虐げられてきた令嬢は、冷徹魔導師に抱きしめられ世界一幸せにされています

あんちょび

文字の大きさ
21 / 38
陰謀の爪痕

21.冷徹魔導師の崩壊

しおりを挟む
 あの日、互いの想いを告げ合い、初めて唇を重ねてから――レオンは変わった。

 冷徹と呼ばれた彼の面影は今や影を潜め、まるで長年閉ざしていた堰が切れたかのように、感情を隠そうとしなくなったのだ。

「アリシア、今日も綺麗だ」

「れ、レオン様……! 朝からそんな……」

「事実を言っただけだ。俺の目には、君が誰よりも輝いて見える」

 塔の書庫で魔導書を開いている最中も、彼は何度もそんな言葉を口にする。ページをめくる手が止まるほどに真っ直ぐで、アリシアはまともに顔を上げられなかった。

 訓練の合間に水を渡されるときも――

「手が少し震えているな。大丈夫か? ……いや、俺が隣にいるから大丈夫だな」

「……っ、レオン様……!」

 さらりと囁かれる甘言に、心臓が張り裂けそうになる。

 以前の彼は、想いを抑え込み、冷徹な仮面を崩そうとしなかった。けれど今は違う。見つめる瞳には惜しみない愛情が宿り、触れる指先はどこまでも優しい。

「アリシア。君がここにいるだけで、俺は救われている」

「そ、それ以上は……聞いていられません……っ」

「逃げるな。俺は君が好きでたまらない」

 塔の一室で追い詰められるように言葉を浴び、アリシアは顔を真っ赤にして椅子の影に隠れようとする。だが、そんな仕草さえレオンは見逃さず、微笑みながらそっと手を取った。

 ――冷徹魔導師はもういない。

 今そこにいるのは、愛を隠さず、ひとりの女性をひたすらに溺愛する男。

 その変わりように、アリシアの心臓は一日に何度も危うく破裂しそうになるのだった。

◇ ◇ ◇

 その夜、王宮では盛大な夜会が催されることになっていた。魔導院の新たな協定締結と、各地の有力貴族との同盟確認を目的とした大規模な場。煌めかしい舞踏と祝宴は表向きに過ぎず、背後では権力と利害が交錯する、政治の舞台でもあった。

 そこに「冷徹な天才魔導師」として名を馳せるレオン・ヴァルトの名も当然含まれていた。普段の彼であれば、こうした華やかな場など煩わしいと一蹴しただろう。だが、今回は違った。

「……断るつもりはない。出席する」

「レオン様が……ですか?」

 招待状を目にしたアリシアは驚きに目を瞬かせる。彼が社交を嫌っているのを知っているからこそ、その言葉は信じがたかった。

 だがレオンは迷いなく答える。

「俺は君を堂々と隣に立たせたい。どれほどの人間が集まろうと構わない。君を、俺の最愛として皆に知らしめる」

 アリシアの胸が跳ね上がる。言葉の意味も、その真剣さも、痛いほどに伝わってきた。

「……そ、そんな……わたくしには……」

「君にしか相応しくない。アリシア、これだけは譲れない」

 その一言に押し切られるように、アリシアは静かにうなずいた。

◇ ◇ ◇

 王宮へ向かう馬車の中、レオンはアリシアの手をしっかりと握っていた。揺れる車内でも一度も離さず、彼女の不安を受け止めるかのように。

「緊張しているだろう? だが心配はいらない。視線は俺だけを見ていればいい」

「……はい。レオン様がいてくだされば……」

 アリシアの頬は熱を帯びていた。さらに、彼の瞳が何度も彼女に向けられていることに気づき、思わず俯いてしまう。

 ドレスに身を包んだアリシアの姿を初めて目にした時、レオンは言葉を失った。白と淡い青を基調とした衣装は、彼女の星光のような雰囲気を際立たせている。細やかな刺繍も、耳元で揺れる宝石も、全て彼があつらえたものだった。

