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二日目 事件
二日目・2 血の跡は彼の名を作る
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寺内君の後についてたどり着いたのは、三階の隅の教室だった。僕らが泊まった教室の、ほぼ真下である。
みんな教室のドアの前に群がっていた。柴田さんが戸口にふさがって人を入れないようにしていたが、誰もが呆然としてただ立ちすくんでいるように見えた。僕は人垣を掻き分け、中を覗き見た。
生臭い匂いがした。
県総祭準備のために、片付けられてガランとした教室。
その、真ん中に。
たった昨日まで菅原さんだったものがあった。
倒れて──あの赤いのは──頭を、割られて、る?
それを正確に認識したとたん、吐き気が僕を襲った。
「嘘、だろ?」
僕の後ろで、上月さんがうめくような声を上げた。
「嘘や冗談であんな風になれるか」
と、ふらりと戸田さんが柴田さんの横をすり抜けて中に入って行った。
「お、おい! どうする気だ!?」
「死体を見ときたい」
「やめろ。これは殺人なんだぞ! 勝手なことをするな!」
戸田さんの足が止まった。後ろ姿のまま、言う。
「ムラサキ田。おまえ、自分の言ったイミ判ってんのか?」
「なに……?」
「確かに、こいつぁどう見たって殺人だ。しかし、ここは外から入れない、中からも出られない孤立空間だ。なら、どうしたってこの中に犯人がいる──ってことになるじゃねェか」
一同に動揺の色が走った。柴田さんさえうろたえた。その隙に、戸田さんはさっさと死体に近づいて行き、その脇にしゃがみこんだ。そのまま戸田さんは黙祷するようにしばらく目を閉じ、じっとしていた。
「暗いな。……誰か、ライト貸してくれ」
戸田さんにライトを差し出したのは、三沢さんだった。
「さんきゅ。──おまえ、平気なのか?」
「平気じゃないよ。だけど、記録は録っとくべきだろ」
見ると、三沢さんは片手に小型カメラを持っている。
「このカメラのバッテリーは、まだ十分あるはずだ。……でも……」
三沢さんは、少しだけ声を震わせた。
「昨日まで──つい昨日まで生きてた奴が、こんな姿になってんのを見ると──やっぱ精神的ダメージきついな」
「……同感だ」
口調こそ落ち着いているものの、戸田さんの表情は能面のように硬く──その下に、友人を亡くした哀しみがうっすらと透けて見えた。
戸田さんはぎこちなくライトを点けようとしたが、点かなかった。彼は首を少しかしげ、スイッチをいじったり電球を覗き込んだりしていたが、やがて電池入れのフタを外した。単一の乾電池が四個、転がり出た。電池の+-がバラバラの状態で入っていたらしい。点かないはずだ。
「どうかしたか?」
柴田さんが、戸田さんの後ろから近づいて来た。いや、何でもない、と戸田さんは上の空で答え、少し辺りを見まわすしぐさをした。それから初めて柴田さんがいるのに気づいたように、
「あれ、ムラサキ田君、現場保存すんじゃなかったの?」
「ああ。証拠隠滅とかされちゃ、かなわないからな」
「するかよ」
僕は恐る恐る戸田さん達に近づき、今度はもっと近くから現場を覗き見た。菅原さんの死体は、右側の後頭部をめった打ちにされていた。頭蓋骨が割れ、中身が見えている。再び襲ってきた吐き気を僕は何とかこらえた。──戸田さんはどうしてこんな凄惨な場面を平気な顔して見てられるんだ?
僕は死体から目をそらした。死体の周りには何も落ちていない。凶器らしいものも見当たらない。……何も? あれ?
