ある魔法使いのヒメゴト

月宮くるは

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第三章

第三十話

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 暗い森の中を走り抜ける三人の背後、追っ手が迫る。相手は有名ギルドの魔法使いである。そう簡単に振り切れないであろうことは覚悟していた。ルピナスとミハネは時折背後と、周囲の木々に向けて魔法を放ち、追っ手の行く手を阻む。相手の魔法使いたちの標的はあくまでセイランであるようで、放たれる魔法のほとんどはセイランに向けたものだった。セイランは飛び交う火球や足元を掬おうとする風を避けることで精一杯で、二人のように反撃する余裕はなかった。だというのに、ルピナスとミハネは人数差をものともせず、相手の五人を圧倒していた。

 二人の魔法の威力は、明らかに常人を卓越していた。特に、ルピナスの使う魔法の威力はそこいらの魔法使いが可愛く見えるほどのもの。ほんの数秒間魔力を溜め、地を指した人差し指をくいと上に持ち上げる。たったそれだけで、ルピナスは直線状の地面を隆起させる。それは一部分だけでなく、ルピナスの正面、直線五十メートルほどを木の背を超えるほどの高さに一瞬で持ち上げ、その周囲を土埃で充満させる。

 同時にミハネは自らが起こした風を回転させ、その場で竜巻を作りあげる。その竜巻はルピナスの魔法で舞った砂や石を巻き込み、小規模な砂嵐を生み出す。

「今ならこちらを視認できないはず、今のうちに身を隠しましょう」

「えー? 口封じしちゃだめなの?」

「だめに決まってるでしょう。本当に手配されてどうするんです? さ、これを着てもらっていいですか、セイランくん」

「え? あ、はい……」

 あれだけの魔力を消費しておきながら、ルピナスもミハネもどちらも全く消耗していない様子だった。さりげなく理解できないことが増えて、セイランの頭の中が疑問で満たされる。

 誰が、どこから見ても、この二人に護衛なんて必要ない。むしろ本当にセイランの方が二人に守られている。

 ミハネは寝着のまま飛び出してきてしまっていたセイランに服を渡し、その場で手早く着替えさせる。最後にバンダナで目元を隠していた前髪を上げさせると、ミハネはその上から一枚ローブを背中から被せ、フードも被せる。普段ルピナスが着ていたものと同じローブ。違うのはサイズくらいで、あの高級そうな質感が肌に触れる。

「とりあえず、夜が明けるまでにこの森を抜けられるといいけど……、リンドウ? って言ったっけ? あのギルドがある町からは離れたいよね」

「あ、それなら……、おれ、月の位置で方角分かる、よ。リンドウは、ここから西南の方角にある。反対側に抜けるなら、北東に行くことになるけど……、森の深部の方に向かうことになるから、森から抜けるのが遅くなるかな……」

 この辺りなら、まだ依頼でよく来る範囲内であるし、昨晩経路を練るために地図を何度も見たため地形は頭に入っていた。ルピナスはその情報を聞いて、「んー」と唸りながら何か考え込む。口元に手を当てながら、ルピナスはセイランの目を深く見つめてきた。ルピナスの視線は観察するようなもので、セイランは思わずたじろいだ。

「セイラン、体は平気? 結局宿でも休めなかったでしょ? 夜通し森を歩く体力ある?」

「え、あ、それなら、平気だよ。おれ、体が丈夫なことだけは取柄なんだ」

 予想に反し純粋な心配を寄せられ、セイランは戸惑いながらも笑顔を作った。宿で十分に休めなかったことは、実際その通りである。ここ数日、普通に目覚めた覚えがないのと同時に、普通に入眠した覚えもない。セイラン自身はあまり自覚していないが、疲労は溜まっているのかもしれない。

 だが、体が丈夫だというのは建前ではなく本音だった。人より体力はある方だし、動ける方だという自信はある。

 セイランはまだ心配そうにしているルピナスの隣をすり抜けて、ミハネが持っていた荷物を受け取った。大剣を背負い、他の荷物を肩にかける。そして二人の前に立って、先を進もうと促した。ルピナスとミハネはさりげなく視線を交わし、それぞれセイランの左右について道が分かるセイランをサポートする態勢に入る。ルピナスはセイランの隣で小さく「無理だけはしないでね」と囁いた。セイランは肯定の意を持たせて、ルピナスに向けて笑ってみせる。それから反対側についたミハネを見て、セイランはふと首を傾げた。

