カゴの中のツバサ

九十九光

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#2-5

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ォンをつけてみると、そんな自分の頬をつねるように、確かな証拠がブルーライトを光らせている。
 どうしてあの人は、自分に声をかけてくれたんだろう。どうして僕なんかと仲良くなろうとしてるんだろう。
「まもなく、中村公園。お忘れ物をなさいませんようにお願いします。」
 そんなことを考えているうちに、電車のアナウンスがツバサの降りる駅の名前を口にした。ツバサは慌てて画面を落とし、座席から立ち上がってホームに降りた。駅構内の壁に取り付けられた針時計は、八時十分を示していた。
 ツバサが下りた中村公園駅周辺は、古い町と言えば間違っていないが、文化遺産や観光地にするには少し不向きな場所だった。外部からの観光客を集められそうなものと言えば、戦後復興と町のシンボルである路上の巨大鳥居と、毎月『9』の付く日に行われる朝市くらいしかない。ほかに目立つものといえば、カゴフードというローカルのスーパーマーケットの小さな本社ビルしかなく、あとは古い家と新しい家が混在するだけの、普通の住宅地だった。だが東の空を見上げると、名古屋市が誇る最先端の商業ビル群が光を漏らしているのが見えてくる。歩いていける距離ではないが、この町は愛知県の鉄道網の要所である、名古屋駅の目と鼻の先にある。全国的に名高い企業が名古屋駅周辺にビルを建て、拠点を用意していた。今のツバサを第三者が見れば、少し遠くにあるコンクリートジャングルを見つめるサバンナのライオンを連想するだろう。
 そしてツバサは、虫が群がる外灯が点在する住宅地を、自宅のあるアパートへと向かって歩いていく。午後八時を少し回った今の時間は、道中すれ違う人がいても、飼い猫の毛が目立ちそうな礼服を着たサラリーマンばかりだった。他人の家から漏れてくる音は、バラエティ番組のエキストラの笑い声が中心だった。
 そんな道を十五分も歩いて到着したアパートは、見た目だけでやすそうな物件なのがよく分かる場所だった。築五十年近いこの安アパートの外階段には、申し訳程度にこげ茶色のペンキが重ね塗りされており、鍵を開けて入った室内は28平米と、一人暮らしを想定して設計された間取りをしていた。かろうじてキッチン、トイレ、浴室はついているが、それらも平成の今では扱うメーカーがほぼ存在しないほど古い型で統一されており、挙句の果てには、洗濯機やエアコンを設置することもできないと着ている。玄関に入ってすぐのキッチンを通りぬけると、リビングにしている六帖の和室がある。ここはツバサの母の布団と、通帳の類が入っている小さなタンスがあるくらいの、物の数が少
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