何となく感じた違和感。さっき目を覚ました時と同じように、何か足りないような感じがする。何だろう? しかし、またしても僕の脳味噌は、その正体を教えてくれなかった。僕はキョロキョロとそこら中を見まわしてそれが何か探そうとしたが、柴田さんが素足にスニーカーを履いてるとか、三沢さんの口元にニキビがあるとか、そんなくだらないことしか目に入らなかった。
「見ろ!」
突然、柴田さんが叫んだ。死体の手元を指差している。
投げ出された左手に、何かが握られている。髪の毛のようだ。金色に近いほど薄い色の、癖のある髪の毛。そして、死体の右手は、血で汚れて──床に、血で書いた線が残っていた。線は集まって、カタカナ文字を作っている。
──「キノ」。
全員の眼が、木野さんの方を向いた。
木野さんは、幾分青ざめた表情で視線の中心に立っていた。
「俺、だと?」
笑ったように見えた。が、ただ顔を引きつらせただけだったのかも知れない。柴田さんがつかつかと近寄った。
「初対面の俺達には、菅原を殺す動機はない。可能性があるのは、同じ学校のおまえらだけだ。そして、……ここに証拠もある」
「俺じゃねえ!!」
木野さんは吼えた。
「じゃあこれは何だ!?」
柴田さんはいきなり木野さんの髪をつかみ、何本かむしり取った。その髪の毛──死体の手に握られていたのと同じ色だ──を目の前につきつける。
「こんな髪の毛してんのは、この中でおまえだけだ! 茶髪の奴はいくらでもいるが、こんな金色の毛なんていやしないだろうが!!」
明智さんも上月さんも、髪を染めている。でも明智さんの髪は長いからすぐ見分けられるし、上月さんは金髪と言うより赤毛と言った方がいい色だ。何よりも、この独特の癖っ毛は木野さんのものとしか考えられない。
「それに、ダイイング・メッセージもあるね」
三沢さんが付け加えた。
「死に際の伝言。死ぬ前に、何とか犯人の手がかりを示そうとして書いた血文字。暗くて判らなかったのかな? 結構はっきり残ってるね」
「でも、俺はやってない! 俺にだって菅原殺す理由なんかねえよ!! 第一、俺は菅原が抜け出したことすら知らねーで寝てたんだぞ!! アリバイと言う点だったら……」
木野さんは鋭い目で僕らを見まわした。
「……みんな一緒じゃねェか」
一気に空間が静まり返った。
その時、僕は戸田さんが額に手を当て、一心に何か考えているのに気づいた。彼だけが、この緊迫した空間を離れて別の場所にいるかのように見えた。
「アリバイなんか問題じゃないだろう。何度も言うが、俺達は初対面の菅原を殺す動機なんかないんだ」
「俺だってないって!! 大体俺は……」
「──木野」
不意に、戸田さんが木野さんの名を呼んだ。その声は決して大きくはなかったが、ぴしりとムチのように強く鼓膜を叩いた。僕らは戸田さんを振り返った。
戸田さんはゆっくり顔を上げた。その眼に、あの不敵なまでの輝きが戻って来ている。
「残念ながら、この場の証拠はどうやらおまえを向いてる。警察が来るまでおとなしくしといた方が得策だぜ、木野」
「で、でも……」
戸田さんは、にぱぁ、と笑った。
「そこで、だ。こいつが妙な動きをしないように、代表して委員長のムラサキ田君にこいつを見張ってもらうことにしよう。異議はないね? はい、決定ー」
「お、おい、ちょっと待て!!」
それを聞いて、柴田さんが慌てたように口を出した。
「なんで俺が!?」
「だって実行委員長だろ? 責任者だろ? おまけにこの学校一番くわしいのおまえだから、逃げてもすぐ捕まえられるし。適任だと思うが? ……あ、そうそう、もしこいつから目離したら、ペナルティとして俺に千円払うこと。これも決定ね」
戸田さんは一人でどんどん決めて行ってしまう。
「だから、どうしておまえに千円も払わにゃならんのだ!?」
「なー、おまえら! ムラサキ田君が木野の奴から目離すよーなコトがあったら、すぐ俺に言ってくれや。ふんだくった千円で何かおごってやるから」
「あのなー!!」
激昂する柴田さんをよそに、他の面々はOKサインを出した。そして何故か、うやむやのうちに僕も戸田さんと大江さんを見張る役にさせられてしまったのだった。
みんな教室のドアの前に群がっていた。柴田さんが戸口にふさがって人を入れないようにしていたが、誰もが呆然としてただ立ちすくんでいるように見えた。僕は人垣を掻き分け、中を覗き見た。
生臭い匂いがした。
県総祭準備のために、片付けられてガランとした教室。
その、真ん中に。
たった昨日まで菅原さんだったものがあった。
倒れて──あの赤いのは──頭を、割られて、る?
