ある魔法使いのヒメゴト

月宮くるは

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第四章

第四十話

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 ルピナスとミハネがただの研究仲間だと知って落ち着いたはずのモヤモヤが、またセイランの中を巣食っていく。ルピナスの瞳の先に浮かぶ虚像を見ていられなくて、セイランはそっとルピナスの隣を離れ、一歩一歩と後ずさる。

「……ぁああァッ!」

「ヒェッ、え」

 その瞬間、ルピナスは大声を張り上げて額を手摺に叩きつけた。突然のことにセイランはびくっと肩を跳ねさせて、目を丸くしてルピナスの背中を見つめる。ルピナスはそのまま「はぁーっ」と深く深く息を吐き出した。かと思うとギュルンと振り向いてセイランと視線を合わせる。ルピナスは何故かムッとした表情で、強い眼差しをセイランに向ける。

「自分の口下手が嫌になる! クソか! セイラン一発殴って!」

「ええ……ルピナスの首吹っ飛んじゃわないか?」

「加減する気ゼロか」

 詰め寄ってくるルピナスに戸惑い、セイランは困惑したままもう一歩後ずさる。すると、踵が壁にぶつかった。ルピナスは自分を落ち着けるように再び大きく深呼吸する。ルピナスの中でどんな感情の変化が起きているのか全く読めないセイランは、ただただルピナスの一挙一動を見守っていた。

「……セイラン、今はボクが何を言っているか分からなくていい。絶対にいつかすべて分かるから。ただ、これだけ知っていて欲しい。お前が不安そうな顔してるのは嫌だから」

 ルピナスは静かに一歩一歩とセイランとの距離を縮めてくる。逃げ場のないセイランは、壁に背中を預けて不思議と逸る鼓動を感じていた。ルピナスは少し高い位置にあるセイランの目元に片手を伸ばし、その目を覆う。それから踵を上げて背伸びをすると、セイランの耳元へ口を寄せた。

「ボクは絶対にお前を諦めないから」

 どこか、聞き覚えのあるセリフ。以前にもそんなことをルピナスから言われたような気がする。ルピナスはそれだけ告げて、耳元から口を離した。言葉の意味は、セイランには分からなかった。それでも、遠回しに「心配するな」と、そう言われている気がした。

 ――それなら、「ある人」って、おれのこと?

 セイランの頭が疑問で満ちていく。でもそれだと辻褄が合わない。ルピナスの話だと「ある人」は何かしらの先天術で苦しんでいるということではないのか。セイランに誰かの先天術がかけられている感覚はなかった。強いていうなら、それこそルピナスにかけられたものくらいだが、それを解くために研究を始めたなんて時間が合わない。ルピナスと出会ったのはセイランにとって最近のことなのだから。それ以外で先天術なんて、助けるなんて言葉を使われるようなことに、セイランは心当たりがなかった。自覚がないだけ、なのだろうか。

「……? ルピナス……?」

 声は聞こえなくなったのに、いつまで経っても視界が解放されずセイランは首を傾げた。手を当てられているだけなので、少し動けば離れられはするが、ルピナスに何か意図があるのかもしれないとセイランは動かずにルピナスを待つ。

 数秒後、ルピナスは黙ってその手を退けた。セイランはそれに従って、閉じていた瞼を開く。その視界を覆ったのは、眼前に迫ったルピナスだった。

「っ、……、……ん、っ!」

 ルピナスはそのままセイランの唇を塞ぐ。背伸びをしていたルピナスは体を倒してセイランに全体重をかけてくるものだからセイランもそれを突き飛ばすわけにもいかず、かといって避けるわけにもいかず、素直にルピナスを受け止めて、開いた瞳をまた閉ざす。ルピナスはセイランが逃げないのをいいことに、両手を上に伸ばし、セイランの頭を捕まえる。そしてより繋がるためにより足を浮かせたつま先で立つ。フラついてもセイランが受け止めてくれることを知っているルピナスは体を触れさせながら、強引にセイランの首を折り下を向かせる。

 舌で唇を開かせて、熱い口内に侵入していく。逃げていくセイランの舌を追いかけて口づけを深くすると、セイランは微かにルピナスの肩を押した。構わずルピナスはそのままセイランの上顎を舌先で擽り、それを拒むために誘い出されたセイランの舌を絡めとる。絡まる唾液の音が、静かな空間に響いている。そんな深いキスを知らなかったセイランは、どうすればいいのかも分からずルピナスに蹂躙されるがままとなる。

 吐息も唾液も熱くて、触れ合った体が暖かくて、胸がドキドキして止まらない。ルピナスは楽しそうに上顎、舌の付け根と弄び、舌と舌を絡み合わせたりと存分に堪能していく。それだけのはずなのに、セイランは少しずつ足の力が抜けていくのを感じていた。最後にルピナスが舌先を軽く吸って、口を解放した瞬間、がくんと膝が折れ、セイランはその場に座り込んだ。

「……っ、は、……ぁ、ん、」

「真っ赤だね、かわいいなぁ。ちょっと刺激強かった?」

 腰に力が入らなくて立ち上がれない。飲み込めなかった唾液が、唇を濡らしている。顔が熱くて、ルピナスの方を見れない。セイランが座り込んだことで体重を預けていたルピナスはセイランの上に座っていた。そんなルピナスは余裕そうに笑いながら、ぺろと自らの唇を舐める。その頬には、セイランと同じように熱が籠っていた。

「さっきお預けくらったからね。今度こそって思って……」

「ん、……む、口、くすぐったい……」

 ルピナスの舌が上顎をなぞっていた感覚がまだ残っている。片手の甲を口に当てて、熱と羞恥で溶けた瞳を揺らすセイランを、上に座っていることで今度は自分の方が高い位置になったルピナスが見下ろす。

「……セイラン」

「ん……? っ、ん!」

 一言名前を呼んだかと思えば、ルピナスは今度は真上から口元の手を退かし、また唇を重ねる。呼吸のために半開きのままだった唇はルピナスの舌を拒む間もなく侵入を許してしまう。

 まだ唾液の残る口内をルピナスがなぞっていく。歯列、歯茎と至るところを遊びまわり、セイランに微かな熱を与えていく。上顎を燻る感覚は、口内に男を受け入れていた時のものに似ていて、唾液が絡まる音が耳を犯していて、脳が勝手に口づけを快楽と認識していく。

「ん、……っ、む、ぅ……んッ」

 ルピナスの手が耳を撫でる。それすらも気持ちよくて、じわじわとした毒のような快感が体を侵していく。呼吸が苦しくなる頃、ルピナスはそっと口をあげた。興奮で糸を引く唾液が、二人を繋ぎ、ぷつりと途切れる。荒くなった呼吸で肩を揺らす二人の視線が重なる。お互いにまっすぐに見つめ合い、それを合意と見なしたルピナスの手が、セイランに伸ばされる。

「セイランくーん! 聞こえますー?」

「っ、あ!」

 ルピナスの手が触れる直前、聞こえた声にセイランはハッとしてフードを被り咄嗟に赤くなった顔を隠す。ルピナスは伸ばしていた手を戻し、ため息をつきながらフードの上からセイランの頭をポンポンと撫でる。

「はぁー……、忘れてたなぁ……、ごめんね?」

 ルピナスは渋々といった様子でセイランの上から退き、ミハネの声がした方を探し始める。セイランは黙って膝を折り、体を丸める。どうやらしばらく立ち上がれそうにないようだ。

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