カゴの中のツバサ

九十九光

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#2-3

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「でも……。」
 肩のツバサの中に、少しだけ反論したい気持ちが湧き上がった。
「でもやっぱり僕は……。お母さんの言うことに逆らうのは……。」
 カナコと比べればとても弱々しい、今にも消えてしまいそうな程、か細い反論だった。
「その気持ちも分かる。」
 カナコはグラスに注がれたカルピスに視線を落として、ツバサに同情する発言をする。だがそれでいて、自分の信念を曲げる気がないのも確かだった。
「でも本当にツバサ君はそれでいいの? あたしはツバサ君のお母さんに会ったことないけど、話を聞く限り、ツバサ君のお母さんは本気でツバサ君の幸せを考えてないと思うよ? ツバサ君っていう、とても凄い自分の子供を、まるで自分の凄いところみたいに自慢したいから、ツバサ君に無理をさせてるようにしか、あたしには思えない。」
「でも……。」
「あたしは別に、ツバサ君に今すぐ生き方を変えろなんて言わない。でも、せめて中学校や高校の受験が本格的に始まる頃になったら、どこの学校に行きたいかを自分で考えて。それがきっと、ツバサ君のためになるから。」
 そんなことを言われても、ツバサはどうしていいのか分からなかった。ついさっき会ったばかりの、六歳も年が違う女の人からそんなことを言われても、返答に困るのは当然だった。
 そしてそれは、カナコも充分理解していたらしい。
「大丈夫。ツバサ君、とってもいい子だから、絶対できるようになる。」
 そう言いながらカナコは席を立ち、ツバサの頭を右手で優しく自分のほうへと引き寄せた。そして自分の額とツバサの額をくっつけ、今までで一番静かで優しい声で、こう言った。
「約束する。あたしがツバサ君の味方になってあげる。」
 ツバサはカナコから、シャンプーのいい匂いを、周囲からは好機の視線を感じていた。
 こうしてその日の二人の会話は、食事込みの小一時間ほどで終わった。見ず知らずの小学生と高校生が、夜遅くにする会話としては、長い部類に入る会話であることは間違いない。
「ツバサ君、ちょっとスマホ出して。」
 星ヶ丘駅の島式プラットホームに降りると、カナコはツバサにそう言った。
 ツバサがランドセルの中からスマートフォンを取り出すと、「LINEのQRコード出せる?」とさらに尋ねてきた。ツバサはアプリケーションを立ち上げ、言われた通りにQRコードを出そうとする。
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