それを正確に認識したとたん、吐き気が僕を襲った。
「嘘、だろ?」
僕の後ろで、上月さんがうめくような声を上げた。
「嘘や冗談であんな風になれるか」
と、ふらりと戸田さんが柴田さんの横をすり抜けて中に入って行った。
「お、おい! どうする気だ!?」
「死体を見ときたい」
「やめろ。これは殺人なんだぞ! 勝手なことをするな!」
戸田さんの足が止まった。後ろ姿のまま、言う。
「ムラサキ田。おまえ、自分の言ったイミ判ってんのか?」
「なに……?」
「確かに、こいつぁどう見たって殺人だ。しかし、ここは外から入れない、中からも出られない孤立空間だ。なら、どうしたってこの中に犯人がいる──ってことになるじゃねェか」
一同に動揺の色が走った。柴田さんさえうろたえた。その隙に、戸田さんはさっさと死体に近づいて行き、その脇にしゃがみこんだ。そのまま戸田さんは黙祷するようにしばらく目を閉じ、じっとしていた。
「暗いな。……誰か、ライト貸してくれ」
戸田さんにライトを差し出したのは、三沢さんだった。
「さんきゅ。──おまえ、平気なのか?」
「平気じゃないよ。だけど、記録は録っとくべきだろ」
見ると、三沢さんは片手に小型カメラを持っている。
「このカメラのバッテリーは、まだ十分あるはずだ。……でも……」
三沢さんは、少しだけ声を震わせた。
「昨日まで──つい昨日まで生きてた奴が、こんな姿になってんのを見ると──やっぱ精神的ダメージきついな」
「……同感だ」
口調こそ落ち着いているものの、戸田さんの表情は能面のように硬く──その下に、友人を亡くした哀しみがうっすらと透けて見えた。
戸田さんはぎこちなくライトを点けようとしたが、点かなかった。彼は首を少しかしげ、スイッチをいじったり電球を覗き込んだりしていたが、やがて電池入れのフタを外した。単一の乾電池が四個、転がり出た。電池の+-がバラバラの状態で入っていたらしい。点かないはずだ。
「どうかしたか?」
柴田さんが、戸田さんの後ろから近づいて来た。いや、何でもない、と戸田さんは上の空で答え、少し辺りを見まわすしぐさをした。それから初めて柴田さんがいるのに気づいたように、
「あれ、ムラサキ田君、現場保存すんじゃなかったの?」
「ああ。証拠隠滅とかされちゃ、かなわないからな」
「するかよ」
僕は恐る恐る戸田さん達に近づき、今度はもっと近くから現場を覗き見た。菅原さんの死体は、右側の後頭部をめった打ちにされていた。頭蓋骨が割れ、中身が見えている。再び襲ってきた吐き気を僕は何とかこらえた。──戸田さんはどうしてこんな凄惨な場面を平気な顔して見てられるんだ?
僕は死体から目をそらした。死体の周りには何も落ちていない。凶器らしいものも見当たらない。……何も? あれ?
