ある王女の死

水沢ながる

文字の大きさ
1 / 3

1.証言

しおりを挟む
■女子高生・山本春奈の証言
 死んじゃったヒトのことあんま悪く言いたくないけど、真理江ってすっげーわがままなコでさ。みんな内心じゃ嫌ってたよ、多分。
 あのコってさ、ジャイアンだったんだよね。知ってる? ジャイアン。そーそー、「おまえの物は俺の物、俺の物は俺の物」って奴。真理江はさ、他人が持ってるものを欲しがる性質だったんだよね。
 え? 真理江が欲しがったものって、別に何って感じでもなかったよ。ただ、他人が大事にしてるもの程欲しくなってたみたい。値段が安そうなものでも、他人が大事にしてるってことが重要だったのかな?
 だってさ、真理江ん家って社長じゃん? そうそう、佐野産業。うちの親が言ってたんだけど、あそこのおかげでこの町の半分が潤ってるんだって。すごいよねー。だから欲しいものなんか、いくらでも買ってもらえるわけ。あそこの親も、結構真理江のこと甘やかしてたみたいだし。だからあんなにワガママになっちゃったんだね、きっと。

■女子高生・遠藤由香の証言
 誰に訊いても同じだと思いますよぉ。真理江の被害にあった子って一人や二人じゃないし。ていうか、クラスのほとんどの子が一回は真理江の被害にあってるんじゃないかなぁ? うん、女子は多分全員。男子も半分くらいは。
 でもさ、真理江って佐野産業の社長の子でしょ? だから、あまりオオゴトにならなかったんですよね。それに、取られたものは思い入れはあるけど高いものって少ないし。先生もねー、あんまり強く出れなかったみたい。真理江ん家が学校に色々寄付してたみたいだってのもあったのかな。
 特に真理江んとこの社員……ていうのもおかしいけど、佐野産業の社員の家の子は真理江の下僕扱いされてたみたいですねー。うちのクラスにも何人かいたけど。ええ、加奈子もその一人で。加奈子は真理江と家も近いし、多分一番いろんなもの取られてたんじゃないかな。
 え、真理江が取ったもの? あの子、飽きっぽい性格だったし、取り上げちゃったらもう気が済んじゃうみたいで、三日ぐらいしたら全部捨てちゃうんですよね。
 みんなそれ判ってるから、「もうそろそろかな」って頃になると、真理江んとこのゴミ捨て場に行ってみるんです。でも無傷で戻って来ることなんて滅多にないけど。あの子物を大切にするって頭がないから、大抵乱暴に扱われて壊れちゃってるんです。
 真理江が死んだのだって、普段の彼女を知ってる人なら自業自得としか思ってないんじゃないかなあ。死んじゃってそう思われるのもなんかやだけど、仕方ないっていうか。

■女子高生・平山夏美の証言
 加奈子のピルケースの中身が毒薬だってこと知ってたの、多分私だけだったと思います。ええ、私にだけこっそり教えてくれたんです。誰にも言うなって言われてましたけど、加奈子自身、誰にも言わないでいるのはきつかったんじゃないかな。
 加奈子があんなものを持っていた理由? ええ、知ってます。加奈子、小鳥を飼ってたんですよ。雛の頃からずっと育ててて、加奈子にも良く慣れてたんですけど、それが死んじゃったんです。それがどうも、加奈子自身がうっかり死なせちゃったらしいんですよね。
 多分、小鳥が死んじゃったのって、ただのきっかけだったと思うんです。加奈子は真理江によくいろんなもの取り上げられてたから、すっごくストレスかかってたし。自分のせいで可愛がってた小鳥が死んじゃって、一気に精神的に不安定になっちゃったんだと思います。
 先生とかには言ってなかったんですけど、加奈子、教室でリスカやったことがあるんですよね。あ、リスカって言っても未遂です。二~三回くらいだったかな、手首切る前に見つかって、私達で散々叱って「もうやらない」って約束させたんです。
 で、やっと落ち着いたかと思ったら、休み時間にこっそり打ち明けられたんです、ピルケースの中身のこと。みんなにはダイエット用のサプリだって言ってるけど、本当はネットのヤバい裏サイトで買った毒薬だって。すっごいびっくりしました。でも、加奈子、すごく穏やかな顔してたんですよね。「これを飲んだらいつでも死ねると思うと、かえって安心できる」って言ってました。使う気はなかったと思います。
 それに私も思ったんですけど、いくらネットだからって、人が死ぬほどの毒薬をそう簡単に手に入れられるとは信じてなかったんじゃないかな。実際はホントに毒だったわけだけど。
 だから私、あれは事故だと思います。真理江の方が薬を勝手に飲んじゃったわけだし。クラス中のみんなが証人ですよ。加奈子は悪くないです。