「……やはり似合うな。いや、それどころか……理性を奪われそうだ」

「レ、レオン様……っ、そんなこと……!」

「君を飾るのは俺の役目だ。誰の目にも、君が一番だと示すために」

 その誇らしげな声音に、アリシアは胸を震わせた。

◇ ◇ ◇

 王宮の大広間に足を踏み入れると、シャンデリアの光が溢れ、絢爛たるドレスと宝飾を身にまとった貴族たちが視線を向けてくる。

「冷徹魔導師が……女性を伴って?」

「隣の令嬢は……フローレンス侯爵家の……?」

 ざわめきが一斉に広がる。だがレオンは一切動じず、当然のようにアリシアの腰へと手を添え、片時も離れなかった。

 幾人もの貴婦人や令嬢が声を掛けても、彼の視線は常にアリシアへと注がれている。

「レオン様、少しお話を――」

「断る。俺に必要なのは、彼女だけだ」

 その冷たい拒絶に、令嬢たちは言葉を失った。

さらに、アリシアに近づこうとした若い貴族がいたが――

「彼女は俺の隣にいる。それ以上は不要だ」

 レオンの低い声に凍りつき、すぐに退散するしかなかった。

◇ ◇ ◇

 舞曲が始まり、広間が優雅な旋律に包まれる。レオンはアリシアの手を取り、舞踏へと導いた。

「踊れるな?」

「……練習はいたしましたが……」

「大丈夫だ。俺が導く」

 彼の腕に抱かれるように舞うそのひととき、アリシアの心臓は早鐘を打っていた。だが、不思議と恐れはなかった。彼となら、どこまでも踊れる。

 そして曲が終わりに差し掛かったその時、レオンは唐突に足を止めた。

大広間に沈黙が走る。

「――聞け」

 その声が響き渡ると、全員の視線が彼へと注がれる。

 アリシアは驚きに彼の袖を掴んだが、彼はその手を包み込み、堂々と宣言した。

「アリシア・フローレンスは、俺の最愛の女だ。誰にも触れさせない。俺の隣に立つのは、彼女だけだ」

◇ ◇ ◇

 ――静寂。

 その後、大広間は爆ぜるようなざわめきに包まれた。

「最愛……? あの冷徹魔導師が……!」

「社交界が覆る……大事件だ……!」

 令嬢たちは顔を青ざめさせ、嫉妬の炎を燃やす。

 貴族たちは動揺し、口々に囁き合う。

 そして群衆の中、妹カトリーナは歯ぎしりしていた。

「……どうして、姉さまが……」

 だが、レオンの隣で恥じらいながらも誇らしげに立つアリシアの姿は、どんな策謀よりも鮮烈な印象を残していた。

 冷徹と呼ばれた男が、彼女の前でだけは氷を溶かし、愛を惜しみなく与えている。

 アリシアは胸が張り裂けそうな恥ずかしさの中で、それ以上に強く、誇らしさを覚えていた。

 ――これが、愛されるということ。

 その事実が、彼女を誰よりも輝かせていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

平民出身の地味令嬢ですが、論文が王子の目に留まりました

有賀冬馬
恋愛
貴族に拾われ、必死に努力して婚約者の隣に立とうとしたのに――「やっぱり貴族の娘がいい」と言われて、あっさり捨てられました。 でもその直後、学者として発表した論文が王子の目に止まり、まさかの求婚!? 「君の知性と誠実さに惹かれた。どうか、私の隣に来てほしい」 今では愛され、甘やかされ、未来の王妃。 ……そして元婚約者は、落ちぶれて、泣きながらわたしに縋ってくる。 「あなたには、わたしの価値が見えなかっただけです」

婚約破棄された最強女騎士、年下王子に拾われて亡命したら元婚約者の国が滅びました

lemuria
恋愛
武功ひとつで爵位を得た女将軍マリーは、王国最強の矛として名を轟かせていた。 しかしある日、第一王子アルベルトから公衆の面前で一方的に婚約を破棄される。 屈辱と静まり返る大広間――その沈黙を破ったのは、まだ十三歳の第三王子ノエルだった。 「――だったら、僕がマリーさんと婚約します!」 幼い王子の突飛な言葉から始まった新たな縁。 不器用ながらも必死にマリーを支えようとするノエルと、そんな彼を子供扱いしながらも少しずつ心を揺らされていくマリー。 だが王国の中枢では、王の急逝を機に暴政が始まり、権力争いが渦を巻き始める。 二人を待つのは、謀略の渦に呑まれる日々か、それとも新たな未来か。 女将軍と少年王子――釣り合わぬ二人の“婚約”は、やがて王国の命運をも左右していく。

嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です

由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。 婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。 ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。 「君を嫌ったことなど、一度もない」 それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。 勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。

悪役令嬢を断罪したくせに、今さら溺愛とか都合が良すぎますわ!

nacat
恋愛
侯爵令嬢リディアは、無実の罪で婚約者の王太子に断罪された。 冷笑を浮かべ、すべてを捨てて国外へ去った彼女が、数年後、驚くべき姿で帰ってくる。 誰もが羨む天才魔導師として──。 今さら後悔する王太子、ざまぁを噛みしめる貴族令嬢たち。 そして、リディアをひそかに守ってきた公爵の青年が、ようやく想いを告げる時が来た。 これは、不当な断罪を受けた少女が、自分の誇りと愛を取り戻す溺愛系ロマンス。 すべての「裏切られた少女」たちに捧ぐ、痛快で甘く切ない逆転劇。

退屈扱いされた私が、公爵様の教えで社交界を塗り替えるまで

有賀冬馬
恋愛
「お前は僕の隣に立つには足りない」――そう言い放たれた夜から、私の世界は壊れた。 辺境で侍女として働き始めた私は、公爵の教えで身だしなみも心も整えていく。 公爵は決して甘やかさない。だが、その公正さが私を変える力になった。 元婚約者の偽りは次々に暴かれ、私はもう泣かない。最後に私が選んだのは、自分を守ってくれた静かな人。

「華がない」と婚約破棄されたけど、冷徹宰相の恋人として帰ってきたら……

有賀冬馬
恋愛
「貴族の妻にはもっと華やかさが必要なんだ」 そんな言葉で、あっさり私を捨てたラウル。 涙でくしゃくしゃの毎日……だけど、そんな私に声をかけてくれたのは、誰もが恐れる冷徹宰相ゼノ様だった。 気がつけば、彼の側近として活躍し、やがては恋人に――! 数年後、舞踏会で土下座してきたラウルに、私は静かに言う。 「あなたが捨てたのは、私じゃなくて未来だったのね」

婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』

鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。 --

処理中です...