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第三章
第二十八話
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柔らかくて温かくて、心地がいい。セイランが目を覚ましたのは、そんな質のいいベッドの上だった。確実に死んだと思っていたのに、と生きていることに驚きつつセイランはゆっくりと瞬きをした。
しかし、またしても気を失ってしまった。ルピナスと出会ってここ最近、普通に眠った記憶がほとんどないような気がする。例に従ってまた知らない天井が広がっている。そしてまた例に漏れず起きた瞬間痛みが襲う。これまでと違うのは、その痛みが今まで以上に強いことくらいだった。
「セイラン? 気が付いた? 良かった、どこか痛む?」
目覚めた瞬間に、同じ部屋の中にルピナスがいるのも変わらない。最初は目覚めた時にこの男がいることに不安を感じていたのに、いつの間にかルピナスがいることに安心するようになっていた。セイランはベッドサイドに座っていたルピナスが心配そうに見つめてくるのを見上げる。どうやらルピナスは怪我などはしていない様子で、意識を失う直前と変わらない容姿をしていた。どうなったのか分からないが、どうやら無事だったらしい。
「……ここは?」
「最初の目的地の旅人の宿だよ」
ということは、あの森を抜けたのか。ルピナスはまだぼんやりとしているセイランの額に手のひらを当てたり、うなじに指を当て脈を測ったりしてセイランの体調を気にかけていた。そんなルピナスの手を、セイランはそっと掴み、ほんの少し自分の方に引き寄せた。何か伝えたいことがあるのかと察したルピナスが、引かれるままに身を寄せ「なぁに?」と優しく声をかける。
「依頼、破棄しよう?」
「……は?」
ルピナスの耳に、ほんの微かに聞こえたのは、そんな震えた声だった。思わず低い声をあげたルピナスはすぐさま椅子から立ち上がり、セイランの体を転がし強引に仰向けにすると、ベッドに乗り上げて馬乗りになり、両肩を押さえつけながら髪の毛が頬を撫でるくらいの近さで顔を突き合わせた。
「いっ、……ぅ、」
「痛い? だめだよ。ボクが納得するように説明してくれるまで退かない」
かけられた体重の重みで背が悲鳴を上げている。堪えきれずセイランが顔を歪めても、ルピナスは退けるどころかより強く肩を押した。セイランを真っすぐに見下ろすルピナスの桃色は完全に据わっており、逸らされる気配はない。怒っていると感じ取ったセイランは、その圧に気圧されそうになりながらも必死に詰まりそうになる言葉を吐き出す。
「おれは……、あんたを騙してたから、おれには、あんたの護衛を務める資格なんてないから……!」
「納得できない、騙された覚えはないけど? そもそも今回エンジェルリーパーを通ることになったのはボクらが道を急いでいたせいだ。にも関わらず、お前は危険を承知でボクらの旅路を優先し、ボクらを守るために怪我をした。これ以上ない、立派に護衛の役割を果たしてくれてたじゃん」
セイランの首が弱弱しく左右に動く。本当は、本気になればルピナスを押し返すことくらい容易だった。体格差はもちろん、単純な腕力もセイランの方が何倍も上手である。それを分かっていながら、セイランはルピナスを無理矢理振り払おうとはしなかった。むしろセイランは体から力を抜いて、苦しそうに唇を噛んだ。
「……セイラン?」
様子がおかしいことに気づいたルピナスの手が肩から離れていく。そっぽを向いたままこちらを見ないセイランの表情を見ようと、片目を覆っていた赤毛を横に流す。セイランの瞳は、今にも泣きだしそうに揺らいでいた。それを見たルピナスの手が、ぴたりと動きを止める。
――言わなきゃ。
ルピナスと出会って、たった三日。それだけの時間でルピナスは、セイランにとっての「特別」に変わっていた。特殊な出会い方をしている時点で最初から特別であることには間違いないが、それ以上に、ルピナスは特別だった。だからこそ、セイランはルピナスに自分の秘密を言えなかった。
でも、もう逃げられない。
「おれ、魔法が使えないんだ」
「……」
「威力が低いとか、そういうんじゃなくて、ぜんぶゼロなんだ。火も水も風も、何も、全然つくれない。赤ん坊以下、なんだ」
「…………」
「それなのに、なぜか変な先天術だけが使えた。おれの先天術、治す力なんだよ。……気持ち悪いだろ? きっと、ミハネさんも、それを知ってたら、おれなんかに依頼しなかった。だから、おれは二人を騙したんだ」
ルピナスは何も言葉を返さなかった。どんな顔をしているのか、怖くて見ることも出来なかった。「魔法」とは、壊すための力である。すべての魔法の発想の原点はすべて、壊すこと。それなのに、セイランが使う先天術は治すことだった。破壊と対象の位置にある、創造の力。セイランの先天術を知っている人々は皆、総じてその力を気味悪がった。さらにそれ以外の魔法まで全く使えないと来たら、誰もがセイランを見下した。……たった一人を除いて。