■女子高生・坂元一恵の証言
 あれはホームルームが始まるちょっと前だったよ。先生が来るちょっと前ね。だから、クラス全員教室にいたけど、まだみんなわいわい騒いでる頃で。
 加奈子はね、自分の席にいた。なんかぼーっとしてるみたいだったけど、今思ったらなんか考え込んでたのかも。加奈子がリスカしてたのはあたしも知ってたから、なーんか気になったんだよね。
 見たらさ、手に何か持ってるのね。加奈子、それをじっと見てるの。何かなーと思ってよく見てみたら、ピルケースだった。そう、ピンクの可愛いやつ。その時は中身が何なのかわかんないから、あー可愛いな、ああいうのあたしも欲しいなー、どこで見つけたんだろ、後で加奈子に訊いてみよっと、なーんて呑気に思ってた。
 でもさ、うちのクラスって真理江がいるじゃん? あいつ目ざといから、その時も早速目をつけてさ、加奈子のとこまでやって来たわけ。
「何よ、それ」
 もう取り上げる気満々でさ。加奈子も真理江の魂胆なんか判ってるから、とっさに隠そうとしたんだけど、いっぺん見られちゃってるからさ、もう見逃しちゃもらえないの。
「出しなさいよ、今の。何なのよ」
「……何でもないよ。ただのピルケース」
「ちょっと見せてよ」
「ダメよ」
 って言っても聞いちゃいないんだよね、真理江のことだから。すばやく加奈子の手からもぎ取って、開けてみて。
「なーに、これ?」
 あたしは近くにいなかったから見えなかったんだけど、小さいカプセルが一個入ってたみたい。
「それは……ダイエット用のサプリ。ただの、サプリだから」
 その時はさ、なんかやけに「ただのサプリ」だってことを強調するなあって思ってたんだよね。でも当然だよね、「それはヤバい毒薬です」なんてみんなの前じゃ言えないもん。まあ真理江は一旦ロックオンしちゃうともう誰が何言っても耳貸さないし、ヘンだとも思わなかったみたいだけど。
「これ、一つちょうだいよ」
 ほら来た、ってみんな思ったよ多分。珍しいものには目がないから。それを聞いた途端、加奈子、真っ青になっちゃって。
「ダメ! 返してよ!」
「何ケチくさいこと言ってんのよ? たかがサプリ一つくらい」
 ケチくさいのは大抵真理江の方なんだけどさ。みんなで遊びに行っても自分からお金出そうとしないし。金持ちの癖にさ。
「それ高いんだから! もうそれ一つしかないし!」
「それが何だってのよ」
「いいから返してよ!」
 最後にはもうつかみかかるようになっちゃって。もうクラス全員注目しまくりでさ。そんなことやってるうちに先生来ちゃうし。
「おい、何やってるんだそこ」
 ぎゃいぎゃい騒ぎになってるから、先生もまあ一応注意するよね。仕事だし。
 真理江の方もさ、流石に先生の目の前で物を取るわけにはいかないし、加奈子もしつこく返せ返せ言ってるからもう切れちゃったみたいで。開けたままだったピルケースから薬を取り出して、ごくんと飲み込んじゃったの。そう、自分から。クラス中見てたよ。先生も。正直、ドン引きしちゃった。あんたそこまでして返したくないの? って。
 そんで、その時の加奈子の顔ったら! 顔面ソーハクってああいうのを言うんだよね、きっと。
「吐き出してよ! 今すぐ! 何でもいいから!」
 すっごい勢いだったから、男子が何人かで取り押さえにかかってたくらいでさ。
「どうしたんだ、中村」
 って先生が訊いても、興奮して泣いちゃってて、答えられないの。
「何よ、たかがサプリくらいで。バッカじゃないの」
 真理江はそう言ってたけどね。
 あー、そー言えば夏美が加奈子をなだめてたっけ。
「あんなのニセモノに決まってるよ。真理江だってきっと、明日になっても平気な顔してるよ」
 ……夏美だけは知ってたんだよね、あれがホントは毒薬だったってこと。夏美と加奈子は親友同士だったもんね。
 でも、結局夏美の言ったことは当たらなかった。HRやってる最中に真理江がいきなり苦しみだして、倒れちゃって。苦しみ方がハンパないから、みんなパニックになっちゃって。うん、あたしも人があんなに苦しんでるのを初めて見た。白目むいてガクガク震えて、口から泡吐いて。マジ怖かった。
 真理江に駆け寄って介抱しようとする人とか、怖くて教室の隅まで逃げちゃった人とかいたけど、みんな真理江から目が離せなかった。
 なんかおかしいと思ったんだろうね、先生がそこにいた子のケータイで救急車呼ばせたの。ホントは校内でケータイ使っちゃいけないんだけど、仕方ないよね、救急なんだから。そんで誰かが保険の先生呼んで来て。もうその時はみんな何がなんだかわかんなくて、誰が電話したかとか、よく覚えてない。他のクラスの子も何人も見に来てたし。
 加奈子? 自分の席のとこにいたよ。立ち上がって、ぶるぶる震えてたと思う。ホントはそれもよく覚えてないけど、確か加奈子は自分の席から動けてなかった。救急車が来て、真理江が運ばれて行った時、床にへたり込んで泣いてた。自殺用に毒薬持ってたって聞いてるけど、あの真理江見たらもう死ぬ気なくなっちゃったんじゃないかな。
 救急車に乗せられて病院に行く途中で死んじゃったんだよね、真理江。確かに死んじゃったのは可哀想だけど、毒飲んじゃったのは自分だしね。加奈子だって返せ吐き出せってあんなに必死に言ってたんだし。言うこと聞いてれば死ななくて済んだんじゃん、ってみんな思ってるよ。