「……あれ?」

「どうしたの?」

「そういえば、なんでミハネさんまで……」

「おやセイランくん、フードはもう少し深く被らなければお顔が見えてしまいますよ」

「あ、どうも……ありがとう、ございます……?」

 ミハネはあからさまにセイランの言葉を遮り、にこにこと笑いながらセイランのフードをなおす。ルピナスが自分を手助けしてくれるのは分かる。初めて会った時からやけに馴れ馴れしかったこともあるが、それ以上にルピナスは自分について何か知っている風だった。それなりに深い関係も持っているし、先ほどのあの言葉のこともある。ルピナスがセイランに対し何か特別な感情を持っているのは、セイランにでも分かった。

 しかし、ミハネに関しては一昨日出会って、依頼をされて、昨日少し旅をしただけの間柄。先ほどはそれどころではなかったから考える余裕もなかったが、そもそも何故あの場で店主かリンドウ側につかなかったのか。普通は、手配人だ、なんて言われたら、驚いて「自分は無関係だ」と言って助けを求めるものではないのか。ミハネはあの時、それと真逆の行動をした。

 それに。

 やたらと、ルピナスと親しげに見えるのは気のせいではない、気がする。

 セイランが一番気にかかっているのはそこだった。いっそ、自分よりも近しい間柄のような気が、しなくもない。それがセイランの中で小骨のように引っ掛かり、飲み下せずにいた。

 ……何故だろう。ルピナスとミハネの距離の近さを感じる度に、息が詰まってしまう。指先がぴりと痺れて、もやっとしたよく分からない感情がこみ上げる。それが何という感情なのか、セイランには分からなかった。そんなことを感じたのは、ルピナスが初めてだったから。

「ところで、私に何か?」

「いえ……ミハネさん、いつからおれのことセイラン『くん』って呼んでたっけな、って思っただけです」

「あ……、申し訳ありません、私としたことが……」

「あぁ、いえ! いいんです!」

 セイランは適当なことを言ってはぐらかし、肩からかけていたバッグから地図を取り出すと、木々の隙間から差し込む月明かりを頼りに方角を確かめながら先を急ぎ歩きだす。二人が時間を稼いでくれたのだから、ここで自分が迷うわけにはいかない。思えば、ここまで手助けをしてくれた人に「なんで着いてきてるのか」なんて聞くのは、失礼だ。ミハネに聞きそびれたことはそのまま聞き返さないことにして、セイランは気を持ち直す。

 本当は少し気を抜くとふらついてしまうこと、軽く力を込めるだけで半身が痛むこと。それらがルピナスとミハネに気付かれないように。セイランはそれがルピナスが忠告した「無理をすること」だとは、露も思ってはいなかった。そうすることが、セイランにとっての当たり前だったから。

 そして空がほんの少し明るくなり、周囲の見通しがよくなる頃。夜通し森を進み続けた三人はようやく木々の間を抜け、舗装された道が遠くに見える開けた草原に出た。ここまで追っ手と遭遇することもなく、無事に振り切れたことを安堵するのも束の間、我慢を続けたセイランの体は遂に限界を迎え、その場で力なく座り込んでしまう。

「セイラン! どうしたの? どこか痛む?」

「う、んっ……ごめん、平気だから、行かなきゃ……」

「だめだよ、動いちゃだめ。辛いんでしょ? 汗すごいよ? ごめんね、気づいてあげられなくて」

 素早くセイランに手を差し出し倒れる前にセイランを支えたルピナスは、重力に従い段々と落ちていくセイランの体をゆっくりと床に横たえ、自分の手を枕にさせる。寝転がっているのに目眩が酷く、視界がぐらぐらして視線が定まらない。歩くどころか、今は立つことすら出来ないであろうことは一目瞭然だった。ルピナスはセイランを気にかけながら、渋い顔でミハネと視線を交わす。

 セイランはもう限界である。どこかで一度しっかり休ませなければいけない。しかし、今現在見えるのは草原と森だけ。近くの町に行こうにも、セイランの手配書がどこまで出回っているのか分からない。安心して一日休息を取れるのか、行ってから調査して駄目だった場合、この状態のセイランを連れて他の町を探して動き回ることになる。当然そんなことをしている余裕はない。

「……ミハネ」

「大丈夫ですよ。セイランくんが頑張ってくれたので、間に合ったようですから」

 セイランには聞こえないように、ルピナスはミハネを見上げなら呟く。その声は普段のルピナスからは考えられないような幼い不安げな声だった。セイランには決して見せない、弱い表情。対してミハネはクスリと穏やかに笑うと、その視線をあげる。ルピナスもその目が見つめる先に顔を向ける。その先に見えたのは、魔物を使役し馬のように走らせている幌馬車が一台。遠くからこちらに向かって草原を駆けていた。
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