木野友則の悪意

水沢ながる

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一日目 発端

一日目・3 僕達はここに閉じ込められる

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 どうやらどこかで電線が切れているらしく、電気は点く気配も見せなかった。
 みんなびしょ濡れになった服や靴下を脱いで、絞ったり干したりしていた。柴田さんも自分の上着や靴下を脱いで水気を切るように振っているし、僕もとにかく体に張り付く服の感触が気持ち悪くて仕方なかった。
「いっそのこと、シャワーでも浴びてーよな」
 名美の人の言葉に、柴田さんがそっけなく答えた。
「体育館の横に運動部用のシャワー設備があるが──電気が止まってるから、水しか出ないだろうな」
 加西はスポーツでは全国でも一、二を争うレベルの学校なので、運動部は何かと優遇されているのだ。当然、設備もいい。
「でも、タオルくらいあるんじゃ?」
「懐中電灯だっているだろ。こう暗くちゃどうにもならないよ」
「んなことより、どうやってここを出るかを考えなくちゃ……」
 みんな口々に好き勝手なことを言い始めた。無理もない、こんな事態は誰も予測していなかったのだから。僕自身、おろおろとしているばかりで、みんなを止めることも出来なかった。全員がパニック状態に陥りかけたところへ、良く通る声が飛んで来た。
「はい、シャーラップ!」
 騒ぎはピタリと収まった。見ると、星風のあのつり目の人が、腕組みをして立っている。
「こんなとこでアホ面突き合わしてギャーギャーわめいてたって、何の解決にもならないだろ。──そこの、加西のヤツ」
 彼が指差したのは柴田さんだった。
「な、何だよ?」
「この学校にゃ、災害用の備品はねえのか? どっかの倉庫なり用務員室なりにさ。タオルとか、毛布とか、懐中電灯とか、非常食とか」
 あ……災害用備品! この上なく基本的な発想のはずなのに、パニクりかけた僕らの頭の中から綺麗にすっ飛んでいた言葉だった。
 柴田さんは少し考え、ある、と答えた。
「じゃ、そいつを借りよう。今は立派な非常時だし、災害時だからな。それから、どこか空いている教室に集まって、これからの対策を立てる。それでいいんじゃねーの?」
 一同は彼の言葉に賛同して皆で備品を探し回ることになったが、結局ほとんどは僕と柴田さんが見つけて他の人に運んでもらう状態になった。僕ら以外、全員この学校に来たのは初めてだったのだ、そう言えば。


 大型の懐中電灯を数個とロウソクを十数本、タオルや毛布をありったけかき集めて、僕らは第一棟校舎の四階の教室に陣取った。万一の時のための垂直避難だ。
 最上階である四階からは、下が見渡せる。例の大木が倒れたところからずっと下まで土砂が崩れているのが、風雨を通しても何とか見えた。大木の場所以外にも、小規模の土砂崩れが数か所で起きているようだ。これでは降りるのは難しいだろう。
「それでは議題に入ります」
 重々しく言ったのは、何故かさっきの星風の人だった。柴田さんが彼の言葉を遮り、訊き返した。
「ちょっと待て。何でおまえが仕切ってるんだ?」
「良くぞ訊いてくれました」
 つり目の三年生はふふんと笑った。
「それは、俺が仕切り屋だからだよ」
 柴田さんが何か言い返そうとする前に、金髪天パの人が鋭いツッコミを入れた。……正拳で。
「どアホが!」
「ふぎゃっ!」
 金髪の人は、柴田さんの方を向き直った。
「すまんな。こいつアホだから、謙虚って言葉を知らんのだ」
「俺の辞書に『謙虚』と言う言葉はないのさ」
「そりゃ落丁だ。交換してもらえ」
 ……何なんだ、この人達は。さすがの柴田さんもすっかり毒気を抜かれ、星風以外の生徒は皆目が点になっている。ただ、大江さんももう一人の菅原さんも平然としているところを見ると、こんなのは日常茶飯事であるらしい。
「とにかく、こいつの口は俺が責任持ってふさいどくから、気にせず進めてくれ」
 金髪の人の言葉で、やっと話し合いがスタートすることになった。
「まず、自己紹介から始めよう。名前も判らんじゃ、話にならんからな」
 柴田さんの提案は全員に受け入れられた。何しろみんな初対面なのだ。早速柴田さんから自己紹介をしようとした時に、茶々が入った。
「どーでもいーけど変わった名前だね、あんた」
 星風のつり目の人だった。おとなしくしてると思ったら、スタッフ用のパンフを読んでいる。
「変わった名前だ?」
「むらさきださん」
 はあ? 僕は自分のパンフを見た。そこには実行委員の名前が全部載っている。当然、我らが実行委員長の名前も。
 ちゃんと載っていた。──「紫田・・崇」と。
 笑いが起こった。
「……誰だ、校正やった奴……思いっきり誤植じゃねーか……」
 当の柴田さんはと言うと、肩をふるふる震わせている。
「あれー、違うの? 俺、あんたのこと紫田とばっか思ってたけど」
 ご丁寧に追い討ちまでかけてくれたつり目の人の胸倉を、柴田さんはむんずと捕まえた。
「いいか、よく覚えとけ。俺の名前は柴田だ、し・ば・た!」
「柴田たたりさん?」
 つり目の人はなおも平然とボケをかまし、柴田さんはブチ切れた。
「“崇”だ、たかし! “祟”は“出る”に“示す”って字だろーが! おまえ絶対判ってて間違えてるだろ!!」
 つり目の人がまだ何か言おうとしたところへ、タイミングよく後ろから引っぱたく手があった。もちろん、あの金髪の人だ。
「おまえは黙っとれっつーに! おまえがしゃべると話が進まん!」
 しばらくのゴタゴタの後、話し合いは再開された。──が、柴田さんは後々まで「ムラサキ田君」と言うあまり嬉しくないあだ名で呼ばれることとなる。もっとも、そう呼んでいるのはもっぱら一人だけだったけど。


