揺れと生きる

立華あみ

文字の大きさ
12 / 38

第十ニ章 役割と自覚

しおりを挟む
それは、意識して決めたことじゃない。選んだつもりも、分けたつもりも、なかった。ただ、気づいたら、そうなっていた。
朝、目を覚ます。悠は先に起きていた。キッチンから、湯の沸く音がする。

「おはよう」
「おはよう」

穏やかで、平らかで、いつも通り。

「今日は、遅くなる」
「分かった」

それだけで、会話は終わる。淋しさがないわけじゃない。でも、予測できる。耐えられる淋しさ。それが、ここにある。
昼過ぎ、秋頼から連絡が来る。

「今日は、少し冷える」

天気予報と同じ内容。
でも、それだけじゃない。気にしているという事実。それが、文面に滲んでいる。

「ありがとうございます」

短く返す。それだけで、胸の奥が緩む。あたたかい。
悠は、生活を与えてくれる。日々を、崩れない形で続けてくれる。
でも、秋頼は、揺れを受け止めてくれる。不安定なまま、存在することを許してくれる。否定されない場所。それが、決定的に違う。

夕方、帰宅した悠は、珍しく僕の顔をじっと見た。

「……疲れてる?」
「そう?」
「目が」

それ以上、言わない。察している。でも、踏み込まない。

「大丈夫だよ」

そう言うと、悠は頷く。確認して、引く。それが、悠の愛し方。
悠に髪を撫でられる。気持ちがいい…そのまま唇にやわらかいキスが落ちる。

「ごめん…まだ、仕事残ってる。先、寝室行ってて」

「うん…」

夜、一人でベッドに横になる。
この時間が以前は淋しかったのに、今は違う。
淋しさの行き先を、知ってしまった。
スマートフォンを手に取る。秋頼の名前が
浮かぶ。
……送らない。まだ、送らない。
送らなくても、繋がっているそんな感覚。それが、もうある。悠が布団に入ってくる。

「ごめん…待たせた」
「ううん、大丈夫、少しデザイン考えてた」
 「前言ってた、催事の?」
 「うん」

また、確認だけされる。けれど、話を覚えていてくれている。悠は、ここにいる。現実として。

こんなとき、秋頼ならどうするのだろう。
思い浮かべる。想像する。もう、それが当たり前になっている。
きっと、彼は、あまり話さない。それでも、自分は語り、感情を預けてしまうだろう。揺れを、解決しようとしない。それが、救いになる。
きっと、僕は。

——悠には、安定を求めている。
——秋頼には、揺れを預けている。

役割が、分かれている。それを、口にしたら壊れる。
だから、口にしない。罪悪感はある。悠は、何も間違っていない。
正しくて、優しくて、手を離さない。でも、正しさは、僕を満たさない。
その事実を、知ってしまった。

夜、悠の背中を見ながら思う。この人は、僕を生きさせてくれる。
でも、生きている実感は、別のところで感じてしまう。その分離が、もう、戻らない。
——選んでいない。
——でも、分けてしまった。
そして、自分は正しさだけでは足りず、温度を求めてしまった。
きっと、これは危険だ。それを、理解しながら、僕は、目を閉じた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

オレに触らないでくれ

mahiro
BL
見た目は可愛くて綺麗なのに動作が男っぽい、宮永煌成(みやなが こうせい)という男に一目惚れした。 見た目に反して声は低いし、細い手足なのかと思いきや筋肉がしっかりとついていた。 宮永の側には幼なじみだという宗方大雅(むなかた たいが)という男が常におり、第三者が近寄りがたい雰囲気が漂っていた。 高校に入学して環境が変わってもそれは変わらなくて。 『漫画みたいな恋がしたい!』という執筆中の作品の登場人物目線のお話です。所々リンクするところが出てくると思います。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

元アイドルは現役アイドルに愛される

BL
人気アイドルグループのエースだった奏多は事故により脚を怪我し、グループを脱退する。エースの抜けたグループの人気はみるみる下落し、そのまま解散。そのことに責任と罪悪感を感じた奏多は芸能界の表舞台から引退し、正体不明の作曲家Kとして裏で支えることに。 罪悪感からご飯を食べなくなった奏多の肌は痩せこけ、青白くかつての輝きはなくなっていた。 ある日の打ち合わせでかつてのグループメンバーである颯真と再会する。 メガネとマスクをしているがかつてのメンバーのことは騙せない。 『奏多、会いたかった』 『僕、奏多さんのパフォーマンスを見て、人生変わったんです!』 やけに自分に懐いているワンコ系の後輩リオと、かつてのグループのメンバー颯真に受け止めきれない愛を向けられる話。

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

処理中です...