ある魔法使いのヒメゴト

月宮くるは

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第五章

第五十話

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 王都の側にある小高い丘。傾斜に立つ木々の間で身を隠しながら、ルピナスとセイランは王都に偵察に向かったミハネの帰りを待っていた。王都を一望出来る丘から見える限りでは、王都はいつも通りの賑わいを見せていた。東西南北に都に入るための門があるが、当然全ての場所で関門が行われている。道中の関所は地下道を通ることで無視出来たが、あれを避けるのは難しいかもしれない。

「ん、なんだ、あれ……?」

 セイランは丘から見える二つの関門のうち、西側を見ながら首を傾げた。合わせてルピナスもそちらを見る。そこには複数の魔法使いの集団がいた。三十、四十人はいるだろうか。どこかのギルドの人間だとしても、あんなに大人数で行動するような仕事なんてあるだろうか。セイランが疑問を感じていると、ルピナスが眉間に皺を寄せながら言葉を返す。

「国の徴兵だよ。国中から力のある魔法使いを集めてるんだ」

「なんでそんなこと……、……あ、もしかして、おれが戦争を扇動した、から?」

 これから戦争が起きるからだとしたら、あんなに大量の魔法使いが王都に集められているのも納得がいく。ルピナスはセイランが発した言葉に一瞬だけ目を細めるがすぐにセイランに気づかれないように表情を隠す。

「表向きはそういうことになってるね。でもお前は扇動なんてしていない、そうでしょ?」

「……うん」

「この戦争を起こそうとしている重罪人は、他にいる」

 ルピナスは強く言い切って、王都の中に消えていく魔法使いの集団を眺めていた。徴兵がなされているというのなら、すでに王都の中にはもっと大量の強い魔法使いたちがいるのかもしれない。セイランは不安で震えそうになるのを堪え、フードを深く被り、マフラーとバンダナで顔を覆う。

 敵の懐に飛び込むことになるというのは、ルピナスも言っていた。しかし、まさかこんなに大量の魔法使いを相手にすることになるとはセイランは思ってもみなかった。もし、この王都で自分の正体がバレたら。一体何人の魔法使いに追われることになるのだろう。ここまで自分をほう助してきたルピナスとミハネはどうなるのだろう。言いようのない恐怖が胸を覆う。

「セイラン」

「っ、……ルピナス?」

「大丈夫だよ」

 ルピナスはただ一言、セイランに向けて微笑んだ。これまでも、ずっとそうだった。ルピナスの瞳は、セイランの全てを見透かしているようで、セイランが求めていた言葉を的確に与えてきた。シャムロックの図書館では、「自分は世界で二番目にセイランのことを知っている」といったことを話していたが、セイランには自分よりも、自分のことを知っているような。そう思えてならなかった。

「……なぁ、ルピナス」

「なーに?」

「もし、王都を無事に出られたら、聞きたいことがあるんだ」

 ルピナスはセイランの真っ直ぐな瞳にキョトンとした顔をするが、それが真面目な言葉だと察したルピナスは笑って「何でも聞いていいよ」と返した。

 あの日、森で出会った日。セイランにとっては、それがルピナスとの初めましてだった。だが、ルピナスにとっての初めましては、もっと以前のことではないのか。

 ――ルピナスは、父さんに拾われる以前のおれを、知っているんじゃないか。

 それがセイランの疑問だった。知らないのならそれでいい。ただ、もし知っているのだとしたら。自分はそれを知るべきなのかもしれない。それはセイランが知りたいからという理由よりも、ルピナスのために知るべきだからという理由の方が強かった。明るく振舞っているルピナスが時折セイランに見せていた陰のある表情。あれは、自分がルピナスについて大切な何かを忘れているからなのではないか。そう思えてならなかった。

「……セイラン、ミハネが出てきた。少し奥に隠れよう」

「ん、分かった」

 入って行ったのとは違う、南側の関門からミハネが出てくるのを見つけたルピナスは王都から見えない森の奥に隠れるようにセイランの手を引いた。二人が動くと、側で控えていた三匹もついてくる。王都から死角になる位置でミハネが戻るのを待つ。ミハネは追われていないことを確認しながら、数分かけて合流地点へと戻ってきた。

「お待たせしました。恐らく追われてはいないはずです」

「お疲れ、で? 何か情報は得られた?」

 ミハネは二人の元へ着くや否や、ため息をついて木の根元に座り込んだ。敵の懐に一人で飛び込んできたのだ。相当な緊張状態だったのだろう。ルピナスはそんなミハネに地下の深層水を汲んできた水筒を差し出しながらも、間を置かずに詰め寄っていった。