 そこから先は比較的スムーズに進んだ。ここに集まった人達の名前と特徴を、改めて記しておこう。
 まず、実行委員長、加西高校三年の柴田崇しばたたかしさん。この学校では上位ランクの成績の優等生。色々あったせいですっかり悪くなってしまった機嫌は、まだ戻らない。

 そして加西高校一年、小泉康文こいずみやすふみ 、この僕。加西高校組はこの二人だけだ。

 次に名美高校組。名美高校三年、軽音楽同好会会長、明智悟あけちさとるさん。長く伸ばした明るい茶髪を後ろでくくった、ちょっと派手目のビジュアル人だ。でも、メタルフレームの眼鏡をかけた端整な顔立ちには、落ち着いたものを感じさせる。ベース担当だということだ。

 名美高校二年、軽音楽同好会所属、上月陽介こうづきようすけさん。背の高い、赤っぽい髪の人。片耳に四個ばかりくっついてるピアスと言い、鋭い目つきと言い、なんだかとんがった感じがする。ギター担当。名美高組は以上。

 そして笹良高校組。笹良高校三年、映画研究会会長、三沢寿和みさわとしかずさん。小太りで眼鏡をかけた、一昔前のオタクのイメージのような外見の人である。動画サイトに何本か自作の短編映画をアップしてて、少しは名が知れているアマチュア監督らしい。

 笹良高校一年、映画研究会所属、寺内博志てらうちひろし君。気の弱そうな、オドオドした感じの人だ。僕が同じ一年だと判って、ホッとしたような表情を見せた。いったん打ち解けたら、気が合うかも知れない。

 最後に星風学園組。星風学園高等部三年、演劇部部長、木野友則きのとものりさん。これは例の金髪に近い薄い髪の色をした人だ。何でも生まれつき色素が薄いそうで、他の人曰く「見た目は派手だが性格は地味」なんだそうだ。大道具を担当している。何故か仏頂面を崩さない。

 星風学園高等部三年、演劇部副部長、戸田基樹とだもときさん。つり目の人だ。副部長と名乗っていたけど、部長より態度が偉そうなのはどういうことだろう。演出担当らしい。

 星風学園高等部三年、演劇部所属、菅原拓巳すがわらたくみさん。小柄でおとなしめの人。他の人達が目立つので、いまいち隠れてしまっている、気の毒な人だ。

 星風学園高等部二年、演劇部所属、大江賢治おおえけんじさん。僕の眼から見ても本当に綺麗な顔立ちをした人なのだが、まるでそんなことを鼻にかける様子はなく、木野さんや戸田さんとバカ話をしてたりする。脚本担当。

 これが、今日ここに集まった──そして閉じ込められた──全員だった。
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