龍は夜を見上げる。

tea(てあ)

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夜想曲③

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 村に旅人が来た。
 来訪者は珍しい。村長の屋敷――というほど大きくもない家――に案内された人物を見ようと、村人ほぼ全員が多く集まっていた。
 夕方に集会が開かれた。村の中心に村長と旅人が立つ。
 眼鏡をかけた短髪の女性だ。微笑んでいる。髪の色は灰色っぽい。黄色い、妹に言わせるとラクダ色のロングコートを着ている。
 そして肩には、鷹くらいの大きさの、赤い飛竜が乗っている。飛竜は鋭い目で僕らと夜龍を観察しているようだった。
「私はキャロル。龍の研究家です。この子はバーニア。大丈夫、優しい子ですよ。彼の夜龍を失礼のない程度に調査させて頂きます。今までもバーニアの親飛竜、双子の龍、人語を扱う龍など色々見てきましたが、こんなに大きな龍は初めてです。ご迷惑をおかけしないように気を付けますね」
 よく通る声で言って、彼女はにっこり微笑む。


 どうやらキャロルは歓迎されていないらしい。夕食中に父さんが言った。
「僕が来た時も村長は家に泊めてくれたけど、あまり良い顔はしなかったし、いつ出発するのか毎日聞かれたよ」
「部外者が嫌いなの?」
 僕は尋ねた。
「かなり前に野盗が旅人のふりをして盗みを働いたことがあったり、龍に危害を加える奴がいたり…良い印象がないんだろうな」
 そんなことがあったら警戒するのも当然か。
「今回の人も龍の研究家とか言って、夜龍の怒りを買うんじゃないかと心配だな」
 キャロルの風貌は村では珍妙に見える。かなり怪しい。村の外ではむしろ普通なのかもしれないが。


 朝方、キャロルが祠の方に行くのを見かけた。良い人でも悪い奴でも、何をするかは気になる。僕はこっそり後をつけることにした。
 祠の前、夜龍の目の前に着いた彼女は龍に挨拶しているようだった。百メートルくらい離れた木に身を隠す。声は聞こえない。伝わっているのだろうか。あの小さい飛竜が食われないか心配だった。
 挨拶が済んだようで、キャロルは座ってノートに何か書き始めた。スケッチでもしているのだろうか。彼女は急に僕がいる方向を振り返る。
「そこの、少年かな、出ておいでよ」
 鈴のような声が僕を呼ぶ。気付かれていたのか。僕はおずおずと木から離れて彼女の視界に出た。
「ほら、近くにおいでよ。君たちこそちゃんと彼を見るべきだ」
 彼女はニコニコとしている。僕は警戒を解かないまま近付く。彼女は隣をトントン叩いて座るよう促す。僕は彼女を見つめたままゆっくり座る。
 飛竜が突然甲高く鳴いたのでびっくりして変な声が出た。
「こら、バーニア。すまないね、彼女はいたずら好きで…」
 キャロルは飛竜の頭を指先でとん、と叩く。メスなのか。
 バーニアは高くて長い声を出し、甘えるようにキャロルに頬擦りした。
「さて…君たちが『夜龍』と呼ぶ彼の龍について知ってることはある?」
「知ってること…?」僕は首を捻る。「数百年この村と一緒にいるとか、たまに綺麗な鱗をくれるとか」
「他は?」
「他って?」
「どこから来たのか、なぜここにいるのか」
 キャロルは目を細める。グレーの綺麗な目だ。
「それはこっちが知りたい。僕のじいちゃんも、じいちゃんのじいちゃんも、多分そのずっと前から龍はここにいるらしいから。誰も理由なんて知らない。とにかく機嫌を取らないといけないって皆思ってる」
「君はそう思ってないんだね」
「自分たちの首を締めてまで崇めるのはおかしいと思わない?」
 僕は勢いづいて彼女に言った。言ってから、そんなことをこの人に問うても仕方ない、と気付いて口をつぐんだ。夜龍にも聞かれたしバチが当たるかも。
「そうだね。彼の意思を確かめてみるかい」
 予想外の返答に、僕は口を開いて彼女を見つめた。彼女は立ち上がり、肩の飛竜に目配せした。バーニアは鳴き声を発し、夜龍に話しかけているみたいだった。夜龍はそれに応えたのか、遠くで響く雷のような、低い唸り声を出す。バーニアは耳打ちするようにキャロルに囁く。彼女は頷き、僕を見た。
「どうも夜龍はかなりの高齢、老龍みたいだ。バーニアが聞き取れないくらい喋りがはっきりしないらしい」
 残念そうに首を横に振る。
「…ほんとに?」
 ただ分からないだけじゃないのかと疑わしい。
「その飛竜の言葉は分かるの?」
「バーニアの伝えたいことはなんとなく分かるんだ」飛竜が小さく鳴いた。「…『故郷』という言葉は聞き取れたらしい」
「故郷?」
「ここが彼の故郷ということかな」
 キャロルは肩を竦める。
「村長や他の人から聞いたり、記録があるか調べないと分からないね」
「…ちゃんと研究してるの?」
 僕は眉をひそめて彼女を見る。
「もちろん」
「じゃあ証拠に今までの龍を教えてよ」
「いいとも」
 キャロルは目を細めて、バッグの中から紙を一束取り出した。
「これは、この村から遠く南西にある森にいた、双子の緑龍のレポートだ」
 キャロルは咳払いして話し始めた――。
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