だからセイランは魔法が使えないことを隠して生きてきた。知られたらその瞬間、避けられると分かっているから。
だから、ルピナスに言えなかった。言いたくなかった。
「……この近くの町に、別のギルドがある。そこで代わりの護衛を見つけてくれないかな……、おれなんかと、行けないだろ?」
「…………う、よ」
「ルピナス?」
ルピナスを見れないまま、セイランはぽつぽつと言葉を紡ぎ続ける。すると、ルピナスが細く弱弱しい声で何か呟いた。初めて聞く弱い声に、セイランはようやくルピナスを見上げた。そこにあったルピナスの表情は、想像も出来なかったものでセイランは言葉を失う。
これまでずっとどこか余裕をちらつかせながらも隙の無い、そんな顔をしか見せなかったルピナスの表情が弱弱しく歪んでいた。そこには、悔しさや悲しさ、そんな負の感情が混ざり合っているように感じられた。
「違うよ。だましてるのは、ボクの方。ボクが……」
「……ルピナス?」
セイランが恐る恐るもう一度呼びかけると、ルピナスは口をつぐむ。そのまま何も言わず、ベッドから降りるとセイランに背中を向けた。
「……知ってるよ、お前が魔法使えないことなんて」
「……へ?」
「ボクはお前が魔法を使えないことを分かっていて、それでもお前を護衛に選んだんだ。それを踏まえて、一晩、もう一度ゆっくり考えて欲しい。……ごめんね、おやすみ、セイラン」
それだけ言い残して、ルピナスは部屋を出ていった。暗い部屋に一人残されたセイランは、もう一度「え?」と小さく声を零す。
知っていた? 分かっていて依頼した? 理解できない言葉が、ぐるぐるとセイランの頭の中を駆け巡る。どういうことかと聞こうにも、聞くべき相手はすでにこの部屋を去っている。
「……おれ、まさかまた何か忘れてるのか?」
空虚に問いかけても、当然何も返っては来ない。ルピナスがいなくなったことで目に入った月の明かりが眩しくて、セイランはベッドの中に潜り込む。
思えば、一人で眠るのも久しぶりか。そう思うと、急にルピナスがいないことが不安になる。それから目を逸らすように、セイランは目を閉じ丸くなる。
考え直す必要なんてなかった。最初から、本心ではないのだから。
「おれだって、叶うのならもっとあんたといたいよ……」
ルピナスの前では堪えきれた涙が、溢れてくる。セイランは一人、制御しきれない不安定な心を抱えたまま、いつの間にか眠ってしまっていた。
しかし、またしても気を失ってしまった。ルピナスと出会ってここ最近、普通に眠った記憶がほとんどないような気がする。例に従ってまた知らない天井が広がっている。そしてまた例に漏れず起きた瞬間痛みが襲う。これまでと違うのは、その痛みが今まで以上に強いことくらいだった。
「セイラン? 気が付いた? 良かった、どこか痛む?」
目覚めた瞬間に、同じ部屋の中にルピナスがいるのも変わらない。最初は目覚めた時にこの男がいることに不安を感じていたのに、いつの間にかルピナスがいることに安心するようになっていた。セイランはベッドサイドに座っていたルピナスが心配そうに見つめてくるのを見上げる。どうやらルピナスは怪我などはしていない様子で、意識を失う直前と変わらない容姿をしていた。どうなったのか分からないが、どうやら無事だったらしい。
「……ここは?」
「最初の目的地の旅人の宿だよ」
ということは、あの森を抜けたのか。ルピナスはまだぼんやりとしているセイランの額に手のひらを当てたり、うなじに指を当て脈を測ったりしてセイランの体調を気にかけていた。そんなルピナスの手を、セイランはそっと掴み、ほんの少し自分の方に引き寄せた。何か伝えたいことがあるのかと察したルピナスが、引かれるままに身を寄せ「なぁに?」と優しく声をかける。
「依頼、破棄しよう?」
「……は?」
ルピナスの耳に、ほんの微かに聞こえたのは、そんな震えた声だった。思わず低い声をあげたルピナスはすぐさま椅子から立ち上がり、セイランの体を転がし強引に仰向けにすると、ベッドに乗り上げて馬乗りになり、両肩を押さえつけながら髪の毛が頬を撫でるくらいの近さで顔を突き合わせた。
「いっ、……ぅ、」
「痛い? だめだよ。ボクが納得するように説明してくれるまで退かない」
かけられた体重の重みで背が悲鳴を上げている。堪えきれずセイランが顔を歪めても、ルピナスは退けるどころかより強く肩を押した。セイランを真っすぐに見下ろすルピナスの桃色は完全に据わっており、逸らされる気配はない。怒っていると感じ取ったセイランは、その圧に気圧されそうになりながらも必死に詰まりそうになる言葉を吐き出す。
「おれは……、あんたを騙してたから、おれには、あんたの護衛を務める資格なんてないから……!」