「まず目的の品ですが、どうやら本当に数日前にシャムロックから王の命によって王都に運び込まれているようです。場所は恐らく、王立研究所の地下でしょう。それから、当たり前ですが関門の入都検査はかなり厳重ですね。セイランくんがあそこを通るのは難しそうです。強引に入れたとしても王都の中は魔法使いがウヨウヨしていましたから、見つかれば間違いなく袋の鼠、でしょうね」

「ふむ、まぁ予想通りだね」

 ルピナスはミハネの報告を聞きながら口元に手を当て何か考え込むように眉をひそめた。二人の会話はもうセイランが割って入れる領域を超えていた。セイランはこれまで仕事で多少はリリィエの外に出ることはあったが、それは魔法が使えずともなんとかなる範囲内だけ。王都にまで来るのは初めてだった。シャムロック周辺までなら何とか地図も持っていたが、ここまで来るともう地図も用意していない。

 一方でルピナスとミハネは王都周辺について十分に把握しているようで、その場で地図もなしに王都の構造と周辺の地形から王都に侵入する方法を話し合っていた。二人は王都周辺の自然生成物はもちろん、王都の内部まで完璧に暗記しているようで、「北の関門の先には酒場が多く集められた魔法使いの溜まり場になっているかもしてない」、「南の関門はこの丘から様子見が可能だが、南が関門の側に見張り台があり不法侵入には目を光らせている」など議論していた。

「……まぁ、癪だけど使うしかないよね。セイラン、王都への進入路を伝えるから、よく聞いて。分からなかったら何でも聞いて?」

「進入路、あるのか?」

「こういう国の重役がいるような場所には一部の人間しか知らない脱出口が用意されているものだよ」

 ルピナスはミハネのバッグから一枚の紙と、ペンとインクの一式を取り出しセイランを手招いた。ルピナスは紙の真ん中に一つの大きな円を描く。その円は、王都を指していた。それからルピナスは紙の中に東西南北の関門と、現在地の丘、目的の王立研究所の位置に印をつける。最後にルピナスは北北西の位置にバツをつける。

「ここ、北の関門の側に隠し通路の進入路がある。ここから繋がる通路はもし敵に侵入された際にも逃げられるように入り組んでいて、王の居城や、直属の魔法使いの屋敷などに繋がっている広く複雑な通路になっている。そしてこの通路は目的の王立研究所にも繋がっている。ボクらが研究所に侵入できるルートは、恐らくここだけだ」

「何も知らずに入り込めば間違いなく迷いますが、私たちはここの地図は完全に頭に入れています。なので、セイランくんは私たちから必ずはぐれないようにして頂ければと思います」

 二人の話をセイランは必死に頭に叩き込む。どうして二人がそんな隠し通路について知っているのか、暗記しているのか、なんてことを聞くのはもはや野暮だとセイランは悟っていた。せめて足手まといにならないように。セイランは二人が考え出した作戦をしくじらないために、何度も頭の中に叩き込む。

「決行は日が完全に沈んでから。この子たちは入り口までは送ってもらうけど、脱出口のサイズは人間一人分だから連れてはいけないね」

「そっか、じゃあ、ここでお別れだな」

 特に強制もしていなかったが、あの地下道から白い生物はここまで素直についてきていた。まるでセイランの言葉を理解しているかのような、残念そうな、悲しそうな表情で、耳を伏せ尻尾を下げている。セイランも初めて出会った自分の手を嫌がらない温もりと別れるのは寂しくはあったが、そんな理由で自由に生きてきたのであろう野生の生き物を巻き込むわけにはいかない。

「隠密行動をするなら荷物は出来る限り少ない方がいい。日が暮れるまでに荷物整理してようか」

「ん、おれ、頑張って研究所までの道把握するから、一応教えてもらえるか?」

「……ふふ、そうだね、もしもの時のために簡易的な隠し通路の地図は作っていた方がいいか」

「では荷物の方は私が整理しておきますね」

 セイランが見せた意欲に、ルピナスは嬉しそうに笑って正面から向き合った。少し前までのセイランなら、そんなことはしなかった。周りに指示されるままに動き、「自己」というものをほとんど知らなかったセイラン。他者に嫌われることを極端に恐れ、臆病さ故の弱く儚い優しさだけで生きようとしていた一人の青年は、ようやく変わろうとしていた。
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