■中村加奈子の父・中村幸一の証言
 はい、娘がそこまで思いつめているとはまるで気づかなかったです。リストカットをしていたということも、確かに包帯をしていたことは何度かあるんですが、学校でカッターや刃物を使っていて間違って怪我をしてしまったと……お恥ずかしながら、それを疑うこともありませんでした。
 パソコンは、娘の部屋にあります。おかしなところには出入りしていないと思っていたのですが、まさか危険なサイトに入り浸っていたなんて……。判っていると思っていても、子供のことなんて判らないものですね。
 これからどうするか、ですか? 故意ではないにしろ、社長のお嬢さんが亡くなっていますので……はい、会社は辞めました。この町からも去ることになります。加奈子も、あの出来事でずいぶん傷つきましたし……。
 実は、郷里の親父が体調を悪くしていまして、家業を継いだ兄から帰って来ないかと言われているんです。迷っていましたが、これで決心がつきました。来月には引っ越そうと思っています。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

9時から5時まで悪役令嬢

西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」 婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。 ならば私は願い通りに動くのをやめよう。 学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで 昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。 さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。 どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。 卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ? なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか? 嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。 今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。 冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。 ☆別サイトにも掲載しています。 ※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。 これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

答えられません、国家機密ですから

ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。

君を幸せにする、そんな言葉を信じた私が馬鹿だった

白羽天使
恋愛
学園生活も残りわずかとなったある日、アリスは婚約者のフロイドに中庭へと呼び出される。そこで彼が告げたのは、「君に愛はないんだ」という残酷な一言だった。幼いころから将来を約束されていた二人。家同士の結びつきの中で育まれたその関係は、アリスにとって大切な生きる希望だった。フロイドもまた、「君を幸せにする」と繰り返し口にしてくれていたはずだったのに――。

処理中です...