「納得できない、騙された覚えはないけど? そもそも今回エンジェルリーパーを通ることになったのはボクらが道を急いでいたせいだ。にも関わらず、お前は危険を承知でボクらの旅路を優先し、ボクらを守るために怪我をした。これ以上ない、立派に護衛の役割を果たしてくれてたじゃん」
セイランの首が弱弱しく左右に動く。本当は、本気になればルピナスを押し返すことくらい容易だった。体格差はもちろん、単純な腕力もセイランの方が何倍も上手である。それを分かっていながら、セイランはルピナスを無理矢理振り払おうとはしなかった。むしろセイランは体から力を抜いて、苦しそうに唇を噛んだ。
「……セイラン?」
様子がおかしいことに気づいたルピナスの手が肩から離れていく。そっぽを向いたままこちらを見ないセイランの表情を見ようと、片目を覆っていた赤毛を横に流す。セイランの瞳は、今にも泣きだしそうに揺らいでいた。それを見たルピナスの手が、ぴたりと動きを止める。
――言わなきゃ。
ルピナスと出会って、たった三日。それだけの時間でルピナスは、セイランにとっての「特別」に変わっていた。特殊な出会い方をしている時点で最初から特別であることには間違いないが、それ以上に、ルピナスは特別だった。だからこそ、セイランはルピナスに自分の秘密を言えなかった。
でも、もう逃げられない。
「おれ、魔法が使えないんだ」
「……」
「威力が低いとか、そういうんじゃなくて、ぜんぶゼロなんだ。火も水も風も、何も、全然つくれない。赤ん坊以下、なんだ」
「…………」
「それなのに、なぜか変な先天術だけが使えた。おれの先天術、治す力なんだよ。……気持ち悪いだろ? きっと、ミハネさんも、それを知ってたら、おれなんかに依頼しなかった。だから、おれは二人を騙したんだ」
ルピナスは何も言葉を返さなかった。どんな顔をしているのか、怖くて見ることも出来なかった。「魔法」とは、壊すための力である。すべての魔法の発想の原点はすべて、壊すこと。それなのに、セイランが使う先天術は治すことだった。破壊と対象の位置にある、創造の力。セイランの先天術を知っている人々は皆、総じてその力を気味悪がった。さらにそれ以外の魔法まで全く使えないと来たら、誰もがセイランを見下した。……たった一人を除いて。
だからセイランは魔法が使えないことを隠して生きてきた。知られたらその瞬間、避けられると分かっているから。
だから、ルピナスに言えなかった。言いたくなかった。
「……この近くの町に、別のギルドがある。そこで代わりの護衛を見つけてくれないかな……、おれなんかと、行けないだろ?」
「…………う、よ」
「ルピナス?」
ルピナスを見れないまま、セイランはぽつぽつと言葉を紡ぎ続ける。すると、ルピナスが細く弱弱しい声で何か呟いた。初めて聞く弱い声に、セイランはようやくルピナスを見上げた。そこにあったルピナスの表情は、想像も出来なかったものでセイランは言葉を失う。
これまでずっとどこか余裕をちらつかせながらも隙の無い、そんな顔をしか見せなかったルピナスの表情が弱弱しく歪んでいた。そこには、悔しさや悲しさ、そんな負の感情が混ざり合っているように感じられた。
「違うよ。だましてるのは、ボクの方。ボクが……」
「……ルピナス?」
セイランが恐る恐るもう一度呼びかけると、ルピナスは口をつぐむ。そのまま何も言わず、ベッドから降りるとセイランに背中を向けた。
「……知ってるよ、お前が魔法使えないことなんて」
「……へ?」
「ボクはお前が魔法を使えないことを分かっていて、それでもお前を護衛に選んだんだ。それを踏まえて、一晩、もう一度ゆっくり考えて欲しい。……ごめんね、おやすみ、セイラン」
それだけ言い残して、ルピナスは部屋を出ていった。暗い部屋に一人残されたセイランは、もう一度「え?」と小さく声を零す。
知っていた? 分かっていて依頼した? 理解できない言葉が、ぐるぐるとセイランの頭の中を駆け巡る。どういうことかと聞こうにも、聞くべき相手はすでにこの部屋を去っている。
「……おれ、まさかまた何か忘れてるのか?」
空虚に問いかけても、当然何も返っては来ない。ルピナスがいなくなったことで目に入った月の明かりが眩しくて、セイランはベッドの中に潜り込む。
思えば、一人で眠るのも久しぶりか。そう思うと、急にルピナスがいないことが不安になる。それから目を逸らすように、セイランは目を閉じ丸くなる。
考え直す必要なんてなかった。最初から、本心ではないのだから。
「おれだって、叶うのならもっとあんたといたいよ……」
ルピナスの前では堪えきれた涙が、溢れてくる。セイランは一人、制御しきれない不安定な心を抱えたまま、いつの間にか眠ってしまっていた。
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