度離れさせる。

「用事、は?」

「うん、用事だよ」

「……?」

 まるでセイランの方がおかしいとでも言わんばかりのルピナスの態度に、セイランの首の角度がくくくと傾く。対してルピナスはローブで隠れていた腰の袋から一枚金貨を取り出した。

「ほら、ボクのせいで遅くなっちゃったからさ。宿代、ボクが出すよ。本当は泊まる予定のお仕事じゃなかったんでしょ?」

「そう、だけど……」

 確かにルピナスの言う通り、本来なら日帰りで十分間に合う仕事だった。それが森の中であんなことがあったせいで到着が遅れてしまった。もちろん宿を取る予定なんてなかったため、セイランにとってルピナスの申し出は嬉しくもあった、が。

「まさかこの時間なのにリリィエに戻るなんて言わないよね? セイランは確かに強いみたいだけど、こんな時間に出歩くのはよろしくないと思うけどなぁ」

「でも、」

「安心してよ。別の部屋だから」

「それは当たり前だけど」

「あ、はい」

 同じ部屋になんてされたら、間違いなく一睡も出来ない。あんなことをしてくるような相手と、あんな先天術を使うような男と好き好んで同室になるほど甘くはない。セイランが気にかけているのは、そこではない。

「金、大丈夫なのか?」

 シーズは小さな町ではある。大きな町の、それこそリリィエの宿に比べたらそこまで値は張らないが、それでも宿代というのは安くはない。自分より年下に見えるルピナスが二人分の宿代をぽんと出せるのか、出せたとしても、それで所持金が底をついたりしないかをセイランは気にかけていた。

「あぁ……、平気だよ。そんなこと気にしないで?」

「そう、か?」

 ルピナスはセイランの問いに対して、「そんなことか」とでも言うように軽い調子で答えた。それは本当に金銭面に問題はないような様子で、セイランも大人しく引き下がる。思えばあのローブの素材も良いものだったし、もしかするとルピナスはどこかいい家の人間だったりするのだろうか。なんて不確かなことを妄想しながら、改めてカウンターに向かうルピナスの背を見送る。

「えー……お部屋は一緒で?」

「はい、同じ部屋でだいじょ」

「いえ、別々で」

「えー?」

「あんた、自分で数分前に別の部屋にするって言わなかったか?」

 目を離した隙に勝手に部屋を同室にしようとしたルピナスの言葉を咄嗟に遮る。不服そうに唇を尖らせるのを無視して、セイランは先に店主から部屋の鍵を受け取った。結局ルピナスとは少し離れた場所の部屋となったが、セイランは特に何も気にせずに部屋のある二階に向かって階段を上ろうとした。

「すぐ行くの?」

「……疲れた」

「どうして?」

「あんた記憶喪失なのか?」

「んふふ、ならここで言っていいの?」

 そもそも、シーズに着いた時点で別行動をするつもりだったセイランにからしてみれば、ここまで一緒に行動する理由はなかった。遅くなったのも、疲れたのも、目の前にいる悪戯っぽく笑うこの男のせい。その桃色と視線を重ねると、あの瞬間のことを思い出してしまう。それも全部わざと思い出させているように思えて、セイランは羞恥で熱がこみ上げる顔を隠そうとそっぽを向いた。

「……」

「冗談だよ、ボクはご飯食べよっと」

 そんなセイランの心情を知ってか知らずか、ルピナスは軽い足取りで宿内の飲食店に向かって消えていった。その後も数分その場で立ち止まってしまっていたセイランは、不意に顔をあげ首を左右に振ると今度こそ二階に向かう。

 気のせいだ。ルピナスと目を合わせた瞬間に、体に過った衝動。体の芯は疼くような感覚なんて、気のせい。同室にしていたら、またしてくれたのかな、なんて。考えてなんかいない。

 セイランが逃げるように部屋に飛び込んだ頃、階段の死角に隠れていたルピナスは、セイランが部屋の戸を閉じる音を聞いて静かに嘆息する。

「……記憶喪失、ね」

 そんなルピナスの呟きは、誰の耳にも届かず、人々の喧騒の中に消えていった。

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