何となく感じた違和感。さっき目を覚ました時と同じように、何か足りないような感じがする。何だろう? しかし、またしても僕の脳味噌は、その正体を教えてくれなかった。僕はキョロキョロとそこら中を見まわしてそれが何か探そうとしたが、柴田さんが素足にスニーカーを履いてるとか、三沢さんの口元にニキビがあるとか、そんなくだらないことしか目に入らなかった。
「見ろ!」
突然、柴田さんが叫んだ。死体の手元を指差している。
投げ出された左手に、何かが握られている。髪の毛のようだ。金色に近いほど薄い色の、癖のある髪の毛。そして、死体の右手は、血で汚れて──床に、血で書いた線が残っていた。線は集まって、カタカナ文字を作っている。
──「キノ」。
全員の眼が、木野さんの方を向いた。
木野さんは、幾分青ざめた表情で視線の中心に立っていた。
「俺、だと?」
笑ったように見えた。が、ただ顔を引きつらせただけだったのかも知れない。柴田さんがつかつかと近寄った。
「初対面の俺達には、菅原を殺す動機はない。可能性があるのは、同じ学校のおまえらだけだ。そして、……ここに証拠もある」
「俺じゃねえ!!」
木野さんは吼えた。
「じゃあこれは何だ!?」
柴田さんはいきなり木野さんの髪をつかみ、何本かむしり取った。その髪の毛──死体の手に握られていたのと同じ色だ──を目の前につきつける。
「こんな髪の毛してんのは、この中でおまえだけだ! 茶髪の奴はいくらでもいるが、こんな金色の毛なんていやしないだろうが!!」
明智さんも上月さんも、髪を染めている。でも明智さんの髪は長いからすぐ見分けられるし、上月さんは金髪と言うより赤毛と言った方がいい色だ。何よりも、この独特の癖っ毛は木野さんのものとしか考えられない。
「それに、ダイイング・メッセージもあるね」
三沢さんが付け加えた。
「死に際の伝言。死ぬ前に、何とか犯人の手がかりを示そうとして書いた血文字。暗くて判らなかったのかな? 結構はっきり残ってるね」
「でも、俺はやってない! 俺にだって菅原殺す理由なんかねえよ!! 第一、俺は菅原が抜け出したことすら知らねーで寝てたんだぞ!! アリバイと言う点だったら……」
木野さんは鋭い目で僕らを見まわした。
「……みんな一緒じゃねェか」
一気に空間が静まり返った。
その時、僕は戸田さんが額に手を当て、一心に何か考えているのに気づいた。彼だけが、この緊迫した空間を離れて別の場所にいるかのように見えた。
「アリバイなんか問題じゃないだろう。何度も言うが、俺達は初対面の菅原を殺す動機なんかないんだ」
「俺だってないって!! 大体俺は……」
「──木野」
不意に、戸田さんが木野さんの名を呼んだ。その声は決して大きくはなかったが、ぴしりとムチのように強く鼓膜を叩いた。僕らは戸田さんを振り返った。
戸田さんはゆっくり顔を上げた。その眼に、あの不敵なまでの輝きが戻って来ている。
「残念ながら、この場の証拠はどうやらおまえを向いてる。警察が来るまでおとなしくしといた方が得策だぜ、木野」
「で、でも……」
戸田さんは、にぱぁ、と笑った。
「そこで、だ。こいつが妙な動きをしないように、代表して委員長のムラサキ田君にこいつを見張ってもらうことにしよう。異議はないね? はい、決定ー」
「お、おい、ちょっと待て!!」
それを聞いて、柴田さんが慌てたように口を出した。
「なんで俺が!?」
「だって実行委員長だろ? 責任者だろ? おまけにこの学校一番くわしいのおまえだから、逃げてもすぐ捕まえられるし。適任だと思うが? ……あ、そうそう、もしこいつから目離したら、ペナルティとして俺に千円払うこと。これも決定ね」
戸田さんは一人でどんどん決めて行ってしまう。
「だから、どうしておまえに千円も払わにゃならんのだ!?」
「なー、おまえら! ムラサキ田君が木野の奴から目離すよーなコトがあったら、すぐ俺に言ってくれや。ふんだくった千円で何かおごってやるから」
「あのなー!!」
激昂する柴田さんをよそに、他の面々はOKサインを出した。そして何故か、うやむやのうちに僕も戸田さんと大江さんを見張る役にさせられてしまったのだった。
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