ある魔法使いのヒメゴト

月宮くるは

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第三章

第三十二話

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 馬車の車輪が絶えず回っている、馬車独特の音。肌に感じるのは、馬車が揺れる振動。荷台に寝かされているセイランの体も、馬車が揺れるのに合わせて積荷と一緒にカタカタと揺れていた。そんな中でも、セイランは深く眠り込んでいた。いつかのように服を枕にして、小さく身を丸めて眠るセイランの赤毛を細い指先がくぐり抜けて行く。

 伸ばしっぱなしで毛先がくると巻いた癖毛、暖かみのある茶色が混ざった強すぎない赤色。ルピナスはセイランのすぐ隣に座り、肌触りの良いセイランの赤毛を延々と撫でていた。その表情は、心配そうにセイランを覗き込んでいた。

 幌馬車はミハネが大きく手を振るのに応え、近づいて馬車を止めた。そこで弱っているセイランに気付き、シャムロックまで送って行くと荷台に乗せてくれたのだった。セイランは「それは申し訳ない」と断ろうとしたが、この幌馬車のそもそもの目的地がシャムロックであり、「気に留めることはない」と御者に言われ、ミハネとルピナスに「ここは好意に甘えよう」と押され、セイランは渋々ではあったが頷き、シャムロックまで送り届けてもらうことになったのだった。

 この幌馬車は週に一度出ている、シャムロックへ資材の劣化対策のための、特別な梱包材を運搬している馬車だ。さらに馬ではなく、使役する魔物に走らせることで夜間にも魔物を恐れず夜通し走ることが出来る、魔物の脚であるため速度も速い、という特別な馬車だった。当然運転できるのは魔物を使役する先天術を使える人間に限られるため、誰でも乗れるわけではない。それが偶然にも目の前を通りかかった。まるで、誰かが今日この朝、ここを通ることを知っていたかのように。

 セイランとルピナスを荷台に乗せ、ミハネは運転席の隣に座り、馬車に揺られ数時間。最初は落ち着かず起きていたセイランは、いつの間にか眠っていた。ルピナスは片時もセイランの側を離れず、ゆっくり寝顔を眺めたり、自分も少しうたた寝をしたりして、今はセイランの髪を弄びつつ、セイランを見守っていた。

 ミハネはうまく御者を丸め込んでいるようで、その会話がルピナスにも聞こえてくる。どうやら明朝からあんな場所にいた理由はぼかすことに成功したらしい。また、この御者は昨日の昼過ぎに出発し、その後ずっと幌馬車を走らせていたようで手配書のことは全く知らない様子だった。これだけの時間が経っても気づいていないようだし、本当に知らないのだろう。

 幌馬車の後部から見える景色。流石に魔物の脚だけあって速度が出ている。この速さ、最初にセイランが想定したルートより随分と早く着きそうな勢いだ。通常の経路だともう二日はかかるはずだったが、今日中にも到着しそうなほどの勢い。

「……大丈夫、想定外のことは起きたけど、まだ順調だ」

 ルピナスのか細い独り言は、自分に言い聞かせているような声色だった。その声は、車輪の音にかき消され、誰にも届かない。分かっていながら、ルピナスは小さく「大丈夫」と呟く。膝を抱えて、左手は相変わらずセイランに触れていた。少しだけ開いた唇が、静かな寝息を吐き出している。どうやら呼吸は落ち着いたらしい。その下唇に、指の腹を触れさせる。柔らかくて、温かい。

 ほんの数十分前まで、セイランはひどくうなされている様子だった。体が強ばり、汗が滲んで苦しそうに眉間に皺を寄せ、荒い呼吸を必死で繋いでいた。今にも呼吸の仕方を忘れてしまいそうなセイランに、ルピナスはただ寄り添うことしか出来なかった。悪夢を見ていると、すぐに察しがついた。

 今にも壊れてしまいそうなセイランを見ていられず、ルピナスはそっと頭を撫でて繰り返しその名前を呼び続けた。そうしていると、幸いにもセイランは安定し静かな寝息を立てるようになった。

「……ん、んん……む、う?」

「あ、起きた?」

 ルピナスがひたすら下唇を指で挟んでふにふにと遊んでいると、セイランが唸りながら瞳を開いた。ルピナスはセイランが起きたからといって素早く手を引っ込めるようなことはなく、むしろ人差し指で軽く唇を押し上げる。起きて早速口を塞がれ、セイランはキョトンとして目をぱちぱちを瞬かせる。視線を下ろしてルピナスの指が触れていることに気づくと、セイランは驚いてばっと身を起こし素早く後ずさりをしていく。背中が積荷触れて止まるまで遠退いたセイランは、口を尖らせてルピナスを上目に睨んでいた。

「ふふ、何もしてないよ?」

「……」

「そんなことより、セイランお腹すいてる? ほら、これ御者さんがさっきお昼にってくれたんだ」

 セイランの疑わし気なジトッとした視線をルピナスは笑って誤魔化し、傍らに置いていた器を持ってセイランに近づく。結局、セイランは昨日の夜から何も食べていない。セイランが眠っている間にルピナスとミハネは御者と共に朝食と昼食を摂っていたが、起こさない方がいいだろうということでセイランの分は別に取っておいた。揺れでこぼれないように深めの器に入れ、冷めないようにルピナスが定期的に魔法で温めておいたため、器に入っているスープはまだ温かい。

「食べられる?」

「……食べる」

「はーい」

 湯気の立つそれを見て、セイランは急に空腹を思い出す。食欲には抗えず、素直に頷いたセイランの正面でルピナスは膝を折り、木製のスプーンと一緒に器を差し出した。

「あったかい……」

「……うん、あったかい方が、美味しいでしょ?」

 セイランは両手で器を受け取り、ぽつりと呟いた。その一言が孕んでいるのは、温もりへの感嘆ではない。その逆の感情だった。それを察したルピナスは、わざと明るく振舞ってみる。

「そう、だな。いただきます」

「召し上がれ、ボクが作ったわけじゃないけど」

 セイランはそんなルピナスの振る舞いを察したのか、追及することは避け、「いただきます」と手を合わせる代わりに頭を下げた。それからスープを口に運び出すセイランの隣に、ルピナスは再び腰を下ろす。そして腰を下ろすや否や、体を捻りジッとセイランを見る体勢になる。
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